遭遇
しばらく前から音が聞こえていたが、ようやく河が盆地に流れ込んでいる場所に着くと、そこは轟音をあげて流れる滝になっていた。高さは5メートルほどだろうか。幅も10メートルはある。
水量は多く、元世界のダムの放水を思わせる勢いで滝が落ちていた。
滝つぼの近くまで来ると、水しぶきは凄いが、涼しい。
蒸し暑いジャングルの中を行軍してきた身としては、なによりのご褒美だ。石動はマイナスイオンをたっぷり浴びるつもりで深呼吸する。
「すこしここで休憩しようか」
「私は出来れば水浴びして汗を流したいわ」
「賛成じゃな。ではまず周辺の安全確認といこう」
石動の提案にエドワルドもロサもうなづく。3人で手分けして周辺を捜索することにした。
「ザミエル殿、来てくれ!」
岩壁を登り、滝の裏側を調べていたエドワルドが石動を呼ぶ。
急いで石動も岩壁を登ると、滝が流れ落ちる裏側はちょっとした広場のようになっていた。
間近で滝の流れる轟音が腹に響いて凄いが、水のカーテンの裏側にこんなスペースがあるとは表からではわからない。
滝の裏の広場に入った途端、なにやら異臭を感じる。動物園で大型獣の檻に近づいた時に感じた強烈な臭いに似ている、と石動は思った。
「これを見てくれ」
エドワルドが指さしたのは、大量の様々な動物の骨が散らばった場所だ。まだ肉が付いたままの骨があり、完全に乾燥して骸骨になっているものもある。骨の散らばった場所の奥には、巨大な鳥の巣のように木の枝が敷き詰められたものもあった。鳥の巣のなかにも骨が散乱している。明らかにここは何者かの寝床であり、巣なのだろう。
「なんだこれは・・・・・・」
「こちらから出入りしているのではなかろうか」
石動たちが滝の裏側に入ったのとは反対側は、道のように踏みしめられた跡がある。エドワルドが示したその足跡を見て、石動は絶句した。
「デカい・・・・・・」
前に3本指、後ろに1本指の足跡だった。おそらく端から端まで70センチはあるだろう。形はどう見ても鳥の足跡だが、デカすぎる。
石動は朝に遭遇したヒクイドリを思い出した。ヒクイドリの足にも似ているが、大きさが桁違いだ。
「これ、下手すると体長2~3メートルはあるね」
「うむ。足跡の土への沈み具合からみても、体重も200キロは超える大物であろう」
「ヤバいね・・・・・・」
「吾輩が思うに、あの骨の残骸から判断して、例の猿の死骸はこやつの仕業ではないかな」
石動は背中に冷たいものが流れるのを感じた。首筋がチリチリして警戒しろとスキルが囁いていた。
ハッと気がつく。
「ロサはどこだっ!」
「うむ、いかんっ、危ないぞ」
石動とエドワルドは急いで滝の裏側を抜けようと走り出す。
石動はエドワルドに呼ばれて、滝の裏側を見に行ってしまった。ロサは滝つぼ近くの大きな岩に腰かけていたが、ふと思い立って滝つぼから流れる川へ向かう。
初日にジャングルを横切った時に渡った河はだいぶ下流だったが、かなり濁っていた。
ここの水はまだ透き通っていて、キレイだ。思わず、膝をついて右手で河の水を掬いあげてみる。
水はかなり冷たい。向こう岸までは10メートル程だが、流れが速く、河に入るのは危険だ。
河から顔を出している岩を伝えば、渡れないこともないかな、とロサがボンヤリ眺めていた時、向かい岸のジャングルの藪が揺れ、そこからヌッと巨大な生き物が現れた。
「鳥・・・・・・? それにしては大きすぎるし、翼が小さい・・・・・・」
現れたのはロサの身長の2倍はあろうか、と思われる巨体だった。
身体の4分の1近くを占めるような大きさの頭には、鋭く湾曲した巨大な嘴があった。今も何かをゴリゴリと齧っていたが、バキッと噛み割ると中身を舌でこそぎ、残りをペッと吐き出す。
石に当ってカラカラッと音をたてたのは、何かの動物の頭蓋骨がかみ砕かれた破片だ。
ロサはぞっとして思わず後ずさる。
胴体は緑色の羽に覆われているが、翼は巨体に似合わず小さく、飛べるようなものではない。その代わり発達しているのが太い足だ。
逞しい太ももが身体の半分はあるような、アンバランスな体格だが、それを支える足指も太く長い。その上鋭く尖った爪が生えている。
ヒクイドリに似ている、とロサは思った。でもあれはこんなに巨大ではないし、クチバシもデカくない。
それに・・・・・・あの足の爪。
「まるでサーベルベアの爪のようだわ・・・・・・」
ロサはゆっくりと背後の弓をとり、矢を番える。
その間も巨鳥は人間を初めて見るのか、首を傾げて興味深げにロサを見つめていた。
「ゲギャッ、ゲギャッ、グェェェ!」
次の瞬間、突然、巨鳥は頭を前後に振りながら鳴き声を上げたかと思うと、ロサに向かって走り出す。
巨大な身体の割に、俊敏な動きだ。
ロサは目の前の激流が流れる河を見て、巨鳥はどうするのか、と一瞬判断に迷う。
すると、巨鳥は河に到達すると軽々と跳躍し、河の中ほどにある岩を大きな鉤爪で掴むと、さらにジャンプした。
思いもよらず、今にも河を越えてきそうな怪物を前にして、ロサは半ばパニックになりながら矢を巨鳥に放ち、全速力で後退しつつ叫ぶ。
「ザミエルーーーーーッ!!」
ロサの放った矢は巨鳥の目を狙ったものだったが、空中でクイっと巨鳥が首を捻ると大きなクチバシに当り、矢は逸らされてしまう。
そのまま大きくジャンプしてきた巨鳥は、河を渡り終え、ロサのいる河岸にやってきた。なにを考えているのかわからない黄色く濁った白目に小さな黒目がキョロキョロとロサを見据え、左右に首を傾げるような動作をしている。
ロサと巨鳥との間の距離は10メートルもない。ロサは全身から冷や汗が噴き出しているのを感じ、足に力が入らず恐怖でガクガクしそうになる。ロサは心の中で祈るように呟いた。
「(ツトム・・・・・・助けて!)」
石動はロサが自分を呼ぶ、叫び声を聞いた。
滝の裏から滝つぼ前に戻ると、巨大な鳥が河を飛び越えてくるところだった。
「うわっ、あれが足跡の持主か!」
石動はサッと膝撃ちの態勢になり、シャープスライフルを構えると、ロサへの援護で素早く巨鳥の胴体に向けて発砲した。
「吾輩は先に降りますぞ!」
エドワルドは走ってロサの方へ向かう。
石動が放った銃弾は運悪く巨鳥の折り畳んだ翼に当り、羽毛は飛び散ったがあまりダメージは与えられなかった。意外と鳥類の翼は折り畳んだ状態では、堅い羽と骨がドーム状の盾のような働きをすることがある。
空気銃猟でカラスの駆除をする際に、カラスの羽がある肩のあたりにペレットが当たると貫通せず、跳ね返されることがあるほどだ。
「グエッ、グェッ、グェーーーーーッ!」
巨鳥は怒り狂い、石動の方を向くと叫び声をあげる。
「マジかよ! この距離で貫通できないのか!」
石動はマジックバッグから、今度は50-130紙巻薬莢弾を取り出すとシャープスライフルに装填する。
巨鳥の注意が石動に向いている隙に、エドワルドがロサのもとに着き、ロサを岩場の影まで避難させた。
それから長剣を抜くと、エドワルドは巨鳥に向きなおる。
「(なんだか、コイツ、見たことがあるような無いような・・・・・・)」
石動は巨鳥にシャープスライフルの狙いをつけながら、考えていた。何処かで見たような・・・・・・。
「(あっ! そうだ! ファイナルファンタジーに出てきたディアトリマそっくりだ!)」
昔ゲームで遊んでいた時、遭遇したキャラに似ていることに気がついた石動は、マジマジと巨鳥をあらためて見つめる。ディアトリマは別にゲームのオリジナルキャラというわけではなく、学術的には「恐鳥類」と呼ばれ、約6,000万年前の新生代に「史上最強の鳥」と呼ばれた肉食鳥だ。
「(ということは、あいつの肉は臭いのだろうか・・・・・・? いやいや、グルメ肉という設定ではなかったかな)」
そう石動は考えながら、頭を狙ってシャープスライフルの引き金を落とそうとした。
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