エルフの郷
「#$&$##*”$$&%? #$&&’$)@@&%$#!!」
害意が無いことを示そうと、笑顔と軽く両手を挙げて掌を見せながら近づいた石動に、エルフの格好をした女性は驚いたように興奮して何かを叫んでいるが、言葉が全く分からない。
英語でもロシア語でも無く、全く聞いた事の無い言葉だ。
それでもかなり警戒しているらしいことは伝わってくる。
そりゃそうか、こんな森の中で怪しい男が現れたら、警戒しない方がおかしいもんな。
でもとりあえず、あの左腕の出血を止めなければ。
そう思った石動は、リュックのサイドポケットを探って、個包装された飴を2個取り出した。疲労回復用にチョコレートや飴は常備してある。
『怪我は大丈夫? 良かったら傷の手当てをしようか?』
試しに英語で話しかけながら、笑顔を向ける。
ゆっくりと近寄り、警戒する女性の前で、飴の包装を破り、まず石動が口に入れて見せた。
そしてもう一つの飴の包装を破ると、女性に差し出してみる。
ニコニコしながら飴を差し出す石動を、しばらく女性は不審げに見つめていたが、石動が飴を口の中で転がし、口を開け舌の上に飴を乗せて見せると、右手を伸ばして飴を受け取り、恐る恐る口の中に入れる。
「#$%&!!!!」
驚いた顔からへにゃ~っと蕩けたような顔に変わり、またハッと我に返って石動を警戒するという百面相を何度か繰り返し、しばらくしてようやく警戒心を解いた顔で俯きながらつぶやいた。
「&%@*+$・・・・・・」
今のはなんとなくだけど、”ありがとう”と言われたような気がする。
そう思った石動は、心配そうな顔に切り替えて、左腕の怪我を指さしながら通じれば良いが、と思いながら言った。
『その怪我、良かったら手当させてほしい』
なんとなく怪我を心配していることは通じたようで、エルフは大丈夫、という感じで頷きながら右手を傷口にかざし、何やら唱え始めた。
すると、傷口が薄っすらと光を放ち始め、光が収まったと思ったらキズすらない、スベスベの肌に戻っていた。
石動は驚愕して口を開けたまま、何も言葉にできず、ただ思う。
「(漫画で読んだヒールとかいう魔法ってやつ? ・・・・・・こりゃ、絶対此処は日本じゃないわ。一体、どうなってるんだ? 俺は今、どこにいるんだ?)」
エルフ女性の腕を見ながら腕組みをし、無意識に右手で顎を撫でながらブツブツ呟き、考え込んでしまう石動。
それを見ながら、エルフの女性はふと、何かに合点がいったように頷き、笑顔を浮かべて自分を指さしながら石動に話しかけた。
「ロサ。&%$#$%&ロサ」
続けて石動を指さし、首をかしげる。
「ツトム・イスルギ」
石動も名前を聞かれているのは分かったので、自分を指さしながら答える。
ロサは笑顔になり、「ツトム」と指さしながら言い、また自分を指さして「ロサ」と繰り返す。
そして、目を見て石動が理解したと分かると頷き、ついてくるよう手招きをして促した。
思い出したように熊のほうに駆け寄ると、腰の短刀を抜き、破壊されていない左の耳を切り落とすと、袋に入れしまい込む。
それから石動のほうを見て再びついてくるように仕草で促すと、歩き出した。
ロサの足は速かった。足元の不安定な森の中を、まるで整地されたグラウンドを走るかのように軽やかに進んでいく。
石動もレンジャーの行軍訓練で、山の中での行動には慣れていたので相当自信があるつもりだったが、ロサのスピードには全くついて行けなかった。
ロサも石動を気にして振り返り、要所で振り返り待ってくれているのだが、ゼイゼイと息を吐く石動に対してロサは殆ど息も上がっておらず、汗もかいた様子がないのが石動としては非常に悔しい。
そんな調子で森の中を2時間も歩いただろうか、ふと立ち止まったロサが石動に止まるように指示してきた。
これ幸いとしゃがみ込みながら、石動は水筒を取り出した。
もちろん、銃は手放さず辺りへの警戒も解いてはいない。
水を少し口に含んで、ゆっくりと喉に流し込みながら辺りを窺っていると、不意に周りの緊張感が高まってきたのを肌で感じた。
ロサを見ると口元に笑みが浮かんでいたため、石動は大きな危険はないものと判断し、急な動作はしないように気を付けて水筒をリュックにしまうと、しゃがんだまま様子を見ることにする。
まもなくして森の中から溶け出す様に、先程まで誰も居なかったところから、金髪を肩まで伸ばした美しいエルフが現れた。
柔和な笑みを浮かべているが、全くと言っていいほどスキはない。性別は肩幅や胸元を見て、辛うじて男性ではないかと思われるが、石動にそうだと断言できる自信はなかった。
ロサがエルフに歩み寄ったのを見て石動が立ち上がると、ザザッという草擦れの音と共に10人ほどの弓をつがえたエルフ達が、石動を包囲して草むらや木の上から姿を現わす。
石動はこの人数で近寄られていたのに、全く気が付かなかった自分が悔しい。
この状態ではライフルで反撃している間にも射殺されるだろう。勝ち目は無い。
石動は内心の動揺を抑えて両手を上げ、笑顔を見せて害意は無いという意思表示を示した。
ロサが慌てて最初に現れたエルフに何事か話し掛けると、さっとそのエルフが右手を上げ、それにより包囲していたエルフ達が弓を下ろす。
どうやらあのエルフがリーダーらしい。
リーダーのエルフは、ロサとしばらく話していたが、石動の方を見てうなづき、ついてこいと身振りをした。
石動がそれに応じて歩き出すと、包囲したエルフ達もまた、囲みを維持したまま歩き出す。
石動はその統制のとれた動きに、密かに感心していた。これは訓練の行き届いた手強い部隊だ。
周囲を警戒しながら先導するグループに、リーダーとロサを護衛する2人、そして少し離れて続く石動を見張るグループと後方を警戒しながら進むグループに分かれている。
石動を見張る組は、何か不審な動きをすれば弓矢の十字砲火を石動に浴びせられるポジションをキープしながら、森の中を進むという難行を苦も無くこなしている。
分隊や小隊規模での行軍は数えきれないほど経験しているが、これ程油断なく足場の悪い森の中を進めるなんて信じられない。同じレベルの技を持った部隊はアメリカの特殊部隊か、わが第一空挺団くらいだな、と思いつつ、石動は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
しばらく歩いたのち、何の変哲もない森の薄暗い獣道に差し掛かったところで、ロサが振り返り石動に近づくと右手を取って、ニコッと微笑むとまた歩き出す。
面食らっていた石動だが、獣道に入ったところで"ヌルンッ"と膜を抜けるような感触を顔に感じ、抜けた途端に風景が一変したことに驚いた。
先程まで森の木の間を歩いていたはずが、今は大木に囲まれた巨大な壁と門の前に立っていた。
リーダー格のエルフが合図すると、巨大な門が開きだす。
また手を引かれて、門の中に進んだ石動は再び言葉を失うほど驚いた。
そこはちょっとした街だった。
門から幅20メートルほどの石畳の道が真直ぐに数百メートルも続いており、正面に神殿の様なものが荘厳な雰囲気を湛えて建っているのが見える。
その両脇には、巨木をくり抜いた様な何階層もある建物がズラリと並んでおり、その見慣れない外観を除けばまるで東京丸の内のオフィス街の様だった。
建物の一階部分は商店やレストランといった店舗になっているようで、通りを引っ切り無しに通る荷馬車をはじめとしたエルフの人々が行きかう賑やかな様子を見て、なんとなく持っていた「エルフは森の隠者」といったイメージが崩れるのを石動は感じていた。
"さっき通り抜けたのは結界ってやつなのか? それにしてもエルフといえば大木の上に家があって、木々の間を空中につり橋のような通路があってというのがマンガでの定番だったよな・・・・・・。木造とはいえこんな高層建築まであるとは"
物珍しいのでキョロキョロしながら手を引かれていくと、遂には神殿が近づいてきた。
ここで、またまた石動は息を飲む羽目になる。
門からではわからなかったが、神殿は直径百メートルほどにもなる巨大な樹木の根っこ付近をくり抜いて建てられていたのだ。
唖然として見上げても、その樹の頂点は繁る枝や葉が邪魔して、どれほどの高さにあるか分からない。
以前、テレビで見たエジプトのルクソール神殿の光景を連想した。
又は、映画インディジョーンズにも出てきたヨルダンのペトラ遺跡。
樹木なのか岸壁なのかの違いはあるが、それらを何十倍にもした規模で行っていると言うとてつもなさに、石動は言葉が無かった。
いつの間にか連絡が入っていたのか、神官らしきエルフが神殿の入り口で衛兵を数人従えて待っていた。
リーダーのエルフとロサが神官と言葉を交わし、神官がうなづく。
3人が振り返って石動を見る。ロサが微笑みながら近づいて話しかけてきた。
「ツトム、&%#>&%&+*>@#<+~=$#&*」
相変わらず何を言っているか分からないが、神官を指さして何やら"大丈夫だよ"と安心するよう言ってくれているような表情だった。
そしてロサが石動の手を取り、神官のほうへ手を引いていく。
神官の近くまで行くと、今度は神官から自分についてくるように手招きされた。
ロサとエルフリーダーはこれ以上は入れないようだが、罠ではなさそうだ。
もっとも、エルフ側に石動を殺す意思があるなら、もうとっくに殺されているだろう。
石動は二人にありがとうの意味を込めて自衛隊式の最敬礼をし、笑顔をロサに向けてから神官の後に続いて歩き出した。
神殿の中に入ると空気がヒンヤリと冷気を帯びる。
ギリシャ建築の様に荘厳な柱が立ち並び、それぞれに松明かと思ったらユラユラと光る石が照明としてはめ込まれていた。
いまさらながら大樹をくり抜いているはずなのに、床も壁も樹の質感というより大理石のような硬質な感じがあることに気付く。
大広間を横目に通り過ぎ、幾つかの扉を潜って、いよいよ突き当りのドアを開けると下に降りる階段が現れた。
これまで神官に続く石動の回りを衛兵が数人で取り囲んでいたが、ここからは神官と石動、そして衛兵長のみしか入れないようだ。
三人で階段を降り始めたが、思ったより長く続く階段で先が見えない。
何度か踊場を折り返し、いい加減疲れてきたところで大きな両開きの扉の前に着いた。
巨大なガーゴイルの石像が両脇に並び、睨みを利かせている。
神官がブツブツと真言を唱えながら扉に触れると、ゆっくりと扉が光り出し、人ひとりが通れるくらいに開きだす。
神官が中に入れ、と身振りで示す。神官も衛兵もこれ以上は進めないようだ。
石動も覚悟を決め、肩にかけたライフルを構えたいのを堪え"そういえば武装解除されなかったな? "と思いながら扉の中に進む。
中に入ると、空気が一変し真っ白な空間に背凭れの高い椅子が向かい合わせに二脚あるのみで、その一つに白い髪を腰まで伸ばし、白い肌に白い生地のドレスを纏った少女が座っている。
白い少女は石動を見るとニコッと笑みを浮かべ、話しかけてきた。
『やあ! ようこそわが家へ。渡り人を迎えるのも久しぶりだ。こっちに来て座らないか』
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