契約
ふと思いついて、「カクヨミ」様でも公開し始めました。
ちょっとだけ文体を訂正しながら、アップしています。たいして変わっていないのは、直しようがないから・・・・・・?
気が向いたら、覗いてみてくださいませ。
「よく来たな。待っていたぞ!」
「こちらこそ。楽しみにしていました」
豪奢な工房長室に入ると、待ちかねたようにカプリュスがデスクから立ち上がり、歩み寄ってきた。そしてガハハハッと豪快に笑いながら、カプリュスが石動の肩を親しげにバンバン叩く。
一撃一撃がズシッとくる重い打撃に、思わず咳込みそうになりながら、石動は笑みを返して握手する。
「契約の前になんだが、例の部屋の用意ができてるんだ。ちょっと見てみるか?」
カプリュスが悪戯っぽく笑いながら、石動の顔を見上げるように見た。
「いいですね。ぜひ拝見したい」
「よし、こっちだ」
カプリュスは握手した手をそのままに、石動の手を引っ張るようにして誘導する。
石動はいい歳したおっさんと手を繋いで歩くのは少し気恥ずかしかったが、先日試射した部屋の先にある鉄製の頑丈そうなドアを開けたら、そんな感情は吹き飛んでしまった。
広さは前世界のバスケットコートくらいだろうか。部屋の真ん中に大きな作業台が置かれ、壁には試薬や素材を入れる棚やキャビネットが並んでいる。部屋の奥には、石動がリクエストしていた爆発物の実験に耐えるセーフルームも造られていた。ドワーフらしく頑丈な土壁で囲まれているので、中で少々爆発が起きてもビクともしそうにない。
その横にはちゃんと鍛冶ができるよう、炉と金床が設えられている。
「(このへんにエルフの郷で使った足踏み式旋盤を置いて・・・・・・作業台が広いから万力やライフリングマシンも余裕で置けそうだ・・・・・・錬金術を使用するにもちょうどいい・・・・・・ガラスの容器も欲しいな)」
カプリュスにガラスのことも聞いてみたら、専門の職人がいるとのことだった。
以前、エルフの郷で錬金術の師匠がガラスのビーカーやフラスコを使っていると思ったら、透明な世界樹の樹液を固めた容器だと聞いてビックリしたことがあった。
直接火にかけても酸を入れても大丈夫なんて、世界樹の樹液スゲー!と感心したのはいい思い出である。
蝙蝠の洞窟で、硝酸を採取してきた入れ物も、もちろん世界樹の樹液で出来た密閉容器だ。
では世界樹の樹液を固めて磨けはレンズ代わりになるかも、と試してみたこともあった。がしかし、倍率の低い虫メガネ程度には再現できても、望遠レンズとしては透明度が足りず、歪みも発生するしで諦めてしまったのだ。
もしかしたら石動が持つスキルのレベルが足りないだけかもしれないが・・・・・・。
今度こそは職人を紹介してもらい、ちゃんとしたガラス製のビーカーなどを造ってもらうつもりだ。
そしてやはり金属加工の道具はドワーフだけあって、エルフの郷より進んでいた。
彫金の技術も発達しているので、鏨や金属加工用のやすりなどは各種そろっていて使いやすそうだ。残念ながら、旋盤などの機械は存在し無かった。
石動は、できれば銃身を加工するライフリングマシンも進化させたい、と考えている。
もしガンドリルを製作できれば一気にライフリング切削が可能となるし、命中精度も上がるかもしれない。
ドワーフの技術力如何では、石動では無理だった他の工法も試せそうで楽しみだ。
「(そのへんはカプリュスとの相談如何だな・・・・・・)」
「どうだ! これなら文句あるまい!」
「ええ、ありがとうございます。早速、今日からでも使わせていただきましょう」
カプリュスが、フンスッという効果音が聞こえた気になるほど鼻息荒くドヤ顔をしてきたので、石動は笑顔でお礼を述べておく。
工房長室に戻った石動は、カプリュスに契約書を渡した。
じっくり熟読したカプリュスは石動に質問する。
「確認だが、この契約書にある通り合金が完成したら、銃の造り方を教えてもらえるんだな?」
「そうです。一緒に造ることにしましょう」
カプリュスは頷くと、契約書の石動のサインの横に署名する。
一部づつ契約書を交換した2人は、いい笑顔で握手を交わした。
こうして、いよいよ石動の、ドワーフの工房での生活が始まったのだ。
契約を終えた石動は、早速カプリュスから提供された作業部屋に移動して、作業机の上に何種類かの鉱石と魔法陣を用意する。
まず取り掛かるのは、カプリュスとの共同作業である合金づくりだ。
合金に使うための金属を、錬金術スキルを使って「抽出」「錬成」する必要があるからだ。
ちょっと考えていた石動は、まずカプリュスから提供された蛇紋岩を手に取った。
蛇紋岩はニッケルやクロムを含有した鉱石だ。このあたりの山からは豊富に採取されることから、カプリュス達もニッケルを加えて合金を造ると鋼が硬くなるのを既に知っていて、今までにも何度も造っているという。石動としても、鋼にニッケルを加えると抗張力と硬度が増すので、銃身の素材として押さえておきたい金属だ。
魔法陣を広げると蛇紋岩を置き、ニッケルとクロムを順番に「抽出」する。その後「精錬」を経て、「加工」の魔法陣で粉末化して保存しておく。
何度も新たな蛇紋岩を魔法陣の上に置き換えて作業を続けていると、ニッケルは結構溜まってきたが、クロムの量が眼に見えて少ない。ここで産出される蛇紋岩にクロムの含有量が少ないために、あまり抽出できないようだ。
そこで、石動は麓の街で購入してきたクロム鉄鉱もとりだすと、あわせて「抽出」していくことにした。
クロムが必要量できれば、次は褐鉛鉱からバナジウムを取り出す作業が待っている。
バナジウムを加えると、くり返し応力に耐性がつく。
クロムやモリブデンを加えると、高温、摩耗耐性および硬度が増す。
モリブデンは輝水鉛鉱と硝酸を反応させた酸化物から、錬金術で「抽出」できそうだ。
石動には、ライフルのバレルとはクロムモリブデン鋼をベースに加工した金属から出来ているという知識はある。
しかし、クロムモリブデン鋼をつくるのに、どれだけのクロムやモリブデンを鋼に加えたらできるのかを知らない。さらにはニッケルなどをどう加えたら、強靭な銃身になるのか見当も付かない。
また出来上がった金属はそのままでは使えない。
ねじれやゆがみなどの応力を取り除くために、複雑な焼入れ工程を行なうことで金属分子が平衡状態に戻り、正しく配列される。そうすることで銃身内のゆがみなどの応力が無くなるのだ。
そこまで完了して、やっと穿孔や切削といった作業に入ることができる。
石動としては、この工房で金属の作り方を学びたい。合金だけではなく焼入れの方法も含めて知りたい。
そうすれば、これからどんな銃を造るにせよ、必要な知識と経験を得ることができると思っている。
石動は集中して魔法陣の上で作業を続けていたが、4時間ほど続けると眩暈を感じるようになってきたので、中断せざるをえなくなった。最近はここまで連続して作業することがあまりなかったので、今のレベルではこれが限界のようだ。
「(エルフの郷で火の魔石を雷管代わりに切り出す作業を続けたとき以来だな・・・・・・。あの時は2~3時間で眩暈がして、千個切り出すのに3日かかったっけ・・・・・・。少しは進歩してるのかな)」
石動は眩暈が治まるのを椅子に座って待ちながら、昔を思い出していた。昔といっても、ほんの数カ月前だと気がついて苦笑いする。
本日の作業はこれまでと、切り上げることに決めた。
石動は粉末化した金属粉を作業室の棚にしまい、片づけをした後、カプリュスに声をかけてから宿に引き揚げることにする。
お読みいただきありがとうございました。
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