クレアシス王国
盗賊たちの討伐が済んだ。
再出発の前に「グリフォンの剣」の団長たちは盗賊の死体の検分をし、ダークエルフの商会員らは馬車や荷物の確認をしている。
急に手持無沙汰になった石動は、シャープスライフルの掃除でもしようかな、と考えていたところに、二人の団員が近づいてきた。
「ザミエルさん、今、いいですか?」
呼びかけられて二人の顔を見ると、石動が馬車の屋根の上に居ることを揶揄ってきた団員の様だった。
「あの時は生意気なことを言って、すみませんでした!」
「すみませんでした!」
いきなり二人に頭を下げられて、石動は面食らう。正直、なにも気にしていなかったからだ。
「いや~、凄かったっす! 」
「その魔道具で、どうやって盗賊たちをぶっ飛ばしてたんですか? 」
ゴツイ身体つきと見た目の男たちが、キラキラの眼で石動のライフルに興味を示してくれたことが嬉しくて、石動もつい笑顔になる。
「うん、これはシャープスライフルと言って50口径の単発ライフルなんだ、ライフルというのはね、この筒の様な銃身の中に溝を刻んで弾丸を回転させることで正確に飛ばす銃のことで、あっ、弾丸というのがこんな金属の礫でこれを火薬で発射するんだ、そうそうかやくというのは・・・・・・」
大好きな銃の話となると止まらない石動が捲し立て、余りの勢いと全く理解できない内容に二人の団員は固まってしまう。
その石動の一方的な銃談義は、デビット団長が二人の団員に「サボってないで早く(死体を)片付けろ!」と怒鳴りつけて、石動から解放されるまでしばらく続いたのだった。
荷物のチェックが終わり、盗賊の死体を積み、数珠つなぎに縛った生き残りの盗賊を連れて、商隊は再度出発した。
盗賊の死体は全部ではなく、捕虜から幹部だった者を聞き出し、賞金がかかっている者だけを選んで積んでいく。後は使えそうな武器や装備を剝ぎ取ったら、一纏めにして岩場の影で油をかけて野焼きだ。
傭兵団の団員たちは、さすがにそういった処理に慣れていて手早い。
繋がれた盗賊たちは、衛兵に突き出されたら死罪になるのが分かっているので、足取りが重かった。その後ろから傭兵団が怒鳴りつけ、小突いて早く歩かせる。
そんな具合で街道を進み、予定よりかなり遅れたが、日のあるうちにようやくクレアシス王国が見えるところまでやってきた。
クレアシス王国は、遠目からだとミルガルズ山脈の岩山に、無数の虫食い穴が開いているように見える。
その虫食い穴のあちこちから煙が立ち上り、よく見ると複雑なパイプや金属の箱のようなものが絡みついていて、それを見た石動は前世界の工業地帯でよく見た複雑怪奇な感じに似ていると思った。
山のすそ野には商店や宿、居住区などが広がっており、それらをぐるっと取り囲むように城砦が築かれている。街道を進んでいくと、立派な城門が見えてきた。
ドワーフらしいがっちりした体形の門衛に、通行証を示しながら商隊の責任者は、盗賊たちのことを報告する。頭目の死体や捕虜の盗賊たちを見た衛兵たちは、にわかに慌ただしくなり、応援を呼んだのかあちこちから集まってきた。
責任者のダークエルフとデビット団長が、衛兵たちに事情聴取のため、衛兵官舎に連れていかれる。
商隊もあわせて衛兵官舎まで移動し、石動や他の者達は官舎前の広場で待つしかなかった。
移動する馬車のなかでは揺れもあって充分な手入れができなかったので、この間に石動はシャープスライフルを分解・掃除することに決めた。
すると石動の背後から食い入るようにエドワルドが手入れの様子を眺めてきて、構造についてうるさく質問をしてきたり、パーツを勝手に取り上げてしげしげと見入ったりする。
最初は愛想よく答えていた石動も流石にキレそうになるほどの勢いで、終いには無言でさっさと掃除を切り上げ、ライフルを組み上げてしまった。
残念そうなエドワルドを横目に、官舎から戻ってきたダークエルフとデビット団長を迎え、衛兵たちとの詳しい話を聞く。
どうやら、盗賊団には懸賞首が何人か居たらしく、清算の後に衛兵隊から支払われるらしい。
「それで、ザミエルさんたちは今後、どうされるご予定ですか? ザミエルさんにも懸賞金の分配をしなければならないので、私どもから連絡の取れる場所に居てほしいのですが」
ダークエルフの責任者が遠慮がちに石動に尋ねてきた。
石動は少し考え、責任者を見て答える。
「それでは、どこか宿をご紹介いただけますか。しばらくはこの街で情報収集することになると思うので、そちらで連絡を取れるようにします」
「そうですか! それは助かります。 良い宿を紹介しますよ」
ホッとしたように責任者は笑顔を見せて言った。商隊はこれからノークトゥアム商会のクレアシス王国での支店に向かい、その途上に紹介する宿があるらしい。石動たちは責任者の勧めに従い、そこまで乗せてもらうことにした。
「グリフォンの剣」の面々も、支店で報酬を清算するらしく、同行する。
馬車に揺られてクレアシス王国の街中を眺めていると、石動は街中に意外とドワーフの姿が少なく、冒険者や傭兵の様な姿の者が多いことに気付く。
疑問に思って、馬車に同乗している商会員に尋ねると、ドワーフのほとんどが山の中をくり抜いた地中の街に居ると言う。鍛冶場などの工房もその中にあり、山に無数に開いていた穴はドワーフたちの工房から出る排気煙を排出するものだったようだ。
街中は工房で生産したものを売るための店で、店ではドワーフが鍛えた剣などを冒険者や傭兵たちが争うように購入していく。
クレアシス王国の食料自給率は農業従事者が少ないため低く、他国からの輸入に頼っているので、輸入した食料品を扱う店も多い。それでもドワーフ製の武器や金属加工品は高値で売買されるから、クレアシス王国の貿易収支は大幅黒字だ。
気前よく払いもいいクレアシス王国で儲けようとする商人や、冒険者たちが泊まる宿屋や食堂・飲み屋も林立していて、かなり山の裾野の街は活気があり賑やかだ。
そんな街中を進む商隊が停まったので、石動が先頭の馬車を見ると「双月亭」と看板が出ている大きな宿屋の前だった。
ロサと一緒に馬車を降り、エドワルドと合流した石動は、責任者のもとへ向かう。
ここでお別れとなるデビット団長や傭兵団の皆と挨拶を済ませた石動は、責任者と共に宿屋に入る。
責任者の誘導で、宿屋のロビーに足を踏み入れた石動は息を呑んだ。
やや薄暗くした照明に包まれた空間に溢れる高級感に呑まれたのだ。精緻な装飾が施された柱やインテリア、ロビーに配置された家具などの見事な細工、汚れたブーツで踏むのが躊躇われるような上等な絨毯といった全てが上質感にあふれており、圧倒された。
「(前世界の帝国ホテルやニューオータニをコンパクトにした感じかな、泊った事無いけど・・・・・・)」
石動はそんな感想を抱きつつ、一泊いくらになるんだろう? と不安になる。
そんな石動を見て、笑顔のまま責任者が小声で呟く。
「こちらの宿の料金は当商会で負担いたしますので、食事やお飲み物に至るまで遠慮なくお申し付けください」
「いやいや、なんぼなんでもこんな高級なところなんて・・・・・・」
「遠慮しないでください。商隊の荷物にキズ一つ付かなかったのはザミエル様たちのおかげと考えておりますので、当商会からのささやかなお礼です」
受付のクロークで支配人の挨拶を鷹揚に受けながら、責任者が慣れた手つきで宿泊の手続きをする。
責任者は次いで石動に革袋を差し出した。
「差しあたって、護衛の報酬です。相場は一人金貨5枚なのですが、今回は色を付けさせていただきました」
石動が革袋の中を確認すると、金貨が30枚入っていた。
「後日、衛兵隊から懸賞金が入れば、またお持ちしますので。では私はこれにて失礼します」
「わかりました。こちらこそお世話になりました」
ダークエルフらしく二枚目できりっとした表情で最敬礼した責任者がロビーを横切って戻っていく。
取り残された石動たちは顔を見合わせ、とりあえず部屋に案内してもらって、くつろぐことに決めた。
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