悪役令嬢(?)、悪役らしくコーヒーを飲んでみる。
「にっっっっっが」
初めてコーヒーを飲んでみたらあまりの苦さに女の子が出してはいけない声を出してしまいましたわ。
危うく金髪ツインテールをまとめた真っ黒なリボンも外れるところでした。
ドレスまで真っ黒といっても汚しては大変です!
「お、大人の悪役というのはこんなものを飲まなければいけませんの……!?」
演劇や小説では優雅に飲んでいましたがこんなの無理無理カタツムリですの。
塩を振りかけたカタツムリのように心が萎えていきますわよ!
「しかも時にはお酒を飲まなければならないなんで……生き地獄ですわ!」
優雅にペルシャ猫をなでながらコーヒーを飲むなんて無理ですわ!
派手にぶちまけて猫の毛を真っ黒に染め上げるのがオチですわよ!
「紅茶でさえシュガーとミルクたっぷりでないと飲めないのに!」
優しい味の紅茶を飲んだところで「ワルっぽさ」は演出できませんわ!
ドス黒くて苦いブラックコーヒーを飲むからこそ「なんかワルっぽい雰囲気」になるのです!
「子供舌……ブラックコーヒー……飲めるはずがなく……」
よよよ、と机の上に泣き崩れてみてもなにも変わりませんのよ〜
むしろ泣いたせいで甘いものが食べたくなってきましたわ〜
「ごめんなさいお母様……家訓の『なんか悪そうにしてたら勘違いしてもらえてだいたいなんとかなる』は、私の代で終わりそうです……」
王女様が売り出し中の《バイトのコーヒー》は、聖女様が「悪魔の涙です! 背徳の味!」と喧伝していることからなんか悪そうで気になりましたが、これでは人前で飲めませんわ……
「閃きました! その《バイト》とやらに私でも飲めるコーヒーを作らせればいいんですわ!」
王女様に土下座して《魔法のカギ》をいただいた甲斐がありますわ〜
§
「苦くないコーヒーですか?」
王女様が「バイト」と呼んでいた方は、まぁ顔はいいかもしれませんが仕事の方はいかほどでしょう。
ひとりで王族御用達の喫茶店を任されているからには期待させていただきますわ。
顔もいいですし。
「シュガーもクリームもなしで、他の方からはブラックコーヒーを飲んでいるように見えるものをお願いできればと……」
「苦くないブラックコーヒーですか」
うーん、と首を傾げ腕を組んで考えはじめましたわね。
無理難題を言っていることは百も承知、しかしコーヒーを卸しているのはここしかない以上、バイト殿に頼む他ありませんわ。
「出来なくもないですが」
「出来ますの!?」
あんな苦くて濃厚で黒々としたものが!?
一口でも喉が通らなくなってむせてしまうようなものを!?
「水出しコーヒー、というものがあります」
「水出し」
「普通はコーヒーを淹れるのにお湯を使いますが、あえて水でコーヒーを淹れるものです」
「冷たそうですわね……湯気が立つブラックコーヒーを飲むからこそ威厳が出るものと考えていましたが……」
「冷たいコーヒーを大振りのグラスでかたむけるのも様になると思いますよ」
「あ、演劇で悪役が悪事を企てる時によくやっているやつですわ!」
ワインかウイスキーでやるものと思っていましたが、ブラックコーヒーでやるなら私の真っ黒な服装によく似合いそうですわね!
「こちらのウォータードリッパーに粉を入れ、上から注いだ水がコーヒーの雫となって落ちていくのですが」
「なんだか大仰な器械ですわね」
縦に1メートルはありそうな道具ですが、噂に聞く《コーヒーサイフォン》とは違って大きさの割にシンプルな構造です。
一滴一滴、コーヒーの雫を溜めていくというのですから、一度に作れる量が多くても時間がかかりそうですわ。
「本当なら8時間くらいかけて作るのですが、8時間かけて作っておいたものがこちらになります」
「あ、ちゃんとブラックコーヒーですわ!」
「あとで飲むように作っておいたものですが、内緒ですよ?」
「もちろん、内緒にしておきます!」
ふたりそろって唇に指をあてて内緒のサイン。
しかもウインクまでしてきましたわ、この青年!
「うっ……顔がいい……」
「お客様、どうかなさいましたか?」
「なんでもありませんわ……つい発作が……」
「大丈夫な人は発作とか言わないんだよな」
それはそうですわね。
しかしこのバイト殿とやら、ロリリア姫様やスカーレット姫様を魅了するだけのことはありますわ。
聞けば宮廷料理人のジュスティー様まで料理対決で下したそうですし、油断なりませんのね。
「もしや……バイト殿も悪役令嬢の方をたしなんでおられるとか?」
「男なのに!?」
「大事なのはそうありたいと願うことだと思いますの」
「ヒーローの心構え」
「みすぼらしい子供を無理やりお風呂に連れ込んでお湯攻めにして大量の食べ物で肥え太らせるとか」
「やってることが教会の優しいシスターさん」
実家の家訓のひとつは「なんか違う気がしてもとりあえず胸を張って堂々と喋ればだいたいなんとかなる」ですわ。
他にも「メイドが結婚して退職する時は結納金を投げ渡して屋敷から追い出す」などです。
「この水出しコーヒーとやら、本当に苦くないのですね?」
「たぶん」
「苦かったら金髪ツインテールをふり乱して吹き出しますわよ」
「その時は一緒に汚れてさしあげます」
「こいつ……さらっとそういうことを言うから姫様方が惑わされたのでは……」
いざ、実食。
香りは……たしかにコーヒーの苦い香りが抑えめで、フルーティーな酸味が強いですわね。
今まで飲んできたものとは違うようですが、はたしてどうなることか。
いただきます。
大きめのグラスにそっと唇をあて、苦かったらどうしようかとぷるぷる震えながらグラスをかたむけます。
冷たいコーヒーが赤いリップにあたる感触。
そのまま唇の中に注いでいきます。
「にっっっっっっが…………くない!」
最初にちょっと苦味がきて吹き出すところでしたが、それ以上に果物のように華やかな酸味が強いですわ!
「こちらブラジル産の豆を中深煎りにしたもので、苦味を抑えたものになります」
「なるほど、紅茶と一緒で産地によっても変わってくるのですね」
それにしても豆を変えただけでここまで変わるとは驚きですわ。
すっきりとした酸味にフルーティーな香り、それにナッツやチョコレートを思わせる甘みもあります。
「コーヒー特有の苦味は冷たい水では抽出されにくく、まろやかですっきりとした味わいにしやすいんです」
「何も入れなくても作り方でも変わってきますのね……」
ちょっぴり、いえだいぶ、けっこうな感動ですわ。
あれだけ苦かったコーヒーも、子供舌の私でもごくごく飲めそうなくらい苦くありませんわ。
これなら人前でコーヒーを飲んで威厳をかもしだすことができますわね!
「バイト殿、このお店には持ち帰りというものがあると聞いたのですが……」
「ええ、たっぷり作ってあるのでお分けします」
「やったぁ!」
これで帰ってからもたくさん飲めますわ!
嫌いなニンジンを克服できたように嬉しいです!
今日は帰ってコーヒーでスイーツパーティーですのよ!
・悪役令嬢ちゃん
代々、自分のことを悪役令嬢だと勘違いしている一族の子。
長い金髪をツインテールにして真っ黒なドレスを着て高笑いするのが趣味。
そんな彼女を周りの人々は温かく見守っているらしい。
悪役令嬢ちゃんに美味しいコーヒーを飲ませてあげたい方は評価・ブックマーク等いただけましたら幸いです。




