訓練
翌日、いつものモーニングルーティンをこなした石動は、腰に昨日親方に貰った小剣を差しマジックバックを斜め掛けにして、肩には木銃を抱えて神殿騎士団の訓練場に向かっていた。
木銃とは銃剣道で使用する短めの銃床を持った小銃の形をした木刀のことで、元の世界では五尺五寸、即ち166センチメートルの物を自衛隊でも使用していたが、これは日本陸軍の三十八式小銃に三十年式銃剣を装着した長さが166センチメートルだった為という説もある。
石動もその長さで慣れているので、昨日出来上がった銃剣を装着して166センチメートルになるように木銃を調整して削り出した。
ちなみにその素材はラタトスクがいらなくなった世界樹の枝を特別に分けてくれたものだ。
加工したのち仕上げにラタトスクが魔力を通すと、ミスリル製の剣でも跳ね返す程の固さになると自慢気に小一時間ほど語られたのは余計だったけれど。
本来の銃剣道で使用する木銃の先端はケガしないようにタンポゴムが填められているが、石動が肩にかけた木銃の先には着剣装置で装着した金属製の鞘に入った銃剣が装着してある。
またマジックバックは訓練に行き始めたころ、ラタトスクからプレゼントされた。
『失くしたらいけないから、元の世界から持ってきたものをこれに仕舞っておくと良いよ。まだまだ容量はあるから、こっちで買った必要な装備なんかも入れたら便利だし』
と言われたのでありがたく雪山猟で背負っていたリュックやライフルを始め、こちらでは目立つ前世界で着ていた服などを仕舞ってある。
その他にも持つと嵩張るものが簡単に出し入れでき、容量も家一軒分は入るらしいので重宝している。
この世界には少ない容量の物は高価だが出回っているけど、石動が貰ったほどの容量は非常に高価で貴重なため、余り見せびらかしたりしないことや絶対に大切にするよう、ラタトスクから何度も念を押されていた。
歩いていると程なく広大な訓練場が見えてきた。
広いのは弓矢の射場が300メートルほど取られているためだ。世界樹の太い根をバックストップとして活用し、100、200、300メートルに的が設置してあった。
エルフ達の使用するロングボウは長さが150~180センチメートルはあり、引く力も強くてどの弓も張力55~90Kgw以上と半端なく、石動の力ではまともに引くことすら出来なかった程だ。
エルフ達に憐みの眼で慰められた石動は、発奮して鍛冶にのめり込み、直ぐに一丁のクロスボウを完成させる。
1980年代に映画にも登場したバーネット社製コマンド・クロスボウを再現したもので、それは弓もコンパクトな鉄製で50Kgwを実現していながら、銃床部分を折り曲げて梃子の原理を使うことで大きな力を入れなくても弦を引けるものだ。
滑車を使ったコンパウンド・クロスボウでも良かったのだが、メンテナンスや調整の難しいコンパウンドボウより、低い姿勢でもコッキング出来ることやアクションのカッコ良さと自分も前世界で所持していたため構造が分かっていたことからコマンドの方を作ってしまった。
スコープが無いのが残念だがピープサイトを付けることで、何とか200メートルまでなら標的に命中させることが出来るようになり、石動は"人間にしてはやる"とエルフ達を驚かせた。
ただ、エルフの弓の腕は物語で読むよりも素晴らしく、一秒間に3連射して必中する強者や、400メートルの遠射で軽々と的を捕らえて外さない名人がゴロゴロいて、流石という他なかった。
石動にとって、ますます "ライフルがあれば! " と思わされた経験だった。
弓の射場で練習している者達を横目に歩き続けると、直径100メートル程の板塀に囲われた広場が見えてくる。
ここが剣や槍の訓練場で、フルプレートを着て訓練用の刃引きして両手剣で打ちあう者や、軽快な革鎧に金属の胸当てをして長槍で向き合う者など様々な格好の騎士たちが乱取り稽古をしていた。
ここ半年で思い知らされたのは、この郷のエルフ達の強さだ。
石動も陸上自衛隊では第一空挺団という言わばエリート部隊に所属していたし、海外での演習などにも参加して特殊部隊の隊員たちとも交流した経験があり、そんな経験の中から自分でもそれなりには戦闘能力が高い方だと思っていた。
ところがここのエルフ達は華奢な身体つきにも関わらず、特に神殿騎士達の強さはアメリカ海軍のSEAL’Sやイギリス陸軍のSASの隊員たちが子供に見える程凄まじかった。
銃器こそないが、その他の刀剣や槍を使った格闘や集団戦闘での戦闘能力に石動は圧倒されるしかなかった。
徒手空拳での格闘術やナイフでの近接格闘は、石動の自衛隊格闘術や合気道の経験を生かして多少は戦えたが、石動が引くことも出来なかった強弓を軽々引く膂力で振り回す剣や槍のスピードは目も留まらず、戦場を駆けるスピードや隠密能力は全くついて行けず、スタミナもあの細身の体のどこに? と思わされるほどタフだった。
石動が " これがこの世界の標準なら銃が無いと対等に戦えない" と痛感させられたのがこの訓練場での経験なのだ。
訓練場の板塀の中に入ると、それに気づいたエルフが笑顔で近づいてきて声をかける。
「ツトム、待っていたぞ。今日もたっぷりしごいてやる」
声をかけてきたのは、この世界に来た日にロサと共に森の中で遭遇したエルフチームのリーダーだったアクィラだった。
なんでもアクィラは神殿騎士団の副団長で、あの日はたまたま哨戒任務にあたっていたらしい。
しかも、後で聞いて驚いたがロサの兄でもあった。
どうやらあの日以来、ロサが命の恩人である石動に近づいて何かと世話を焼くのが気に入らないようで、訓練と称しては石動をコテンパンにするのを楽しんでいる節がある。
うっかり石動がロサにそのことを零すとスゴイ勢いで謝られ、アクィラにもロサのキツイお仕置きがあったようだが本人は全く懲りていない。
そんなシスコンの兄を持って、ロサ自身は有難迷惑に思っている様だが。
アクィラは周りをキョロキョロと見渡しながら歩み寄り、両手で石動の肩をガシッと掴んだ。
「今日はロサとは一緒ではないのだな?」
顔は微笑んでいるが目は全く笑っていない。肩に置かれた手の指が万力の様にギリギリと締め付けてくる。
「いつも一緒ではないって前にも言いましたよね? そんなわけないじゃないですか」
石動は肩に食い込んでくる腕を剝がそうと、全身の力を込めてアクィラの手首を持ち上げようとするがビクともしない。
「なにっ! キサマ、ロサが居ると迷惑だとでもいうのか!」
「そんなことは言ってないでしょメンドクサイなこの人。いつもロサには感謝してますって!」
「感謝など当たり前だ! む? ロサを呼び捨てしたか? いい度胸だなおい」
「もうどうしろというのこれ。初対面の時のクールなイメージが台無しだよ・・・・」
しばらくアクィラはブツブツ言っていたが、ようやく落ち着いたので手合わせをお願いすることになった。
片手剣の木剣を持っても構えもせず、ぶらりと両手を垂らしたままのアクィラに、石動は左足を前に木銃を構える。
銃剣には鉄製の鞘を履いたままではあるが、突かれたら痛いでは済まないぞ、と思いながら石動は剣先を軽く揺らしながら摺り足で間合いを詰める。
半身になって腰のあたりに木銃を構えているので、アクィラには間合いが図りづらいはずだ。
銃剣術の要領でシュッと左手は添えるだけで右手で木銃を突き出し、アクィラの左肩を狙うも直線的な動きのせいか、アクィラは最初「おっ?」という顔はしたが左肩を突く直前に片手剣で難なく捌かれた。
捌かれた勢いをつけて薙刀の動きの様に袈裟懸けに切り込むも紙一重で見切られ、逆袈裟で薙いでみたが、これも防がれる。
何とか一本でも取ってやろう、と石動は木銃を駆使してアクィラに挑むも30分も打ち合ううちに万策尽きて、体力も尽き地面に座り込むこととなった。
「フム、ツトムよ。木剣の時よりは良い動きだったぞ。これなら中級クラスの冒険者位なら倒せるかもしれんぞ」
「ハアハア、ありがとうございました。自分も元の世界じゃそこそこ強い方だと思ってたんですけどね。
自信無くすわぁ。まだまだこちらの騎士たちには通用しないということですかね」
「うむ。他所の騎士たちは知らんがウチの神殿騎士たちには通用せんかな。いや、初見ならやられる奴もいるかもしれん」
石動は荒い息を整えながらニコニコと笑いながら息も乱れていないアクィラを見上げ、恨めしそうな顔をする。やはり銃剣本来使用法である、刺してもダメなら距離を置いて発砲する事が出来るようにしないとこの世界の兵士たちには勝てないようだ。
銃剣と変わった形の木銃に興味を持ったアクィラに連れられて、鉄製のプレートメイルを被せた人型の所へやってきた。
本来はこの人型に木剣などで打ち込み、独りで練習するためのものだが、アクィラは切れ味を見たいので鞘を払って突いてみるよう石動に言った。
「遠慮はいらん。これはプレートメイルとしては厚めの5ミリの鉄板で出来ている。試してみるがいい」
石動は木銃の銃剣から訓練時には相手をケガさせないようにはめたままにしていた鉄製の鞘を外し、艶消しの鈍い色の刀身をあらわにする。
そして左足を前にして木銃を半身に構えると、「フッッ!」と気合と共に間合いを詰めてプレートメイルの左肩を突いた。
「あれ?」
カンッと刀身が金属に当たる音はしたが、余りに手応えが軽かったため素早く引いた木銃を再度心臓部の左胸を突く。
鉄の人形のようなものを突いたにしては予想した感触と余りに違っていたので、石動は首を傾げながらプレートメイルに近づいて自分の刺した箇所を確認してみる。
近付いて見ると左肩も左胸にも鋭利に刃が貫通した跡があった。
「うーむ、普通は槍でもここまではいかんぞ。大した業物だな」
一緒に刺し跡を見ているアクィラが感心したように呟いた。
何かワクワクしているアクィラが石動の手を引いて、次は直径30センチ程の丸太を地面に埋めて立ててある場所に連れてきた。
「今度は腰の小剣でこの丸太を切ってみろ」
石動は仕方ないので小剣を抜き、右足を前にして剣道の八双の構えから右袈裟掛けに切り込んでみる。
するとほとんど素振りした程度の感触で、丸太が斜めに切れ落ちた。
丸太の太さから、まず斬れないだろうと予想していた石動は驚いて言葉を失い、納刀するのも忘れて立ち尽くす。
良い笑顔のアクィラからポンっと肩を叩かれて石動は我に返る。
「良い剣を手に入れたな。これからも精進してその剣に相応しい腕にならねばならんぞ」
「・・・・はい」
石動はアクィラにうわの空で生返事をしながら、頭の中では別のことを考えていた。
「(5ミリの鋼板を貫き30センチの丸太を輪切りにできる切れ味と硬度・・・・。この素材なら銃身にライフリングも楽に削れるのでは・・・・? 別に元の世界の鋼材にこだわらなくてもこの世界の素材を生かせばいけるか?!)」
お読みいただきありがとうございました。
良ければ評価とブックマークをお願いします。
作者の書き続けるための活力になります。