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狙撃

今回は少し短いですが、切りの良いところまで投稿します。

 ヴインドベルク王国軍第三軍将軍であるエルンスト・グラナートは不機嫌だった。

 

 先程、謁見の間の玉座に座るアルフレート・ノイ・ディアマント王の御前で、世界樹とエルフの森への侵攻計画について報告を済ませたところだ。


 思いもよらずキングサラマンダーがあっけなく討伐されてしまい、世界樹やエルフ達にある程度の被害は与えることが出来たようだが、王国の先鋒部隊が付いた時には結界も張り直されていて、郷の中に侵攻することが出来なかった。


 サラマンダーも駆逐された後ということで、王国への被害を抑えるためにサラマンダー討伐に協力するという名目はエルフ達に拒絶された。

 協力を装いエルフの郷の中に部隊を進駐させ、そのまま占領するシナリオが崩れたため、先鋒の騎兵部隊は已む無く、急ぎ後続部隊に合流するために引き返すしかなかった。


 世界樹が健在であるなら、無理矢理王国軍が森の中に入るとまた世界樹の怒りを買い、その強大な魔法で追い返される可能性があったからだ。


「((いにしえ)のように大水で兵の損失を出すわけにはいかぬ。忌々しい世界樹め! サラマンダーの炎で燃え尽きてしまえば良かったのに!)」


 グラナート将軍は腸が煮えくり返る思いだったが、兵を引き上げ王国の王都へ戻るしかなかった。


 そして帰ってきたと思えば、王城入ると直ぐにやってきた近衛師団の騎士からディアマント王の呼び出しを告げられ、謁見の間にて王に失敗の報告をする羽目になったのだ。


「ふん、『銀狼将軍』とキングサラマンダーの取り合わせなら、目の上の瘤を焼き払ってくれるかと期待していたがな。買い被り過ぎであったか。下がってよいぞ」


 玉座に座りひじ掛けに載せた右手の掌に頬を凭れさせたディアマント王からは、失望の眼で冷たい言葉を投げかけられた上、左掌をひらひらと振って退室を促されて、屈辱と焦りがグラナート将軍の身を熱くした。


 言葉もなく王の前を辞し謁見の間を出ると、廊下で待っていた第三軍付参謀のハンス・エーデルシュタイン大佐が将軍に優雅に一礼した。


「王の御機嫌は如何でしたか、将軍閣下」

「言うまでもなかろう。厳しく叱責されるならまだマシだが、嫌味を言われただけなのがかえって不気味だ。今後どのような形で失敗の責任を取らされるか、分かったものではないわ」


 怒りを隠そうともせず、焦りからか、いつもより歩調が早い将軍に足並みを合わせながら、エーデルシュタイン大佐は左手を顎に当て考え込むような仕草で呟く。


「ふむ・・・・・・それはマズいですね。私の方からもいくつか手を打っておきましょう」

「使えん商人どもの処理も忘れるな」

「了解しました」


 少しグラナート将軍の歩調が落ち着いてきたのを見て、エーデルシュタイン大佐は尋ねた。


「それで、来月の三軍合同の大規模演習の事ですが、予定通り参加する方針で宜しいのでしょうか?」


 グラナート将軍は思わず顔を顰めたが、唸りながらうなづく。


「已むを得まい。元々の予定であるし、先日の出兵も森まで行軍しただけであったしな。失敗した作戦のために演習に不参加となり、皆の笑い物になるような真似は避けるべきだろう」

「了解いたしました。それがよろしいかと。ではそのように手配いたします」

「うむ」



 1か月後、演習日を迎えたグラナート将軍は、ウィンドベルク王国第一軍から第三軍までの3個師団が参加する合同大規模演習が行われる、王城から西へ1日程行軍したところにあるヴァイン大平原に第三軍を率いてきていた。


 ヴァイン大平原は平地自体が三個師団が駐屯しても師団同士で模擬戦が行えるほど広いうえ、西には大陸中央の大山脈から枝分かれして伸びてきたような山々が連なり、裾野から平原までは岩山や荒野が広がっている。

 北にはエルフの森の外れから伸びている草原地帯もあり、小高い丘などの変化にとんだ地形が平原の周りにある為、演習地として理想的だった。

 

 またエルフの森を縦走できないため、帝国への侵攻はこの平原に兵力を集めてから大山脈を越えて行軍するのが常であり、この演習は帝国に対する軍事的な圧力の意味も持っていて、王国軍としては重要な行事であった。


 どれほど重要な行事かというのは、アルフレート・ノイ・ディアマント王の長子であるユーリウス・ノイ・ディアマント王太子が閲兵すべく、近衛師団を引き連れて一際大きなテントに入っていることでも分かるだろう。


 演習日初日は各軍の陣地設営に費やされ、翌日2日目に全軍を前にユーリウス王太子の閲兵を受けた後に、模擬戦闘を主とした大規模演習が始まった。


 本来は第一軍から毎年持ち回りで仮想敵となる役目を受け持つのだが、今年は王から直々の命令で第三軍が敵対勢力として指名された。 

 グラナート将軍は歯ぎしりする思いだったが、王命には逆らえず仮想敵である帝国軍役として、鎧や兵装に赤い布をつけ荒野の端に陣取った。

 

 模擬戦闘であるので、兵士の持つ剣は刃引きされ槍は先が丸められている。演習に参加する人数も師団単位ではあまりに大掛かりになってしまうので、各軍で1000人編成の大隊を3~4選抜した連隊で構成されたもので演習を行うことになっている。


 指揮は参謀であるエーデルシュタイン大佐に執らせることにし、グラナート将軍は参謀らと協議の上、グラナート将軍は第一軍と第二軍の合同軍の編成が6大隊で旅団規模になる情報を得たので、多勢を相手にするために慎重に地形を調べ、陣地を設営したのだ。


 陣地の背後に低い丘程度の岩山があって、その隘路の先の両脇にも兵を伏せ、第一軍と第二軍の合同部隊が攻めてきたら頃合いを見て徐々に押されたように後退し、隘路に誘い込んで反撃する作戦を取ることにした。


 陣地から見て左側は20メートル程の崖の上に草原が広がっており、右側は何もない石ころだらけの荒野だ。崖から陣地までは500~600メートルは離れているうえ、軍勢が下りられるような崖ではないので、見通しの良い正面と右からの攻撃に備えるだけだ。

 

「フフフ、数に物を言わせ、袋叩きにしようとやって来る連中に目にもの見せてくれる。エーデルシュタイン大佐、抜かりはないな?」

「はい、将軍閣下。そろそろ、お客様がこられたようです」

「よし、では行くか」


 荒野の向こうに行軍してくる第一軍と第二軍の連合軍がたてる砂埃を確認したので、グラナート将軍らは陣地の奥に設営した陣幕から出て、整列した兵たちが待つ場所へ急ぎ足で向かう。

 模擬戦用の刃引きした剣や先を丸めた槍を持った兵たちの前で、既に登壇した参謀他の幹部連が並んでいる指揮台の階段に、グラナート将軍とエーデルシュタイン大佐が登るべく足を掛けた。


傾聴せよ(アテンション)!」


 先任将校の発声で、ザッッ! という音と共にすべての兵が気を付けの姿勢を取った。

 

 グラナート将軍は3000人の選抜兵とその他の師団兵たちが見渡せる、高さ3メートル程の指揮台に登り、並んだ兵に向き合う。すぐ隣にはエーデルシュタイン大佐が一歩引いた位置で並んだ。

 兵たちが立ち並ぶ遥か向こうには崖があり、崖の上の草原が風で揺れているのが見えた。


 荒野を抜けてきた埃交じりの風が指揮台の前で渦を巻いて、消える。

 

「諸君! 遂に待ちに待った日が来た! 先月味わった我らの不完全燃焼の思いをぶつける相手がいる! 奴らはどうやら我らを侮り、数を頼んで袋叩きにしてやろうと押し寄せてくるようだ。馬鹿馬鹿しい! 我らがそんな奴らに後れを取るはずが無いではないか! 今日はクソどもに我らの怒りのほどをぶちまけろ! 誓おう! 諸君らがエルフの森で果たせなかった思いはいずれ」


 グラナート将軍が言葉を続けようとした時、遥か600メートルは離れた崖の上で小さく煙が上がり、風に流されて消える。

 遠くでパーンと小さく聞こえたと思った時、隣のすぐ後ろに立っていたエーデルシュタイン大佐が何かに殴られたように後ろに吹っ飛んだ。


 グラナート将軍は、エーデルシュタイン大佐の頭が血まみれになっているのを見て、ハッと先程の煙が原因か、と思いつき崖の上の草原に目を凝らす。


 再び小さく煙が上がった、と気が付いたグラナート将軍だったが、次の瞬間強い衝撃と共に目の前が真っ暗になり、それが将軍が見た最後の光景となった。


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