追憶
-------石動は1994年4月11日に山口県S市で生まれた。
海沿いには主要産業である重化学工業企業が多数立地したブルーカラーの街で、人口は10万人強とこじんまりしている。海と山に囲まれたのんびりした地方都市といった風情の街で、石動は両親と妹の四人家族で暮らしていた。
父親は従業員100名程を抱える中堅の部品工場をもつ中小企業の社長であり、会社は小さいが独自の技術や特許を生かし、大手自動車メーカーや様々な企業に高品質なパーツを納品していた。
母親は父と学生結婚した後に祖父から引き継いだ会社を立て直し、町工場から株式会社にするまで一緒に苦労してきた戦友でもあり、父にとってはかけがえのないパートナーで夫婦仲は非常に良かった。
そんな二人の間に生まれた石動は両親から愛情一杯に育てられ、2歳違いで生まれた妹ともども伸び伸びと成長したのだ。
幼少の頃から戦隊モノにハマり、ヒーローたちの持つ剣や銃の玩具を振り回して遊んでいたが、小学校の頃から近くの剣道道場に通い出し中学の部活も剣道部に入るほど熱中した。
学業の成績は良い方だったので高校は県内の進学校に進み、剣道関係からの誘いを振り切ってビームライフルが主体の射撃部に入る。
もともと銃に興味があり、中学の頃からモデルガンや電動ガンのパーツを父の工場の片隅で自作してカスタムするほどのガンマニアだった石動は、高校で射撃が出来るようになる日を指折り数えて待っていたのだ。
その鬱憤を晴らすかのように射撃に打ち込んだ石動はメキメキと頭角を現し、1年生で出場した全国高等学校ライフル射撃協議会のビームライフル部門で個人優勝する。
その後、日本ライフル射撃協会の三段を取得し、射撃エリート推薦を受け、エアライフル射撃に進んだ。
今思えばその頃、リーマンショックを経て3年後の東北大震災と不景気が続き日本経済の回復は遅く、父の事業にも陰りが出始めていた。
家庭でもそんな兆候はあったはずなのだが、射撃と勉強に打ち込んでいた石動は気が付かないでいた。
いや、気が付かない振りをしていただけなのかもしれない。
高校を卒業した石動は、東京のT大学理Ⅲに進学する。
理系に進んだのは、将来少しでも家業の助けになりたいという思いと、度々社長の息子という特権から工場の機械をこっそり使ったりして電動ガンのカスタムパーツを自作しているうちに、物作りの面白さにハマってしまったからだ。
大学でも射撃部に入った石動は、エアライフルを経て22口径の実弾を使用するSB射撃に進んだ。
50メートル先の標的に向かって膝射40発、伏射40発、立射40発を撃つ50mライフル3姿勢に出場し、長瀞射撃場で行われたインカレで1200点満点中1151点の記録を叩き出し、一時は日本ライフル射撃協会の種目別ランキングで8位になったこともあった。
そんな学業と部活に明け暮れ充実した生活を送っていた日々も、石動が大学2年生の時に事態は暗転する。
その日、大学で授業が終わり次の教室へ移動している時、石動の携帯に見知らぬ番号から着信が入った。
いつもなら知らない番号の着信には出ないのだが、山口県の地元の市外局番だったため気になり、応答ボタンを押す。
すると電話は山口県警からのもので両親と妹が乗った車が交通事故を起こし、全員死亡したとの連絡だったのだ。
最初は悪い冗談ではないかと疑ったが、大学も何も放り出して実家に戻った石動を迎えたのは、冷たくなった家族の遺体と泣き叫ぶ親戚たちだった。
とても現実の事と思えず、半ば呆然としながらもなんとか葬儀を済ませ少し落ち着いたところへ、幼少のころから何かと世話を焼いてくれていた田中のおっちゃんが厳しい顔をして石動の所へやってきた。
父の右腕として信頼が厚く専務取締役でもあった田中のおっちゃんとはいろいろと積もる話もあったのだが、二人だけで話したい、と真剣な顔をしたおっちゃんから内密に聞かされた話に石動は衝撃を受ける。
曰く、このところ景気回復につれて会社の業績も上がり出し、表面的な貸借対照表や損益計算書を見ると良いように見えるが、田中のおっちゃん的には何か社内にキナ臭いものを感じて秘かに専門家を雇って調べていたとのことだった。
調査の結果、経理を担当している父の弟で石動にとっての叔父が怪しいと睨み、秘かに叔父の行動を探っていたのだが、探られているのを察知した叔父は雲隠れしてしまったのだという。
しかも姿を消したのは父達が事故にあった日であった、と田中のおっちゃんは呻くように石動に告げた。
その後、叔父のパソコンから慌てて消去されたらしいファイルを発見し、復元したところ二重帳簿らしきものが見つかって、叔父が会社の資金を使い込み、その額も長年に渡るため億に達していることが判明したのだ。
父の自家用車も含め、会社の社有車は全てディーラーへの整備や修理なども叔父が一手に行っていたので、父の車に何らかの細工をするのは叔父にとっては容易い環境だったようだ。
警察も事故の後、叔父については執拗な聞き込みをしてきたので、怪しいと睨んで捜査している可能性が高いとのことだった。
そのため、田中のおっちゃんと一緒に会社の弁護士とも相談の上、警察に横領事件として被害届を出すことにした。
その後マスコミが嗅ぎつけることとなり、社長と家族の不審な死に方に加え、役員の指名手配の報道によりワイドショーにも取り上げられ、報道陣の執拗な取材に悩まされた。
それにより業界内で殺人事件が起きた先と取引を継続することにより、イメージダウンを恐れた大手メーカー等の取引先が相次いで手を引いてしまい、両親の会社は不渡りを出してあっけなく倒産してしまったのだ。
遺産相続にありつこうと、うるさく石動に纏わりついていた親戚たちも会社が倒産したと聞くと、潮が引くように居なくなり、多額の債務を含め全てが石動の肩にのしかかった。
弁護士や税理士の助けを借りて、家屋敷なども含め全ての資産を処分して借金を清算し、従業員たちに幾ばくかの退職金を渡してしまうと、石動の手元にはわずかな現金しか残らなかった。
その結果、已む無く大学も中退して東京を引き払うこととなり、実家近くの祖父の家に転がり込むことになる。
世の中の何もかもが信じられず、全てが疎ましく思えて仕方なかった石動は、心配した田中のおっちゃんからの仕事の紹介も断り、祖父の家に引きこもってしまった。
そんなある日、一人の男が引きこもっていた石動を訪ねてきた。
差し出された名刺には自衛隊体育学校の藤井二尉とあった。
学生時代の石動の射撃競技での成績から体育特殊技能者として特別体育課程学生にスカウトに来たと言う。
藤井二尉とはエアコンが効いた応接室にて応対したにも関わらず、汗かきなのかハンドタオルで流れる汗を拭いながら石動に熱心に説明する。
自衛隊体育学校の入隊にはもちろん願書を出し採用試験を受ける必要はあるが、採用されれば自衛官として一か月ほど基本教育を受けた後に種目別に特別訓練を受け、射撃競技の選手として世界大会などに自衛隊所属として参加することになると説明され、熱心に入隊を薦められた。
家族の事故以来、人間不信になり全てが煩わしく感じていた石動にとって、入隊すれば生活のすべてを射撃のみに集中することができ、その結果として世界で競技に勝つことが自衛隊員としての任務と言われたことに魅力を感じてしまう。
その上、自衛官として給料も貰えるなら父からの遺産も残り少ない身としては有難い話だ。
こうして石動勤は自衛隊に入隊することを決めたのだったーーーーーーーーー
◆
「(高校生になっても誕生日には誕生日には母さんが鳥の丸焼きを焼いてくれたっけ・・・・・てゆーか今思えば鳥の丸焼きってクリスマスでもないのにな。父さんも忙しいのに必ずプレゼント買って参加してくれてたな・・・・・・。妹の由衣の笑顔も楽しそうだった・・・・・・)」
神殿前の避難する家族を眺めることで、家族の思い出に耽っていた石動だったが、火の手がゴオッッという音とともに広がり、遂に神殿前広場に面した建物からも炎が上がってバチバチと燃え始めたのを見て我に返る。
建物わきの路地から最前線で戦っていたと思われる神殿騎士や民兵たちが矢を射ながら後退しつつ、バラバラと神殿前広場に撤退して走り出てきたのが見えた。思ったよりも人数が少ない。
撤退してきた騎士や兵たちは素早く土嚢を越えて最終防衛線に合流し、矢の補充を受けたり負傷の手当てを受けたりしている。
それを横目に神殿を背に神殿騎士たちは弓を引き絞り、警戒を怠らないでいた。
暫くすると、騎士たちが撤退してきた暗い路地にポッと明かりが灯る。
ヌルっという感じで路地から姿を見せたのは、体長2メートル程のサラマンダーであった。
体表は紅く細かい鱗に覆われ、体長の3分の1以上を占める巨大な頭に紅い小さな眼、頭に比例した大きな口を持ち、口の端からチロチロと炎の舌らしきものが見えていた。短い手足やずんぐりとした尾も相まって、石動は昔ペットショップで見たガラスケースの中の外国産の砂漠に居たトカゲを思い起こす。その大きさはこのサラマンダーの10分の1ほどだったが。
サラマンダーは一匹だけではなかった。
暗闇から続々と炎の舌をチロチロさせながら這い出てくる。その路地だけでなく、広場に出る他の路地にも犇めいていて、家屋の壁や屋根にも張り付いているのが燃え上がる建物の明かりで見えた。
火の中も平気の様で、燃え盛る建物の中から現れたものもいた。
「放てぇぇえぇっ!!」
騎士団長の号令で、一斉に矢を放つ神殿騎士と民兵たち。
さすがにエルフだけあって矢の威力と命中精度は高く、サラマンダーは次々に目と目の間の急所に数本の矢を受けて倒れていく。
前衛のサラマンダーが倒されたのを見ると、後続のサラマンダー達は尻尾を地面に叩きつけて発条のように空中に飛び上がり、大きな口を開けると燃えたゲル状の球体を、まるでファイヤーボールの様に口から発射し始めた。
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」
運悪くそのファイヤーボールを浴びた神殿騎士の鎧が燃え上がり、受けた騎士だけでなく周りに居た数人のエルフ達の悲鳴が上がる。
ゲル状のため飛び散った飛沫も高温で燃えており、服に着いた燃える飛沫を払い落とそうとしたら余計に塗り広げてしまい炎の勢いが増す結果となって、パニックになる民兵たち。
石動はそれを見て、あれは前世界におけるナパーム弾の焼夷剤の様なものだと冷静に分析する。
アレを撃たれる前にサラマンダーを倒さなければ被害が広がってしまう。
そう思った石動の眼に、燃え上がる家屋の屋根から口を開けてファイヤーボールを撃とうとしているサラマンダーが映った。
シャープスライフルの照準を素早く合わせ、引き金を静かにおとす。
バァンッッ!
黒色火薬特有の大量の発射煙と共に発射された50口径の巨弾はサラマンダーの口の中に着弾し、そのまま後頭部へ抜ける際に花が開いた様な形状につぶれた弾頭は、その後頭部のほとんどを脳と一緒に吹き飛ばした。
シャコンッと用心鉄レバーを操作してブリーチを解放した石動は、素早く次の50-90紙巻薬莢弾を装填して薬室を閉じる。
次いで今まさにバネの様に飛び上がり大きな口を開けたサラマンダーを狙い、同じく頭を爆発させるように吹き飛ばす。
広場で指揮を執っている騎士団長が石動の方を見上げ、ニヤッと口角を上げて笑うと、頷きながら右手の親指を立てて"イイね!"サインを送ってきた。
石動も笑い返すと手を振ってから、再びシャープスライフルを構えサラマンダーを狙った。
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