傭兵団「グリフォンの剣」デビット団長の回想
キリが悪いので、いつもよりちょっと長めですが、投稿しました。
私の名はデビット・クロス。
元はウィンドベルク王国の騎士だったが、今は誇り高き傭兵団「グリフォンの剣」の団長を務めている。
その昔、結婚を機に王国の騎士団を退職したのだが、子宝に恵まれず、数年で離婚。
生活が荒れて酒に逃れ、就いていた仕事も退職した私は、30歳を前に昔の仲間と共に傭兵団を立ち上げたのだ。
幸いにしてウィンドベルク王国は毎年のように、ミルガルズ山脈の向こうにあるエルドラガス帝国と戦争をしているので、食い扶持には困らない。
団員たちは私のような元騎士や元兵士が多く、上官と合わなかったり理不尽な扱いに耐えかねてウチに入隊した者が多い。皆、気のいい奴らだ。
そんな奴らも戦争に何度も行くうちに、戦死して減ったりまた増えたりを繰り返し、名前も売れてあちこちから依頼の声が掛かるようになってきた。
今やあちこちの商人から商隊の護衛を頼まれたりして、大陸中を走り回っている。
正直、戦争に行くより実入りがいいし、野盗程度じゃウチの傭兵団の敵じゃないから気が楽だ。しばらくはこんな暮らしも悪くないと思っている。
今回の仕事はサントアリオスで商隊の護衛だ。
なんでも、この辺りでは質の悪い盗賊団が暴れていて、もう数件の商隊がやられているらしい。まあ、ウチの傭兵団の敵ではないだろうが。
雇い主はサントアリオスでは有名な商家らしく、料金も弾んでくれたが、もう一組雇っていると言う。
他の任務もあって団員も出払っていたので10人だけ連れてきたのに、ウチの精鋭では不足だと言うのか、と少し気分は悪かったが、雇い主の意向なら仕方がない。
出発日に商隊の前で待っていると、雇い主のノークトゥアム氏が3人の男女を連れてきた。
紹介されたのは、金髪に浅黒い肌の大男に珍しい森のエルフ、そして黒髪の若い男だった。
てっきり、大男がリーダーかと思えば、若い男の方がそうだと言う。
ザミエルと名乗った若い男は、細身だがしっかり鍛えられた身体つきで、雰囲気が兵士のもつソレだと私にはピンときた。
ザミエルの青黒い鱗のある皮鎧やマントも見慣れないものだったが、何より得物が今まで見たことないものだった。
なにやら筒のような金属の棒の先に、妙に刀身の長い短剣が取り付けられ、木の柄も曲ったうえに末広がりな形ときている。短槍なのだろうか?
大男は長い両手剣を腰に穿き、エルフは定番の弓を持っていたのはイメージ通りだったが。
話してみると3人とも礼儀正しい、感じの良い男女で、特に大男は陽気で人懐こく団員たちと直ぐ打ち解けた。
これならなんとかうまくやれそうだ。
安心した私は雇い主に挨拶して、商隊のリーダーに合図し、サントアリオスを出発した。
私は騎馬で先頭の馬車を先導する形で、部下と共に警戒に当たる。先頭の馬車にはエドワルドと名乗る大男が同乗してくれた。
後ろを見ると、最後尾の馬車の屋根にザミエルと言った若い男とエルフのロサという女性が矢盾の後ろに座っている。エルフは弓を持っているから分かるが、ザミエルはあんな高い場所で何をしているのだろうか。
あんな短い槍が屋根の上から届くとでも?
そんな疑いの表情が丘に出ていたのだろう、戦闘の馬車の乗降口に座ったエドワルドが私に声をかけてきた。
「団長よ、安心せよ。ザミエルはアレで良いのだ」
「あの槍が屋根の上から盗賊どもに届くというのか?」
「ふふん、もっと遠くでも届くやもしれんぞ。吾輩も全てを見た訳ではないが、あれは魔道具ではないか、と睨んでおるのだ」
魔道具だと?
信じられない・・・・・・。
エドワルドには悪いが、私は安心できないな。
そう思っていたら、同じことを考えたらしい部下がザミエルに絡んでいた。
「なあ、あんた。弓も持っていないのにそんなところに居てどうするつもりなんだ? そんな短い槍じゃ、馬にも届かねぇぜ」
「ちげえねぇ。馬車の中で隠れてたほうがいいんじゃねえか? ガハハハッ!」
「狭い場所は性に合わなくてな。ここの盾の陰に隠れてることにするよ」
二人の部下は、ザミエルが乗ってこないので拍子抜けしたのか、呆れたように騎馬で馬車から離れた場所に戻っていく。
肩に栗鼠を乗せたザミエルは、部下にはちらりとも視線を移さず、超然と辺りを警戒している。
その様子を見た私は、出発前はうまくやれると思ったのだが、とちょっぴり後悔した。
商隊は順調に森を抜け、草原を走り、ミルガルズ山脈が近づいてきて、岩場に差し掛かった時、部下の一人が騎馬で近づいて来て、ザミエルが呼んでいるという。
何事か、と先頭を副官に任せて、馬首をザミエルがいる馬車へ廻す。
「ザミエル殿、なにかあったか?!」
「デビット団長、ちょっと相談がある」
ザミエルは馬車の屋根から身軽に降りると、馬車後方の乗降口のステップに立った。
その位置からだと私が馬を寄せれば、ほぼ顔の位置が同じくらいの高さになる。
「デビット団長、この先の岩場で盗賊どもが罠を張っているようだ」
「なにっ!! なぜそんなことが分かる?!」
「大きな声を出さないで欲しい。どこで盗賊が聞いているか分からんからな」
「う、うむ。しかしどうして罠があると言い切れるのだ? それを教えてもらわぬ限り、信じられん」
馬車の車輪の立てる音や馬蹄の音が五月蠅くて、盗み聞きしている奴などいないとは思うが、私も小声になりザミエルに詰め寄った。
「詳しくは言えないが、私のスキルによるものだと思ってくれていい。信じないならそれでも良いが、被害が出てからでは遅いからな」
「うう~ん、ひとまず、どんな罠なのか伺おう」
「この先に枯れ谷の様な地形があると思うが、その先に盗賊の集団が谷の両脇で待ち構えているようだ」
「それなら引き返して、広い場所に誘い出せばよい」
「枯れ谷の入り口に、門のように両脇に立つ岩場があるようだ。その岩場の上にも盗賊の仲間がいて、我々の商隊が通り過ぎて戦闘になったら、丸太か岩かを落として我々の退路を断つつもりのようだ」
「・・・・・・ザミエル殿はこの先の道をご存じなのか?」
「いや、今日初めて通る」
私はなんと答えて良いか、考え込んでしまった。
確かにしばらく行くと、ザミエルが言った通りの場所がある。何度も通ったクレアシス王国へむかう道だ。
スキルと言ったが、初めて通る人間がそこまで詳しく分かるものなのか・・・・・・。
ザミエルの顔をじっと見たが、揶揄っているような感じはなく、至極真面目に話しているのは分かる。ここは賭けてみるしかないか・・・・・・。
「分かった。ではどうするつもりだ?」
「信じてくれてありがとう。この先で一度休憩を入れてほしい。その隙に・・・・・・」
ザミエルが説明する案を聞いたが、信じられなかった。岩場の上の盗賊を一人で片付けるだと?
弓矢を持った何人かを同行させては、と提案するも弓は目立つので見張っている盗賊が気付くからと却下されてしまう。
「本当に出来るのか?」
「任せてくれ。これは弓よりも早く礫を飛ばす『ライフル』という武器だ」
ザミエルが肩に掛けた奇妙な槍を叩いて笑って見せた。なるほど、筒の様なものはそこから礫を飛ばすのか・・・・・・。
少しだけ逡巡したが、信じてみようと決断した。
「ザミエル殿、任せたぞ」
「了解した、デビット団長」
私とザミエルは眼と眼を合わせ、軽く頷いてお互いの合意を示す。
いつもと違う場所で休憩を宣言した私に、部下たちは一瞬、怪訝な顔をしたものの馬車を囲んで警戒しながらも、思い思いに水筒から水を飲んだり、パイプを吹かしたりしていた。
横目でザミエルの方を窺っていると、さりげなく岩陰の方に消えたかと思うと、スルスルと器用に嶮しい岩山を登っていく。
この上からなら罠があるという岩場も見通せるだろうが、距離にして50メートル近くはあるのではないか? 本当にあんな魔道具だけで大丈夫なのだろうか。
その疑問の答えはすぐに出た。
ザミエルが登った岩山の上の方で、何やらバンッという音がしたかと思うと、先の岩場から一人の男が落ちて地面に叩きつけられるのが見えた。
バンッという音は4回鳴って静かになり、しばらくするとザミエルが戻ってきたので駆け寄った。
「大丈夫、予定通り岩場の上の盗賊は排除した。銃声を不審に思われないうちに出発しよう」
私は指示を飛ばし、すぐさま出発準備を整えると、商隊を進発させる。
枯れ谷の入り口の両側にある岩場に商隊が近づく。岩場の高さは15メートル程だろうか。
元は一つの巨大な岩だったのを割って、枯れ谷を通る街道を作ったと聞いたことがある。
昔は水が流れていた河だったと言われている枯れ谷も、両側はなだらかな傾斜になっていて、両岸の高さは10メートルもない。
岩の下に盗賊の死体があった。
背中に小さな穴があり、うつぶせに倒れていたのでひっくり返すと、鎖骨から首の根元にかけて大きな穴が開いており、明らかに岩場から落ちた傷では無かった。
なんとも無惨な死体に、死体など見慣れているはずのウチの団員達も顔色を変えている。
ここで、ザミエルとエルフのロサ、商会員のダークエルフ2人が馬車を降りて岩場に登っていった。盗賊たちの仕掛けた罠を発動させないように守り、私達を援護する役目だ。
4人が配置に着いたのを確認して、私は再び商隊を進発させた。
商隊の先頭に立つと、馬車から顔を出したエドワルドが、ニヤッと笑いかけてくる。
「どうだい、ザミエルはあれで良かっただろう?」
「ああ、そのようだな」
「さあて、吾輩も気張るとするか! 腕がなるのう!」
エドワルドは陽気にハハハッと笑いながら、顔をひっこめた。
私はそれを見て苦笑しながら、前方の道を警戒する。
程なくして、両岸に盗賊が現れた。
一斉に襲い掛かってくるかと思いきや、なんと矢を射かけてくる。
エドワルドがそれを見て首を捻っていた。
「これは盗賊のやり口ではないのう。まるで兵士の様だ」
予定通り、商隊を後退させ、逃げるそぶりをする。
すると追い立てるように盗賊たちが迫ってきた。
バァンッッ
ザミエルの放つ魔道具の音がするたび、盗賊たちが倒されていく。
どうやら、指揮している者を狙っているらしく、盗賊たちが浮足立ち始めるのが分かった。
「よし、今だ! 我らグリフォンの剣の力を見せてやれ!」
「「「ウォォォォォォォォォッッ!」」」
反転して部下たちと共に、私は盗賊たちへ反撃の鬨の声をあげた。
突っ込んでいく部下たちの先頭に、駆けていくエドワルドの姿も見える。
形勢不利と逃げ出した盗賊の背中にはエルフ達の矢が立ち、不意を突こうとする盗賊にはザミエルの慈悲の無い一撃が喰らわされた。神の加護があらんことを。
一方的な戦いとなり、20名ほどいた盗賊たちはアッという気に死体と捕虜に変わる。
「おい、ザミエル! この盗賊の頭はなんと賞金首のコリン・ジャックマンであったぞ! 吾輩が以前の討伐で取り逃がした狡賢い狼のような奴だ」
見るとエドワルドが死体からフードを外し、その頭目の顔を見るなり、大声をあげていた。
頭目の胸と背中には穴が開き、その死に顔は驚いた様な顔のままだった。
死体を検分する間、手持ち無沙汰に馬車にもたれているザミエルを、遠巻きに見る団員たちの眼は明らかに変わっていた。
スゴイという称賛半分、後は恐れが半分といったところだろうか。私も同じだ。
道中、ザミエルに絡んでいた団員が二人が近づいていき、頭を下げて謝っている。謝られているザミエルは困惑顔のようだが。
その時、ふと、王都で聞いた噂話を思い出した。
キングサラマンダーを倒したという「魔弾の射手」の噂だ。
弓も届かないような遥か遠くから、一撃で魔物を倒す魔弾の射手。
王国の将軍も逆鱗に触れて倒されたとか、まことしやかに噂されていた。
聞いた時は根も葉もない単なる噂、として笑い飛ばしたが、今は笑えない。
ザミエルを見ていると、とてもではないが、噂では片付けられない。
ひょっとして・・・・・・
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