魔弾の射手
翌日、石動は神殿の中のラタトスクの部屋へつながる通路にいた。
前日の狙撃の後の撤退は割とスムーズで、追手の第三軍の騎士が狙撃現場に着くころには、石動達は腰まである草原の草に紛れて既に森の外れの近くまで逃げていた。
森の中に入ってしまえば騎馬は役に立たないし、森の民であるエルフに敵う者はいないので、警戒は続けていたが追いつかれることもなく、一晩中森の中を走って明け方には無事にエルフの郷に帰還できたのだった。
まだ朝早く人影もない街に入り、神殿前でアクィラ達と分かれ、石動は神殿内の自室に帰るとシャワーを浴びるのが限界で、身体を拭くのもそこそこにベッドに倒れ込むようにして寝入ってしまった。
ようやく目が覚めて気が付いたら昼を過ぎていたので、空腹を訴える腹の虫に急かされるように起き上がった石動は、身支度を整えると神殿内の食堂へと向かう。
そして遅めの昼食を食べ終わったのを見計らったかのように、ラタトスクから呼び出しを受けたという訳だ。
神殿内の通路も以前は神官が先導しないとラタトスクの部屋へつながる階段の扉すら開かなかったが、今ではラタトスクの一言で石動一人での行動が許されている。神官が何やら真言を唱えて開けていた扉もフリーパスだ。
長い階段を降りきり、ラタトスクの部屋の前に着いたので、部屋のドアの両脇で守護する巨大なガーゴイルの足に触った。
ゆっくりと巨大な金属製の両開きの扉が動き出し、左の扉が人が通れるだけ開くと止まった。
足を撫でたガーゴイルを見上げると目が合ったような気がしたので、笑顔で"ありがとう"と言っておく。石動はこの部屋に通るたびにおもうのだが、二体のガーゴイルの石像は実は生きていて、いつか動き出すような気がしてならない。それは不法侵入者がここまで来て迎撃するときだろうか?
部屋に入ると相変わらず真っ白で何もない空間が広がっており、そこに真っ白なテーブルクロスを敷いた優雅なテーブルと座りやすそうなイスが設えられ、テーブルの上にはティーポットにカップやソーサー、色とりどりのティーフーズが乗った三段トレイが用意されている。
『ヤァ! ツトム! 来たね。座って座って』
椅子に座って先に紅茶を飲んでいたラタトスクが立ち上がって手招きする。今日のラタトスクの装いはアフタヌーンティーに合わせたのか、クラッシックなイギリスの貴婦人風だ。
石動は、剣が主体の中世ヨーロッパ風なこの世界ではクラッシックではなく最先端な装いなのかも、と思い直す。
思えば、この世界に来て既に半年以上経つが、エルフの郷以外の街を知らない事に気付いた石動は、ちょっと愕然としてしまった。
椅子に座った石動は、ラタトスクがニコニコしながら淹れてくれた紅茶を受け取る。
コーヒーの方が好みなんだがな、と思いつつ紅茶を口に含んだ石動は驚いた。
口に入れた途端に広がる上品で芳醇な香りとほのかな甘み。わずかに酸味も感じさせる豊かな味わいが口一杯に広がり、飲みこむと喉まで幸せな感じがして、石動は思わず目を見開いてしまった。
これは今まで自分が知っていた紅茶とは次元が違う。
石動は一口、もう一口と味わいながら飲み続け、あっという間にカップを空にしてしまった。
『ムフフ、なかなかのものだろう? 私は紅茶には目が無くてね。割と良いものを取り揃えているんだ。これはその中でもとっておきの物だよ。もう一杯どう?』
コクコク頷く石動。
ティーポットの紅茶を石動のカップに注ぎながら、ラタトスクはにこやかに続けた。
『これは私のお願いをかなえてくれたツトムへのささやかな感謝の気持ちでもある。勿論、報酬は別にきちんとするけど、まずは直接ありがとうとお礼を言いたくてね』
「ラタちゃん、自分は軍人だよ。今回の任務は命令を受けた訳ではないけど、自分でも納得して受けた任務なんだから、完遂するように努めたのは当たり前のことだ。勿論、成功したことは嬉しい。だけど報酬目当てのことでは無いよ」
石動はラタトスクをじっと見つめながら静かに言った。そしてニヤッと笑いながら付け加える。
「だからありがとうとか報酬とかではなくて、どうせなら任務遂行へのねぎらいの言葉の方が嬉しいかな」
石動の言葉を聞くとラタトスクは、こちらもニヤッと笑い『このひねくれ者め』と呟くと、いきなり椅子から立ち上がってバッと敬礼して直立不動となり叫んだ。
『統合幕僚監部運用部運用第1課特殊作戦室所属、石動一曹! 任務完了ご苦労だった! 特例として三日間の特別休暇を認める。以上!』
ラタトスクは思いがけず固まってしまった石動を見て、してやったりな表情で笑いかける。
『こんな感じで良かったかなぁ?』
石動はぎこちなく笑みを返す。
「自分は陸上自衛隊第一空挺団の所属なんだけど・・・・・・」
『ン? それは表向きの話なんだろう? 先輩とやらに話すカバーストーリーじゃないの? まあ、先輩とやらも何となく察しているみたいだけどね』
「そうか、そうだったね。ラタちゃんには隠し事は出来ないし、全てお見通しだったな・・・・・・」
テーブルに左手の肘をつき、口元を掌で包んでじっと考え込むようなポーズで石動はラタトスクを見つめ、右手は右腰辺りを無意識に探っていた。
「ラタトスク、私をどうするつもりなんだ?」
『オッ! イイね、一人称が変わったね。そろそろ地金が出てきたかな?』
楽しそうなラタトスクを見て、石動は苦虫を嚙み潰したような表情で続ける。
「茶化すなよ。ずっと違和感があったんだ。レールの上を走らされているような・・・・・・。
私は銃を撃つのは得意だけど、決して作る方の専門家ではない。それなのに驚くほどスムーズに銃を作り上げることが出来た。振り返ってその理由を考えてみたら、スキルの力だよね。
そしてスキルレベルの上がり方の速さも異常で、何かに導かれている感が凄かったけど、その不思議な力によって私に不足している技術をカバー出来たのが非常に大きいと思う。
それに思い返せば壁にぶつかった時の親方や師匠の助けやアドバイスが的確過ぎた。絶対、ラタトスクが裏で糸引いてただろ。それでも私の力不足で、出来上がったのはチートとは程遠い旧式のライフルだったけどね。
そして何故か、銃が出来上がったタイミングでキングサラマンダーの事件が起きた。
アレだって、ラタトスクは事前にキングサラマンダーの子供が持ち込まれた事も知っていたんじゃないのか?
その結果、サラマンダー達がエルフの郷を襲うことも知っていたのに何もしなかったんじゃないか?」
『何で私がそんなことをする必要があるのかな?』
「分からない・・・・・・ただ推測することはできる」
石動はティーカップを手に持つと、一口飲んでまたソーサーの上に戻す。そして視線をラタトスクに据えると静かに言った。
「ラタトスクは恐らくアカシックレコードだっけ? 未来予知の力を持っていて、何故かは知らないがそれを使って、私が造る今まで存在しなかった銃というものをこの世界に認知させようとしてるんじゃないか、とかね」
ラタトスクはアフタヌーンティーセットの三段トレイからカップケーキを取り、もぐもぐと食べながら石動に聞き返す。
『どうしてそんな風に思うの?』
「そう考えると色々と辻褄が合うんだ。神殿騎士団や民兵を含めてエルフの郷の皆に、私がサラマンダーの頭をシャープスライフルで吹き飛ばしたり、キングサラマンダーにダメージを与える所を見せることで私が作っている銃とは道楽ではなく凄い威力を持つものだと認識させることが出来た。
その目的が果たせた頃にラタトスクは現れて止めを差してくれたよね。おかげで私は英雄扱いだし、アクィラ達騎士団の連中も銃に興味を持つようになったのも狙いの一つか。
今回の狙撃にしてもそうだ。ラタトスクが此処で撃てと指示した崖の下に第三軍が陣を張り、狐将軍は私らから見て絶好の狙撃位置に現れた。しかも予行演習したのと同じ場所だ。こんな奇跡は普通に考えてあるわけがない。
ラタトスクは知っていたんだろ?
じゃないとどうして、あの広大なヴァイン大平原のどこに標的が現れるなんてことを事前に指定することが出来ると言うんだ?
そして知ってたなら、わざわざ将軍に一矢報いるのに私らを使わなくてもラタトスクの魔法でやってしまえば良いのにやらなかった。キングサラマンダーの時と同じだね。
何故か? どうしても私とアクィラに銃で将軍を倒して欲しかったから、としか考えられないんだ」
カップケーキを二つ食べ終わり、次いでマカロンを頬張っていたラタトスクは、口の中の菓子を飲みこんでから優雅に紅茶を飲み、石動を見て微笑んだ。
『今、王国でグラナート将軍と側近参謀のエーデルシュタイン大佐を倒した君たちの事を、なんて噂されているか知ってるかい?』
「・・・・・・? さぁ、知らないな」
『魔弾の射手、だそうだよ! 誰も手が届かない遥か彼方から魔法の礫を撃ちだし、相手をバッタバッタと打ち倒す魔法使いだそうだ! アハハ! 愉快じゃない?! しかもその使い手はあのキングサラマンダーまで倒してしまったらしいとの尾鰭まで付いていて、スゴイ話題になっているんだって』
ラタトスクは仰け反るように白い頤を見せて、楽しそうにアハハ、と哂う。
『人種は何でも自分の理解を超える事象が起こると、"魔法"だと言う。愚かだよね。銃とは魔法ではなく、ツトムがあんなに頑張って作った現実の"武器"なのに。
まあ、最初は私も良く分からなかったから、その力を確かめる意味でサラマンダーの事は丁度いいかと思ったんだ。あの馬鹿キングのブレスが世界樹に穴開けたからカッとなってやっちゃったけど、ホントは最後までツトムに倒してもらうつもりだったんだよ。でも思った以上に威力もあったし、エルフの郷の皆への効果も抜群だったから、ヨシとしたいところかな』
「そのせいで多数の死者が出たんだぞ! 柄でもないのに英雄に祭り上げられるし迷惑したんだけど・・・・・・」
石動がブスッとして零すと、ラタトスクは澄ました顔でティーカップを口に運ぶ。
『その割にはロサ達若いエルフの娘たちに囲まれて喜んでいたように見えたのは気のせいかな~。殉職した騎士団や民兵の未亡人たちからも熱視線を浴びてたよね~。気付いて無かったとは言わせないよ』
「ううっ・・・・・・」
『まぁまじめな話、犠牲が出たのは心から残念に思っているよ。ただ、誤解しないで欲しいけど、基本的に私の立場としては世界樹を害する目的で他国に攻められるとか、余程の事が無い限り物事には介入しない事になっているからね。今までも魔獣の侵攻や天災でどんな大きな被害が出ようとも郷を助けるようなことはしていないし、エルフ達からも期待されていないよ。
でも今回のは人災だから、ツトムを通して介入しようと思ったのさ。そしてその結果としてグラナート将軍の暗殺をツトムなら受けてくれると信じていた』
「アクィラ達のことも計算通り、ということかい?」
ラタトスクはニヤッと笑い、頷く。
『正直そうなると良いな、とは思っていたんだが、あの弓矢信仰者達があそこまでツトムの影響を受けるとは思っていなかったよ。今回、アクィラを中心にツトムの銃を真似して創り、習い、実践したことで、少しづつエルフ達の中にライフルを使う者達が増えていくと思うし、エルフなりの独自の発展を遂げると予想している。
アクィラが使ったシャープスライフルだっけ? アレを少しづつ量産していくことになるんじゃないかな。
金属薬莢の弾は造れても高価すぎるから使えないし、紙薬莢とか言う方の弾を錬金術師たちが上手くやるだろう』
ラタトスクは手に持っていたカップとソーサーをテーブルに置くと、石動を悪戯っぽく見て尋ねた。
『ツトムはエルフ達が銃で武装するのは反対?』
「いや、数の暴力で圧迫してくる隣国に対抗する為なら、特に反対するつもりは無いかな。少数民族が生き残る術としてならやむを得ない事だと思うし。オーバーテクノロジーを齎してしまった自覚はあるから、その責任は負うつもり。だから、エルフ達が悪用するなら私も対抗策を考えるよ」
石動はラタトスクの眼をじっと見つめながら、そう言った。
『銃の普及と鉄砲鍛冶がツトムの望みだったよね? どうやら第一歩は踏み出せたようだけど、ツトムはこれからどうしたいんだい?』
「そうだね・・・・・・。考えてる事があるんだ。ラタトスクにちょっと相談したい事があるけどいいかな?」
石動はニコッと微笑んで言った。
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