MOA
忙しい合間を縫って、石動は少しづつ無煙火薬のアップデートを続けている。
最初に作った緩燃剤であるジニトロトルエンを配合したコルダイト無煙火薬は、シャープスライフルには相性が良かった。
そこで試しにと、次に前世界から持ち込んだ愛銃のレミントンM700カスタムに使用する308ウインチェスター弾を造ってみたのだ。
なにぶん、空薬莢も実弾もあるので、弾頭や薬莢を造るのは簡単である。
新たに錬金術で造った薬莢に新開発の雷管と無煙火薬を入れ、弾頭で蓋をして締めると、ハンドロードの308ウインチェスター弾の完成だ。
何とか時間を作っていつもの郊外に出かけると、早速レミントンで試射してみた。
ロサが双眼鏡を持ち、看的を務めてくれている。
石動のレミントンM700カスタムは、銃身・引き金・ボルトなど全てカスタムして磨き上げているので、相性の良い弾薬を使えばその精度はサブMOAを叩き出す。
MOAとは、ライフルの精度を数値で表す際に使われる単位のことだ。
1MOAは100ヤード(91.44m)先のターゲットに1インチ(2.54cm)内で集弾できる精度を持つ、という意味である。
つまり、理論上は1,000ヤード(914.4m)なら10インチ(25.4cm)に集弾できるという計算になる。もちろんこれは風や湿度など、細かい外的要因を全く無視した数値だが。
石動のレミントンカスタムのサブMOAの精度とは、1MOAの半分である100ヤードで0.5インチ(1.27cm)内に集弾できる精度までカスタムしてあるということだ。
今回ハンドロードした弾丸で、どれだけの精度を出せるか、石動はワクワクしながらレミントンを構える。
いつものようにまず、100メートルに貼った標的から狙ってみる。
ドゥーーンッ
よしよし、発砲音なんかは同じようなものだな、と思いながら続けて三発撃った。
双眼鏡を覗いていたロサからも指摘を受け、少しずれていたスコープの照準を修正して更に三発撃つ。
そしてロサと共に標的の場所まで歩き、弾痕を見た石動はがっかりした。
それぞれ三発づつ撃った弾痕が、幅5~7センチ以上で集弾していたからだ。
5センチ≒2MOAの精度では、軍用小銃としては合格点でも、狙撃銃としては落第点である。
「これじゃ役に立たないな。もっと精度の良い弾を造らないと」
「? 弾ってみんな同じじゃないの?」
「まったく違うんだよ。一般的に安い弾は精度が悪いし、試合用の弾は精度が良いんだ。その代わり一発が高価なんだけどね」
軍用などの安価に大量生産される軍用弾と、細かいところまで計算された試合用のマッチ弾では、集弾性能は段違いだ。自衛隊などの軍隊で、一般の兵士が使う小銃の弾とスナイパー達が使用する弾は全く別な物なのが普通だ。
薬莢や弾頭の形状や、使用する火薬の粒の形や質など、精密に考え抜かれた弾丸は、現代科学の粋と言っても過言ではない。
銃との相性が良ければ、例外的に安い弾でも良い精度を叩き出すこともあるが、それは非常に稀なケースにすぎない。
今回の試射で石動の造った弾では、まだまだ狙撃銃用の弾丸として不十分だとはっきりした。
これ以上の試射は残念ながら不要だと、石動は判断する。
石動は、今後も精度の良い弾を造るべく試行錯誤していかなければ、と決意を新たにした。
同時に、今のままのコルダイト火薬を活かせる長距離射撃用の小銃と弾丸も造ろうとも思う。
では、なにを造るのか?
それはボルトアクションライフルの元祖である、モーゼルライフルと8ミリモーゼル弾にしようと石動は思う。
いきなりレミントンカスタムのような最新型の高精度な銃を造ろうとしても、石動自身の鍛冶レベルだけではなく、鋼材などの材質が不十分なので現状では不可能だ。
そこで石動が現状で造ることができる最新鋭の銃が、1900年代のボルトアクションライフルということになるのだ。
そして石動が数あるボルトアクションライフルの中から、白羽の矢を立てたのはモーゼルKar98kライフルである。
1898年にドイツ帝国の制式ライフルとなったGew98ライフルを発展させたこのライフルは、第二次世界大戦のナチスドイツの主力小銃として有名だ。
Gew98ライフルで採用されたM98ボルトアクション機構は、最も堅牢かつ安全で考え抜かれた設計と評され、これよりのちに開発されたボルトアクションライフルに多大な影響を与えた名作だ。
シンプルな造りなのでチューンアップもしやすいという面もある。
そして使用弾薬である8ミリモーゼル弾。
正式には7.92x57mmモーゼル弾で、1905年にドイツ軍制式となってからは第一次・第二次世界大戦を通じて使用され、現在でもハンティングなどで根強い人気がある弾薬だ。
性能としてはアメリカ軍が第二次世界大戦で使用した30-06スプリングフィールド弾と同程度だが、弾道の低伸性に優れ射程距離が長い特徴がある。
石動はナチスは嫌いだが、ガンマニアとして、この時代のドイツ製火器の大ファンである。
ルガーP08や、ルパン三世の愛銃ワルサーP38など、ガンマニアではなくても知っているような銘銃が、この時代のドイツ製火器にはゴロゴロしている。
石動にはアメリカの実用本位の銃とは違った、クラフトマンシップが感じられる精緻な銃というイメージがあった。
将来、石動が自動ライフルが造れるような鍛冶レベルになれば、是非とも造りたい憧れのライフルがこの時代に存在している。
そしてそのライフルが使用する弾薬は8ミリモーゼル弾だ。
憧れの実現への第一歩として、8ミリモーゼル弾を使用するモーゼルのボルトアクションライフルを先に造っておこうと思った、と言っても過言ではない。
これからも目標に向かって、鍛冶スキルと錬金術スキルをあげて精進しようと心に誓う石動だった。
一か月後、クレアシス王国とのシャープスライフル量産計画に関しての契約は、オルキスの尽力によって、無事完了した。
旋盤のロイヤルティ代金も含めて、契約金などはノークトゥアム商会がすべて管理してくれるので安心だ。
今後は石動も必要なら各国にある商業ギルドにて、自身名義の口座からお金を引き出すことができるように手続してくれた。
既に石動の口座には、かなりの金額が入金されているよ、とオルキスが言いウィンクする。
もちろん、ノークトゥアム商会の利益も膨大なものになりそうで、ノークトゥアム会長から感謝の手紙が石動に届いた。
オルキスも、商会内で出世できそうだと笑っていた。
エルフの郷での、師匠を中心とした雷管と50-90紙薬莢弾の生産も順調のようだ。
早速、オルキスが雷管と銃弾が届いたと連絡してきた。
第一陣で届いたのは、その数1,000発。
石動も黒色火薬用シャープスライフルにキャップ式雷管を填め、紙薬莢弾を装填して試射してみたが、作動・威力とも申し分ない。
さすがは師匠、と言うほかないだろう。
そんなこんなで、所用にモーゼルライフルと弾薬の試作にと、石動は忙しい。
だが、忙しい合間を縫って郊外に試射しにいくのも定番の行動となっていた。
既にロサにも専用のマリーンM1895をもう一丁造って渡してあり、石動が試射に行くたびに同行しては結構な弾数を撃ち込んでいるので、すっかり手足のように扱えるようになっている。
ロサは片手でマリーンM1895を撃つと、スピンコックして、さらに片手で撃ち続ける芸当もこなす。それでいて、きちんと的を外さないのが凄い。
ターミネーター2のシュワちゃんも顔負けだ(映画で使われたのはウィンチェスターM1887散弾銃だけど)。
忙しく働き、宿に帰って泥のように眠る。
そんな生活を続け、モーゼルライフルの完成も見えてきたころ、珍客が宿に現れた。
エドワルドがやってきたのだ。
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