ジャングル
「ハァ、ハァ、やっと見えてきたな」
「なに、この景色! スゴイ!」
馬車や馬では通れない岩場を延々と登ること半日。
やっと頂上に着いて見下ろした景色に石動は、ホッと一息つく。ロサは絶景に歓声を上げた。
岩場というより崖の下に広がっていたのは、岩山に囲まれたオアシスのような緑の盆地だった。
盆地の規模としては直径10キロもあるだろうか。さほど大きくはない。
岩に囲まれた盆地の中は鬱蒼としたジャングルだ。
周りが白っぽい岩山ばかりなので、余計に緑が際立っている。
なにか白っぽい鳥のような生き物が群れをなして、木々の上を飛んでいるが見えた。
ミルガルズ山脈から流れてきた河が盆地を横切り、岩山にぶつかったところで湖のようになっていた。水が豊富なせいか植物の繁殖は旺盛で、エルフの森とは違う熱帯雨林に近い植生に見える。生き物の気配も濃厚だ。
石動は熱帯でもないのになぜこんなジャングルが? と不思議に思うが、あるのだから仕方がない。
異世界あるあると、深く考えるのをやめることにした。
盆地を横切る河を越え、ジャングルから岩山へと向かう一角に、蝙蝠の魔物が巣食う洞窟があるらしい。目的地を目前にして、期待に石動は思わず笑みを浮かべる。
昨日は丸一日、馬車で移動していた。
石動たちの話を聞きつけたオルキスが、商会の馬車を御者つきで、一台手配してくれたのだ。
御者は一人だけだったが、途中で交代するのはエドワルドが引き受けた。大きな図体の割には器用で何でもこなすのがエドワルドだ。何気にスペックが高い、と石動は秘かに感心していた。
馬車の中は何もすることが無いので退屈だ。
道中、ロサと話をするにも限度がある。
しばらく話が途切れた後、ロサがふと思い出したように質問する。
「ねぇ、洞窟で探すのはノーショーサンだっけ? なぜ必ずあると思ってるの?」
石動は、実は漫画のDr.●TONEで読んだんだ、とは言えず、説明を試みる。
「蝙蝠の糞尿が微生物という目に見えない程小さな生き物に分解されると、窒素と尿素とアンモニアというものに分かれるんだ。それがさらに微生物によって酸化されると亜硝酸になり、最後には硝酸になるのさ」
「ふぅ~ん、なんかよくわからないけど、蝙蝠の糞じゃないとダメなの?」
「うん、植物が生育するような環境だと、逆に硝酸が肥料になって分解されてしまうんだ。だから洞窟のような植物が育たない環境じゃないとダメだし、洞窟に住む生き物といえば主に蝙蝠になってしまうんだよ」
「蛇や虫じゃダメ?」
「う~ん、虫じゃダメだし、蛇の糞が堆積してるってあまり聞いた事無いな。そもそも蛇のうんこって見たことある?」
「あるよ! あれはエルフの森の奥で大蛇を見つけた時にねーーーーーーーーーー」
ロサの話がどんどんズレていき、興味が逸れたのがわかる。
興味ないなら聞かなきゃいいのに、と思った石動だが、ロサの話に相槌を打つ顔には、そんな気持ちはみじんも感じさせない。石動も慣れてきたものだ。
ただ、石動も少し気になって、念話で尋ねてみる。
「(ねえ、ラタちゃん。自分、鑑定ってスキル持ってたよね。あれってどうやって使うのかな)」
『えっ、なんでそんなこと聞くの』
栗鼠姿のラタトスクが、石動の肩であくびをしながら同じく念話で答える。
「(いや、だって洞窟の中の液体が硝酸かどうか確認したいじゃん! 鑑定すれば分かるのかと思って)」
『はぁ~、いまさら何言ってんだか。ツトムはもう鑑定、バリバリ使ってるじゃない』
驚いて肩のラタトスクを見る石動。
「(えっ! いつ使った? そもそも鑑定って『鑑定!』とか言うと目の前に文字とかで名前や解説が現れるもんじゃないの!?)」
『何の知識だよ。そんなもんが目の前にチラついたら邪魔でしょ? そんなことしなくても知りたいと思って対象をみれば、自然と頭の中に浮かんでくるのが鑑定のスキルだよ。この間もドワーフの素材の店で「クロム鉱石だ」とか「褐鉛鉱だ」とか叫んでたじゃない。鑑定のほかにどうやって名前が分かったというのさ』
「(あれは石の横にラベルが貼ってあったから・・・・・・)」
『ホントにそんな名前で貼ってあった? ドワーフたちの呼び名は違うと思うけど』
そういわれてみれば、なにも違和感を感じていなかったが、貼られていたラベルの名前はどうだったかは覚えていない。鉱石を見たとたん、頭の中に「クロム鉱石だ」と浮かんできたのだ。続いてクロムバナジウム鋼の作り方まで浮かんでいた・・・・・・。
「(そうか、もう鑑定のスキルは使ってたんだ。もっと早く聞けばよかった・・・・・・)」
『前にレベルも上がってると話した時に、もうわかってると思っていたけどね。安心して鑑定したらいいよ』
「(わかった。ありがとう)」
呆れたようなラタトスクの言葉に、素直にうなづく石動だった。
馬車で行けるところまで来たら、あとは岩山を登るだけだった。
ノークトゥアム商会の馬車にはお礼を言って帰って貰った。
一週間後にまだ戻ってなかったら来てくれるという。ホントにお世話になります、と石動は頭を下げる。
岩山を登り切ったら盆地を見渡せる絶景が待っていた。後は険しい崖を降りて、ジャングルを進むことになる。
苦労して石動達は、ようやく険しい岩場の下まで降りる。そこはもう既に薄暗いほどに植生の密度が濃いジャングルだった。足の裏で踏む腐葉土が森と違って柔らかい。
ほのかに花なのか果実なのか、甘い香りが濃密な植物の青臭い臭いの中に混じっている。
「さて、ここからは吾輩が先陣を切るとしよう。目指す洞窟はこのジャングルを横切った先にあるらしいしな」
「上から見た感じ10キロほどだったよね。2、3時間ってところかな」
「いや、河もあるから、もう少しかかるのではないかな」
石動と話しながら、エドワルドが腰の大剣とは別に準備した、片手でふるう1メートル程のマチェットを抜く。三人とも麓の街で買いそろえた長袖長ズボンに帽子をかぶり、ブーツを履いている。
準備していた虫よけの油をビンから出して顔や腕に塗った。
「どんな魔物や生き物がいるか分からん。毒虫にも気を付けるんじゃぞ」
「うええ、なんだか帰りたくなってきちゃった」
マチェットをふるって進む道を切り開きながらエドワルドが注意すると、油断なく弓を持ったロサが顔を顰め、肩を落とす。
エドワルドを先頭に、真ん中がロサ、殿が石動の陣形だ。
石動もシャープスライフルに散弾の紙薬莢弾を詰めておく。見通しの悪いジャングルでは、50ー90弾よりも有利だろう。銃剣の鞘も払っておく。
バサッ、バサッとマチェットで生い茂る草やツタを切り開いていくエドワルドの背中は、早くも大量の汗が染みて長袖シャツが黒ずんでいる。湿気が高いので蒸し暑く、歩いているだけの石動でも、汗が噴き出てきた。暑くて息苦しいので口を開けると、マチェットに驚いた小さな虫が飛び込んでくるし、鼻で呼吸すれば刈り取った植物の汁の匂いが鼻につく。
石動は已む無くふんすふんすと鼻呼吸しながら歩いていたが、腐敗臭を感じるとともに、急にエドワルドが止まったので歩み寄る。
エドワルドがマチェットでつつく先に、大型獣の死骸があった。
最初は人かと思ったが、大型の猿のようだ。喉は嚙み千切られて皮一枚で繋がっているような状態で、腸は食べつくされて空になっている。手足の肉も齧られ、無惨な有り様だ。
「う~ん、どうも大型の肉食獣がこのジャングルにはいるようじゃな。猿を捕まえるほど素早い・・・・・・この爪痕からみてパンサーか? それとも・・・・・・」
「豹! 木の上から襲われたら、ひとたまりもないな・・・・・・」
「うむ、気を付けようぞ」
石動はエドワルドと頷き合う。出来るだけ樹のうえも警戒するようにしよう・・・・・・。
そんな調子で、警戒しながら進むとジャングルや河を抜けるのに時間がかかり、目的の洞窟前に着いたのは日もすっかり傾いた夕暮れ時になってしまった。
岩山に空いた、三角形の裂けめのような洞窟が見えてくる。
「こんなに時間がかかるとは思わなかった。もう遅いし、とりあえず野営の準備をしようか」
「うむ、それが良い。洞窟に夜、入るのは阿呆のすることじゃわい」
「もう、わたし、疲れた・・・・・・。お腹ペコペコだし」
石動の提案にエドワルドもロサも異議なし! とばかりに合意する。
虫や捕食動物を警戒して洞窟の横に見えた岩棚に登り、僅かなスペースで焚火を焚いたら、やっと人心地ついてきた。
襲われたときに身動きが取れないので、テントは張らずマントなどにくるまり、交代で見張りをしながら寝るのだ。
石動たちは疲れた身体にむち打ち、よろよろと食事の支度をする。
途中でロサが、矢で仕留めた大きな鳥を捌いて焼くことにした。塩で味付けしただけのワイルドな焼き鳥だったが、3人で食べても十分な量があった。
食べたら少し元気が出たので、石動が最初の見張りをかって出た。話し合いの結果、石動、ロサ、エドワルドの順で見張りをすることになる。
ふたりがさっさと寝る準備をする中で、焚火に木の枝をくべながら、石動は横にある洞窟を眺める。焚火に掛けたマグカップでお湯が沸いたので、紅茶の茶葉を放りこんで上澄みを飲んだ。
石動には、早く入りたい気持ちを押さえながら飲む紅茶が、とても美味しく感じられた。
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