出会い
何とか年内には間に合った・・・・・・。
今年最後の投稿になります。
宿は割と簡単に決まった。「海鳥亭」という看板が架かっている。
川沿いなのに海鳥とは・・・と疑問に思った石動だったが、外観も煉瓦造りの3階建のこじんまりとした造りで、壁に絡まる蔦や綺麗に配置された花の植木鉢が落ち着いた雰囲気を醸していて好感が持てる。
中に入っても上品なインテリアで高級感が有り、高そう、と石動は若干腰が引けながらクロークに居た初老の男性に尋ねると、部屋も2部屋空いており一泊銀貨一枚との事だったので即決した。
それぞれの部屋の前でロサと分かれ、中に入った石動はベッドとテーブルに椅子が置かれただけのシンプルな造りだが、シーツも清潔感があり藁のベットではないのを見て、安眠出来そうだとホッとする。
石動はマジックバッグがあるので荷解きはしなかったが、身支度を整えたロサがドアをノックしてきたので、外出することにした。
一応ライフルはマジックバッグに入れ、念のため小剣と大型デリンジャーは腰に吊ったままにする。
道行く男たちも両手剣を背負ったままだったりするので、それくらいの武装は問題はないだろうと判断した。
「じゃ、行こうか」
「うん、私ちょっと買いたいものがあるんだ!」
石動とロサはクロークで街の情報を仕入れると、宿を出て街の中心部を目指して出かけていく。
エルフの郷に比べると街の規模としては大きくないが、街全体が宿場町と観光地が混じったような造りな上に流通の一大拠点ということもあり、繁華街に並ぶ様々な店に並ぶ商品は物珍しいものが多くて、石動もロサと久しぶりのショッピングを楽しむ気分になっていた。
いろいろと予定外のものまで買い込んでしまい、気が付いたらすっかり日も暮れてしまったようだ。
少し歩き疲れたのもあって、宿へ帰る途中で見つけた雰囲気の良い店で食事を摂ることにした。
オープンテラスもあったが、夜になると冷えそうなので屋内に入ると、割と広い板張りの店内に余裕を持って配置されたテーブル席とカウンターがあり、まだ早い時間だったにもかかわらず八割方埋まっているようだ。
陽気な猫耳の女給に案内されたのは奥の石造りの暖炉の前のテーブル席で、まだ時期ではないので暖炉に火は入っていないが、店内を見渡せる兵士としても安心できる席で、石動は心の中で頷く。
テーブル席に着くまでの店内を見ても、食事と共に酒も出す店の様で、客の多くは酒を飲みながら食事を楽しんでいるようで、陽気な笑い声も混じったさざめく雰囲気は耳にしていて心地よい。
石動は思わず頬を緩めロサを見ると、楽しげに囁いた。
「どうやら良い店のようだね、これなら食事も期待できるかも。なんでも好きなものを頼んで楽しむとしよう!」
ブエンテラ領主国の名物料理はスズキによく似た大きな川魚のフライだと、注文を取りに来た猫耳娘が断言するので、それをまず注文した。
あとはカモに似た鳥の丸焼きと河エビの塩ゆでを頼む。
そして石動が店に入った時から気になっていたのは、店内で小型の木製樽の様なジョッキで泡の立つ飲み物を飲んでいる男たちの姿だった。
「(もしかして、アレが小説や漫画で見たエールなのか?! エールってビールだよね! ビールも長いこと飲んでないなぁ。エルフの郷ではワインはあったけどエールは飲む習慣がないようだったんだよね・・・・・・)」
小説や漫画でしか見たことの無いものが飲めると、つい興奮した石動は好奇心に負けてエールも頼んでみた。ロサは無難にワインを頼んでいる。
「ハイッ、エビお待たせ! エールとワインもね!」
猫耳娘が元気いっぱいに真っ赤な大振りのエビが盛られた大皿をドンッとばかりテーブルに置く。エールの木製大ジョッキとワインのボトルに陶器のコップが二つ、これもドンドンッと置かれる。
エビはサガラド河で採れるものらしいが、前世の手長エビに似ているものの、大きさは手長エビの倍ほどの20センチはある。甲殻を剥いてみると白いプリッとした身が弾け、仄かな塩気が身の甘みを引き立てていて美味い。頭の中にも味噌が詰まっていて、チューチュー吸うのはこちらも同じようだ。
「くぅ~、美味い! エールとよく合うな! これでエールがキンキンに冷えていたらもっと良かったんだけど」
「ん? エールを冷やすなんて聞いたことないけど?」
「習慣の違いかな。私の生まれ故郷じゃ、エールの親戚のラガーというものを冷たくして飲むのが普通だったんだ」
「へぇー? 変わってるね」
石動とロサは次から次へと甲殻を剥いてエビを食べ続け、楽しく会話をする合間にエールやワインを喉に流し込む。
エビの甲殻が山と積まれた頃、猫耳娘が川魚のフライが乗った大皿を持ってきた。
フライというから、切り身を揚げたものかと思えば豪快に一匹丸ごと素揚げにしたものだった。
「おおっ・・・・・・ちょっとこれはスゴイな。魚が皿からはみ出してるぞ・・・・・・」
「うんっ、でも美味しいよ!」
ちょっと引いてしまった石動を尻目にザクリとフォークを突き刺して、分厚い白身を頬張ったロサが歓声を上げる。
石動も負けじと身を毟って口に入れると、塩味が効いた唐揚げの様な衣の中にある淡白な白身から汁気がジュワっと溶け出した。
「おおっ、これは思ったよりさっぱりイケるな。後を引く味だ」
「ナイフを使わなくても身と骨の間に切れ目が入ってるから食べやすいね。魚って骨取るのが面倒だったけど、これなら私でも食べ易くて嬉しいな」
流石にこの魚の後にカモの丸焼きは流石に食べきれないかも、と頼み過ぎを心配した石動だったが、カモは小振りで十分食べきれるサイズだったのでほっとした。
石動もぬるいエールは一杯だけで止めてワインに切り替え、全ての料理を食べ切るころにはロサと二人でボトルを一本開けてしまっていた。
「ふぅー、流石に腹一杯だ。ロサはどう?」
「私もちょっと食べ過ぎたみたい。お腹が苦しいわ」
石動はつい視線をロサのお腹に移したが、いつもと変わらずスレンダーで引き締まったお腹のままだった。視線をロサから反らした石動は疑問に思う。
「(ロサってほとんど自分と同じくらい食べたよね? ワインも結構飲んでるはずだし・・・・・・。どこに入ったんだろう、あれだけの食料が。解せぬ・・・・・・)」
「・・・・・・何か、失礼なこと考えてない?」
「いやいやいや! ナニモカンガエテナイヨ」
そんな風に食後にグラスに残ったワインを飲みながら、ゆったりしていた石動達に隣のテーブルから声が掛かった。
「はっはっはっ、気持ち良い食べっぷりでござったな。お主ら何処から来なすった?」
◆
その声に振り返った石動は、少し驚いた。目にした人物が余りに巨漢だったからだ。
石動達が座っているテーブルや椅子と同じものに座っているはずだが、それが小さく見える程の存在感だ。立ち上がったら身長2メートルは超えているだろう。
襟元から鎖帷子がのぞくグレーのウールシャツの胸元は筋肉で盛り上がり、プロレスラーかボディビルダーのようだ。シャツの上から黒い皮製の太ももまで届くベストを羽織り、その上から腰に太いベルトを巻き、長剣を穿いている。
「(指輪物語の映画でみたアラゴルンの持っていた剣みたいだ・・・・・・。ていうか、なんかこの人の顔、どこかで見たことあるような気がするんだよなぁ~)」
人懐っこい笑顔を向けてくる巨漢の顔は、浅黒く日に焼け、眼がぎょろっとしてしているのが印象的だ。髪はくせ毛なのか波打った金髪で肩まで伸ばしている。
「(ああっ! そうか! 髪の毛があるから気がつかなかったけど、この人、スキンヘッドにしたらまんまハリウッド俳優のドゥエイン・ジョンソンじゃん!)」
アクション映画大好きだった石動は、もうそれだけで警戒心を緩めてしまう。
「エルフの森を抜けてきたんだ。橋を渡って今日着いたばかりだよ」
石動がそう答えると、「ほぅ・・・・・・エルフの森をね・・・・・・」と考え深げに石動を見て、それからロサに視線を移すと、合点がいったように頷いて右手を差し出してきた。
笑顔で握手を交わすと、エドワルドがエールのジョッキを持って石動達のテーブルに移ってきた。
テーブルにつくとロサとも握手を交わすと、ロサがエドワルドに尋ねた。
「ミルガルズ山脈を抜けてきたということは、帝国の生まれなの? 苗字持ちなのね」
「うむ、山脈を越えたところにある集落が我が故郷でな。父がそこの代官をしていて苗字帯刀を許されていたのだが、なにぶん田舎で窮屈な生活に我慢できず飛び出したという訳だ。ワッハッハー」
旅を重ねてきたというエドワルドの話は面白く、石動達が目指すドワーフの国であるクレアシス王国こそ行っていないがその周辺の国は訪れており、道中の様子や国柄の話は興味深かった。
エールやワインを追加して話が盛り上がり、気が付くと夜も更けてしまっていた。
「おおっ、これは申し訳ない。すっかりお邪魔をしてしまった。許されよ」
「いやいや、こちらこそ貴重な情報を聞かせて貰って助かったよ。楽しかった」
エドワルドは済まなそうに詫びるとサッと自分の支払いを済ませ、石動と握手を交わすと「また縁が合ったら会おう」と言い残し、巨体とは思えない身のこなしで店の出口へと向かった。
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