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異世界

 C-1輸送機のジェットエンジンのゴォーッという音と振動が重低音で身体に響いてくるのに気が付いて目を開ける。

 まだぼうっとしている石動の前で、輸送機の乗組員が両翼下にある扉をガーッと上に跳ね上げるのが見えた。

 途端にエンジン音が強まり、風の音がそれに加わって、その轟音で隣に居る同僚の声も聞こえない。

 コレは今まで何百回もやってきた空挺団の降下訓練だと、石動はぼんやりと気付いた。

 身体には60キロ近い装備を負い、身動きすら不自由だ。

 背中のパラシュートから伸びたフックは頭上のワイヤーにかけられている。

 ふと、強烈な違和感を感じて周りを見回す。

 おかしい。いつもなら行う装備の相互確認も号令も無く、同僚も上官も無言で立っている。

 違和感に思い至った時、突然、扉の横にあるランプが赤から緑に変わり、無言のまま、隊員達が流れる様に扉の外へ飛び出して行く。

 訳が分からず混乱していた石動も、脊髄反射のように前の隊員に続いて扉から空中に飛び出すと、頭上でパラシュートが開きガツンと身体が上に引っ張られる様な衝撃がきた。

 後は1分ほどで着地だと思った瞬間、突然の乱気流が石動を襲い、パラシュートのコードが絡まってしまった。

 ラインツイストだ。

 今までにも何度も経験がある事なので、石動は冷静にコードを戻そうとするも何故かラインはドンドン絡まっていき、解け無くなってしまう。

 パラシュートが充分に開いていないので、降下スピードが尋常では無く速いため、既に自由落下しているような状態だ。

 見る見るうちに地面が近づいて来るのを見て、慌てて石動は予備のパラシュートを開こうとするも叶わない。  

 流石に焦って冷や汗をかき、なんとかしようともがいても身体は落ちていくだけだ。

 下を見て、あと数秒で地面にぶつかる、と思った時に、ビクッと身体が痙攣して目が覚めた。


 「?!! 」


  ああ、夢だったか、と安心すると同時に、学生時代に同じく居眠りしてビクッとして目が覚めた時、周りの友人らに散々揶揄われた経験を思い出し、誰か見ていなかったかと反射的に周りを見廻してしまう。


 「(どうやら、落ちた所は森の中らしいな)」


 潰れた草のむわっとした青臭い臭いと湿気を感じて、石動はぼんやりと頭の中で呟く。

 リュックにもたれて仰向けに倒れているようだ。

 目に緑の葉を繁らせた太い木々が鬱蒼と連なるさまが写り、石動の回りの下生えの草も人の腰位の高さまで伸びている。

 そんな風景をボーッと眺めていた石動は、ふと違和感を感じた。

 

「まてまて。俺は休暇中で北海道に来てるはずだ。さっきまで蝦夷鹿猟をして雄鹿を仕留めて……」


 

 ハッとして周りを警戒する。


「耳ナシは!?」


 キョロキョロと首を擡げて見渡し、周りに熊の姿を探すも、見当たらないどころか気配すら無いのに安心してまた身体を横たえた。


 横になったと思ったら、またハッとして眉を挟めて辺りを警戒して見渡した。

 

「(イヤイヤイヤ、あの後、沢に滑落したとしても、何故、雪が無いんだ? さっきまであった白樺の木も青松も無いし、それどころか、ここは谷あいでもない森の中だよな・・・・・・)」

 それに加え、なにやら蒸し暑くて冬でも無いように思われる。


 石動は、途方に暮れたように呆然として呟いた。


「こんなとこ、全く見覚えが無いぞ・・・・・・。マジで、此処は一体何処なんだ?」




「(落ち着け落ち着け、まずは自分の状況の確認だ)」


 石動は深呼吸を繰り返すと、まずは起き上がって「耳ナシ」とやり合った後、負傷していないかを調べる事にした。

 ゆっくりと上半身を起こすと、背中や肩に打撲症と思われる痛みが走るが、傷は無い様だ。

 ライフル銃を掲げた腕は、左腕の上着が熊の爪にやられて袖がささくれていたが、骨までは達しておらず、裂傷程度で済んでいた。これは直ぐに消毒する必要がある。


 頭を触ろうと手を動かすと、左手のキズだけではなく左肘も曲げると痛い。肩も同じだ。熊の前足での衝撃で筋を痛めたのだろう。

 ニット帽越しに両手でそっと頭を撫でまわすと、後頭部に大きな瘤が出来ていて、直接触ると血が指に着いた。脳震盪の自覚症状は無いが、用心する必要がありそうだ。


 ライフル銃は右腕にスリングを通していたので、吹き飛んでいなかったが、丈夫なシンサテックストックのフォアアーム部分にヒビが入っていた。

 ここに耳ナシの前足攻撃が当たったのだろう。

 高圧に耐えられるシンサテック素材でこれだから、木材では折れていたに違いない。

 スコープは直撃は避けられたようで、レンズは割れてはいない。流石は日本製、頑丈だ。

 念のため、狙点が衝撃でずれていないか、試し打ちする必要はあるだろう。


 ライフルを支えに立ち上がってみた。

 足は捻ったり折れたりしていないようで、ホッとした。


 背中のリュックを下ろして調べてみる。

 完全防水のリュックだが、中身は大丈夫か心配だ。

 先ず、防水ポーチに入っているスマホを取り出し、起動させてみた。

 Gショック並みに丈夫という謳い文句に惹かれて購入した携帯は、問題なく動くもののアンテナも立たず4Gにもならないし、インターネットにも接続できない。念のため、先輩に電話やメールをしてみたが通じなかった。

 ただ、メモリーに保存してある、石動の趣味である銃器に関する書籍や弾道学等の自衛隊で勉強した本を電子書籍化したものなどダウンロードして保存してあるのは、問題なく見ることが出来たので壊れてはいないようだ。

 バッテリーは60%程だが、アウトドア用のソーラーチャージ式モバイルバッテリーを持っているので、何とかなるだろう。


 ただ、救援を求められないとしたら、自力で何とか下山するしかない。いつの間にか日も陰ってきているので、野営の準備も急がないといけないし、腕の傷の手当てもしないと不味い。

 まずはリュックからファーストエイドキットとして消毒薬等の薬や抗生物質、包帯・絆創膏等をまとめて入れたタッパーウェアを取り出す。


 蒸し暑くて汗ばみ始めたこともあり、そろそろと上着を脱ぎ、アンダーウェアを捲って左腕のキズを露出させる。

 10センチほどの爪で裂かれた傷が2本走っていた。血管は切れていないようだし、そこまで深い傷ではないが、熊の爪は細菌の巣窟なので、まずペットボトルの水で傷口を洗い、消毒薬を吹き付けた。

 併せて抗生物質の軟膏を塗り、化膿しないよう手当てした後ガーゼで押さえ、テープで固定してからネット包帯をまいた。

 後頭部の手当ても済ませて立ち上がると、暗くなる前に野営する場所を探さねば、と独り言ちる。


 足元を見るとブーツにスノーシューを付けたままだったので、ここでは必要なさそうだから取り外して専用バックに収納し、リュックの横に折畳スノーストックも畳んで共に括り付ける。

 アノラックなどの上着も折り畳んでリュックに仕舞う。スーパーメリノウールのアンダーウェアやスパッツも脱いで仕舞っておいた。

 上半身は長袖シャツのみとなり蒸し暑さがだいぶ軽減できたが、ズボンは防寒用のままなので蒸れそうだが仕方がない。

 リュックからタオルを出してニット帽の代わりに頭に巻く。


 準備が出来たら、まずは周囲の偵察からだ。

 手にしたライフルのボルトを引いてみる。

 スムーズに作動することに安心して、アモポウチから.308ウインチェスターカートリッジを取り出して弾倉に4発詰め、カートリッジを上から押さえながらボルトを戻して、薬室は空の状態でボルトを閉じる。

 アモポウチの中を見て、残弾を確認するとあと12発あった。


「(全部であと16発か・・・。これだけあれば心強い)」

 

 いつもは日帰り猟なら10発も持って行かないのだが、何故か昨日はいつもの倍の弾を入れたんだよな・・・。

 虫が知らせたんだろうか?

 頭を振って不吉な思いを振り払うと、顔を上げて森の中へと足を踏み出した。




 

 森の中の植生は見たことも無いものだった。

 少なくとも冬の北海道の森ではないことは確かで、白樺も青松もない。東富士演習場等の本州で見る樹木とも違って、杉に似ているが葉が広葉樹だったりするような直径2メートル以上高さ50メートルもの大樹が聳え立つようにして立ち並び、森を形成しているのだ。

 下生えの草も深いところでは人の背よりも茂っており、たまに見たことも無い毒々しい花が咲いていたりして、レンジャー訓練などで野草の知識があるはずの石動も何の花なのか見当も付かない。


 動物や鳥の気配も感じられる。

 獣道らしきものを見つけた時、大型の獣の足跡を見つけて緊張した。

 野犬にしては大きいが、熊ではない。大型のオオカミ?

 いや、日本ではオオカミは絶滅してるしな・・・野犬か。

 いずれにせよ、充分注意する必要がありそうだ。


 しばらく進むと、沢に出て川幅1メートルほどの小川が流れているのを見つけた。


 川の水に手を入れると、冷たく澄んでいる。

 後で煮沸消毒することにして、空いたペットボトルに水を汲んでおく。


 河原は岩場となっていて、キャンプ地としては足場が悪いのと、先程見かけた足跡の主が水場にやってくる可能性を考えて、ここではなく川から少し離れた安全な場所を探すことにした。


 警戒しながら、大きな木の根やとげのある草などに苦労しつつ進んでいると、不意に争う気配と物音を感じて、その場にしゃがみ込む。


「10時方向か・・・・・・」


 じっとして耳を澄ましていると、獣の吠える声に交じって人らしき声もするようだ。


 石動は急いで様子を見に行くことにした。


 

 やがて着いた森の中の少し開けた場所で、大型獣の怒りが感じられる咆哮が響き、人と獣が争っていた。  

 石動はその光景を見て、目を疑う。


「(また熊かよ・・・・・・。いや、あれは熊だよな? いくらなんでもデカ過ぎねえか!)」

石動目にしたのは体長3メートルを超えていそうな巨大な熊だった。耳ナシの2倍近くはデカくみえる。

 そしてヒグマと違って、体毛が真っ黒で手の爪がナイフの様に異様に長く鋭い。


 昔見た、映画「シザーハンズ」の主人公の手を思い出した。それとも「エルム街の悪夢」のフレディか・・・?

 首の下に白い三日月模様はないので勿論ツキノワグマではなさそうだ・・・。


 ちなみに世界最大の熊は北極熊で、体長2.5m、体重は600キロを超え、記録では1,000キロを超える巨体の北極熊がいた事が確認されている。

 またアラスカのコディアック諸島に生息するコディアックヒグマは、最大で体長3mを超え体重も750キロのものが確認されている。

 それらの熊より巨大な熊が存在するなど常識では考えられないが、目の前の熊は明らかにそれより巨大で、歩くだけで地響きが聞こえてきそうだ。

 

 ましてや、そんなバケモノと弓矢で戦うなんて…。


 熊の身体には、肩に2本、右胸に1本、矢が刺さっている。

 矢を射った人物を見ると、今も熊の攻撃を樹を盾にかわし、逃げながら次の矢を射ようとしている。


「(・・・・・・なんなんだろうあれは? コスプレ?)」


 日本じゃ弓矢での狩猟は法律で禁じられている。欧米ではコンパウンド・ボウによる鹿や熊狩りがスポーツとして認められているのは動画サイトで見たこともあった。


 しかし、見慣れた普通のハンティング装備ではなく、金髪・碧眼で皮鎧とブーツをはき、太もも丸出しで熊と戦っている美人を見て、目を疑ってしまった。


 そして耳が長かったのだ。耳たぶがじゃない。耳の上半分がスッと上に伸びている。


「(エルフみたい・・・・・・だよね?)」


 整形?とも思ったが、そこまでして想像上の種族になりたいものだろうか?

 ましてやなり切った格好で弓矢で熊と戦うなんてヤバい人としか思えない。


 石動は迷った。これは助けに入ったほうが良いのだろうか?

 普通に女性が熊に襲われている状況なら、石動も迷うことなく助けに入っているだろう。

 しかしエルフの格好をしたヤバい女性は、巨大熊を相手にした闘いに圧倒しているように見える。


「(これはエルフの人が、熊を狩っているのだろうか? だとすると同じ狩人として獲物を横取りするのは悪いよな・・・・・・)」

 

 とは言え、なんとなく心配で、石動は女性が危なくなったら助けようと闘いを見守っていた。


 しばらくすると身体に何本もの矢が刺さった巨大熊は、あきらかに弱ってきていて、石動の眼にも勝負は行方は明らかになってくる。


「(伝説のエルフなら熊くらい弓矢で倒せるということか・・・・・・すげぇな。まぁ、倒せるなら問題ないし、あんな格好の女性とはあまり関わり合いにならない方が良さそうだ)」


 そう思った石動は、静かに後退り、見つからないうちに立ち去ろうとする。


 その時、弱っていたはずの熊が、咆哮を上げたかと思うと身体が膨れ上がるように体毛が毛羽立ち、振りかぶった右前足の爪を剣の様に振り下ろした


「グゥオォォォォォッ!!」


 その斬撃は白いブーメランのように飛び、咆哮を受けて動きが止まってしまったエルフの持つ弓を切り裂き、前に伸ばしていた左腕にも傷を負わせた。


「(ええええっ!なんで届いた?! 完全に間合いの外だったよな! うわぁーマジか!)」


 弓を失い、怪我をした女性は、気丈にも右手で剣鉈の様な短刀を抜き、熊を睨みつけているが、弓が使えない状態では最早勝ち目はないだろう。

 熊は短刀を警戒しながらも、勝ちを確信した様子で4つ足になり、ゆっくりとエルフに近づいていく。


「こりゃマズいだろ」


 一瞬で石動は女性を助けることに決め、レミントンを素早く構えるとボルトを引いて初弾を装填した。

 スコープの狙点が動いてないと良いが、と思いつつも距離は20メートル程なので外しようがない。

 

「(ヒグマのバイタルゾーンと同じならいいけど・・・・・・)」


 ヒグマのバイタルゾーンは正面で立ち上がっていたら「喉元」、横からなら「アバラ三枚」と言われている。石動は横からの狙撃となるため「アバラ三枚」、つまり前足の付け根で脇の下すぐ後ろを狙い、静かに引き金を絞る。


 ドゥーーン


 素早くボルトを操作して次弾を装填し、銃を構えながら熊へ駆け寄っていく。

 弾は狙い通り前足の付け根から入って心臓を貫き、熊はビクンッと身体を硬直させたのちにガクッと崩れ落ちた。

 石動は北海道のヒグマ猟で、巨体の熊でもバイタルゾーンを撃ち抜かれると、あっけないほどコロリと倒れるのを見て、最初の頃は驚いたものだった。


 急いで熊の5メートル近くまで駆け寄った石動は、足を止めて熊の様子を窺う。熊は死んだふりをして逆襲してくることがあるからだ。

 念のため耳を狙い、とどめを刺す。


 ドゥーーン


 いくら熊の様な大型獣にはやや非力とはいえ.308ウィンチェスター弾を至近距離で耳から打ち込まれ脳を破壊された熊は、再び巨体をビクンと痙攣させた後、動かなくなった。

 ヒグマより遥かにデカい熊の掌が、ゆっくりと開いていく。

 辺りに血と死の匂いが満ちてきた。完全に死んだようにみえる。


 念のため銃口で目を突き、反応がないことを確認した後、フゥーっと息を吐いて、石動は自身の戦闘状態を解除した。


 そしてライフルのボルトを操作し、空薬きょうを排夾した後にアモポウチから2発銃弾を取り出し、レミントンに補填してマガジンを一杯にした後、指でカートリッジを押さえながら薬室を空にしたままボルトを閉じる。


 それからライフルのスリングを肩にかけ、怪我をした女性のほうに向かった。


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