エドワルドの報告
ランチの後、まだ時間があったので、オルキスに紹介されたほかの店に寄ってみる。当初、石動はドワーフを紹介してもらい話を聞いたうえで、いろいろと必要なものを確認してから素材を購入するつもりでいた。
しかし、店を見て回るうちに、ついには我慢できず、石動はいくつか素材を購入してマジックバッグにしまい込む。
夕方遅くに宿に戻った石動は、収穫があったので、ほくほく顔だった。ロサは退屈を持てあましたという顔を隠そうともしていなかったが、気にならなかった程だ。
部屋に入ると、すでにエドワルドも戻っていた。ソファに座っていたエドワルドは、帰ってきた石動達に手を振って「おかえり」と笑顔を見せる。
「機嫌がよさそうなところを見ると、なにか収穫があったようじゃな」
「おかげさまでね。エドワルドはどうだった?」
「まかせよ、といったであろう」
エドワルドはニヤリと笑って親指を立てて見せた。
夕食まで、もう少し時間があったので、早速情報交換することになった。
石動たちもエドワルドの向かい側のソファに座り、支配人のオルキスを通じてドワーフを紹介してもらう手筈になり、明日再度訪問する予定だと話す。そのほか紹介してもらった店を回ってみると、素材を見る限り、思った以上にドワーフの金属加工の技術が高そうなことも伝えた。
「だから、ドワーフの工房を紹介してもらったら、しばらくそこで学ぶことになるかも。もちろん、蝙蝠の洞窟に行ってからになるとは思うけどね」
「ふむ、では吾輩の報告次第ということだな!」
エドワルドの聞き込みしてきた内容はこうだった。
まず、蝙蝠の魔物の洞窟は実在する。今いる麓の街から、馬で山間に2日ほど入ったところらしい。ミルガルズ山脈の山から川が流れていて、洞窟の近くは川を挟んで盆地になっている。そこはちょっとした密林で、密林の奥に山肌が裂けたような洞窟があるんだそうだ。
洞窟の中には、蝙蝠の魔物が数万の単位で住んでいて、刺激しない限り何もしないという。しかし、奥の狭いところまでいくと一斉に暴れ出し、襲ってくるらしい。子供でもいるのではないか、と言われているそうだ。
蝙蝠の大きさは羽を広げた幅が1メートルくらい。頭から足までが50センチくらいで、食事も吸血とかではなく、虫や小動物を主食としている。ただ、鋭い牙を持ち、噛まれると厄介な病原菌を持っていて、高熱にうなされ、人によっては死ぬこともあるという。
洞窟の中に入った事のある冒険者の話では、足元も地下水が滲んでじめじめとしていて、植物は生えてなく、岩肌が露出している。そこには蝙蝠たちの糞が堆積し、塔のように積もっているところもあるらしい。物好きな冒険者が糞の塔を触ってみると、石のようにカチカチで、石の中に白く結晶のようなものが光っていたそうだ。
その塔の間にかなり大きな水たまりというか、池のようなものがある。水かと思えば、刺激臭がしたので鉄の剣を差し入れてみると、ジュッいう音と共に酸化して色が変わったという・・・・・・。
石動は目を爛々と光らせながら、エドワルドの報告を聞いていたが、ここにきてついに声を上げる。
「キターーーーー! 濃硝酸だ、間違いない! すぐ行こう! いや、採取したものを持ち帰る容器がいるな。山ほど買って行かねば!」
ロサとエドワルドはあっけにとられて、興奮してブツブツ呟いている石動を見た。
「ザ、ザミエル、ちょっと落ち着こ? エドワルドの話も終わってないし、明日はオルキスさんのところに行かないとだから、すぐには行けないわ」
「う、うむ。吾輩の報告はほとんど終わりなのだがな。勢いに驚いて、聞いたことを忘れてしまいそうだ。あと、なにかあったかな・・・・・・」
その後、興奮する石動をふたりでなだめ、明日のオルキスとの面談を済ませたら、できるだけ早く洞窟に向かうように準備することで、話し合いはまとまった。
石動は寝る前に、書斎に一人こもって、シャープスライフルの弾丸を錬成する。
今回は、通常の50-90紙薬莢弾だけでなく、散弾も造るつもりだ。
前世界でも実銃の世界では、シャープスライフルを日本の法律にあわせてライフリングをなくし、410番の散弾銃に改造したものがあった。あれは45-70口径のものを改造していたので、石動のは50口径だからややそれより太い。
ライフルでは50口径は大口径だけど、散弾銃にくらべると小さい。50口径をメートル法で表すと12.7mmなのに、散弾銃の12番は18.5mmもある。
洞窟内で発砲するのは、危険だし出来れば避けたいが、もし襲われたらそうも言っていられない。蝙蝠に数で押してこられたら、散弾が効果的だろう。
石動はシャープスライフルのライフリングにできるだけ傷をつけないよう、サボットと呼ばれる籠のようなものをまず錬成する。その中に6ミリBB弾ほどの大きさの鉛球をザラザラッと入れ、火薬の入った紙薬莢の中にコルクを丸く切ったワッズと共に差し入れ、厚紙と蝋で蓋をして完成だ。撃つと20発程の鉛球が飛び出すので、あまり身体の大きくない蝙蝠には効果バツグンだ。
もっとも、石動も本気で数万匹の蝙蝠に、単発銃の散弾で対抗しようとは思っていない。以前から用意しようと思っていたので、念のためだ。
硝酸を手に入れたら、雷管をなんとしてでも作り上げる、と石動は再度、心の中で誓う。無煙火薬もつくれば、火の魔石を使わずに安価で安全な無煙火薬銃弾が造れる。そうなれば、ようやく待ちに待った本格的な金属薬莢弾時代がくるぞぉ!
興奮してなかなか寝付けなかった石動は、興に乗って弾丸を造りつづけ、しまいにはロサに「早く寝なさい!」と怒られてしまうのだった。
翌朝、朝食を済ませた石動とロサは、ノークトゥアム商会へ向かう。エドワルドは洞窟へ向かう準備と買い出しだ。石動たちも、あとで合流する予定になっている。
ノークトゥアム商会のドアを開けると、昨日と同じ執事の服装をしたダークエルフの男性が、心得顔で案内する。
応接室に向かうのかと思ったら、階段を登って三階の支配人室に通された。
「失礼します、支配人。ザミエル様がお見えになりました」
「うむ、入ってくれ」
執事風ダークエルフが支配人室のドアを開け、石動たちを招き入れる。
支配人室は磨き上げられたマホガニー材のような光沢のある木材を惜しげもなく使い、重厚に仕上げられた部屋だった。壁には歴代の商会長の肖像画が飾られ、革張りの表装が施された分厚い本が並んでいる。
奥の大きなデスクでオルキスは書類と格闘している最中だった。
「すまない、ザミエル殿。もう少しでキリが付くので、ソファに座って待っていてくれないか」
「こちらこそ、忙しい時間に申し訳ない。なんなら出直すが?」
「いや、それには及ばない。君、客人にお茶の用意を」
オルキスは顔を上げて石動に微笑むと、執事風ダークエルフに指示をする。
慇懃な礼をして引きさがった執事に変わって、今度はメイドが紅茶とお茶菓子を持ってくる。
石動とロサが紅茶を味わっていると、待つほどもなくオルキスが書類を決裁箱に放り込み、席を立つ。
ズンズンと大きなデスクを回ってくると、向かいのソファにドカッと座り、オルキスは手を合わせた。
「いや~、待たせて申し訳ない! 支配人とは名ばかりで、私は体のいい事務屋ではないかと思う時があるよ。アハハッ」
「お仕事大変でしょう。そんな忙しいときに面倒なことをお願いして申し訳ありませんでした」
「なんのなんの、受けた恩を思えば、これしきの事。さほどのことではないよ」
オルキスがパチッと右手の指を鳴らすと、ドアのそばで控えていたメイドがオルキスに書類を渡す。
「ザミエル殿、これがドワーフの工房への紹介状だ。ウチと付き合いのある工房でね、ウデはこの国でも三本の指に入るだろう。親方の名前はカリュプスという。ちょっと偏屈だが、ドワーフ自体が偏屈なやつばかりだからね、話すといい奴だよ」
「ありがとうございます! それではその親方に教えて頂けるのでしょうか」
「そのへんは交渉だね。ザミエル殿が気に入られれば大丈夫だろう。まあ、紹介状があるから無碍にはしないと思うよ」
「分かりました。それで充分です。それで、いつでも訪問して良いのですか」
石動の言葉に、オルキスは少し、きまりが悪そうな顔をして続ける。
「それが、今は立て込んでて、一週間後くらいにしてほしいって言ってるのだが、どうだろう」
「ちょうど良かった! こちらもこれから素材の調達で遠出したいと思っていたので、助かります」
オルキスは明らかにホッとした様子で、笑顔になった。
「安心したよ。一週間とは参ったな、と思っていたのだ」
「こちらからお願いしているのに、我儘を言って申し訳ないです」
石動が頭を下げると、オルキスは顔の前で手を振って、笑う。
「ダメなら他のドワーフに当ろうと思っていたのだ。では、カプリュスの所で問題ないな」
「ぜひお願いします」
オルキスは紹介状を石動に渡し、紹介状のほかの書類を指さす。
「ほかに錬金術の素材を扱っていそうなところをリストアップしておいた。その書類に書いてある。錬金術を使う工房もいくつか書いてあるはずだ」
「何から何までありがとうございます!」
石動は舌をまいた。昨日頼んだばかりなのに、ここまで至れり尽くせりとは・・・・・・デキル。
さすがは商会の支配人を任されるだけのことはある、とオルキスを見直す思いだった。
忙しそうなオルキスの時間をあまり取っては申し訳ないので、お礼を言って商会を後にする。
次々と物事が進んで、石動は何か、見えない力に背中を押されている気分だった。
頭をふって、馬鹿な考えを振り出すと、エドワルドに合流するべくロサと歩き出す。
さぁ、いよいよ洞窟だ!
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