二面性
石動は八九式重擲弾筒をマジックバッグへ仕舞ってから、FG42を構えて立ち上がると、眼下を見下ろした。
子爵軍の6割くらいは死亡したか、負傷しているようだ。前世界では敵軍の3割を損耗させれば全滅扱いとなり友軍の勝利だというから、これは大勝利と言っていいだろう。
生き残った兵士達も、呆然として自分の身に何が起こったのか理解できていないようで、戦意を喪失している者がほとんどのように見える。身一つで逃げ出してしまった者も多いようだ。
銃器による戦闘を知らず、今回それを初めて経験したこの世界の住人にとって、突然の銃弾の嵐は厄災としか感じられないのかもしれない。
石動はその光景を見て、戦果を挙げたにもかかわらず、やや複雑な気持ちだった。
もちろん、作戦が狙い通りに成功したことは喜ばしいし、部下たちが立派な戦果を挙げることが出来たのは誇らしいと思う。
ただ、さすがに無惨に重なり合う死体を見ては、石動も気分爽快とは言えなかった。
これは始まりに過ぎないだろう。
これからはもっと、死体が積み重なっていく。
死んだ兵士たちにも家族や恋人など、守るべき人がいたのだろうか。
ふと、石動の耳にラファエル部長の「民の血を流すのが望みなのか」という言葉が甦ってきた。
石動は心の中で反論する。
いや、こいつらは違うだろ。こいつらは民ではなく私と同じ兵士だ。戦うことが存在意義の兵士なのだ。
殺し、殺される。殺さなければ殺される。それが兵士の宿命だ。
だがしかし・・・・・・。
「(なぁ、ラタちゃんよ。私は所詮、傭兵みたいなものだし、マクシミリアンへの借りを返すために力を貸しているだけだ。
だから、ことの善悪は問わないつもりでいたけど、これでいいんだよな?)」
『突然どうした? いいとはどういう意味でのこと言っているのかな? マクシミリアンが善でベルンハルトが悪か、という問いなら、ツトムの主観で判断すればいい、としか言えないよ。客観的に見れば、スケールは大きいけど、国を賭けた只の兄弟げんかに過ぎないからね。喧嘩両成敗って言うだろ?
私はどっちもどっちだと思う』
「(そういう意味ではなく・・・・・・いや、そういう意味になるのか・・・・・・。
でもラタちゃんも前に言ってたじゃないか、ベルンハルトには侵略戦争の野心があるって)」
『だからベルンハルトが悪だってこと? ではマクシミリアンは聖人君子だと思っているのかい?』
「(流石にそこまで私も御目出度くはないさ。マクシミリアンにも野心はあるに違いない。そうでなければ兄から帝位を簒奪しようなどとは考えないだろうからね。保身のためなどというのは方便でしかないさ。しかも、この間のラファエル部長の件でよく分かったけど、あれは豪快そうな見かけによらず猜疑心が強いようだ。意外と気が小さいのかもしれないな)」
『ああ、あれは間違いなくツトムを疑っているね。ラファエル部長の策は効果抜群だったという訳だ。
そういえばツトムにはラファエル部長の策は効果あったのかな? そもそもマクシミリアンを全面的に信用しているというわけでは無いんだろう?』
「(それはそうだね。もともと出会い方からして胡散臭かったから、今更かな。
ただ、全面的には無理だけどディアトリマの時に助けてくれたのだけは本気だったと、そこは信じているよ。
だから、その恩には報いたいと思っている。それに私は銃を広めたい。マクシミリアンはそんな私を利用して皇帝になりたい。お互いさまでちょうどいいと思っていたんだ。
でも・・・・・・そうだな、ちょっとだけ保険はかけておくか)」
『うん? 保険とは?』
「(ハハハ、まだ内緒だ。保険というか、自分の身を守るための手段というか、ね。
使わないに越したことはないし、どうなることやら)」
頭を振って苦笑いすると、石動は、眼下の死体から目を離して他の小隊に合流すべくロサとともに山を登り始めた。
「(しかし、思えばいろいろと、なんだか痺れる状況になってきたじゃないの。逆に面白くなってきたと思わないか?)」
『? 何が逆なんだかよく分からないけど?』
石動は念話でそう言ってから、ラタトスクに悪戯っぽくニヤリと笑いかける。
ラタトスクは姿を消したまま首を傾げ、そんな薄笑いを浮かべた石動の顔を興味深げに見つめていた。
石動がこの拗れてしまった状況を楽しんでいる、ということはラタトスクから見ても明らかだった。
ついさっきまで、死体を見て感傷的になっていた石動はもういない。
ラタトスクには自分に向けられた石動の笑みが、獰猛な捕食者に微笑まれたように見えて、背筋に冷たいものが走ったほどだ。
どちらのツトムが本当なのだ? 実に興味深い、とラタトスクの口角が僅かに上がる。
それからしばらくの間、石動に率いられたライフル大隊は待ち伏せだけではなく、小規模な遭遇戦からゲリラ戦まで、様々な作戦を精力的にこなしていった。
作戦の規模はそれほど大きくないものがほとんどなので、一度に連れて行くのはせいぜい一個中隊程度までが多く、実戦を重ねて数をこなすしかない。
石動としては、最低でもライフル大隊全員が一度は実戦を経験するのが望ましいと思っていたから尚更だ。
ライフル大隊の活躍による被害の拡大に、ベルンハルト陣営内には動揺が広がっていたが、ベルンハルト皇子や帝国情報部は表面的には不気味なほど沈黙していた。
しかし、そんなベルンハルト陣営の消極的な姿勢に反発した若い男爵クラスが集まって2,000人規模の軍勢となり、ブルクハウゼン侯爵領に攻め入る構えを見せてくる。
その情報をキャッチした石動は、それを迎え撃つべく今回は二個中隊を率いて侯爵領の境界へ向かった。
なぜ今回は二個中隊とまあまあの規模になったのかと言うと、ブルクハウゼン侯爵が”我が領土を敵に侵されるなど我慢できん!” と言って、どうしてもついて行くと聞かなかったからだ。
侯爵領兵500名を連れて自分も戦うと言い張るので、やむなくブルクハウゼン侯爵の護衛も兼ねている。
男爵連合軍と侯爵領兵が乱戦になってしまうと効果的な作戦遂行ができなくなるので、石動は必死に侯爵を宥め、やっとのことでまずライフル大隊が叩いた後の追撃を侯爵領兵にも任せることで了解してもらった。
ここは圧倒的な火力で敵を制圧するところを見せることで、ブルクハウゼン侯爵を大人しくさせた方が良いかも、と石動は考えている。
そして、結果から言えば、石動が考えた通りの展開となった。
意気揚々と騎馬隊600騎と槍兵1400人でブルクハウゼン侯爵領に乗り込んできた男爵連合軍は、ありていに言えば指揮官すらいない烏合の衆だったからだ。
仲間であるはずの男爵同士で見栄を張り、手柄を競い合うことばかりに気を取られ、自分のことしか考えていない者達の集まりなので、石動たちライフル中隊に都合の良い開けた丘陵地に誘い込むのは赤子の手をひねるより簡単なことだった。
侯爵領兵たちによって誘い込んだ丘陵の中腹にはライフル中隊が潜み、勢いに乗って丘陵の麓から駆け上がろうと喊声を上げて突撃してきた男爵たちと騎馬隊は、待ち構えていたライフル中隊の十字砲火を浴びてことごとく打ち倒されていく。
その惨状は丘陵が騎士と馬の死体で埋まり、足の踏み場が無くなったと思える程だった。
騎馬隊が全滅していくさまを見て、あとに続くのを躊躇していた槍兵たちも、麓に配したライフル小隊によって銃撃を受ける。
司令官である男爵たちは既に死亡しているうえに味方の兵たちが次々と銃弾に倒れる姿を見て、寄せ集めだった槍兵たちは戦意を喪失してしまい、武器を放り出して散り散りに逃げ出していく。
「ブルクハウゼン侯爵閣下、なにとぞ賊共の追討をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「うむ、任せてくれ。隊長、頼むぞ」
「ハッ! 必ずや!」
ブルクハウゼン侯爵の傍に控えていた侯爵領兵のヨナス隊長が、侯爵の命令を受けて500名の侯爵領兵を率いて追撃のために騎馬で駆け出していく。
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