待ち伏せ ーアンブッシュー
石動が待ち伏せの場所として選んだのは、山裾を進む街道が緩やかな曲がり角になっている場所だった。
山と言うよりも丘陵と言っても良いような低い山だが、街道近くの裾野には背の低い広葉樹の灌木や下草が生い茂り、ライフル小隊が隠れる場所には事欠かない。
街道はなだらかにほぼ90度に曲がっていて、山の反対側は背の低い草が生い茂る草原が広がり、敵兵がそちらに逃げたとしても隠れる場所すら無いのがおあつらえ向きだった。
石動は曲がり角のピークをすこし過ぎたあたりから隊員を一定の間隔で潜ませることに決め、その前に全員を集めて指示しておくことにした。
ぐるっと草原を見渡した石動は、小隊各員が隠れた位置から射撃した際にその射線がちょうど一点に交わるだろうと計算した場所に二本並んで生えている灌木を見つけると、その灌木を指さして言った。
「いいか、これからお前らアルファ小隊とベータ小隊は街道沿いの山裾に隠れて、合図と共に射撃を開始してもらう。
射撃開始時、まず各員は必ずあの二本並んで生えている木を目印に狙って撃て。
何故なら、そうすることで射線が交わり、敵に対して効果的な十字砲火が行えるからだ。間違っても、逃げた敵を追って、銃口を味方のいる方に向けたりするなよ。
敵の隊列が崩れたのちに草原に逃げ出しても、この地形ならある程度一方向に集まるはずだから、この狙い通りで容易に倒せるはずだ。
違う方向に逃げる奴は、各自判断で狙い撃ってよろしい。
後続部隊からの反撃があれば、各小隊長の指示に従って各個撃破せよ。
射撃開始の合図は私が行う。行列の先頭に強烈な奴を撃ち込むからバカでも分かるはずだ。驚き過ぎて、小便ちびるなよ」
石動の言葉に小隊全員の忍びやかな笑いが起こる。
どうやら緊張はしていないようだ。頼もしくなったな、と石動は嬉しくなってくる。
「よしっ、では散開せよ! チャーリー小隊は私と一緒に来い。別の任務がある」
「「「「「「「「「「「「「「「「「イエッサー!」」」」」」」」」」」」」」」」」
石動は山腹の小高い場所に見つけた、都合よく曲がり角全体を見渡せる位置にある巨大な岩の陰で待機することにした。その横でロサは、石動がマジックバッグから取り出して渡したツァイス双眼鏡で街道を見張っている。
しばらくは待機の時間だ。
「見えた。来たわよ。子爵軍約1,000、距離あと約500メートル。予想通り、二列縦隊で街道を進んでくるわ。警戒している様子無し。騎馬隊が先頭で歩兵が後ろの布陣。先行する斥候はいないようね」
「了解した。ジョーンズ、各小隊長に伝令。手筈通り私の合図で射撃開始だ。それまで射撃準備を整えて待機せよ」
「イェッサー!」
延々と待つ身には長く感じる時間が経過した後、ようやくロサから敵軍接近の報が入る。
頷いた石動は、待ち伏せを仕掛けるべく藪の中に隠れている小隊に伝令を出した。
そののちに石動はそっと後退り、眼下の街道からは見えない位置まで下がってから、マジックバッグから八九式重擲弾筒と89式榴弾を取り出した。
八九式重擲弾筒を45度の角度に構え、駐板を石に当ててズレないよう固定する。
そして街道の先へ筒先を向けると、小隊が隠れている場所より20メートル程先に着弾するよう、筒身下部右側についた整度器を回して柄稈に刻まれた目盛を合わせた。
89式榴弾の殺傷範囲は約10メートルほどなので、あまり近くに着弾させて万が一にもライフル小隊に被害が出ないようにするためだ。
「子爵軍、先頭がもうすぐキルゾーンへ侵入するわ。今、侵入開始した。あと10秒ほどでアンブッシュ作戦開始可能」
「了解した」
石動は89式榴弾の先端にある信管部に差してあった安全ピンを抜くと、89式榴弾を八九式重擲弾筒の中に落とし込む。
「敵は罠に入った! 発射、今!」
ロサの指示に合わせて、石動は柄稈に沿うようにのびたレバーのような引き金を引っ張って起こすようにして、撃発する。
ボンッという大きな音とともに89式榴弾が撃ち出され、石動の狙い通り子爵軍の先頭から20メートル先に着弾した。
ドカーンッ! という大音響とともに89式榴弾が炸裂して衝撃波と破片を飛び散らせ、子爵軍の隊列の前方に火球と煙が舞い起こった。
子爵軍の先頭を進んでいたのは騎馬の騎士たちだったが、突然の大爆発に馬も騎士も肝をつぶし、馬はパニックになって棹立ちとなり、騎士はたまらず街道に振り落とされる。
その時、ほぼ同時に山裾の茂みの中から、二小隊合わせて130名弱によるシャープスライフルでの一斉射撃が始まった。
ドドトドーンッ! と重なった銃声が響き渡ると、辺り一面、銃口から吐き出された黒色火薬の白煙が立ち込める。白煙と共に降りそそいだ銃弾の雨によって、射線上にいた騎士たちはもちろん、馬までもが横殴りに強打されたかの如く撃ち倒された。
50口径の巨弾は騎士たちの鎧を軽々と貫通して腸をぶちまけ、四肢に当たった運の悪い者はその巨大な弾頭エネルギーによって手足が千切れ飛び、あたりに血や肉片が舞い飛んだ。
その後も一斉射撃は二度三度と続いて起こり、その度に阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される。
「見つけた。行列やや後方の馬車から身を乗り出しているのが、子爵のようね。セオリー通り、被害の無い後方にいた歩兵を山側から登らせて、ライフル小隊の後ろを突こうとしているわ」
「確認した。ひょっとしたら影武者かもしれない。周りの様子をよく見ていてくれ」
ロサの言葉に石動はFG42を取り上げると、巨岩の陰で膝撃ちの姿勢をとり、子爵に狙いを定める。
馬車から身を乗り出して、何やら喚いている子爵をサイトに捕らえると、静かに引き金を落とした。
野外のせいか、ターンッ! という乾いた音共に発射された8ミリモーゼル弾は、子爵の鳩尾を貫通し即死させた。排夾された空薬莢が石の上に落ち、チーンッ!チリチリと転がって音を立てる。
馬車からズルズルッと崩れ落ちる子爵を支えようとして、周りにいた兵士たちが右往左往していた。
石動は馬車の中に、まだ人がいる気配を感じたので、念のためと続けて馬車に向けて発砲を続ける。
8ミリモーゼル弾は木製の馬車を易々と貫通し、壁や屋根に穴が開け、その着弾の衝撃が馬車を揺らす。
FG42の20連マガジンが空になる頃には、穴だらけになった馬車から、街道に血がしたたり落ちていた。
装填済みのマガジンに交換しつつ、生存者はもういないだろう、と判断した石動は射撃を中止する。
迂回して小隊の裏をかこうとした子爵軍は、待ち構えていたチャーリー小隊による射撃によって散々に撃ち取られ、既に軍隊の態を成していなかった。
アルファ、ベータ小隊の射撃もようやく散発的になっており、子爵軍の死体が街道や草原を血で赤く染めて散乱している。
「ヨシッ、状況終了、引き揚げよう。ロサ、合図を頼む」
「分かったわ」
ロサは双眼鏡を石動に返すと、マリーンⅯ1895を取り上げて、草原に向けて2発撃った。
その銃弾は石動の特製で、曳光弾として発光するだけではなく、煙を引くように工夫してある。
事前の取り決めで、この合図を見たら全隊員が撤収を開始することになっていた。
今回は生き残りの敵にライフル大隊の姿を見せないようにするために、この低い山を越えた反対側で集合することに決めていた。
正体不明の敵にやられたという方が、敵の恐怖心を煽るだろうというマクシミリアンの意向に沿ったためだ。
銃撃を受けている段階で犯人は明らかだが? と石動は思ったが何も言わなかった。
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