目的と疑念
少し長めですが、キリが悪いので投稿します
従業員の男性はドワーフではなく、人族だった。その従業員の案内で、五階最上階の一番高い部屋に案内されたロサは歓声を上げる。そこはスイートルームのようで、ドアを開ければ広々としたリビングにチェア、ソファが配置され、ツインのベットルームが二つ、書斎まであった。なかでも石動が喜びの声をあげたのは、別室に風呂場が付いていたことだ。
「風呂に入れる!」
石動は思わず、ガッツポーズをしてしまう。エルフの郷では風呂の習慣がなく、水浴びやお湯で身体を拭く程度だったので、ホントに久しぶりだったからだ。
あまり風呂に入る習慣のないロサやエドワルドたちと石動の間には、風呂への思いの温度差が大きかったが、長旅と戦闘の後で思った以上に汚れていたので、交代で風呂に入ることにする。
まずはレディーファーストでロサ、石動、エドワルドの順だ。
ロサは女性とは思えないほどの早風呂で上がってきた。あまり習慣が無いせいかもしれない。
続いて石動が、久しぶりなので頭と身体を念入りに洗い、マーブル模様の大理石の様な湯船にゆっくりと浸かる。
「あああうううえええ」
あまりの気持ち良さに変な声が出た。
石動は風呂のお湯につかりながら、これからのことを考える。
クレアシス王国に来たのは、エルフの郷で聞いた、ミルガルズ山脈のあるという蝙蝠の魔物が住む洞穴に行く事だ。そこで硝酸か硝石を、手に入れることができるかどうかを確認することが目的の一つだ。
第一の目的である硝酸を手に入れれば、水銀を融解させて硝酸水銀を造ることができ、雷管の量産化に一歩近づくのだ。
そして次は無煙火薬をつくりたい。
無煙火薬の主成分はセルロースを硝酸と硫酸の混液で処理して得られるセルロースの硝酸エステルだ。セルロースは綿を生成することで目途をつけたし、硫酸は既にこの世界でも存在していることをエルフの郷の師匠宅で確認済なので、後は硝酸があればなんとかなるかもしれない。
もちろん、簡単な作業ではないだろうが。
無煙火薬と雷管が量産できれば、いまよりも強力な銃器が製造できるだろう。
さらに言えば、発砲の際の無煙火薬による黒色火薬とは桁違いの高圧力に耐える金属の精製や、焼き入れ方法などもここで学びたい。
もし、硝酸エステルができるのなら、ニトログリセリン生成も視野に入ってくるのではないか、などと石動は胸を躍らせる。
そういえば、ドワーフは坑道を掘ったり、地下に街を造るという。ダイナマイト的なものを既に利用していたりしないのだろうか?
ひょっとして、もうニトログリセリン的な物が存在するのでは?
確かめるためには先ず情報収集だ、と石動は心に決め、湯船から勢いよく立ち上がった。
石動が風呂から上がると、いつの間にか、テーブル席に豪華な食事が並んでいた。
先程、宿屋の従業員がセットしていったらしい。湯気の立つスープから肉料理や果物、ワインまであった。
エドワルドが既に席に着き、石動を手招きする。
「ザミエル殿、まずは食べようではないか! 冷めたらもったいないぞ。吾輩は食べてから風呂を頂くことにする!」
ロサと顔を見合わせて苦笑した石動は、テーブル席に着き、ワイングラスを手に取る。
「「「乾杯!」」」
3人でグラスを合わせ、ワインを飲んだ。馥郁たる香りの深い味わいのワインで、非常に美味しい。
美味しいワインのおかげもあって、食事も捗った。まるで前世界のホテルのフランス料理の様に凝った料理で、美味しかったとしか言えない。なんという料理名か、石動にはよくわからなかった。でも、牛肉の赤ワイン煮に似た料理が気に入った。
腹が減っていたので、わりとガツガツ食べてしまった。しばらく食べることに専念し、ようやく3人とも落ち着いてきたので、ワインを楽しむ余裕ができた。
ワインのグラスを干しながら、ロサが石動を見て尋ねる。
「ねえ、クレアシス王国に着いたけど、これからどうするの?」
「うん、まずはいろいろと調べたいかな。蝙蝠の魔物がたくさん住むという洞に行って、素材が採れるか試したい。ドワーフの山をくり抜く技術も知りたいし、鍛冶も習いたい。錬金術に使う材料や素材も珍しいものがあるはずだし」
「どうやって調べるつもりなの」
「ドワーフの工房や錬金術の素材を売っているところなんかは、ノークトゥアム商会で聞けば何とかなると思う。問題は蝙蝠の洞窟だな。冒険者に聞かないとダメか・・・・・・」
「私たち冒険者じゃないけど、聞いたら教えてくれるのかな」
うーんと顔を見合わせる石動とロサ。
するとエドワルドがワインのグラス越しにニヤリと笑いかけてくる。
「吾輩、なにを隠そう、冒険者ランクは銀なのだ。明日、ギルドに行って聞いて来てやろうか」
「えっ、無理して付き合う必要はないですよ! エドワルドさんとは、もともとクレアシス王国までという話だったし」
「うむ、吾輩もそのつもりだったがな。盗賊の懸賞金の分配を貰うまで暇だし、何よりお主らと一緒におると面白いわ」
ハハハッと笑うエドワルド。
「なに、モノのついでじゃ。それに今、お主らと別れるとこの宿を出なければならぬ。それはなんとも惜しいでな」
「分かりました。じゃあお言葉に甘えます」
「承った!」
エドワルドがワインのグラスを持ち上げ、石動のそれに合わせると、チーンとグラスが鳴いた。
そのあと懸賞金で思い出した石動が、酔わないうちにと報酬の金貨30枚を3等分して分けようとすると、石動が多めにとるべきだとエドワルドやロサが主張して揉めた。なんとか二人に納得してもらい10枚づつ分ける。その代わり、懸賞金はそれぞれの倒した人数が違うので、倒した者が倒した分を貰うことで了承させられた。
エドワルドが、食事を終えて「旅の埃を落としてくる」と言って、浴室に入る。
まもなくしてお湯で身体を流す音がし始めた。
その様子を横目に見ながら、石動はエドワルドの狙いはなんだろう、とあらためて考える。
クレアシス王国までの付き合いと言うなら、もう別れても良い頃合いだ。なのになんだかんだと理由をつけて同行しようとする。なにが目的なのか。
そういえば、シャープスライフルにやたらと興味を示していたな、と石動はぼんやりと思いつく。今までの石動に、殊更に銃を秘密にするつもりはなかった。秘密にするくらいなら、盗賊討伐で目撃者がいるのに、あれほどバンバン撃つことはしなかっただろう。どうせ現状ではカスタムメイドしかできないんだから、世の中に多大な影響を及ぼすようなことにはならないと思っている。
そう思ったから、エルフの郷でシャープスライフルの製造方法を親方に教えたし、アクィラに撃ち方を教えた。転移してからお世話になった恩返しの意味ももちろんあったのだが。
ただ今後、高性能な銃を量産できるような場合は気を付けないと、とはぼんやり思っている。
ふと、気がついてラタトスクに念話で話し掛ける。
「(ラタちゃんよ。クレアシス王国のドワーフがシャープスライフルを造るのは簡単だろうか?)」
『ふむ、簡単とはいかんかもしれんが、熟練したドワーフならできるだろうな』
「(えっ、あんなにライフリングひとつで苦労したのに・・・・・・。ドワーフはできるっていうの?)」
『ツトムの持つ現物があれは、時間は多少かかるかもしれんが、再現するのは間違いないと思うよ。なにしろ、モノづくりに関しては本職だからね』
「(マジか・・・・・・。じゃあ、本気で量産したら、どのくらい造れるだろう?)」
『そうだねー、造り方を完全に理解したドワーフなら、1日1~2挺は造れるんじゃないかな。この国全体になれば工房を持つドワーフは500人じゃきかないからね。雇われているドワーフも含めれば3,000人はいるんじゃない。本気で造り始めたら凄いことになるよ』
「(そんなに・・・・・・。仮に1人2挺造ったとして1日に7千挺、10日で7万丁ってか! ドワーフヤバすぎだろ!)」
石動は認識を改めないといけない、と冷や汗をかく思いだった。あまりにもこの世界をナメすぎていたようだ。シャープスライフルがドワーフにコピーされれば、火縄銃すらないこの世界には劇薬すぎる。たとえ黒色火薬の紙巻薬莢弾仕様の単発のライフルだとしても、だ。
戦い方の根本が変わり、銃を独占した国は覇権を得るだろう。そして侵略される国も対抗手段として銃を手にするのは間違いない。泥沼の戦乱の幕開けだ。
まあ、現状では黒色火薬ですら流通していない。それ以前に生産されてもいないので、銃だけあっても、急激な変化は起こらないだろう。しかし、錬金術がある限り、分析され、生成されるのは時間の問題ではないだろうか。
ここまで考えて、石動はふと疑問に思う。
なぜ、銃を普及させてはいけないんだ?
今でも弓や槍、剣で国同士戦争してるじゃないか?
どのみち殺し合うなら、剣でも銃でも一緒のことでは?
そうだよ、俺が銃を旧式のままでコントロールすれば、いいんじゃない?
アサルトライフルという訳ではないし、銃弾の問題もあるから、単発銃ならそんなに問題にはならないんじゃ・・・・・・。
俺は魔弾の射手の悪魔、ザミエルなんだし・・・・・・。
「いやいやいやいや!」
頭を振って、石動は考えるのをやめた。
少し怖くなり、背筋に汗が流れているのを感じる。
「ツトム、大丈夫? 顔色悪いけど?」
ロサが心配そうに近づきながら、声をかけてきた。石動の肩にそっと手をおく。
「大丈夫、心配ないよ。ありがとう、ロサ」
石動は笑顔をロサにむけ、無理矢理に微笑んで見せた。ロサは心配そうな顔のままだが、それ以上何も言わなかった。
とりあえず、エドワルドの目的が銃であることは間違いないように思える。どう利用するかは、これから次第だな、と石動は心の中で独り言ちる。
その様子を栗鼠の姿のラタトスクが、眼を光らせながらじっと見ていた。
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