オルキス
翌朝、部屋のドアにノックの音がした。
リビングの椅子に座っていた石動が、ドアを開けてみると、従業員が朝食をワゴン車に積んで立っている。
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
「ありがとう。よろしく頼む」
テーブル席に朝食を並べ終えた従業員が退室していく。石動は、銀貨を1枚、従業員に握らせた。
その頃になって、やっとエドワルドが起きて、ベッドルームから出てきた。石動とエドワルドが一つのベッドルームを使い、もう一つをロサが使って寝ることにしたのだ。
「おはよう。ふむ、失礼。寝坊したかな」
「おはよう。いや、なんとなく目が覚めちゃってね」
エドワルドの言葉に、石動が苦笑して答える。べつにエドワルドのイビキが五月蠅いとかいう訳ではない。考え事をしていたため、石動が眠れなかっただけだ。
ロサが風呂場に併設されたパウダールームから出てきた。入れ替わりにエドワルドが顔を洗いに行く。
石動はテーブル席について、ピッチャーからオレンジジュースのような飲み物をグラスに注いで、一口飲んだ。
3人そろったところで、朝食となる。パンは天然酵母で作ったドイツパンのようだな、と石動は思った。
オムレツやベーコン、ソーセージにカットされたフルーツと豪華だ。
食べながら、今日の予定を確認する。
「では吾輩は、冒険者や傭兵たちのギルドに行って、情報を集めるとしよう」
「お願いします。私とロサはノークトゥアム商会に行って、いろいろ聞いてみるよ」
「了解、わかったわ」
エドワルドが紅茶を飲みながら頷くと、石動とロサも顔を見合わせて頷く。
朝食を済ませた3人は、早速、行動を開始することにした。
石動とロサはふたりで宿を出た。すでにエドワルドは一足先に出かけている。
街中の道はすでに混んでいたが、目指すノークトゥアム商会はすぐに見つかった。
麓の街の中では一等地と思われる、中心の広場の一角に三階建ての大きな建物があり、目立つ看板があったのですぐわかったのだ。
建物の横手には搬入口と思われる大きな扉があり、今は閉まっていた。おそらく荷馬車はあそこから出入りするのだろう。
石動たちは表の入り口から入ることにする。
「いらっしゃいませ。ご用向きをお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ザミエルといいます。昨日、商隊で一緒だった責任者の方にお会いしたい」
「かしこまりました。こちらで少々お待ちください」
木のドアを開けると、すぐに黒服にネクタイを締めた執事のような恰好をしたダークエルフの男性が、笑顔で会釈してきた。
石動は、最初の顔合わせの時に責任者の名前を聞いたはずなのだが、思い出せなかった。ロサに聞いても覚えておらず、聞けば何とかなるだろうと思い、尋ねてみたのだ。
執事の案内で、宝飾品などを展示している店内を横切り、応接室のような小部屋に通される。商談に使われる部屋なのだろう、部屋を閉ざす扉はなく、大きくもないが、調度品も豪奢でソファもふかふかだった。
メイドが運んできた紅茶を飲んでいると、背の高い女性のダークエルフが大股で歩いてくるのが見えた。
ズカズカという表現がぴったりな勢いで応接室に入ってくると、石動に右手を差しだす。
「やあ! 君がザミエル君か! コムルパから聞いているよ。私がこのクレアシス王国支店の支配人を任じられているオルキスという。よろしく頼む!」
ニコニコしながら、恐る恐る差しだした石動の右手を両手で掴み、ブンブンと振り回す。
身長は180センチは超えているだろう。ダークエルフらしく美人であり、プロポーションもいいので、外国のモデルのようだが、いちいち言動が豪快過ぎる。
服装もスラックスに襟の無いジャケットのような上着で、まるで宝塚の男役のようだ、と石動は思った。
宝塚と違うのは、ジャケットの下のシャツが胸元の開いたデザインであることだ。ダークエルフの女性は、胸元の開いた服を着る決まりでもあるのだろうか、と目線に困る石動は疑問に思う。
「こちらこそよろしくお願いします。ええと、商隊でご一緒した責任者の方は・・・・・・」
「ああ、コムルパなら今朝早く、サントアリオスに戻っていったよ。必要事項は私が引継ぎしているので安心してくれ」
「そうでしたか。分かりました」
石動は「(そうか、彼はコムルパという名前だったのか・・・・・・)」と思いつつ、オルキスの言葉に頷く。
「それで、なにか用事でもあったのかな? 衛兵隊からはまだ連絡はないぞ」
「ええ、実はお尋ねしたいことと、お願いしたい件がありまして」
石動は錬金術の素材について尋ね、併せて何処かドワーフの工房を紹介してもらえないかをお願いしてみた。
「ふむ、錬金術の素材と一口に言ってもどのようなものがあるか、私では分からないな。詳しいものに調べさせてみよう。ドワーフの工房なら取引している先が幾つかあるから、口を利くことは可能だ」
「ありがとうございます! ではさっそく・・・・・・」
「いやまて、ドワーフという奴らは偏屈でね。いきなり行っては逆効果かもしれない。まず、こちらから当たってみよう」
オルキスは少し時間が欲しいと言い、明日また再訪する約束を交わす。
商隊を守って盗賊団を壊滅してくれた恩義はこんなものでは返せないと、オルキスは錬金術の素材を扱っていそうな店や魔道具を造っている店などをいくつも教えてくれた。
午後からはそれらの店を回ってみることにして、石動達はオルキスに礼を言うと、店を出た。
オルキスに紹介された店は、錬金術の素材の店というより、ドワーフの工房で使用される様々な鉱石などを扱っている店だった。石動が想像していたより、ドワーフは金属を製錬する技術に長けているようだ。
より強靭な金属を造りたい。
より軽く折れない金属が欲しい。
錆びにくい金属は造れないのか。
店に置いてある鉱石や物質を見ると、そんなドワーフたちの思いと努力の過程が伝わってくるようだ。ドワーフにかなり高度な合金を造れる技術があるのが分かり、石動はワクワクしてくる。
なかでも、クロム鉱石と褐鉛鉱があるのを見つけた時、石動は思わず声を上げそうになった。褐鉛鉱はバナジウムの原材料になりうる。クロムバナジウム鋼が造れれば、高温高圧に耐えられるので、ライフルの薬室や銃身にうってつけだ。濃硫酸や珪藻土も豊富にあることも確認できた。
石動がよくわからない石ころや瓶に入った得体のしれない液体をみて、興奮して小さく歓声を上げたり、ガッツポーズをしたりするのを、ロサは冷ややかな目で見ていた。
いつまでたっても石動が切り上げる様子がないので、ロサがしびれを切らす。
「ツトム、ねぇツトム。ツトムったら!」
「うぉっ、びっくりした。耳元で大声出さなくても聞こえるよ」
「なに言ってんの! 私が何回呼んだと思ってるのよ。ねぇ、ワタシお腹減ったんだけど」
気がつくと昼食の時間をとうに過ぎ、お茶の時間に近づいていた。
ばつの悪そうな顔で謝る石動に、ロサが言い放つ。
「ランチはツトムの奢りで良いわね」
「ははーっ。姫の仰せのままに」
機嫌が直ったロサとともに、おそいランチを食べに素材の店を出て、ふたりで街の通りを賑やかな方へと歩きだした。
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