後始末
――― 少し、時間を戻して
「ブチョー、お早いご到着でしたねー。もう少し遅くなるかと思ってましたよー」
「無駄口は不要です。報告を」
「ハーイ、ワカリマシタ」
石動が捕らえられている諜報部のアジトに、窓は内側からカーテンで閉め切られ、紋章もない黒塗りの馬車で訪れたのは帝国諜報部のラファエル部長だった。
ラファエルは馬車を降りるなり、にこやかに迎えた亡霊に、無表情のまま言い放つ。
「ご要望のザミエルさんは捕らえて、三階の拘束部屋で監禁してまーす」
「殺したり痛めつけたりはしてないでしょうね」
「手足を床に固定した椅子に括り付けただけですよー。捕まえた時にウチ特製の昏倒する薬を使ったから、気分悪そうだったけど。今は大人しくしてますよー」
大きく開け放った玄関ポーチを通り、ラファエルを屋内のリビングに案内しながら、亡霊はにこやかに言う。
ラファエルは亡霊が肩に振分けるようして、ふたつのホルスターがついたベルトを持っているのに目を留めた。
「それが彼の持っていた銃ですか?」
「そーでーす! 長いのは買い物に邪魔だから持ってこなかったんだって言ってましたー。確かに会った時から持ってなかったですよー」
「ふむ・・・・・・では彼のマジックバッグはどうしました?」
「えー? マジックバッグですか?」
「ええ、彼は度々、おそらくマジックバッグではないかと推察されるものから、長い銃などを取り出している様子を目撃されています。肩掛けカバンか何か持っていなかったですか?」
「そー言えば、なんだか背負い紐がついたカバンを持っていたから、皮鎧とかと一緒に取り上げておいたたような気が・・・・・・」
「それです! そのカバンは確保してありますか?」
「監禁部屋に他の装備と一緒に置いてあるはずで・・・・・・」
亡霊がそう言いかけた時、上の階で「ババンッ!」という鋭い音がした。
不審げに顔を顰める亡霊とラファエル部長。
「うん? 何の音だろー」
「・・・・・・本当に銃はそれだけだったのですよね?」
「身体検査はしっかりしましたよー。ボクが降りてくる時も椅子に拘束されているのは確認しましたし・・・・・・」
続いて、建物ごと揺れる勢いで、大音響の爆発音と振動が響き渡る。
ラファエルが乗ってきた馬車に、バラバラと音を立てて何かの破片が降ってくる。
慌てて亡霊とラファエルが家屋の外に出て、路上から建物を見上げてみると、三階の監禁部屋と思われる部屋の壁や屋根が吹き飛んでいて、そこから炎が噴き出していた。
「これはどういうことですか? 亡霊」
「ちょっとボクにもわかんないなー。おーい君たち、ちょっと三階の様子を見てきてくれるー」
亡霊が、一緒にラファエルを迎えるために降りてきた部員たちに声をかけると、頷いた五人の部員が階段を駆け上がっていった。
すると、しばらく部員たちの階段を駆け上がる音がしていたが、再び爆発音が響いたかと思うと、悲鳴と発砲音が交差した。
ラファエルは、フーッと長い溜息をつくと、亡霊をじっと見つめた。
「どうやら失敗したようですね、亡霊。失望しましたよ。どういう手段を使ったのかは分かりませんが、ザミエルが監禁部屋から逃げ出して、この騒動を起こしているのは明らかです」
「・・・・・・ブチョー、ちょっと待っててくれませんかねー? ボクが大人しくさせてきますから」
「いや、これだけの火事騒ぎになれば、人も集まってくるでしょう。私は引き上げるとします。あなたは責任をもって、後始末をなさい」
「・・・・・・殺しちゃってもいいですか」
「できれば生け捕りにして欲しいところですね。生きてないと銃の仕組みを喋らせることも造らせることも出来ませんから。そう、足は別に無くても構いませんが、生かして頭や手と胴体は残しておいてください。マジックバッグ共々身柄を確保したら、また私に連絡すること。いいですね、次はありませんよ?」
「ハーイワカリマシタ」
ラファエルは亡霊の顔が暗く険しいものに変わったのを見て、念を押す。
それから、亡霊の肩にあるベルトを指さすと言った。
「その銃が入ったベルトを私によこしなさい。戻ったら諜報部の研究所で調べさせます。それだけでも今日の成果はあったと言っていいでしょう」
「・・・・・・」
亡霊は肩に掛けたベルトを手に取ると、ラファエルに渡す。
その時、サッとSAAだけホルスターから抜き取った。
「ブチョー、これだけ借りますねー。ボク、使い方は覚えたから」
「・・・・・・必ず後で私に返しに来なさい。いいですね?」
それだけ言うと、ラファエルは馬車に乗り込み、御者に合図をして馬車を静かに走り出させた。
亡霊はしばらく馬車が走り去るのを見送っていたが、SAAを握りしめたまま、全体に火に包まれ始め屋内で石動の発砲音が鳴り響くアジトへと頭を向ける。
強くなった火の手が照らす、路上の亡霊の美しい顔は、もう笑っていなかった。
二階の部員たちを掃討し終えた石動は、一階に続く階段へ向かう。
PPSh41サブマシンガンを構えながら、インドアでのCQBの要領で油断なく銃口を左右に振り、警戒しつつゆっくりと階段を降りる。
階段を降りた先にあるリビングには誰もいなかった。
別の部屋を探索しようと、廊下の方に向かおうとした時、棒手裏剣が音も無く飛来して石動の眼の前にある壁に音を立てて突き刺さった。
スッと腰を落として姿勢を低くした石動は、家具をバリケード代わりに移動しながら、棒手裏剣が飛んできた方向を探る。
すると、進んだ先で開け放たれた玄関ドアとポーチが見え、路上に立つ亡霊の姿があった。
石動は不審に思った。
あの場所からさっきの棒手裏剣を投げたのか?
あそこからじゃ、棒手裏剣を投げても家具が邪魔して、さっきの壁に刺さらないのでは? 角度的におかしいだろう?
回り込まないと不可能では・・・・・・? 何故もう路上にいるんだ?
一体全体、どうやって・・・・・・。
石動の姿を認めた亡霊が肩を竦め、首を振りながら、やれやれと言った風情で見てくる。
「ザミエルさんさー、どうして大人しくしてくれなかったのかなー。抜け出したりするもんだから、ボスに叱られちゃったじゃないかー。さすがのボクも頭に来ちゃうよー」
「亡霊、もうこの建物に動ける君の部下はいない。君こそ大人しく降参してくれないか?」
「アハハ! みんな殺しちゃったってことー? 怖いねー、ザミエルさんは。でもボクはまだ生きてるよー? 捕まえられるものなら捕まえてみてよー」
亡霊は真っ白な喉を見せて哄笑したのち、挑戦的にニヤリと笑った。
石動が一歩踏み出そうとした瞬間、亡霊の姿が路上から搔き消える。
ハッとして全力で家の外に走り出た石動に、亡霊の笑い声が木霊した。
「アハハ! 鬼さんこちら、手の鳴る方へー。追いかけてきなよー、ザミエルさん。命を懸けた鬼ごっこの始まりだー!」
【作者からのお願い】
皆さんからいただくご感想やご意見、評価にブックマークなどが、私の燃料になります。
これからも書き続けていくためには、皆様からの応援が不可欠です。
良かったら評価とブックマークをお願い致します。