旅立ち
第一部終章です。
ーーー 1か月後、石動はエルフの郷の結界門の前に居た。
ようやく準備が整ったので、旅に出るのだ。
石動の旅装風体もこの世界らしく見栄えのするものになっている。
まずはキングサラマンダーの素材を使った蒼い鱗の皮鎧にエルボーパットやニーパッド、それに頭まで保護するフード付きのマントだ。
キングサラマンダーの素材で造られたマントや鎧は、薄くしなやかなのに刃物を通さず、防火・衝撃にも強いという破格の性能を持っていた。
これは鍛冶場の親方が石動の餞に、と丹精込めて作ってくれた逸品だ。
マジックバッグの中には錬金術師の師匠から貰った素材や魔石、魔法陣などが山ほど入っていた。
特に様々な病気に効く丸薬や万能キズ薬の塗り薬などが嬉しい。
武器は残弾少ないレミントンや狙撃用のシャープスライフルはマジックバッグに仕舞い、初代の紙薬莢用のシャープスライフルに銃剣を装着し、革スリングを付けて肩に掛けている。薬室には弾は込めていない。必要ならマジックバッグから直ぐに取り出せる。
左腰には師匠作の小剣を差し、右腰には今回旅のために新しく装備した大口径の上下二連の大型デリンジャーを、アメリカ軍が第二次世界大戦でコルトガバメントに使用していたタイプに似せた頑丈なホルスターに入れていた。
これはライフルなどが使い難い、屋内や洞窟などの狭い環境でいざという時に使用できるよう思いついて造ってみたもので、実際に実銃でアメリカ製のアメリカン・デリンジャーM4というモデルがあり、本来掌に隠れるサイズのデリンジャーを巨大化させ、45-70弾という巨大な弾を撃つネタものとしか思えない銃がある。
それを参考に単純な構造のレミントン・デリンジャーを巨大化し頑丈にして、既にある金属薬莢の50-90弾を二発装填出来るようにしたものを造ってみた。
強度テストを繰り返しなんとか連射可能と判断してから、石動は実際に射場で撃ってみたが、元々ライフル用の銃弾を無理矢理拳銃で撃つので、予想はしていたものの余りの反動の強さに数発撃って嫌になってしまうほどだった。
それでもデリンジャーとは名ばかりで、全長や重さが自衛隊の時に使っていたSIG220よりデカいという上下二連の怪物を腰に下げると、何となく安心な気持ちになったのは内緒だ。こちらは常時携帯するし、いつでも使えないと意味が無いので湿気や水に強い金属薬莢弾を装填してある。
石動がエルフの郷を出ようと思ったのは、昔、冒険者をしていたという神殿騎士から、大陸中央の山脈の中に蝙蝠の魔物が多数住む洞窟が複数あると聞いた時だった。
それを聞いた石動は、石化した世界で科学する主人公の漫画を思い出し、硝酸が採れるのでは?! と閃いたのだ。
硝酸があれば雷管の実用化にも目途が付くし、硫酸は師匠が既に入手しているのがあるので、セルロースの代わりになる繊維質のものを見つければ無煙火薬の作成も可能になるかも、と思うと居ても立っても居られずに石動はなんとしても手に入れる為に行動すると心に決めた。ライフルのパワーアップと近代化に是非とも必要なものだ。
それに加えて、この世界に来てからエルフの郷近郊以外の場所に行ったことがないので、他の世界も見てみたい、人の居る場所にも行ってみたいという気持ちが抑え難く膨らんできた。
ラタトスクはもちろん、アクィラをはじめとした関りになった人たちと相談しながら準備していたら、すぐに一か月が経ってしまった。
皆の中には寂しがったり引き止めたりする者も居たが、別に今生の別れという訳ではなく、石動としては素材を集めたら一度戻ってこようかな、と考えていたのでそう話すと渋々引き下がってくれた。
そんな訳で旅立とうとしている石動の周りには、アクィラを含めて神殿騎士団長ら騎士数名と、鍛冶場の仲間や親方、白衣を着た錬金術師の師匠まで、大勢がにぎやかに見送りに来ている。
石動は、そんな大袈裟にしなくても、と思わないでもなかったが、皆の好意は嬉しかったので面映ゆい気持ちで見送りを受けていた。
一通りの挨拶が終わった頃、最後にアクィラが左足を軽く引き摺りながら石動の所まで来ると、両手で石動の肩をガシッと掴んで言った。
「ツトムには本当に世話になった。だから、世間知らずのお前が外に行くと聞いて、オレが付いて行ってやろうかとも思ったが、手足が不自由な俺では足手まといになりかねんし、今後神殿騎士団へのライフルの指導もあるから無理だと諦めた」
「足手まといだなんて、そんな事無いですよ! (でも、諦めてくれて良かった・・・・・・)」
石動は首を振り、出来るだけ心の内をアクィラに読まれないよう、神妙な顔を崩さない。
何故か、アクィラの石動の肩を掴む力が強くなってくる。
「そしたら、どうしても俺の代わりにお前と行くと言って聞かない奴がいる。ツトムもいい大人だから大丈夫だと言っても、この世界の事は知らないから必要だと聞かないんだ・・・・・・」
「そ、そうですか (え、さっき世間知らずがどうのって言ってたような・・・・・・ううっ、そろそろ肩が痛い)」
アクィラの肩を掴む力が益々強くなり、腕がブルブルと震えている。石動は何となく、以前にも似たようなことがあったと思い出した。
アクィラは気持ちの高ぶりを抑えきれず、石動の肩を掴んだまま顔を俯き、首を振っている。
そしてガバッと上げた顔を見れば、アクィラの眼から涙が流れていた。
「どうしても、どうしてもお前についていくと言って聞かないんだよ! ロサが!!」
その時、石動の背後に気配を感じて振り返ると、ロサが恥ずかしそうに少し身をくねらせて立っていた。
その姿は旅装で整えられている。
ホットパンツとへそ出し半袖Tシャツの様な露出高めの皮鎧にロングブーツ。
腰のベルトには様々なポーチと剣鉈に似たナイフを差し、その上から柔らかそうなフード付きのロングコートを着て、背中には横に矢筒がセットされたリュックとロングボウを背負っていた。
「ロサ! (ええっ! マジで!?)」
驚いて目を丸くする石動に、やや上目遣いでロサが遠慮がちに見つめる。
「ツトム・・・・・・相談も無しにごめんなさい。でもこのまま一人で行かせると後悔すると思ったから・・・・・・」
ハッと気が付いたようにロサは顔を赤くして、慌てて手を振った。
「あっ、いや、外を知らないツトムが一人だと心配だから! ってそういう意味だから!」
そういうロサの様子を見ていたアクィラは血の涙を流したかのように充血した目でツトムを睨む。
「可愛いロサがここまで言っているんだ。まさかと思うが断らないよな? いや、断ってもらった方がいいのか。くそー、混乱して頭が回らない!」
まだ石動の肩を掴んだままだったアクィラはピタッと動きを止めたかと思うと、バッと石動をハグし、耳元で囁いた。
「いずれにせよロサを泣かせたら殺す何かあったら殺すもし手を出したらちょん切るから覚えとけ」
「怖い! 怖い! 特に最後の何?!」
石動が離れようとしても離さず、耳元でブツブツと呪文のように同じ言葉を繰り返すアクィラ。
終いには見かねたロサが石動からアクィラを引き剝がし、ようやく助け出した。
代わって神殿騎士団の団長と鍛冶場の親方、錬金術の師匠の3人がツトムに近づく。
団長が石動の手をとって、申し訳無さそうに頭を下げた。
「ツトム、いろいろと助けて貰った上に、新しい武器まで提供して貰うなんて、どう感謝して良いか分からない。
これからもこの郷を守っていく事だけに新しい武器は使わせて貰うつもりだ。安心してほしい」
親方も石動と団長の手に、自分の手を重ねる。
「まだツトムのようにはいかないが、いずれお前の作った銃以上の物を作って見せるよ。だから、必ず様子を見に帰って来るんだぞ」
師匠も手を重ねて石動を見た。
「わざわさ好き好んで山なんか行かなくても、問題を解決出来たんじゃ無いかねぇ。まあ、お前の代わりは私がチョイチョイとやっといておくから、無事素材を手に入れても分からんことがあったら、また尋ねて来なさい」
石動は思わず目頭が熱くなるのを感じ、3人に頭を下げた。
「ありがとうございました。必ず帰って来ます」
しばらく頭を上げられなかった石動の肩や頭を親方や師匠が優しく撫でていた。
石動とロサは、まだ門のところで見送ってくれている皆に手を振りながら、エルフの郷を出て森の中へと入っていく。ロサに追い縋ろうとして涙を流すアクィラの事は騎士団長が羽交い絞めにして抑えてくれていた。
「ねえ、ロサ。本当に一緒に郷を出て良かったの? 自分の旅の一番の目的は素材探しだし、そんなに楽しいものでもないから・・・・・・」
隣を歩くロサに石動は遠慮がちに問いかけてみる。
「ううん、私も偶にしか森から出る事なんて無いし、ツトムと似たようなものだけど、この世界の常識なら知ってるわ。だからツトムの助けになると思うし、背中を守る人が居たほうが安心じゃない?」
ロサはツトムに向き合い、笑顔で答える。
『知識なら私が教えるつもりだったんだけどな』
突然、ツトムの頭の中にラタトスクの声がした。
「えっ、ラタトスク?」
「ん? ツトムどうしたの」
急に周りをキョロキョロと見渡し始めた石動を見て、ロサが心配そうに覗き込む。
そしてパッと気が付いた表情で叫ぶ。
「キャアア! 可愛いいいっ! どうしたの、その子!」
何時の間にか、石動のマントのフードの中から顔を出していたのは白い毛玉の様な栗鼠だった。チョロッと這い出て石動の肩に座る。
栗鼠としては標準的な大きさだが、毛皮は尻尾まで全体的に白く、頭から背中にかけて数本の金色の筋が走っていた。
『ツトムの冒険は面白そうだからね。特等席で見られるように私の分体を旅の供に付けてあげるよ。私の能力は一通り持ってるから、アドバイスも出来るだろう』
「マジか・・・・・・。ひょっとして魔法も使える?」
『使えない事は無いが、分体を通じてとなると余り宛てにしないで欲しいかな』
「分かった。ロサにも教えていいか?」
『仕方ないね。分体を食べられても困るしね』
「そんな心配は要らなそうだけどな・・・・・・」
触ってモフモフしたくて仕方ない様子のロサに、これは世界樹の使いだと伝えると大層驚いていた。
そして神妙な顔になって「世界樹様の知識があるなら、私、要らなかったのでは・・・・・・」と呟き始めたので、石動は機嫌を直してもらうのが大変だった。
そしてやはり、ラタトスクの声は石動にしか聞こえてないようだ。
『ツトム、旅をするなら名前を考えた方が良いぞ。イスルギというのは余りに渡り人っぽいから、王族とか知識のあるものにはバレるかもしれない。ツトムくらいなら良いかもしれんが、お勧めは出来ないな』
「うん、それは考えてた。私が"魔弾の射手"と呼ばれていると聞いてから思いついたんだ。私の世界で魔弾の射手と言えばカール・ウェーバーが作曲した有名な歌劇なんだよ。そこでツトム・ウェーバーというのはどうだろう。
それかそのオペラの中で主人公の猟師に魔弾の作り方を教える悪魔が出てくる。その名がザミエルなんだが、何とも私にふさわしい名前だとは思わないか?」
『平民は名前のみ、家名持ちはそれなりの家柄の者と解釈されるはずだよ。必要に応じて使い分ければ良いと思う。それにしても、悪魔の名前か・・・・・・。自覚はあるんだね』
「そりゃね。銃を使えば誰でも魔物を殺せるようになるけど、それは平民が騎士や王様を撃ち殺すことも可能になるという事だろ。戦争が変わるし、それは私の世界で既に証明されていることだ。私が銃を造ってそれを発展させれば、多くの血が流れるのは間違いない」
石動は遠くに微かに見える山脈を見つめながら、改めて心に思う。
「それでも私は銃を造るだろうね。そしてどんどん改良してより威力のある、殺傷能力の高いものを造っていくに違いない。もしそれが気に入らないなら、誰か知らないが呼んだ奴が責任もって、私を呼んだのは間違いだったと、元の世界に戻せばいいんじゃないかな?」
『・・・・・・』
肩に乗っているラタトスクの頭を指で撫でながら、石動は呟く。
「そう、今日から私の名は"ザミエル"だ」
第一部が終わりました。これより書き溜めに入ります。
実は私、持病の治療・闘病中でして、自宅療養にてこの小説もベットの上で執筆しております。
持病の発作が起きると何日か執筆出来ない時もあり(入院すれば尚更)、ある程度書き溜めしてからでないと投稿が不規則になるので、読者の方の楽しみを削がないよう纏めて投稿するようにしておりました。今後もそうするつもりです。
第二部では石動は新しい出会いや冒険、発見と発展、そして運命の転換期を迎える予定です。
書き溜め出来次第、また投稿再開する予定ですので、もし、楽しみにしているとか、お待ちして頂けるという方はブックマークして応援いただければ幸いです。
お読みいただきありがとうございました。