無煙火薬
翌日、作業室に出勤した石動は、とりあえず在庫にある鉱石からは必要な金属粉を作製し終えた。
石動は、カプリュスに声をかけると、金属粉を渡すことにする。
「ヨシッ! あとは任せとけ! お望み通りの鋼を持ってきてやるからな!」
ガハハハッと、豪快に笑いながら各種の金属粉を台車に載せて、弟子に鍛冶場まで運ばせようとしているカプリュス。すごく張り切っている。
「試作品の鋼が出来たら、この部屋にお持ちしたら良いですか?」
台車を持ってきたラビスが冷静に石動に尋ねてくる。
「そうですね。出来たらそうお願いします」
石動は頷き、金属粉を台車に載せて鍛冶場へ運んでいくラビスとカプリュスを見送った。
作業室に残った石動は、次の作業の準備を始めた。
カプリュスがクロムモリブデン鋼を造りあげるまでの間に、できれば無煙火薬と雷管を造っておきたい。
せっかく合金が出来たとしても、それが無煙火薬の弾丸を発射する圧力に耐えられるものでないと意味がない。それを確かめるには、出来上がった鋼を実際に切削して、薬室とライフリング無しでもいいから銃身を造って発射実験を行う必要がある。
そのため、石動は実験を行うのに必要な無煙火薬と雷管を完成させ、テスト用の金属薬莢弾をいくつか完成させておきたいと考えている。
石動が造ろうとしている無煙火薬は、まずは一番シンプルなニトロセルロース主体のシングルベース火薬だ。前世界でも一般的に、拳銃や小火器の弾薬に使用されていたものになる。
ニトロセルロースとは単純に言えば、木綿や綿などのセルロースを硝酸と硫酸の混液で処理して造る無煙火薬だ。これを造るために苦労して硝酸を取ってきたと言っても過言ではない。
硝酸を取りに行った挙句、ディアトリマに食われそうになったりして、苦労した結果ようやくここまで漕ぎ着けたと思うと、石動としても感慨深いものがある。
まだ、無煙火薬ができてもいないのにジ~ンとしてきたので、頭を振って気分を切り替えた。
問題はシングルベース火薬の作製に必要な、安定剤や緩燃材の素材がこの世界に無いことだ。
正確に言うと、まだ見つけられていない。
前世界ではニトロセルロースの他に、安定剤としてジフェニルアミンなどの安定剤を添加して、火薬が不安定化しないようにするのだが、こちらではジフェニルアミンを合成する手段がない。
というか、どの素材をどう錬金すればできるかもわからない。
したがって石動は、ごく初期のシングルベース火薬である「B火薬」と呼ばれたものを造ってみるつもりだ。これはニトロセルロースに安定剤としてエチルアルコールとエーテルを混ぜてゲル状にしたもので、これならなんとか素材はそろう。
それでもB火薬はエチルアルコールなどが揮発すると、途端に不安定化するのが弱点だ。
そのため、石動は念のためダブルベース火薬の「コルダイト」も造りたい。
ダブルベース火薬とは、ニトロセルロースとニトログリセリンを基材として、安定剤などを加えた無煙火薬だ。シングルベース火薬と比べて燃速度・爆発熱とも高く、推進力が強い。反面、銃身などへの焼食が大きくなり、銃身の寿命が短くなる欠点がある。
「コルダイト」の安定剤はワセリンなのでこちらでも手に入る。
そしてコルダイト製造に必須なのが「ニトログリセリン」なのだ。
硝酸を手に入れたおかげで、ニトログリセリンも製造可能になった。
石動はワクワクする気持ちを静めて、まずは一つづつ造ろうと、魔法陣の上に木綿と硝酸、硫酸を置いた。
スキルを発動し「抽出」して「調合」する。そして「錬成」してから「組成」した。
出来上がった布状の物質を見ると「ニトロセルロース」という言葉が頭の中に浮かんできた。
成功だ。あまりに簡単に出来てしまい、拍子抜けするほどだ。
さすがにスキルだと速いな、と石動は改めて感じる。
本来なら洗浄して酸を取り除く作業だけで60時間はかかるのだ。それが一瞬で出来てしまうのが凄い。
次いでニトロセルロースに加え、エチルアルコールとエーテルを魔法陣に置き、「調合」する。
「錬成」した後に「加工」して布状からゲル状に変化させ、粒状に変化するように「組成」すればB火薬の完成だ。
スキルの輝きがおさまると、魔法陣の上には白っぽい顆粒状の粉が小さく山になっている。
試しに小皿の上に一つまみ取って、火を着けてみた。
「シュッ!」という音とともに、一瞬で燃え尽きる。煙もほとんどあがらなかった。
「(この世界で無煙火薬が生まれた瞬間だな・・・・・・)」
石動はちょっと感動してしまう。
実際に出来上がると、今度こそジーンと万感胸に迫り、込み上げてくるものがあった。
「(いや、まだまだこれからだ。この勢いでコルダイトの方も挑戦してみるか。じゃあ、まずはニトログリセリンからだな・・・・・・)」
ニトログリセリンの原料となるグリセリンは、エルフの郷で鍛冶仕事で汚れた手を洗いたくて、石鹼を造った時に副産物として大量に出たのをストックしてあった。石動の造った石鹸は、エルフ達の間で大人気となったので、死ぬほど造らされたのは、今となってはいい思い出だ。
グリセリンを硝酸と硫酸の混合液で硝酸エステル化させれば、ニトログリセリンの完成だ。その硝酸エステル化の行程は、錬金術スキルで補うのだが。
石動は魔法陣の上に材料を並べると、錬金術スキルを発動し、注意深く「抽出」する。「調合」して「錬成」すると、キラキラと輝く透明な液体が宙に浮いていた。
集中して注意深く液体を、世界樹の樹液で出来たビーカーに移す。
ビーカーの中の液体を見ると、石動の頭の中に「ニトログリセリン」という言葉が浮かんできた。
できたニトログリセリンは100CCくらいだが、衝撃を与えて爆発させると、この部屋が吹き飛ぶどころの騒ぎではないので慎重に取り扱う。
万一のことを考え、ニトログリセリンが入ったビーカーをおそるおそる、部屋の奥にある土壁に囲まれたセーフルームに運ぶ。
セーフルームの重いドアを開けて、石動は中のテーブルの上にビーカーを置いた。
ドアを閉めて密封し、魔法陣を出すと、ニトロセルロースとニトログリセリンを並べる。安定剤として使うのは、この世界にもあったワセリンだ。本来は最後にアセトンを加えて溶かし、練る必要があるが、そこは錬金術スキルでカバーできる。
石動は今日一番、集中力して、錬金術スキルを発動する。
「抽出」して「調合」、「錬成」して「組成」する。それから「加工」することで、粒子状の物へと変化した。出来上がった粉を石動が見ると「コルダイト」という言葉が浮かんできた。
よしっ、成功だ。
石動はホッとして、大きく息を吐く。
それから限界がくるまで、石動はB火薬とコルダイトを造り続けた。
眩暈を感じ始めた時に、すこし残っていたニトログリセリンは、危険なので珪藻土に吸わせて容器に入れ、マジックバッグにしまい込んでおく。
「(フフッ、この世界で初めてダイナマイト造ってしまった・・・・・・。ノーベルいないし、いいよね?)」
セーフルームに置いておくことも考えたが、異空間ともいえるマジックバッグの方が安全と判断したのだ。ノーベルの発明にあやかり、珪藻土に染み込ませておけば、少しは安定するだろう。
そのほかの出来上がった火薬類はセーフルームの中に置き、重いドアにカギをかけた。
明日は火薬づくりの続きと、雷管の製作にかかるつもりだ。
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