難問
ようやく鉄砲鍛冶が始まります。
親方から受け取った小剣らを確認した後、石動も鍛冶場で作業を開始する。
もちろん鍛冶場で剣を打つのではなく、銃の製造とそれに必要な自身のスキルのレベル上げのためだ。
剣や槍が主体のこの世界では、石動程度の実力だと到底太刀打ちできない。
銃を持つことでやっと対等に戦えると骨身にしみた石動は、残弾少ないレミントンM700に変わる銃を何年かかろうが造ると決心したのだ。
スキルの鍛冶レベルが5だったお陰で、剣やナイフの鍛造は一般職人レベルではあるが出来た。
しかし、銃の製造となると全く様子が違う。
石動の現在での銃製造へのアプローチは、こうだ。
まず、現在のスキルの工作レベルでボルトアクションライフルやアサルトライフルを創るのは無理だと分かっている。
銃身やフレーム、内部機構の細かいパーツ等加工だけでも困難な上に、発射の際の圧力がかかる銃身基部等は複雑な合金で材質の強度を上げる必要があるが現状では実現できそうにない。
旋盤などの切削機械は、足踏式の簡易的な工作機械を創ることに成功したので、まずはそれによる部品作りから始めてみることにした。
構造は携帯の電子リーダーに入れた床井●美さんの本を始めとした膨大な銃に関する書籍があるので、その中にある昔の銃器の特許図面等の資料を見れば大体わかる。
細かいパーツが多いことから、まずパーツの大きさを正確に計測するためのノギスを作るのに一か月近く掛かって苦労することになった。
それでも今の鍛冶・錬金術スキルレベルでは1/100ミリまでが精いっぱいで、最後は組み立ての際に熟練工なみの擦り合わせが必要だろう。
しかしこれで何とか大雑把な銃のパーツを作る目途は立った。
マイナス螺子すら無い世界で" そこからかよ" と思いながら実家の町工場での記憶や経験に加え、鍛冶スキルがアップすることによる加工可能領域の拡大という恩恵を使いながら試行錯誤しているのだ。
それにより半年で鍛冶レベルは6となったので、レベルアップ後は見様見真似の砂型による鋳物も出来るようになった。
最大の問題は弾丸だ。
転生ものの小説や漫画のチート主人公は簡単に自動小銃やそれに使用するカートリッジをバンバン創り出して撃ちまくっているが、これがいざやってみると非常に難しいことが分かってきた。
まず、火薬の問題がある。
現在の石動の錬金術スキルでは、到底ニトロセルロースを使った無煙火薬を合成するのは現状では無理だ。
早くレベルを上げて無煙火薬を作成できるようにすることも重要な命題だが、さしあたっては比較的作りやすい黒色火薬を作って確保するとした。
次の難問は弾丸の推進薬である火薬を発火させる方法だ。
もちろん、カートリッジケースや弾頭一つとっても、ケースの厚みや材質、ライフルなら特にボトルネックした部分の角度や弾頭の形状によって性能が全く変わってくる。現代兵器においての弾薬は科学技術の塊なのだ。
そして、なんとかカートリッジケースや弾頭を作ることができたとしても雷管が無ければ火薬に発火できない。
火縄銃の様に直接タッチホールから火を着ける方法もあるが、石動はそれは避けたかった。
大体、火縄っていちいち火を着けてから燃え尽きないように維持しないといけないし、天候に左右され不安定だと思う。
では火打石を使ったフリントロック式ではどうか?
フリントロックだと火花が火皿に飛んで、薬室内の火薬に点火されるまでにタイムラグが生じる。
マイケル・マン監督の映画「ザ・ラスト・オブ・モヒカン」で主人公がフリントロック式のケンタッキーライフルを撃つシーンがあるが、それを見ると引き金を引いてからワンテンポ遅れて弾丸が発射されるさまが良く描写されていた。
発火のタイムラグが大きいと、射手が引き金を引いた後に少しでも動けば、銃口がズレて狙ったところに命中しないという欠点がある。
火縄銃だと火縄で着火した火が火皿を経由して発射薬に点火されるのにほとんどタイムラグは無く、日本で火縄銃に代わりフリントロック銃が普及しなかったのは、命中精度を重んじる日本人がそんなタイムラグを嫌ったからだと言う説もあるくらいだ。
スナイパーである石動としては、引き金を引いてから撃発までのロックタイムが長い64式小銃ですらあまり好きではなかったので、タイムラグがあるフリントロック式は嫌いだし避けたい。
そのため、なんとか雷管を再現してできればカートリッジ方式、カートリッジが無理なら最低でも雷管を使用したパーカッション式の後装銃を作りたかった。
しかしこの雷管が最大の難関と言って良いほど難しい。
雷管とは、カートリッジの底の真ん中にはめ込まれた小さな筒のようなもので、これを叩くことで雷管の内部で爆発が起こり、それが薬莢の底にあけた穴を通じて発射薬を点火し、その燃焼圧力によって弾頭が発射される。
つまり、雷管とは真鍮や銅で出来た小さな筒や皿のような形をしたものの中に数ミリグラムの衝撃に敏感な起爆薬を詰めているもので、薬莢の中の発射薬が燃焼することで弾頭を発射するエネルギーを生じるのに対し、雷管は衝撃によって爆轟を発生させるものであり少量でも非常に発火圧力が高い特徴がある。
それを安全に取り扱えるように、雷管の中身は取り扱いの難しい火薬ではなく、化学物質を調合するのが普通だ。
前世界だと初期の雷管は雷酸水銀やアジ化鉛などを主に使用し、後にはトリシネートや硝酸バリウムなどを使用している。
つまり、雷管を完全再現するには石動がこの世界で硝酸バリウムを手に入れるか作る必要があり、そのためにはどこでどう硝酸を手に入れればよいのか? という難題を解決しなければならないわけだ。
現在の石動の錬金術レベルはやっと2になったところであり、スキルで調合したくとも素材を集めないと始まらないし、その素材がこの世界の何処に行けばあるのかすらわからない。
要するに現状での雷管の完全再現と製造は"困難"としか言えないのだ。
その上、銃身の素材やライフリング切削工具でも試行錯誤中であった。
火縄銃の様な丸い弾頭はエアガンのBB弾と一緒で弾道が安定せず近距離でしか当たらない。
スナイパーであり精度を求める石動としては、ちゃんと椎の実型の弾頭をライフリングで回転させ安定した弾道で飛ばすことにより正確な遠距離射撃がしたい。
その為、銃身にライフリングを刻むべくライフリングマシンを再現しようと試しているのだが、現在再現可能な炭素鋼製の銃身に精密な溝を切削するために必要な硬度の高い鉄を合金することや、電動工具の無いこの世界では完全なライフリングがなかなか上手く再現できないのも悩みの種だった。
当初、石動は前世界で旋盤を使用した加工に慣れていたため、ブローチという切削器具を再現したブローチ盤というものを使って内部を削ることでライフリングを加工しようと考えたが、原始的な旋盤しか再現できず諦めた。これはもっと大規模な動力と機械が製作できるようにならないと難しいと痛感する。
冷間鍛造のハンマーフォージング製法でのライフリング加工などはもっと技術が必要なので、初手から諦めていた。
そこで一番初歩的な一本づつ螺旋を刻むフックカッティングという手法を試してみる。
参考としたのは1800年代のアメリカで造られた「Robbins & Lawrence ライフリングマシン」という手動で銃身内に「フック」と呼ばれるカッターを通し、一本づつライフリングを刻む機械だった。
何とか苦労してライフリングマシンは作り上げることが出来、早速作動させてみるも、肝心のフックの硬度が足りないため銃身内を切削できず、暗礁に乗り上げていた。
現在試している鋼材ではライフリングを切削する刃が銃身の途中で金属同士が摩擦熱で癒着して止まってしまい、彫り進めなくなるなどの問題が発生して行き詰っていたのだ。
石動はいっそのこと銃身の鋼材を見直して、ライフルほど火薬量が多くなく高圧に晒されない散弾銃程度の鋼材の硬度とすることで切削し易くするべきか、と威力を落としても妥協することを検討しているところだった。
ライフリングが銃身の半分だけ入ったハーフライフルを作り、スラッグ弾にしてライフルドショットガンのようにすることで安定させる方が賢明か? とも考え込む。
「(・・・・いや、使用するのは今のところ黒色火薬なんだから無煙火薬ほど圧も高くないし銃身にそこまでの強度は必要ないんだよね・・・・・・。前世界で銃身に使用されるクロムモリブデン鋼が炭素の他にマンガン・クロム・ニッケル・モリブデンなどの合金元素を適量添加したものとは知っているけど、どうやったら素材を入手して添加すれば再現できるのか今の自分には見当も付かないし・・・・・・。やっぱりもう少し銃身の硬度を下げてライフリング・ドリルの硬度を上げて切削してみようかな。でも散弾銃となるとやはり金属薬莢に雷管が欲しいし。パーカッション式でやるなら弾頭に回転させる溝を刻んだライフルドスラグならできそうだけど・・・・・・。でもそれでは射程距離が短いし精度も落ちるしな~。う~ん、やっぱもっと自分の鍛冶と錬金レベルを上げないと難しいか・・・・・・)」
集中して作業していると時間が経つのも早いもので、気が付いたら日もすっかり落ちていた。
石動が慌てて道具を片付けていると、親方は既に片付け終わってパイプ煙草に火を着けて寛いでいる。
「ツトム、もういいのか? だいぶ行き詰っていたようだが、何か手伝えることがあれは言ってくれよ」
「ありがとうございます、親方。前回も手伝ってもらった穴に溝を掘る作業が旨くいかなくて・・・・」
親方は顔を顰め、タバコの煙を吐き出す。
「ああ、あれは相談されたのに役に立てなかったな。いい方法がないか、儂ももう一度考えてみよう」
「助かります。では、今日もお世話になりました」
「明日は訓練所だったっけ? 怪我せんよう気を付けてな」
「ハイ、ではまた明後日に。失礼します!」
親方に一礼して挨拶し鍛冶場を後にした石動は、神殿へと歩き出す。
「ヤバイ、夕食の時間に間に合うかな。遅れると巫女さんに叱られるんだよな」
携帯の時間を見て少し焦り始め、夕暮れの雑踏の中を駆け足で走り出すのだった。
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