陰謀
「早く火を消せ!」
「水だ! 消防団は何をしている!」
火柱を見て神官たちがオロオロしながら慌てふためいていた。
神殿は世界樹をくり抜いたものであり、大理石の様な硬度があるとはいえ木材なので高温に晒されれば燃え移るだろう。神官たちが慌てるのも無理はない。
石動は倉庫に走り寄り、近くを警護していた騎士2人と合流して倉庫の扉の横に立つ。中で何かが暴れているような物音がドア越しに聞こえた。
ドアの左右に石動と騎士が分かれ、取っ手に触って加熱してない事を確かめると眼を見合わせて頷く。
石動がブーツでドアを蹴破り倉庫の中に騎士たちと突入すると、中で1メートル程の蒼いトカゲが針金のようなものに縛られ、のたうち回って暴れていた。
近くに焼け焦げて壊れた木箱の破片や中身が散らばっていて、箱に閉じ込められていたのを破壊して出てきたようだ。逃げようにも針金でぐるぐる巻きにされており、暴れるたびに肉に食い込んで血が滲み、余計に怒りに火を注いでいるようだ。
怒りに任せて口から吐息の様にボッ、ボッと青白い炎を吐いていて、既に貯蔵している燃えやすい穀物などに火が回り始めていた。
突入してきたのに気が付いたのか、黄色い目を石動達にカッと向け、口を大きく開けてブレスを吐こうとしているのを見た2人の騎士たちが素早く矢を射る。一本は口の中から頭を貫通し、もう一本は胴体を床に縫い付けた。
それでも甲高い悲鳴を上げながらのたうつのを見て、石動はその生命力の強さに寒気を感じる。
「なぜこんなところにサラマンダーが!」
「いつの間に入り込んだのだ?」
騎士たちがまだ弓を番えたまま、驚いたような声を出す。
「いや、壊れたあの木箱を見ろ、二重底になっている。あれに入れて運び込まれたんだ」
石動は冷静に状況を見ていた。
何故あのバラバラの木箱は二重底になっていたのか。その木箱がなぜ燃えて壊れているのか。サラマンダーが縛られているのはなぜか。
普通に考えればあの箱に入れてここに運び込むためと考えるのが妥当だろう。
3日前に商人たちからの納品を受けてこの倉庫に荷物が運び込まれていたのを石動も見かけていた。
ただ何のために運び込まれたのか、そして今まで暴れなかったのはどうしてかが分からない。
「そのサラマンダーは只のサラマンダーではない。キングサラマンダーの子供だね」
いつの間にかラタトスクが倉庫の入り口に立っていた。
ラタトスクは無詠唱で水魔法を使い、手からジェット水流を出すと未だに悲鳴を上げるキングサラマンダーの子供に浴びせかけると、その体からジュゥゥという音と共に大量の水蒸気が立ち昇らせた。
次いで周りの火がついて貯蔵品や木箱、穴の開いた天井などにも水流を浴びせて消火する。
そしてぐったりしているキングサラマンダーの尻尾を持ち上げ、調べ始めた。
「ふむ・・・・・・なるほど」
石動もラタトスクの横に行き、膝を着いてキングサラマンダーを調べる姿を見守る。
「何か分かったのか?」
「うん。おそらくツトムの言うとおり、あの木箱に入れて納入品と共に3日前に運び込まれたんだろうね。今日まで大人しかったのは薬で眠らされていのだろうな。そしてサラマンダーの襲撃と共に目を覚ました」
ラタトスクの表情がギュッと締まる。
「先程の大音響の咆哮と火柱を見た? アレを引き起こしたのは巨大な蒼いサラマンダーだったそうだよ」
「!! それじゃあ」
「そう今、郷を襲っている蒼いサラマンダーはこの子供のキングサラマンダーの親で、この子を取り戻しに来たと考えるべきだね。誰かがこの子を誘拐して親に追わせ、この郷を襲うように仕組んだのだろう」
「では!」
石動は子供のキングサラマンダーを指さして、ラタトスクの肩を掴む。
「この子を返せばキングサラマンダーの親も引いてくれるかもしれない!」
「無理だね」
ラタトスクがつまんでいたキングサラマンダーの尻尾を離すと、尻尾は力なくパタッと倉庫の床に落ちた。
「こいつはもう死んでいる」
神殿騎士団の騎士2人が蒼白になり、バッと跪くとラタトスクに頭を下げる。
「申し訳ありません!」
「私達が殺してしまったばかりに! 罰は如何様にもお受けします!」
ラタトスクが気にするなとばかり片手を振って騎士達を見る。
「お前たちは被害を食い止める為にやるべきことをやったまでだ。咎めるつもりはないよ。
いずれせよ止めは私がしたようなものだしね。
それよりこの子の助けを求める悲鳴は親に届いているだろうと思うよ。天井をぶち抜いて火柱もあげてたし、おそらく親のキングサラマンダーは此処までやってくるだろうね。もしこの子が生きていたとしてもこんなに縛られて虐待されてる姿を見れば許してもらえたか怪しいもんだよ。
となると闘うしかない。仕組んだ奴の計略に嵌るのは業腹だけど、罠を食い破ってこそ仕返しのチャンスがあるってものだよね」
ラタトスクはニコッと笑った後、スッと凄みを感じさせるような笑みに変えて指示を出す。
「神殿騎士団の団長に通達。陣形を整え、城塞での攻撃をすり抜けた敵を神殿前で迎え撃つ。非戦闘員は神殿内に避難し、民兵も動員して防衛線を張れ!」
「ハッ! 直ちに団長に申し伝えます」
騎士2人はサッと右手を心臓の前に拳を掲げて敬礼すると、踵を返して走り去った。
その姿を見送ることなく、ラタトスクは石動に振り向くと笑顔で見上げてきた。
「ツトムも力を貸してくれるかい?」
「もちろんだとも」
石動は敬礼の代わりに右手で胸をドンっと叩いて、努めて明るく笑顔を返してみせた。
ラタトスクが神殿の中に戻った後、石動は周りを見渡し迎撃する場所を探す。
出来るだけ高い位置で狙撃しやすくかつ遮蔽物がある場所が良いな、と思いながら見渡し、パルテノン神殿風の柱が聳え立つ神殿の屋根の部分にスペースがあるのに気づく。
通りかかった神官に尋ねると、あの屋根部分に続く階段や扉は無く、誰も上がることはないという。
神官の許可を得て、ロープの先にフックを結び屋根の上へ投げた。
何かに引っ掛かったので体重をかけて引っ張って外れない事を確認し、腕の力で身体を持ち上げ足は柱を蹴りながら屋根まで登っていく。
上まで登り切り身体を屋根に上げてみると、神殿の張り出し部分の先端と世界樹の幹との間に5メートル程の幅でスペースがあり、その後ろは元々の削り出した世界樹の幹に繋がっていた。
神殿正面からみた屋根部分の飾りが良い遮蔽となり、背後は世界樹の幹部分があるので気にする必要はなくて狙撃ポイントとしては申し分ない環境だ。
遮蔽にする屋根の飾りの間から、シャープスライフルを構えてみた。
物見櫓が破られた辺りでは、また新たな火の手が上がったり爆発音が響いてエルフ達と魔物の闘いの声が聞こえてくる。
シャープスライフルを構えたまま、その方角や周辺を索敵してみたが、まだ防衛網を抜けて神殿まで来た魔物はいないようだが、火の勢いは増し延焼する範囲は広がっているようだ。
眼下に視線を降ろすと、神殿前の広場には土嚢が積まれ、神殿騎士たちが慌ただしく動き回りながら防衛線を張ろうとしていた。
避難してきたと見える民間のエルフの家族の姿も見え、母親に手を引かれて怯えた顔で神殿に向かう幼子の顔を見た石動は、ふと前世界での家族の事を思い出す。
そんな時、ポケットに入れていた携帯のバイブが作動しているのに気がついた。
引っ張り出して見ると、携帯の時刻表示が24時を超えて4月11日になったので、以前登録していたスケジュールの予定通知が画面に表示されている。
それは今日が石動の” My Birthday” だという通知だった。
「・・・・・・誕生日かぁ、忘れてたな。まさか異世界で28歳の誕生日を迎えるとは思いも依らなかったわ。ハハ・・・」
画面を見て苦笑した石動は、つい昔に家族で迎えていた誕生日の日々のことを思い出してしまった。
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