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旋盤

 翌朝、石動が起きた時には、もうエドワルドは出立した後だった。

 宿の支配人に尋ねると、夜明け前に数人の男性と宿の前で待ち合わせて、一緒に歩いて行ったという。


 あまりにあっけないのと、その行動にすこし引っかかるものを感じた石動だったが、傭兵ならそんなものか、と思い直す。

 朝食を済ませ、カプリュスの工房に行くと、すでに作業室でカプリュスとラビスが待っていた。

 

「とりあえず2種類、合金の割合を変えて造ってみたぞ。ワシとしては良いものが出来た自信があるんだがな」


 弾薬が出来た翌日、満面の笑みを浮かべたカプリュスが、ラビスが引く台車に鋼材を載せてやってきた。


「ありがとうございます。早速、拝見しますね」

「おおっ、いいぞ。じっくり見てくれ!」


 台車には長さ2メートル程のインゴットが長くなったような形のものと、縦2メートル横1メートルの長方形をした厚板がいくつも積まれていた。

 試しに持ち上げようとしてみたが、あまりに重すぎて、石動の力では無理だ。

 そこで持つことは諦めて、じっと見つめると「クロムモリブデン鋼:ニッケル」という言葉が頭に浮かんでくる。


「(2種類って、言ってたな・・・・・・)」

 

 石動が視線を鋼材にさまよわせ見比べていると、見た目は同じだが下の方の鋼材に視線を合わせた時、「クロムモリブデン鋼:ニッケル・バナジウム」という言葉が頭の中に浮かぶ。


「なるほど、こちらとこちらの鋼材で合金の配合が違うんですね」

「さすがはザミエル殿! 見ただけで判別するとは恐れ入った! ワシらでも分からん奴は居るというのにな!」

 

 石動の言葉に、カプリュスは驚いたように目を見張る。その横でラビスも眼をキラキラさせて石動を見上げていた。

 いささか、くすぐったい気持ちになった石動は照れ隠しに、ことさらキリっと顔を上げてふたりに言う。

「では銃を造る作業に取り掛かろうと思います。今から手順をお教えしますので、準備をお願いします」

「了解した! ラビス、お前も良いな!」

「ハイッ、親方!」


 石動は鉄砲鍛冶をカプリュスにも一から手伝ってもらうことで、自分の銃を造りつつシャープスライフルの作り方を教えるのを兼ねようと考えていた。

 鋼材の状態もわかったし、弾薬の準備もできているので、あとは鋼材を加工して銃を造るだけだ。 


 まずは教材用のシャープスライフルを見本として、分解し部品を並べた。

 それから一つ一つの部品の組み合わせや働きなどを実際に示して、真剣に石動の手元を見つめるカプリュスとラビスに教える。 


 この世界には一般的に工業機械はないので、ドワーフ達のような鍛冶師が金属器の製造も手作業で金属から削り出しておこなう。

 こういった削り出しや焼入れなどの職人技がどれだけ早く綺麗に出来るかが、ドワーフ達の腕の差になるのだ。

 削り出して部品を造ると聞いたカプリュス達は、早速(たがね)やハンマーに金属やすりを取り出そうとした。それを見た石動は、カプリュス達を止め、足踏み旋盤を使うと説明する。

 足踏み旋盤の金属切削用バイトは、エルフの郷の親方がサーベルベアの爪を加工した特製品なので、クロムモリブデン鋼でも問題なく削れるだろう。


「なんだこれは!! ザミエル殿! センバンと言ったか、これは革命的なシロモノだぞっ!」

「スゴイです! あっという間に金属が削られて、まるで魔法みたいだ!」


 金属加工に関してはドワーフの中でもトップクラスに君臨するカプリュスが、石動が持ち込んだ足踏み式の旋盤に食いついた。カプリュスとラビスの興奮度合いが石動の想像以上に凄い。

 そこからふたりで興味津々のあまり、石動を質問攻めにする。


 石動が使い方を教えるために、実際に旋盤を使ってパーツを造って見せるデモンストレーションをすると、カプリュスはあっという間に理解しただけでなく、実際に使っていくつも部品を削り出して見せた。


 それを見た石動は舌を巻く。出来上がった部品の精度も、ほとんど石動の造ったものと変わらない。


「流石ですね、初めてでこれだけできる人は初めて見ました」

「う~ん、この機械は素晴らしいな。ザミエル殿、良かったら少しの間、ワシに預けんか? いくつか手を加えれば、もっと使いやすくなるぞ・・・・・・」


 カプリュスは旋盤を弄りながら、ここをこうすれば、いやあれを変えれば効率がいい、などとブツブツ呟いていた。その挙句、自作でも改良した旋盤を造って使用したいと言い出す。


「ザミエル殿、どうだ? その、相談なんだが・・・・・・このセンバン、ワシに権利を売らんか? この国のドワーフなら欲しがらないヤツはいないし、滅茶苦茶売れるぞ! なによりこれが皆に普及すれば、この国の金属加工の水準が今よりも上がるのは間違いない。そのためにもこのワシが造って売るべきだとは思わんかっ!!」


 急遽、石動とカプリュスで話し合いが行われた結果、改良した旋盤の権利譲渡なども含めて、後日商業ギルドで契約することになった。カプリュスが、この旋盤は皆が欲しがると断言し、絶対売れるというので、カプリュスが製造販売することで合意する。

 石動はインセンティブとして、売上の2割を貰うことが決まった。


 そんな調子で銃の製作もとんとん拍子で進み、機関部の目途は立ったので、あとは銃身の加工だ。


 銃身を製造するのに丸い鋼材をくり抜く方法をとりたい石動に対し、心棒に鋼材を巻き付けて空洞のある円柱を造れば早いと言うカプリュス。


「(いやいや、黒色火薬時代の火縄銃や前装填銃ならそれでも良いんだろうけど・・・・・・待てよ。ドワーフに渡す銃としては無煙火薬に対応できない強度の銃身だった方が都合がイイか・・・・・・)」


 心棒に熱した帯状の鋼板を張り付けて巻きつけて筒状にして、外側からハンマーで叩いて造る方法を「巻き銃身」といい、初期の鉄砲製作で採られた手法だ。この際に強度を増すため違う素材の鉄を巻くことで美しい渦巻き状の文様が生じたものを「ダマスカス銃身」という。日本の火縄銃などもこのような造り方をしていた。


 それを思い出した石動は、思いついてカプリュスに提供する銃身はライフリングもハンマ鍛造(ハンマーフォージング)方式にしてはどうかと提案してみた。


 これは固定された心棒にライフリングを刻むミゾがあり、そこへ熱した鋼材を被せてハンマーで叩きながら銃身を移動させることで、ライフリング加工する方法だ。

 前世界でも大量生産される銃身に使用された方法で、石動にはハードルが高いが、ハンマー加工に慣れたドワーフ達なら再現できるかもしれない。

 前世界のダマスカス銃身でこの方法が採られたなんて話は聞いたことが無いが、カプリュス達のようなとんでもない技術を持ったドワーフならやれそうな気がしたのだ。


 そして石動が思った通り、翌日にはカプリュスはハンマ鍛造で美しい八角形の断面を持つ銃身を造りあげてきて、ドヤ顔を見せた。

「どうだ。これなら文句ないだろう。ザミエル殿の言った通り中に線条も刻んであるぞ」


 美しいダマスカス模様が浮かび上がった八角形の銃身の中には、キレイなライフリングが刻まれていた。

「素晴らしいです。流石はドワーフの技術ですね。私には真似ができない匠の技です」

 石動は褒め称えたうえで、ライフリングに少しバリが出ているので取ったほうが良いとアドバイスする。


 その上で石動は、どうしても自分の銃身はガンドリルで鋼材に穴をあけたうえで、ガンフックを使いライフリングを刻みたいとカプリュスに言う。

 フックで刻む方が手間と時間がかかるが、銃身に曲がりなどの応力が生じにくく、ハンマ鍛造よりも精度が高いからだ。

 

「せっかくの鋼材なので、最高の状態で仕上げたいのです。なんとかなりませんか? 何とかなるようなら、旋盤の権利譲渡料は半分にしてもいいですよ」

「ヨシッ、ワシに任せとけ! 旋盤を改良すれば何とかできるかもしれん。ちょっと時間をくれ」


 そう言って鍛冶場に戻っていったカプリュスは、なんと2日後には旋盤を応用して円柱の中心をくり抜くガンドリルを造りあげてきた。

「もうできたんですか!」

「ふふん、ワシを誰だと思っている? ドワーフいちのカプリュス様だぞ」

 

 カプリュスが持ってきたガンドリルを使うと問題なくオイルを飛び散らせながら鋼材をくり抜いた。石動はこれでライフリングマシンでライフリングを刻む作業が格段に楽になった、と喜ぶ。


 こうして作業を始めて1週間ほどで、銃身と機関部を仮組みしたものが出来上がった。

 これはカプリュスとラビスが、鍛冶場で石動が学べるように分かりやすく焼入れの手順を実践してくれ、強度を増したものだ。

 カプリュスが造った黒色火薬用のシャープスライフルのものがひとつ。

 合金の配合により、二種類の性質の違うクロムモリブデン鋼で造った無煙火薬用シャープスライフルのものがふたつ。

 

 あとは、石動が用意した弾薬を込めて撃つことで、実際に圧力に耐えるかどうかの実験をおこなうだけだ。

お読みいただきありがとうございました。


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