大量生産
生産ラインの最後の工程では組み上げられた銃が一丁ずつ点検され、動きが悪いとか調子の悪い銃を選別して抜き出していた。抜き出された銃は5人程の職人が待ち構えているテーブルで、動作確認しては分解し削ったり擦り合わせたりした後、調整が完了してから完成品に戻されていく。
完成したライフルは木箱に詰められ、木箱はトロッコに載せて何処かへ運ばれていった。
「完成品はノークトゥアム商会に卸すか、使ってない坑道を保管場所にして備蓄してあるんだ。そのためにトロッコの線路も増やしたから、いちいち人力で運ばなくて良くなって、随分と発送も楽になったよ」
「最後の調整の職人さんが大変そうでしたね」
「うーん、まだまだ細かい部品の出来に多少のバラツキがあるせいか、最終工程で熟練工が擦り合わせて調整しないと上手く動かない銃が必ず幾つかは出てくるのが悩みでね。
特にウィンチェスターはシャープスライフルに比べると部品数が多いから大変だよ」
「なるほど・・・・・・」
石動はカプリュスの話を聞きながら考え込み、脳みそをフル回転させていた。
ひょっとしたらカプリュスの悩みは、均一な品質で精密部品を造ることが出来るような大型の工作機械を導入すれば解決できるのではないか?
しかし仮に導入したとしても、前世界での帝国陸軍三八式小銃などでも熟練工が最後に調整していたっていう話だし、部品の共有化も九九式短小銃になるまで上手く出来てなかったというから、現時点での生産技術ではそう簡単にはいかないのかもしれないが・・・・・・。
現状では当然コンピューターなど無いからCNC加工は無理だし、トランジスタですら無いのだからNC加工だって無理に決まっている。それでも今の足踏み式旋盤ではなく、何らかの動力と旋盤を駆動ベルトで繋いだ大型工作機械を使えば、生産効率は格段に上がるはずだ。
生産効率を上げて大量生産すれば、不良品発生率を下げることが出来るかもしれない。
そう。結局、大量生産するのに必要なのは、機械を動かすための動力なのだ。
以前、高炉を見学した時、高炉内へ空気を送り込むのに、水蒸気の圧力を利用して巨大な羽根つきの車輪を回して送風していたのを見て驚いたことがあったな。
羽根つき車輪の軸と発電機をつないだら、基本的には火力発電の原理と同じじゃないか! と思ったのを覚えているけど・・・・・・。
自分は発電機の構造などの知識は乏しいから、火力発電を再現しようとしても無理がある。電気があればいろいろできることが広がるけど、蒸気機関すら未だ存在しない世界には早すぎるシロモノだ。
原始的とは言え蒸気を利用出来ているのだから、いずれ何十年かのうちにはドワーフの誰かが蒸気機関にまで辿り着くだろうとは思うのだけど・・・・・・どうしたものか。
自分がここで蒸気機関のヒントなどを教えて、この世界での産業革命を起こす時期を早めるべきだろうか?
とは言え、私には蒸気機関の内部構造などの詳細は専門外過ぎて分からない。
ただ単に水蒸気でピストンを動かせばいいというものではないだろう。初期の蒸気機関はボイラーが爆発しやすくて危険だったと、なにかで読んだことがあるような気がするし・・・・・・。
・・・・・・そうだ! 昔、学生の時に模型で造ったことがあるスターリングエンジンを再現するというのはどうだろう!
いろいろ問題があって蒸気機関に置き換わるような成功はしなかったスターリングエンジンだけど、外部熱で動かせるし、動力と言うものの概念を皆に教えるのには良いかもしれない。
それをヒントに、スターリングエンジンを改良していくのか、蒸気機関にチェンジしていくのかは、カプリュス達ドワーフの創意工夫でなんとかしてもらうしかない。
理屈さえ分かれば、ドワーフ達ならその後の進化は早そうな気がするが・・・・・・。
そんなことを考えて思いに耽っていた石動は、再びカプリュスに背中をバンッと叩かれて我に返る。
「ハハハ、ザミエル殿は変わらんな。何か思いついたら考え込んでしまって、周りが見えなくなる癖は相変わらずのようだ。どうだ? あちらで一服しないか?」
「ゲホッ、ああ、そうさせてもらおうかな」
背中を叩かれた勢いで咳込んでしまい、ジンジンする背中とカプリュスの言葉に苦笑いした石動は、ロサと共にカプリュスに連れられて作業場の奥にある食堂へ向かった。
食堂内はもう夕方なので退勤したのか、はたまた休憩中なのかは定かではないが、エールを飲む大勢のドワーフ達で賑わっていた。
「おいおい、職場なのにあんなに飲んで大丈夫なのか?」
「ここには強い酒は置いてないから大丈夫だぞ。エールなんてものは水と同じだ」
そう言ってガハハハッと笑うカプリュスも、手にはエールのジョッキを持っていた。先程、気を利かせたラビスが人数分運んできたものだ。
「では再会を祝して! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ゴクゴクと一気にジョッキのエールを飲み干したカプリュスが、ジョッキを叩きつけるようにテーブルに置いて唸る。
「カーッ! 美味い! ラビス、悪いがもう一杯持ってきてくれ」
「ハイッ! 親方」
頷いたラビスが新たなエールを取りに行くのを横目に、カプリュスは石動の眼をまっすぐ見て向き直り、真面目な顔になる。
「さて、ザミエル殿。無事に帝国から帰ってきたことは喜ばしいが、ただ顔を見せに来たわけではあるまい。なにかワシに話があって来たんだろう? 帝国の皇帝後継者争いの話は漏れ聞いてはいるが、詳しいことはよく分からん。それに関連した話か?」
「そうだ。前回、契約を交わして帝国に銃を運んだだろう? その銃を納品した後の話になるんだが・・・・・・」
石動は帝国に着いたら既に皇帝が崩御していたこと、2,000丁のシャープスライフルを納品後にライフル大隊の設立と訓練に携わったこと、マクシミリアン第三皇子とベルンハルト第二皇子の争いが激化し、遂には内戦となったこと。争いは結局マクシミリアンが勝利したが、そのさなかにマクシミリアンとラファエル帝国情報部部長の陰謀で殺されそうになったことなど、順を追って説明した。
カプリュスはラビスが持ってきたエールをチビチビと舐めながら石動の話を聞いていたが、聞き終わると唸り出す。
「うーん、結局はマクシミリアンが勝ったけど、最終的にザミエル殿を裏切ったということか。しかし、なぜだ? 戦に勝てたのは銃のおかげだと分かっているのに、ザミエル殿を裏切るのは意味が分からん。ザミエル殿を裏切れば我が国からもノークトゥアム商会からも銃や弾薬を買えなくなることくらい分かっているだろうに・・・・・・」
「おそらくだが、マクシミリアンはクレアシス王国とエルフの郷を侵略し、支配下に置くつもりなのだと思う。だから私を切り捨てても良いと判断したのだろうな。
だから私はマクシミリアンの手がクレアシス王国に及ぶ前に、帝国に対抗できる手段を確立出来るよう、まず親方のところへ来たんだ」
石動は冷静な口調で静かに断言する。カプリュスの眼が驚きで大きく見開かれた。
その後の話は食堂ではマズいということになり、結局、皆で組立工場を出てカプリュスの工房に引き返し、工房長の執務室で話し合うことになった。
なにしろエルドラガス帝国がいずれクレアシス王国に侵略戦争を仕掛けてくる可能性が高い、という物騒な話だ。
事が事だけに、まずはクレアシス王国自体の守りを強化する必要があるという結論から、カプリュスは明日にでも王城にアポイントを取って王族と話を共有しに行くことになった。
それと同時に、更なる銃の増産体制を整え、軍を強化していく必要がある。
「そう言えば、クレアシス王国の軍隊ってどうなっているのですか?」
「ドワーフは全ての者が戦士だ。なにかあれば全員が死ぬまで勇敢に戦う。一声かければ、全国民が武器を持って立ち上がるぞ」
「・・・・・・それは女性も、という意味ですか?」
「もちろんだ」
「指揮系統はどうなっているのでしょう?」
「知らん。王族が何とかするんじゃないか? 今までの小競り合いは全て力で叩き潰してきたからな! ワハハッ!」
「・・・・・・」
石動の脳裏に、ドワーフ達が統制も何もなく、ただ勢いのみで四方八方へライフルを撃ちまくる姿が浮かんできた。王城で見かけた近衛騎士はしっかりしているように思えたが、想像とは違っていたようだ。統制も無く指揮系統すらはっきりしないのでは、それはもはや軍隊と言えるものではなく、ただの民兵の類ではないか?
石動はまたもや新たな問題が増えたような気がして頭が痛くなりそうだった。
一度、王太子らとその辺りの話もしっかりする必要がある、と心の中でメモしておく。
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