護衛
翌朝、目が覚めると、とうに日の出を過ぎていた。
ベッドから起き上がり、少し寝過ごしたようだ、と石動は独り言ちる。
思ったよりも身体は疲れていたということだろうか。
身支度をして食堂へ降りていくと、既にロサ達は朝食を済ませ、お茶を楽しんでいるところだった。
「おはようございます。遅くなりまして、すみません」
「おはようございます! いえ、すぐに朝食を用意させますから、どうぞ席についてくださいね」
寝坊した詫びを石動が言うと、リーリアムが笑顔で手招いた。
石動がロサの隣の席に座ると、この家の使用人の女性が朝食が乗った銀の盆を持ってくる。
ロールパンが入った小振りの籠と、野菜のサラダにスープ、そしてオムレツ風の卵料理に分厚いハムの燻製と、朝から豪華だった。
そのボリュームを嬉しく思いながら、石動は手を合わせ小声でイタダキマス、と言って食べ始める。
横目でロサとリーリアムを見ると、紅茶を飲みながら話が弾んでいるようだ。
リーリアムの両親は既に出勤しているらしい。
あとは・・・・・・。
「ねえロサ、エドワルドはまだ寝てるのかな?」
「もうとっくに朝食済ませて、散歩に行ってくると言って出かけたわよ」
一瞬だけ、ロサは石動の疑問に答えたと思うと、すぐさまリーリウムとの会話に戻っていく。
女子の会話はまさにエンドレスだな・・・・・・と思いながら、石動が朝食の残りを平らげたところへ、エドワルドが戻ってきた。
「ザミエル、そこらの商人が噂していたが、クレアシス王国への街道で盗賊が出てるらしいぞ」
エドワルドが石動の顔を見るなり、大きな声をあげる。妙に楽しそうだ。
「誰に聞いたんだ、そんな話」
「散歩していたら商人が何人も集まって話しててな、吾輩も情報収集と思い、話に加わったのだ」
ハハハッと笑うエドワルドを見て、石動は心の中で「(コミュニケーション能力オバケ・・・・・・)」と呟く。
「もう何組か、商隊がやられてるらしい。盗賊にかけられる懸賞金もウナギ登りだそうだ」
「やはり宝石狙いなのかな?」
「もちろんそれもあるが、根こそぎやられるらしいぞ。歯向かう者は皆殺しで、積み荷だけでなく女子供まで攫っていくんだそうだ。なかなかに残虐な奴のようだな!」
抵抗しなければ生きて帰った者もいるらしい。石動がエドワルドの話に相槌を打ちながら紅茶を飲んでいると、リーリウムの父親であるノークトゥアムが食堂に入ってきた。
「ちょうど良かった。ザミエル殿、エドワルド殿、すこし話があるのだが良いだろうか?」
ノークトゥアムが、居住まいを正そうとする石動達を片手をあげて制しながら、声をかけてくる。
「ザミエル殿らはこれからクレアシス王国に向かわれるという話だったと思うが」
「ええ、その予定です。昨晩お話ししたとおり、今日には出立しようと思っていました」
「なるほど、丁度良い。それならば少し相談があるのだ」
テーブルの向かい側に座ったノークトゥアムの問いに石動が答えると、パッと顔をほころばせたノークトゥアムがテーブル越しに身を乗り出してきた。
「本日の昼前にクレアシス王国に向かうウチの商隊があるのだが、その護衛に参加していただけないだろうか? 既にご存じのようだが、盗賊に手を焼いていてね。昨晩の話ではエドワルド殿やザミエル殿は手練れのようだし、それに森のエルフの紹介なら信用できる」
「護衛なら冒険者たちか、傭兵に依頼したほうが良いのではないですか?」
「もちろん手配してあるが、護衛の需要が立て込んでいるせいか、少し人数が心もとないのだ。貴殿らが参加してくれるなら安心だと思ったのだが・・・・・・。当然だが報酬は弾むつもりだよ」
石動は首を廻してロサの方を見る。
ロサは笑顔で頷き、次いでエドワルドを見ると既にやる気のようで、右手の力こぶを誇示しながらニヤリと笑ってみせる。
「わかりました。一宿一飯の恩義もありますし、お受けいたします」
「イッシュク・・・なんと言ったんだね?」
「いえ、私の故郷の言葉で、お世話になったら恩返しするのが当たり前というような意味です」
「オオッ、そうなのか。良い言葉だな。引き受けてくれて感謝する!」
立ちあがったノークトゥアムとテーブル越しに、石動は握手を交わす。
こうして、石動たちはノークトゥアム商隊の護衛に参加する形で、クレアシス王国に向かうことが決定したのだった。
昼前に旅支度を整え終えた石動達は、リーリアムの案内で商隊が出発する場所へ向かう。
リーリアムの家から街の中心部の方へしばらく歩くと、中心に噴水のある広場に出た。その一角に馬車三台と騎馬用の馬が数頭、そして武器を持った男達が集まっている。
その中にノークトゥアムがいて、リーリアムや石動達に気付くと手を振ってきた。
「やあ、待ってたよ。早速、皆に紹介しよう」
ノークトゥアムが石動達を引っ張るようにして、男達の集団の方へ向かう。
まず商隊の責任者のダークエルフの中年男や商会で働く従業員たちと引き合わされる。
皆、弓矢や剣で武装しており、商人というよりダークエルフの戦士に見えた。
その後、警護に当たる傭兵団の団長のもとへ連れてこられた。
「紹介しよう。彼が傭兵団『グリフォンの剣』の団長、デビットだ」
「デビットだ。よろしく」
「ザミエルという。こちらこそよろしく頼む」
ノークトゥアムから紹介されたデビット団長と握手を交わす。エドワルドやロサとも挨拶を済ませると、デビットは団員たちを呼び集め、石動達と引き合わせた。
団員は全部で10名ほどだったが、傭兵団という名前から想像されるような荒くれ者、という感じはなく、逞しくて気さくな男たちばかりで石動は意外に感じる。
全員がそろいの胸と肩をカバーする皮鎧を着こみ、鉄でできたピラミッド型の菱が3つ並んだ鉢金を頭に巻いていて、肩にはグリフォンと両手剣がデザインされた紋章を着けていた。
デビットたちと出発前の打ち合わせを軽く済ませ、エドワルドは先頭の馬車に同乗し、石動とロサは3台目の馬車に乗り込むことに決まる。
その周りを「グリフォンの剣」が騎馬で6人が囲み、残りはそれぞれの馬車に1~2人づつ分乗して警護する態勢だ。
出発の時間となり、石動達はノークトゥアムとリーリアムに別れを告げ、動き出した商隊と共にサントアリオスを後にした。
商隊の馬車は石動がなんとなくイメージしていた幌馬車ではなく、頑丈な木材と鉄で補強された箱型の馬車だった。
聞けば、幌だと簡単に矢を通すので商品がダメになるし、火も着きやすいのでこの辺の商会では使わないそうだ。
この馬車も木材には難燃性の塗料が塗られていて、屋根にはこれも同質の木材で出来た矢盾も備えられ、石動は「(なるほど、これはこの世界の現金輸送車みたいなものだな)」と納得する。
運ぶものも加工された宝飾品が多いのだから、当然の装備なのかもしれない。
石動とロサは最後尾の3台めの馬車の屋根に陣取り、矢盾の陰で待機することにした。
ロサは弓を構え、石動は銃剣の鞘を払ったシャープスライフルを持って警戒に当たる。
シャープスライフルには既に50-90紙巻薬莢弾を装填しておいた。
石動の肩にはマントのフードから這い出てきたラタトスクが、栗鼠の姿で涼しそうに風の匂いを嗅いでいる。
騎馬で周りを警戒する「グリフォンの盾」団員は、そんな石動の姿を見て不審に思うのか、胡乱げな視線を投げかけてくる者が多かった。
「なあ、あんた。弓も持っていないのにそんなところに居てどうするつもりなんだ? そんな短い槍じゃ、馬にも届かねぇぜ」
「ちげえねぇ。馬車の中で隠れてたほうがいいんじゃねえか? ガハハハッ!」
ついに我慢できなくなったのか、2人の団員がからかうように石動に声をかけてきた。
「狭い場所は性に合わなくてな。ここの盾の陰に隠れてることにするよ」
石動は素知らぬ顔で相手にせず、馬車の屋根で警戒を続ける。
お読みいただきありがとうございました。
よろしかったら、評価やブックマークをお願いします。
折れやすい作者の心を励まし、書き続けるための原動力となります。