危機一髪
引き金を落とした瞬間、巨鳥はまるで瞬間移動のようなスピードで動き、石動が放った銃弾を躱す。そればかりでなく、石動の居る滝つぼの近くまで一瞬でたどりつき、巨大な鉤爪で蹴ってきた。
「速いッ!」
膝撃ちの態勢から前転して躱すことで、辛うじて鉤爪を避けるが、巨鳥は次々と蹴ってくる。
「(くそっ、臭いとか思ったから、怒ったのかな!)」
石動は蹴りのたびに身体を掠める鋭い鉤爪を銃剣で捌くが、体格差は如何ともし難く、岩壁の方へと追いやられた。そのうえ、巨鳥の動きが素早すぎたので、シャープスライフルは再装填できておらず、薬室は弾切れの状態だ。
「(次は絶対に連発銃をつくるんだ、っと!)」
必死で銃剣で鉤爪を捌いていたら、背中が岩壁に当る。
しまった、と身体を入れ替えようとした時、巨鳥はとどめとばかりに体重を乗せた蹴りを放ってきた。
ガキィン!!
鉤爪がシャープスライフルや銃剣に当る金属音が鳴り響く。
巨鳥の大きな足が石動の頭を握りつぶそうと、顔の前まで迫っていた。何とか顔の前に掲げたシャープスライフルで防いではいるものの、石動が押し返す力より巨鳥の押す力の方が圧倒的に強く、ジリジリと鉤爪が近づいてくる。
鉤爪がついに石動の頬に当った。巨鳥が指を動かしたのか、鉤爪が石動の頬を裂く。頬から血が流れだしたのを石動は感じる。
血の臭いに誘われたのか、巨鳥は大きなクチバシをグワッと開けると、石動の頭を齧ろうとしてきた。
巨鳥の吐く息が石動の顔にかかり、生臭い臭いが鼻を衝く。
「(もうダメか・・・・・・)」
両手はシャープスライフルで鉤爪を押し返すので塞がっているし、巨鳥の馬鹿力で岩壁に押さえつけられているので、身動きが取れない。
あのデカいクチバシで齧られたら、一巻の終わりだ・・・・・・と石動が諦めかけた時。
「ザミエル殿、加勢いたす! ウォォォォォォォッッ!」
エドワルドが走ってきたかと思うと、長剣を槍のように構えて、巨鳥の背中に突き刺した。
「ゲギャーーッ、グェェェェェェェ!!」
巨鳥は怒って首を後ろに回し、エドワルドを見る。
その瞬間、巨鳥が石動を押さえつけていた力が緩んだ。
石動はその機会を逃さず、パッとシャープスライフルを手放すと、素早くしゃがみ込む。頭の上でシャープスライフルが巨鳥の足で岩壁に叩きつけられる音がした。
石動はしゃがみ込むと同時に、腰のホルスターのフラップを開け、大型デリンジャーを抜く。
そして再び石動に視線を戻した巨鳥の顎、クチバシの付け根付近に、石動はデリンジャーを押しつけるようにしてハンマーを起こす。
「口が臭いんだよ! くたばれ、このトリ野郎!!」
ドバンッ!
石動が引き金を引くと50-90金属薬莢弾が巨鳥の柔らかい下あごから脳幹を貫き、頭蓋骨を破壊して大穴を開け、頭の天辺から弾が抜けた。
石動は動きの止まった巨鳥の前から、ようやく横に這いだすことができた。デリンジャーのハンマーを再び起こし、両手で構えたまま油断せず、すぐに次弾が発砲できる状態で巨鳥を睨む。
エドワルドが石動に近づき、それから長剣の先で巨鳥を押すと、巨鳥はゆっくりと倒れ、ピクピクと痙攣し始める。
巨鳥に歩み寄ったエドワルドは、長剣を振りかぶると気合を込め、狙いをつけて振り下ろした。
「フンッッ!」
ゴロリ、と巨鳥の首が転がり、大量の血が流れだす。やっと倒すことができた、とホッとして、2人で顔を見合わせると、お互いに拳をコツンと合わせる。
「エドワルド、ありがとう。助けが無かったら、私は死んでいた」
「なに、礼には及ばんよ。実際、倒したのはザミエル殿だしな」
石動はデリンジャーのラッチを開け、撃ち終わった空薬きょうを抜くと、新しい弾を込め、ラッチを閉じる。そしてホルスターにしまうと、シャープスライフルを取りに行った。エドワルドはナイフを抜いて、巨鳥を解体しようとしている。
巨鳥の馬鹿力で岩壁に叩きつけられたシャープスライフルは、無惨にも外部に露出した大型ハンマーが折れ曲がり、銃床が割れていた。銃剣には異状なかったが、このままでは使えない。修理が必要だ。
このジャングルでは修理できないので、已む無くマジックバッグから以前、狙撃に使った長いシャープスライフルを取り出し、壊れたものと交換することにする。
「ほれ、ザミエル殿。あんたのものだ」
エドワルドが野球のボールほどの大きさの石を放ってくる。巨鳥から取り出したばかりで、血がついているが、薄青色の水晶のようだ。
石動がキャッチすると、頭の中に「魔石:風属性」という言葉が浮かんできた。あの巨体に似合わない素早い動きは、風の魔法を使ったものだったのか、と納得する石動。
「ありがとう、エドワルド。良かったのかい?」
「うむ、吾輩には不要なものだ。もっとも、ギルドに持っていけば、その大きさなら金貨10枚にはなるだろうがな。ワハハハッ」
「分かった。じゃあ遠慮なく貰っておくよ。助けてもらった恩は、必ず返すから」
「良かろう。貸しイチとしておこう」
ディアトリマの解体を終え、素材や肉を回収した2人は滝つぼに降り、近くで岩陰に隠れていたロサに合流するとまだうずくまって震えていた。もう大丈夫だよと石動が魔石を見せると、ロサは飛びつくように石動に抱き着いて涙を流す。
「うわ~ん、怖かったよォォォォォッッ。死ぬかと思ったァァァッ」
「うん、私も死にかけた。でももう大丈夫だよ」
石動はロサの頭を撫でながらもう大丈夫、と繰り返してなだめる。
ようやく落ち着いたロサを連れ、日も暮れかかってきたので、滝つぼを見渡せる岩棚を見つけて焚火を起こした。さすがに誰も、滝の裏の巨鳥の巣で夜を過ごす気にはなれなかったのだ。ここなら、何かが近づいて来ても見つけやすい。
ちなみに、晩飯は「ディアトリマ(そっくり)の肉」だった。しっかり血抜きをしたのが良かったのか、ディアトリマのもも肉は塩を振っただけなのに、ゲームの設定とは違い臭みもなく非常に美味しかった。
皆でガツガツ食べ、なんとなく殺されそうになった仇を討った気になれて、満足したのだった。
翌日の朝、滝裏の巣に行ってみる。
昨日、石動とエドワルドが調べた時と全く変化がないので、他のディアトリマが此処に住んでいる可能性は低いと思われた。
「あいつは1羽でここに住んでいたのだろうか?」
「番とかいなかったのかな・・・・・・」
「吾輩としては、もう一度、あ奴と戦うのは勘弁してもらいたいが・・・・・・」
「気持ち悪かったもんね~」
石動だけではなく、ロサもエドワルドもあの巨鳥の群れがいるなどといった、悪夢のような事態は起こりそうもないことにホッとしていた。あんなのが何羽もいるなら、このジャングルは危なくて立ち入りできないだろう。
とりあえず、滝裏を回って河をこえ、残りのジャングルを調査してしまうことにした。
ジャングルの様相は前半とほとんど変わりはない。しかし、こちら側の大きな樹には3メートル程の高さの所に引っかき傷があったり、初日と同じような猿の死骸が転がっていたりしているのが大きな違いだ。
「ここら辺はあ奴の縄張りだったのであろうな」
「こんなに縄張りを誇示するということは、あいつに縄張り争いをするような相手がいるってこと?」
「またロサは、そんなフラグを立てるようなことを言って・・・・・・アハハ」
石動は笑って見せたが、振り返ったロサとエドワルドは真顔だった。
「とりあえず、用心していこうか」
「そうね」
「うむ、用心しよう」
幸いなことに残りの行程では、石動の危険探知に引っ掛かる相手もなく、無事に初日に岩山を降りてきたところに到着する。
少し休憩した後、さっさと岩山を登り、ジャングルを見下ろした位置まで戻ってきた。
3人はホッとして息を抜く。ここまでくればもう安心だ。
あとは馬車の迎えがくる場所まで降りるだけだ。
「あ~、ようやく帰れるわ。早く街に戻りましょう」
「うむ、賛成じゃ。戻ったら吾輩は思いっきり酒を飲みたいわい!」
「そうだね。今度来るときはもっと強力な武器で武装してから来ような」
「「えっ! また来るの!?」」
ロサとエドワルドは心底ビックリした、という顔で石動を見る。
ドワーフの街に戻ったらどんな新しい銃をつくろうと、ニコニコしている石動の顔をみて、ロサはハァ~ッとため息をつく。
石動はそんなロサの様子も気づかない。手に入れた硝酸や硝石、思いがけず手に入った魔獣のアイテムなどで何を造ろうかとやる気に満ちていた。ドワーフの工房へ行く日が待ち遠しいほどだった。
遠くにこちらに向かってくる馬車が見えてきた。
馬車に手を振るロサの後姿を見ながら、石動は静かに興奮する自分を抑えきれなかった。
この遠征の成功で、黒色火薬から無煙火薬へ進化できる目途がついた。金属薬莢と雷管も実用化できるだろう。ついにカートリッジ式の連発銃を実用化することができる。
石動は振り返って、岩山の頂きを見て思った。
「(硝酸を元世界のように工場で製造できるようになるまでは、硝酸の池に何度も取りに来る必要があるだろうな)」
また来よう、と石動は心の中で誓うと、到着した馬車のドアを開けて乗り込んだ
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