実力行使
カプリュスが精錬したクロムモリブデン鋼の限界まで圧力を高めた結果、この強装弾は既に458ウインチェスター弾を超えたエネルギーを発揮していると石動は確信している。
計測器が無いのではっきりとは分からないが、真鍮製フラットノーズ530grのヘビー級弾頭を、新型火薬を使うことで初速2500ft/sまで加速させ、そのエネルギーは約6200ft-lbs(約8400J)にも達しているだろう。
エネルギーだけで比較するなら、308ウインチェスター弾の約2.5倍もの凄まじいパワーだ。
石動はこの弾なら、アフリカ象やサイのような硬皮動物でも倒すことができると自信を持っていた。
シャープスライフルのレバーを操作して薬室に一発装填すると、右手の指の間に2発挟んでおく。
スタンドのVIP席からクプルムのニヤニヤ笑いが滲んだ声が降ってくる。
「こやつは今まで、何人もの腕自慢たちを葬ってきた強者でな。何十人、いや、もしかしたら100人を超えているかもしれん。弓矢ははねのけ、剣も通じず、槍は折れ曲がる。あげくの果てに皆、こやつの角で串刺しになるか、蹄で踏みつぶされてひき肉になるのが落ちだ。
それで付いたあだ名が"黒い死神"よ」
石動は思わず笑いそうになる。
「(あだ名も前世界と同じかよ! どこにいっても変わらないんだな)」
クプルムは石動が洩らした笑みを見て、一瞬戸惑ったように言葉を切ったが、すぐに続けた。
「この死神を相手にジュウとやらの実力を見せてもらおう。フフフ、恐ろしいなら今すぐに負けを認めて、尻尾を巻いて帰っても良いぞ。ただし、その場合は負けたのだからジュウとその製造権は私に献上して」
「恐れ多くもクプルム殿下にお尋ねしたい儀がございます!」
クプルムの言葉をさえぎり、石動が大きな声を張り上げた。
言葉をさえぎられ、鼻白んだクプルムはいささか不機嫌に尋ねる。
「聞きたい事とは何だ。言ってみよ」
「実力をお見せするということは、あれなる死神とやらを退治してしまってもよいのでしょうか」
石動の問いに一瞬、あっけにとられたクプルムだったが、遂には笑い出してしまう。
「ウハハハッ、その通りだ、ザミエルとやら。もし殺せるものならな」
「では、私が殺してしまってもおとがめはありませんね? あとで損害賠償せよとか」
「うむ、咎めるようなことはせん」
「それはクプルム第二王子の言葉としてうかがってよろしいでしょうか」
「くどい! 私に二言は無い!」
しつこく石動に詰められて、機嫌が悪くなったクプルムは憮然として言い放つ。
「言質は頂きました。では始めましょうか」
石動はバサッとマントの前を広げて、動きやすくすると、シャープスライフルを両手で持つ。
カプリュスが蒼白な顔で石動に近づくと、震えながら囁く。
「ザミエル殿、ワシのせいでこんなことになってしまい、責任を感じておる。謝れと言うなら幾らでも謝ろう。しかし、あの死神はダメだ! ワシもあの死神に挑んで散った者達を何人も見てきた。譲ってもらったあのジュウでも、あの死神には太刀打ちできるとは思えん。ここはなんとか殿下に取り入ってでも切り抜けて、王に仲裁してもらった方が良いのでは・・・・・・」
「カプリュスさん、我が銃の究極奥義をお見せしましょう。危ないので、私の後ろに下がっていてください」
石動はカプリュスの言葉をしりぞけると、邪魔にならないよう、出入り口付近の壁際まで下がっていてもらう。
50-110WCF弾強装弾の強烈な反動を上手く逃がすため、立射で撃つつもりの石動は、半身になって銃口を斜め下に向けた態勢で待つ。
クプルムの合図でバッファローの檻が開かれると、巨大な黒い塊が檻の外に飛び出した。
石動から20メートル程の距離をとったバッファローは、鼻息も荒く、威嚇するように鳴き声を上げる。前足で地面を掻き、今にも突進してきそうだ。
石動はシャープスライフルを構えるとハンマーを起こした。セットトリガーは今回使わない。
黒い死神は一際、大きな声で鳴き声をあげると、いきなり巨大な角を振りかざし突進してきた。
ケープバッファローのトップスピードは時速60キロ弱なので、あっという間に距離が詰まってくる。
石動は慌てず、冷静に死神をサイトに捕らえていた。
角を振りかざし、やや頭を前傾姿勢で突っ込んでくるので、胸のあたりは狙えないため頭を狙う。
頭頂部の兜のように盛り上がっている部分を避け、眉間辺りを狙って引き金を落とした。
ズドバァンッ!
落雷のような銃声と共に強烈な反動が、石動の右肩を襲う。
上半身を柳のように逸らすことで反動をいなし、レバーを操作して発砲済の薬莢を排出すると、指に挟んでいた次弾を素早く装填する。
レバーを戻し、チャンバーを閉じると、素早く死神にそのまま狙いをもどした。
黒い死神は眉間に弾丸を受けると感電したようにビクッとして、そのまま数メートルは走り続けたがついに膝が折れ転倒すると、疾走してきたその勢いのままズザーッと地面を滑ってきた。
シャープスライフルの狙いをつけたままでいる石動の、ほんの2メートル先まで滑ってきて止まる。
両目や耳からも出血し、鼻息と共に血を噴き出しているのをみて、石動は巨体の左横に回る。
そして前足の付け根付近を狙い、再び発砲した。
再度の銃弾により肺と心臓を破壊された黒い死神は、今度こそ息の根が止まり、全身が弛緩すると身体の下から血が広がっていく。
レバーを操作し、新たに排夾・装填を済ませた石動は、クプルムの様子を窺う。
予想外の展開に呆然としていたクプルムは、ハッと我に返ると、大声でわめきだす。
「何をしておる! その無礼者を捕らえよ!」
石動はクプルムの席の隣の台に飾ってある、色とりどりの花が生けられた高さ1メートルほどある巨大な花瓶に向けて発砲した。
花瓶は着弾の瞬間、爆発したように粉々になり、花や花瓶の破片がクプルムや近くにいた近衛騎士たちに降り注ぐ。
「ヒィィッ!」
息を呑み、悲鳴を上げたクプルムに、石動は慇懃に頭を下げてみせた。
「おやおや、クプルム殿下。たまたま流れ弾がそちらの花瓶に当ってしまったようで、大変失礼いたしました。まだ、危険ですから、あまり動かれない方が良いかと存じます」
「ぶ、ぶ、無礼であろう! 王族に歯向かう気か?!」
「はて、王族と言うのは前言を簡単に覆すような方のことでしょうか。先程、第二王子の言として二言は無いとまでおっしゃったにもかかわらず、何故、私を捕らえようとされるのか。ご返答次第では更なる流れ弾が降り注ぐやもしれませんぞ」
クプルムの血の気が引き顔色が蒼白になる。わめき散らしたいのをぐっと我慢しているようだ。
石動は、マントの下でシャープスライフルをマジックバッグにしまい込むと、かわりに着剣済のM12トレンチガンを取り出した。
銃身下のチューブマガジンには九粒弾と一発玉弾が交互に詰められている。フォアアームを引いて薬室にダブルオーバックを送り込むとジャキン!と薬室を閉じた。
ついでにチューブにもう一発補弾しておく。
「無益な殺生はしたくありませんが、私やカプリュスさんに手出ししようと思うなら、黒い死神と同じ目に遭うと覚悟して来てくださいね」
石動がトレンチガンを構えて仁王立ちになり、にこやかに笑顔で言うと、クプルムも近衛騎士も言葉がなく、その場から動けなくなってしまった。
そんな闘技場の一触即発な緊張感は、突然壁際の出入り口がバンっという音ともに開き、大勢の騎士や衛兵を引き連れ、武装した王とオルキスが雪崩れ込んできたことで破られる。
「これはいったい何の騒ぎだ!」
大声で尋ねたドワーフの王も、血を流して倒れ伏す黒い死神とその前に立つ石動の姿を見て、あっけにとられ、言葉が続かなくなってしまった。
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