ビーンバック弾
ただ人体を貫通しないように工夫されているとはいえ、至近距離での使用を前提にしているので、当りどころによっては非常に危険だ。
実際にアメリカで使用されていた例でも、胸に当たったら肋骨が折れて内臓に刺さったとか、眼に当たって失明したというような事故が多発していた。なかには死亡した例もあるほどだ。
そのため現在ではあまり警察でも使用されていないようなシロモノなのだが、人並外れて頑丈なアクィラなら、少々当たっても死にはしないだろうと石動は楽観している。
むしろ逆に、威力が弱くて効かなかったらどうしよう、という不安の方が大きい。
素知らぬ顔で、石動はマジックバッグの中からウィンチェスターⅯ12を取り出した。
すでに鞘に納めた銃剣は装着済みだ。
一緒にビーンバック弾の12番径装弾が入った袋も取り出して、中から一発だけ摘まみ上げて見せる。
アクィラにその弾を示してから、ウィンチェスターⅯ12のフォアアームを引いて、薬室に直接放り込んでからフォアアームを前進させて閉じた。
「ん? 見たことない銃だな・・・・・・」
「アクィラ、この弾が死なない弾だと確かめる手段は、どうすればいい?」
「そうだな・・・・・・おい、オマエ、ちょうどいいところに。金属製のプレート鎧を着てるんなら、試しにその死なない弾とやらを受けてみろ」
「ええっ! 嫌ですよ! あそこにある標的用のフルプレート人形でやれば良いじゃないですか!」
「うるさい! 副団長命令だ。やれ」
「ええええ」
たまたま近くにいた神殿騎士がアクィラに指名され、涙目になりながら石動に尋ねてくる。
「ホントに大丈夫だよな? 俺、まだ死にたくない・・・・・・」
「大丈夫ダイジョウブ。でもちょっと痛いかもしれないから、腹に力入れておいてね」
石動は神殿騎士の準備が出来たことを確認してから、金属プレート鎧のなかでも一番厚そうな胸部を狙って撃った。
パンッいう軽い発砲音と共に飛び出したビーンバック弾は、少しずれて金属鎧の肩近くに当たり、ガンッという派手な音を立てた。近衛騎士は一瞬、ウッと唸ったが、当った右肩の鎧が盛大に凹んだだけで貫通はせず、鎧の下の身体にも傷は無い。
その様子を見ていたアクィラは、鎧を脱がせて確認したのちに石動を見て頷く。
「大丈夫そうだな。よし、これならいいだろう。認めよう」
アクィラは石動から10歩ほど離れると、シャランッと片手剣を抜いた。
「では、準備が出来次第、始めようか」
「分かった。ちょっと待ってくれ」
石動は再びウィンチェスターⅯ12のフォアアームをスライドさせ、薬室にビーンバック弾を放り込む仕草をアクィラに見せつける。
そしてそっと、アクィラに見えないよう、チューブマガジンにも補弾しておく。
実は、先程からウィンチェスターⅯ12に一発づつ装填しているように見せているのは、石動が考えたささやかなトリックだ。
アクィラが銃の指導している神殿騎士たちが使うのは、長射程で命中精度の高い単発銃であるシャープスライフルばかりだ。連発銃のウィンチェスターⅯ86はあまり認知されておらず、エルフの郷では全然普及していないとノークトゥアム商会で聞いていた。
実際に訓練場を見回しても、神殿騎士たちが持っているのは単発式のシャープスライフルだけだった。
だからアクィラ達は、ほとんど連発銃には馴染みがないはず・・・・・・。
さらにエルフの郷に居た頃の石動は、シャープスライフルに銃剣を装着したものを使ってアクィラと訓練していたので、そのイメージが残っていることに賭けたのだ。
だからアクィラに石動が持っているウィンチェスターも単発だと思わせるように仕向けたのだが、果たして騙されてくれているか・・・・・・それはこれから分かるだろう。
「お待たせしました。お願いします」
「いい覚悟だ。いくぞ!」
石動の返事を聞いたアクィラが剣を構え、素早く踏み込んできた。
そのさまを見て、石動は同様に素早くウィンチェスターⅯ12を構えると発砲する。
バンッという発砲音と共にビーンバック弾が発射されると、アクィラは石動まであと数メートルのところで立ち止まり、眼にも留らぬ速さで目の前に飛んできたビーンバックを斬った。
ビーンバック弾の袋がアクィラの剣で断ち切られ、中身の散弾が辺りに散らばる。
アクィラがニヤリと笑って、石動に言った。
「おいおい、初手で撃つなんてのは悪手なんじゃないか? この俺がお前に再装填の暇を与えるとでも?」
ヨシッ、アクィラはこの銃が単発銃だと思って油断している!
そう確信した石動は、ニヤリと笑うと言った。
「ご心配には及びませんよ」
そういうと石動は、そのままバンッバンッバンッバンッバンッバンッと引き金を引きっぱなしで、フォアアームをスライドさせるだけで撃てるスラムファイアで速射する。
アクィラはまさか続けて発砲されるとは思っていなかったようで、仰天しながらも反射的に一発目は斬り落としたが、さすがに全ては避けきれず、次々とビーンバック弾を喰らってしまう。
「えッ?! クソッ! なんでッ? グウッ、ガッ、グェッ、ガハァ!」
石動は最初からアクィラと接近戦をするつもりはまったく無い。
負けるに決まっているからだ。
勝つ可能性があるとすれば、弾幕を張って近寄らせず、距離をとったまま倒すしかないと考えていた。そのためのビーンバック弾だ。
両太ももに鳩尾、胸や肩などにビーンバック弾を喰らったアクィラは、よろよろしながら立ってはいるがさすがにダメージは大きく、すぐには動けないようだ。
その様子を見て、石動はアクィラのタフさ加減に舌を巻く。
アメリカに居た時、体力自慢の2メートル近いゴリラのような巨漢海兵隊員が「そんなもの俺には効かない!」と高言したので、仲間内の冗談で本当に受けても平気かどうか賭けているところを石動は見たことがある。
その時は5メートルの距離からビーンバック弾を太腿に撃ち込まれた海兵隊員は、一発で蹲ってしまい動けなくなったのだ。
アクィラは既に両腿に一発ずつ撃ち込まれているし、それだけではなく上半身にもう3発、全部で5発は当たっているはずだ。
それなのに立っていられるとは・・・・・・やっぱバケモノか?
石動は7発あれば足りるだろうと思っていたので、少し焦りながらウィンチェスターⅯ12の薬室に一発放り込んで何時でも撃てるように銃口をアクィラに向け、その態勢のままビーンバック弾を2発ずつ握りチューブマガジンに素早くリロードしていく。
少し回復したのか、アクィラが石動を見据え、再び剣を構えようとする。
「ツトムゥ~、これしきじゃ俺を倒すことは出来ないぞ~。来ないなら俺から行くぞ~」
「じゃ、遠慮なくいきますねー」
再装填を終えた石動はウィンチェスターⅯ12を構え直すと、スラムファイアでの速射を再開した。
アクィラはヨロヨロしながらも剣でビーンバック弾を避けようとするが避けきれず、さらにビーンバック弾を上半身や手足に喰らってしまう。
石動も流石に頭を狙うのはやりすぎだろうと思っていたので、ビーンバック弾が頭部には当たらないように注意していた。
そのとき、放たれたビーンバック弾の一発が、アクィラが防御しようと片手剣を持ち上げた瞬間に剣の握りの端にある柄頭に当たって弾道が下に逸れ、運悪くアクィラの股間にヒットした。
見ていた神殿騎士たちや石動の脳裏に「チーン!」という効果音の空耳が聞こえる。
騎士の中には思わず顔を背け、自分の股間を抑える者まで居た。
これには堪らず流石のアクィラも剣を取り落とし、股間を抑えながら白目をむいたかと思うと膝まずいてしまい、そのままの姿勢で地面に倒れ込んで気絶してしまった。
神殿騎士のひとりが恐る恐るといった感じでアクィラに近づいて確認していたが、石動の方を向いて首を振る。アクィラは完全にダウンしているようだ。
「ウォォォォォォォッッ、ツトムの勝利だ! やった! 鬼の副団長を倒しやがった!」
「ツトム、オマエ、スゲェな!」
「キングキラーじゃなくて、これからはアクィラキラーだ!」
「いやいや、頼むからそれは止めてくれ」
歓声を上げて石動を祝福する神殿騎士たちが、口々に石動をほめそやしながら背中をバンバン叩いてくる。
石動は苦笑いしつつ、彼らに応対しながらも、倒れ込んでいるアクィラが少し心配だった。
ちょっとやりすぎたかな・・・・・・?
そう思いながらロサを見ると、ロサは微笑みながら右手の親指を立てて「グッジョブ」のサインを送ってきた。
ということは、あれくらいでは問題ないということか・・・・・・妹が言うなら間違いないだろう。
やっぱ、アクィラってバケモノだな。
そのロサの仕草を見てほっとした石動は、アクィラに勝利したという実感とちょん切られずに済んだ、という安心感が込み上げてきて、ようやく笑顔になったのだった。
【作者からのお願い】
皆さんからいただくご感想やご意見、評価にブックマークなどが、私の燃料になります。
これからも書き続けていくためには、皆様からの応援が不可欠です。
良ければポイント評価やリアクション、ブックマークをお願い致します。




