うちゅうじん はじめての ごはん 前編
「遠い未来、はるか彼方の銀河系で魔法のカギを落としてきた、と」
「ヘヘ……」
マスターがぺこぺこ頭を下げてずっと謝っているから何事かと思えばそんなことか。
謝ってばかりで本題に入ってくれないから、聞き出すまでにコーヒー2杯とショートケーキ3個が必要だった。
そもそも人を異世界の喫茶店で働かせておいて、また別の世界(別の銀河?)にカギを落としてきたからなんだと言うんだろう。
「お客様が増えるならいいことだと思うんですけど」
「競争相手が増えたら困るじゃん」
「なんのだよ。なんの競争相手だよ」
マスターの涙目の上目遣いが可愛くて、うつむきながら「バイトくんの……」とすごく小さな声で言ったことは気にならなかった。
さて、マスターの困り顔を堪能したところで、そろそろ現実を向き合わないといけない。
「もしかしてさっきからドアが叩かれまくってるのって」
がんがん、どんどん、べきべき、と。
なぜまだドアが無事なのか不思議なほど激しい殴打の音が響く。
そろそろドアどころか建物を壊してもお釣りが来るんじゃないだろうか。
「へへ……追っ手」
「なんのだよ。なんの追っ手だよ」
マスターが顔の前で人差し指を合わせてもじもじとしながら「僕の……」とつぶやいた声はとても小さかった。
なんでちょっと嬉しそうにしてるんだよ。
「こんなに激しく求められたことないから……」
「この勢いは借金の取り立てとか命を狙うとかだと思うんですけど」
「命の危機って燃えるよね……」
「ただのバイトを巻き込まないでほしい」
こっちはお茶を淹れて食べ物をちょっぴり作れるだけのアルバイトだぞ。
ふにゃふにゃの笑顔を浮かべて嬉しそうにしているマスターだけど、ボクはもう気が気じゃないから帰ってほしい。
「爆発音まで聞こえるようになってきたんですけど」
「僕が入ってきたところを爆破しようとしてるんじゃないかな……」
「ここまで叩かれるってどこから入ってきたんですか?」
「宇宙戦艦。……の、正面装甲」
「どこだよ。宇宙戦艦の装甲のどこにカギ穴があったんだよ」
そろそろ真面目に考えちゃいけなくなってきた。
ファンタジーにいったりSFにいったり、マスターは異世界を移動できるらしいけど、そろそろどこかに腰を落ち着けてほしい。
「これまでのファンタジー感ある異世界を返してください」
「でも君が『冷蔵庫(仮)』って呼んでる全自動食材調理器を発掘してきたの、僕がちょうど逃げてきた世界だよ」
「やっぱりあいつ冷蔵庫じゃなかったのか……」
なんか「発掘」とか聞こえたのはもう無視する。
突っ込みどころは一度にひとつまでしか対応しきれない。
そろそろボクの心のコップから困惑があふれてしまいそう。
3杯目のコーヒーを飲み干したマスターが席を立った。
「じゃ、あとは接客のプロに任せたから」
「先に交渉のプロを呼んでもらえませんかね」
「そこになければないですね」
杖で床を叩いたかと思えば、桜の花びらを残して消えていった。
なぜかドアから帰らず魔法でテレポートして帰っていく。
残された花びらを掃除するこっちの身にもなってほしい。
「……よし、ボクも帰るか!」
現実から逃れようとモップがけを始める。
聞くところによると、この店の扉は店員が中にいないと開かない仕組みらしい。
じゃあ早く喫茶店を閉めてボクが帰っていれば、ドアを……というかたぶん宇宙戦艦の装甲……を叩いている人も店に入れなくて諦めてくれるはず。
「逃げるが勝ちってわけ」
モップをかけて花びらを片付け、水を貯めたモップ絞り器でよくモップを絞る。
これを掃除用具入れにしまってからカウンターに戻ると、
「あれ、静かになった?」
騒がしいあの音、といっても遠くで車が走っている程度の音だったけれど、いつの間にか静かになっていた。
しんと静まり返ってしまうと、まだ日も高いうちからお店を閉めてもいいものか、ちょっとした罪悪感のようなものが生まれてくる。
「……休むか!」
『ダメだよ』
「ッス」
エプロンに入れたスマホからマスターの声が飛んできた。
あの人、バイトに任せて帰った癖にしつこいぞ。
「でも、もう諦めて帰ったかもしれませんよ」
爆発音。
「帰ってねえわ休憩挟んでただけだわ」
遠くの高速道路から響いてくる車の走行音みたいな感じで、なにかを叩く音や爆発音のようなものが響いてくる。
先ほどよりは静かになったような気がしなくもないけど、そもそもこんなに騒がしい時点でおかしいんだよ。
「もしもーし?」
ドアに向かって話しかけてみるけど返事はない。
そもそもこちら側から向こう側に音は届くんだろうか?
『一方通行だよ』
「そっかぁ」
そうなるとお客様かどうかも判断できない。
しばらく待っていると、
「あれ、ノックしてませんか?」
今まで激しい音だったのに、優しくドアを叩く音に変わった。
押してダメなら引いてみろ、とやり方を変えたんだろうか。
優しいノックは続く。
「開いてますよー」
といっても声は届かない。
こちらからどうしたものだろう。
ボクが開けたら向こうも開くのだろうか?
『僕は適当な穴にカギを入れたから、向こう側にドアはないよ』
「そういえばカギ穴に入れるだけでテレポートしてくれるシステムだった……」
そうなるとボクが向こう側に出たら宇宙空間にでも放り出されるんだろうか。
『あっ、カギに気づかれた』
「おい向こう側の様子が分かってるならなんでボクに教えてくれなかったんだよ。教えてください命がかかってるんです」
『頼んだよ』
「助けてよ」
ドアが開く。
ローズウッドのドアに金属の縁で補強した喫茶店の扉が開いた。
サイバーな線が光るローブを羽織って全身を隠した子だった。
背丈はロリリア様と同じくらい小さく、たぶん女の子だと思う。
ローブに隠れて顔は見えないけれど、きょろきょろ店内を見回している。
ドアの前から動かないでお店の中を眺めてから、ボクの方をじっと見上げてくる。
「い、いらっしゃいませ……?」
もしこの子がさっきまで爆音を轟かせていた張本人ならどうなるか分からないけど、喫茶店に来てもらったからにはお客様として挨拶する。
「……か…………った……」
「た?」
「おなかが……へった……」
ばたん、と真っ直ぐ倒れてそのまま動かなくなる。
続けてお腹が鳴る音が店内に大きく響く。
「ま、また行き倒れだ……」
この喫茶店のバイトを始めて通算2人目の行き倒れ。
今回は騎士の鎧をまとった王子様じゃなくて、ローブを羽織った小さい女の子(仮)だった。
・バイト
時給に命をかけるだけの給料は入ってない。
・行き倒れ2号ちゃん
バイトがソファに寝かせている間もずっとお腹を鳴らしていた。
・冷蔵庫(仮)
冷蔵庫ではない。
でもタッチパネルを操作すると登録されている食材や調味料を出してくれるすごいやつ。
マスターが小石を蹴って遊んでいたら冷蔵庫(仮)の角を蹴ってしまったことで発掘された。
・マスター
逃げたけど玄関の段差に引っかかって転んだ。




