洞窟
どうしても、硝酸の池を書きたかった・・・・・・。
ご都合主義との批判は覚悟のうえですが、ファンタジーだからと笑って読んでいただければ嬉しいです。
バァァァァァァァァッ!!
明け方の薄明りの中、石動はいきなりの轟音で目が覚めた。
見ると空はまだ日が昇る前で、岩山の輪郭が薄っすら明るくなっている程度だ。
周りを見回すと、ロサも起きて身構えているし、見張りをしているエドワルドは洞窟の方を見据えてマチェットを持って警戒している。
「エドワルド、なにが起こってる?」
「蝙蝠じゃよ。いきなり洞窟からものすごい数の蝙蝠が飛び出してきよったわ」
言われて石動が洞窟に目をやると、薄暗い中、黒い煙のようなものが洞窟から勢いよく噴き出している。よく見ると煙のようなものはすべて蝙蝠たちだ。轟音の正体は、蝙蝠たちの羽音だったのだ。
洞窟から飛び出した蝙蝠はジャングルの上を渦を巻くように飛び回っていた。それぞれが蝙蝠らしく不規則な軌道を描いて飛んでいる。
それを見て、石動は子どものころ、夕方になると小さな蝙蝠が街灯などに群がる虫を食べようと、同様な動きをしていたのを思い出す。
「そうか、こいつらの捕食の時間という訳か。賑やかな朝飯もあったもんだ」
「なんと、明るくなる前に食事をしようとしているのか。何事が起こったのかと思ったぞ」
石動の言葉にエドワルドが肩の力を抜いて、ホッとしたように言った。
洞窟を眺めていたいたロサが、全部出てしまったのか、もう出てくる蝙蝠が少なくなっているを見て、思いついたように石動に尋ねる。
「ねぇ、今、洞窟に入れば蝙蝠もいないんじゃないの?」
ハッと顔を見合わせる石動とエドワルド。それから、3人は洞窟に侵入すべく岩棚を降り始めた。
「ザミエル殿、それはなんなのだ?」
「これは我が錬金術の師匠より頂いたもので、光の魔石を錬成し筒に詰めた物です。松明の代わりに辺りを照らしてくれるのです」
「ほぅ! そのような魔道具があるのか! 錬金術とはたいしたものじゃな!」
いや、ホントはそんなものは無い、と石動は感心するエドワルドに心の中で謝る。これは元世界のSureFire製のフラッシュライトだ。猟に出るときは必ずベルトのポーチの中に入れていたものだ。
マジックバッグの中からフラッシュライトを取り出したのは、エドワルドとロサの持つ松明の灯りだけでは洞窟内を照らすにはあまりに薄暗く、足元も悪い中で心もとなかったからだ。
石動はフラッシュライトのスイッチを入れ、ポケットクリップで帽子がないからマントの肩章に固定する。さすが800ルーメンの高出力、明るい。幅広の照射パターンのものを選んでいるので、近場から中距離まで光が届くのだ。
電池のスペアは持っているが貴重だし、フラッシュライト本体の電池は使いかけのままなので、あとどれくらい持つか分からない。800ルーメンでの使用は最大一時間が限度だったと思うので、早めに探索をして切り上げるべきだろう。
洞窟の中は思った以上に天井が高く、20~30メートルはあるだろう。思った以上に洞窟内は乾燥していて、壁や天井はゴツゴツした岩が連なっている。そんな天井の岩の隙間に蝙蝠たちが巣をつくっているようだ。
したがって足元はガレ場で、大小の岩が転がっていて思ったより足場は悪い。3人は転ばないよう、用心しながらそろそろと進む。
洞窟に入って50メートルも進まないうちに、石動は足元の岩の上に白っぽく光る透明な膜のようなものがあることに気付く。岩の上に固着しているので、銃剣で削ってかけらを手に取ってみた。
すると頭の中に「硝酸カリウム」という言葉が浮かんでくる。
「硝石だ・・・・・・」
石動が見渡すと、白っぽく光る岩はあちこちにあり、分厚く堆積しているようなものまであった。
「宝の山だな・・・・・・」
「えっ、宝石でも見つかった?」
思わず石動が感極まったように呟くと、ロサが耳ざとく聞きつける。
「ああ、宝石のようなものだね」
石動がロサに笑いながら答えると、ロサはまた始まったとばかり、苦笑する。
まだ蝙蝠たちは戻ってこないようだ。
石動たちはもう少し先に進んでみることにした。
さらに50メートルも歩いただろうか、前方にフラッシュライトの光を反射する池のようなものが見えてきた。近づくにつれ、刺激臭があたりに立ち込めているのがわかる。天井を見上げても池の上あたりには、さすがに蝙蝠たちも巣をつくっていないようだ。
池のほとりまで来るとさすがに、眼や鼻を刺すような酸性の刺激臭が凄い。マスクをした石動がマジックバッグからガラス瓶を取り出し、鉄のトングで挟んで液体を採取する。鉄のトングがビンと共に池に差し入れた途端、ジュッという音と共に薄く煙を吐いた。瓶を取り出し、じっくり見ると、頭の中に「濃硝酸」という言葉が浮かんでくる。
「(不思議だ・・・・・・なぜ、どうして濃硝酸の池なんてものができているんだろう・・・・・・。たとえ周りの硝石が水に溶けたとしても、水溶液は中性になって、酸性の濃硝酸にはならないはずなのに)」
石動はフラッシュライトで池を照らしてみた。岩の間に溜まっているので歪だが、直径10メートル以上はあるだろう。深さはわからない。
手元のトングを見ると、池に使っていた箇所が変色し、白い粉を拭いたようになっている。粉をよく見ると「硝酸塩」という言葉が浮かんできた。間違いなく硝酸の酸化作用だ。
「(なぜ出来ているのかはわからないけど・・・・・・まあいいか。これだけの硝酸があれば、無煙火薬だけじゃなく、いろんなことができる。前世界では硝酸はオストワルト法などで生産してるけど、今の私の錬金術レベルではとうてい再現は無理だしな。正直、助かる)」
石動はマジックバッグから、準備しておいたありったけのガラス瓶を出すと、次々と硝酸を汲んでいく作業にかかった。ロサとエドワルドでは、濃硝酸の採取は危険なので、周りの警戒だ。
すべてのガラス瓶に硝酸を汲み終えたら、慎重にマジックバッグの中に保存して、蝙蝠たちが戻ってくる前に洞窟を出ることにする。
石動は帰る前に洞窟内をもう一度振り返り、フラッシュライトに照しだされた不思議な硝酸の池と、周りの硝石のきらめきを見る。
「(前世界ではありえない光景だな。大学の実験室で友達に話したら馬鹿にされて笑われそうだ。まぁ、ファンタジーの世界だから、ってことで納得しよう)」
石動は、絶対また来ると心に決め、今度はもっと大量に採取できる方法を考えておくことを、自分への宿題にした。
名残惜しげに池を見ていたが前を向くと、すこし先を歩くふたりに遅れていた分をとり戻そうと、石動は足早に駆けだした。
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