王城での会議 ①
オルキス支配人は石動の指摘を受けてしばらく考え込んでいたが、ふと何かを思い出したように顔を上げて石動を見た。
「そう言えば硝酸で思い出したけど、君の師匠がアンモニアを使って、ええと、なんて言ったかな・・・・・・オストなんとかって言っていたような・・・・・・」
「えっ! オストワルト法ですか?!」
「そうそう、それ! そんな名前だったと思う。最近、それに成功したとか言っていたぞ?」
「ええっ! マジで?! ホントですか!」
オストワルト法とは前世界での工業的製法として主流の硝酸製造法のことだ。
アンモニアを白金触媒で酸化して一酸化窒素とし、さらに空気中で酸化させて二酸化窒素にしたものを、最後に水に溶かすことで硝酸を得ることができる3段階の反応の事を指す。
このあいだクレアシス王国で師匠に再会した際に、こんな方法もあるんですよと雑談のつもりで話したら、興味を持った師匠にオストワルト法の詳細を根掘り葉掘り説明させられたことがあった。硝酸は例の洞窟から採取する関係で、不足しても届くまでに時間がかかることが多くて、師匠の不満が溜まっていたらしい。
石動としては、この世界ではまだ当分実現不可能な技術であり、再現は困難だろう、と思っていたのだが・・・・・・
それをまさか実現させるとは・・・・・・師匠、恐ろしい子・・・・・・。
しかし、それが本当なら話が変わってくる。
「オルキス支配人、その話が本当なら、もうあの洞窟の硝酸や硝石にこだわる理由が無くなります。戦ってまで洞窟を死守せずとも、錬金術によって硝酸や硝石を確保することが可能になりますから。
だからもし帝国から攻撃された時は、戦わずに逃げても問題ありません。従業員の方たちの命を最優先にするようにしてください」
「分かった。とは言え、うろ覚えの私の話だけでは、我ながらどうにも頼りない。専門的な話でもあるし、事実かどうかをザミエルくん自身が君の師匠に確認してから、の話だね」
「おっしゃる通りですね。一刻も早くクレアシス王国での用事を済ませて、エルフの郷に行く必要性が高まりました」
そんな打ち合わせをしていたら時間を忘れ、気が付いたらいつの間にか昼をかなり過ぎていた。
オルキス支配人に商会内の食堂で昼食を摂らないかと誘われて、社員食堂とは思えないほど豪華なランチを食べてから、ふたりは午後遅くにノークトゥアム商会を後にする。
石動たちが麓の街からカプリュスの工房に戻って、しばらくしたら疲れた顔をしたカプリュスが王城から帰ってきた。
「いや、ワシの話を聞いてからの王城は、蜂の巣をつついたような騒ぎだったぞ。プラティウム王やアウルム王太子だけではなく、宰相までが入れ代わり立ち代わりやってきて、ワシは何度同じ説明をする羽目になったことか・・・・・・」
執務室のソファーに座ったカプリュスは疲れた顔でぼやいていたが、ラビスが持ってきた小さめのグラスに注がれた琥珀色の強そうな酒を一気に呷る。
「カーッ! 効いて来たわい! それでだ、ザミエル殿。プラティウム王たちからの依頼でな、明日は朝からワシと一緒に王城に行ってもらうぞ。やはりお主がいないと話が始まらん!」
「ハハ、分かりました。お供いたしましょう」
酒が入ったカプリュスは元気を取り戻し、石動に王城からの依頼を伝えてきた。
そうなるだろうと予想し、覚悟していた石動は快諾する。
翌朝、石動とカプリュスは連れ立って王城に向かう。さすがに今日、ロサは御留守番だ。
いつものように王城の衛兵に用件を伝えると、待っていたかのように近衛騎士が現れて石動たちを先導してくれた。
案内される先は謁見の間ではなく、まだ表沙汰にできない情報も多いので、今日は会議室で行うと聞いている。
近衛騎士に案内された会議室は、カプリュスの工房にあるVIP用会議室より豪華な部屋だった。
大きな楕円形のテーブルがあるのは同じだが、テーブルの重厚感や素人にも分かるほどの素材の高級感は流石に王城にふさわしいものだ。
同様に座り心地の良さそうな椅子やインテリアなど、以前通された貴賓室にも負けないほどの豪奢さだ、と石動は感嘆する。
既に上座のほうで宰相と数名のドワーフ達が座って談笑していた。
石動やカプリュスの姿を認めて、宰相があいさつ代わりにそっと頷いてくる。
「親方、出席している宰相以外の人はどういう方たちなんですか?」
「ああ、あいつらはワシと同じ工房主だよ。ワシが王家に次ぐ二番手の工房主なんだが、上から数えて10番目までの工房主が集まっているのさ」
「へぇー、大臣とかの役職がある方達かと思っていました」
「いやいや、ワシらドワーフの世界では腕と技術がモノを言うんでな。肩書なんぞ屁の役にも立たん。
当然、序列が入れ代わったりメンバーが変わったりすることもよくあるぞ。あ、王家は別だがな」
「そんなものですか・・・・・・」
「どれ、ちょっとだけ挨拶しておくか」
石動が感心していると、カプリュスは早速宰相の方へ近づいて行き、談笑の輪に加わっていった。
それには加わらずに石動は、テーブルの末席近くにひとり座り、さりげなく工房主たちの観察を始める。
ほどなくして近衛騎士の前触れと共にプラティウム王とアウルム王太子も現れ、それぞれ着席してから会議が始まった。
「さて、昨日カプリュスマイスターから詳しい報告は聞いたのだが、当事者本人から事情を聴きたいと思って、ザミエル名誉マイスターにわざわざ来てもらったという訳だ。
ザミエル名誉マイスターよ、申し訳ないが説明をお願いできるかな?」
宰相が会議の口火を切って、石動に話しかけてきた。
石動は立ち上がり、プラティウム王に一礼してから話し始める。
「畏まりました。皆様もご存じの通り、エルドラガス帝国とのシャープスライフル売却契約締結後、帝国へ納品に赴いてからの話ですが・・・・・・」
石動はカプリュスやオルキス支配人に話した内容と同様の話をしてから、さらに説明を加える。
「戦場におけるシャープスライフルの威力は目覚ましく、戦果も素晴らしいものでした。
それだけにライフル大隊を設立して指揮した私の功績が大きくなりすぎてしまい、今後のマクシミリアン第三皇子の統治に邪魔になると判断したのでしょう。
加えて、帝国情報部のラファエル部長がベルンハルト第二皇子を裏切って自陣に加わる条件として、私の排除を持ちかけたとも聞きました。マクシミリアンは既にこの段階で私を切り捨てる決断をしていたと推察されます。
その結果、私を暗殺するための罠を仕掛けられましたが、なんとか罠を掻い潜り、無事に帝国を脱出することができました。
あ、その罠を排除する過程で、ラファエル部長は戦場で死亡したことを申し添えておきます」
石動は一旦、言葉を切ってテーブルの周りを見回した。誰も言葉を発せず、石動の話の続きを待っているようだ。
「エルドラガス帝国軍の戦力は内戦でかなり損耗し多少減少しているようですが、第一から第三師団に帝国情報部や近衛騎士団を合わせると約三万人もの軍勢を誇ります。
貴族領軍や国民からも徴兵すれば、帝国軍の動員規模はその2倍3倍にも膨れ上がるでしょう。マクシミリアンは、その力を持ってすればクレアシス王国とエルフの郷は簡単に制圧できると考えているはずです。
そして従えた後には、両国とも帝国専用の銃器生産工場にするつもりだと推察します」
ザワッと会議室内に動揺が走った。石動は言葉を続ける。
「私は何もこちらからエルドラガス帝国と戦争しろ、けしかけるつもりは全くありません。
もし侵略されたときに慌てずに対抗できるだけの準備を予めしておきましょう、とだけ申し上げたいのです。
準備可能なタイムリミットは、おそらくマクシミリアンが帝国全土を掌握できるまでだと思われます。それは長くて一年、早ければ半年も無いかもしれません。
ご清聴ありがとうございました。私からは以上になります」
石動は再びプラティウム王に一礼し、テーブルを見回してから再度一礼してから着席した。すでに会議室内はザワザワと私語を交わし始めており、宰相が咳払いして皆を静まらせた。
「ありがとう、ザミエル名誉マイスター。貴重な情報を感謝する。さて、続いて、皆からのザミエル名誉マイスターへの質問や意見があれば発言を許可しよう」
ひとりのドワーフが手のひらを立てて、発言を求める。宰相が頷いたのを確認してから、石動を見て言った。
「たいへん興味深い話をありがとう、ザミエル殿。貴殿の親友に裏切られたうえに、あまつさえ殺されかけた時の気持ちは想像するに余りある。ご同情申し上げよう。
だがしかし、そこから先のエルドラガス帝国からの侵略戦争云々の話は、あくまで貴殿の推測に過ぎないのではないか? 確たる証拠も無いのに、侵略だの戦争だのと騒ぎ立てるのはいかがなものかとワシは思うが、貴殿はどう思われる?」
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