崩御
ノークトゥアム商会が中心になって進めてくれていたエルドラガス帝国へのシャープスライフル売却の契約がようやく正式に締結された。
契約書の内容をフィリップ騎士らが精査し、問題ないと合意したところで全権委任されている石動がマクシミリアン皇子の代理としてサインする。
こうして正式に契約成立したことにより、紙薬莢弾仕様のシャープスライフルが箱詰めされ、エルドラガス帝国へ輸送するための準備に入ることになった。
その数、2,000挺に及ぶ。もちろん、弾薬・雷管キャップ50,000発も同梱される。
これはクレアシス王国の各工房が今までに生産した紙薬莢弾仕様のシャープスライフル総数のうち80パーセントにあたる数だという。
今後は各工房とも金属薬莢弾仕様のシャープスライフルやウィンチェスターⅯ86の生産に移行するので、クレアシス王国では残り20パーセントの紙薬莢弾仕様シャープスライフルは予備役に回される。
すなわち言葉は良くないが、旧式になった武器の余剰在庫を帝国に売り払った、ということだ。
もっとも、紙薬莢弾仕様のシャープスライフルでも、この世界では充分驚異的な武器であることは間違いない。
石動はホッとした。
これでやっとマクシミリアンに良い報告ができる。
あとはエルドラガス帝国へ無事にシャープスライフルを届けるだけだ。
カプリュスらの各工房から保管されていたシャープスライフルが放出されると、それらは全てノークトゥアム商会の大きな倉庫に集められた。
ライフルや弾薬などを荷造りするため、商会員たちが慌ただしく動き回る倉庫に石動は足を運んでみる。
別に監督を頼まれたわけではないが、なんとなく作業を見届けなければならない気がしたからだ。
木箱に梱包されるのを待つシャープスライフルが、広い倉庫の中で銃架にズラッと何列も並んでいるさまは壮観だ。
石動はふと思い立ち、銃架からシャープスライフルを1丁、手に取ってみる。
まだ新品のせいか、錆対策のガンオイルの匂いが鼻を衝く。
このタイプのシャープスライフルは、エルフの郷で苦労の末、創り出した最初のモデルになる。完成したのち試射した時は、嬉しくて堪らなかったのを鮮明に覚えている。
なんとかまともに使える銃であることに安堵し、これでやっとこの世界でやっていけるという自信がついたのもこの銃のおかげだった。
それが今や、石動の主要銃器はFG42自動小銃になった。
狙撃用として使うのはFG42でも良いが、主にモーゼルkar98k小銃になる。
我ながらシャープスライフルに比べれば、随分と銃の性能が進化し、強力になったものだと思う。
前世界でいえば、シャープスライフルが世に生まれたのは1848年のことだし、FG42が造られ始めたのは1942年になる。
「そうか・・・・・・100年近い年月を、いつの間にか私は飛び越えてしまってたんだな」
石動は手にしたシャープスライフルを感慨深げに見ながら、思わず呟いていた。
我ながら銃器に対するこだわりは、異常で執着というか、いや最早これは執念に近いな、と呆れてしまう。
それでも・・・・・・。
「ラタちゃん、私は遂にここまで来たぞ。この銃が帝国で威力を発揮すれば、欲しがる国や傭兵たちは引きも切らないだろう。あっという間に大陸中に広まるだろうな。
そうなれば民間に広まるのも時間の問題だ。ノークトゥアム商会にも、この紙薬莢弾仕様の銃は自由にどこへ誰にでも売ってくれて構わないと伝えたことだしね。
これで私の目標が一つ、叶うかもしれない。この世界に銃を広めたいという目標がね。
どうだ? 傍で見ていて満足かい?」
『もちろん満足しているとも。ツトムを見ていると予想外の出来事が多くて驚かされることばかりだ。新鮮だし楽しいよ』
「それは良かった。これからもご期待に応えられると良いけどな」
『応援しているからね。面白いものを期待しているよ』
シャープスライフルを見つめながら囁く石動の言葉に、栗鼠の姿のラタトスクがフードから顔だけ出して、石動の横顔を見つめながら答える。
軽く頷いた石動は、手にしていたライフルを元の銃架に戻すと、ゆっくりと歩み去った。
それから一週間後、クレアシス王国を出発した石動たち一行は、一路エルドラガス帝国への帰路についていた。
往路と違うのは、石動の馬車と騎士たちだけでなく、ノークトゥアム商会の荷馬車が何台も続いていて、ちょっとした商隊のようになっている点だ。
出発するまでの準備が大変だったが、なんとかカプリュスたちによるウィンチェスターⅯ86の製造も軌道に乗る見込みが立つところまで見届けたし、ノークトゥアの金属薬莢弾の生産も目途をつけてきた。
更にその忙しい間を縫って時間をつくり、石動はカプリュスの工房にある自分用の作業部屋で、以前から造ろうと思っていた銃を新しく一挺仕上げていた。
できれば、この銃の存在をマクシミリアンたちにはあまり知られたくなかったので、クレアシス王国にいる間に造り上げておきたかったのだ。
知られたら実戦に投入してほしいとの要望がありそうだし、そうなれば断るのは難しいだろうと予測できたからだ。
石動自身もこれがあればいざという時に安心できるから造っておいた、という感じなので、願わくはコイツの出番は無ければいいが、と思いながら完成後はマジックバッグに仕舞ってある。
カプリュスにも一つ、置き土産というか、どちらかと言えば宿題に近い形である銃の設計図を渡しておいた。
親方ならその設計図があれば、自分だけの力で造り上げるだろうし、完成すれば決して無駄にはならないはずだ。
出来上がったシロモノを試してみたら親方は腰を抜かすだろうな、とその光景を想像した石動は馬車の中でニヤニヤしてしまう。
往路と違って襲撃も無く、平穏に馬車の旅は進み、ようやく遠くに帝都の巨大な城壁が見えるところまで帰ってきた。
衛士に荷物を調べられたりすると時間を取られて面倒だからと、フィリップ騎士らを先触れとして向かわせたので、マクシミリアン皇子署名の証文のおかげもあり城門では何事も無く通過する。
皇城の門も同様にして通過し、石動たち一行はそのまま離宮へ向かった。
離宮前の車寄せには、先触れで先行したフィリップ騎士とマクシミリアンが迎えに立っていた。
「ザミエル殿、よく戻ってきてくれた。貴殿の顔を見ることができて、なんとも心強く思うぞ」
「第三皇子自らお出迎えとは恐れ入る。それにしても、何かあったのか?」
馬車から降りてきた石動とロサを、マクシミリアンが肩を抱くようにして笑顔で迎えた。
石動は少しばかり、相手の態度がオーバーな感じがして、不審に思う。
「それに皇城に入ってから、なんとなく雰囲気がおかしいというか、ピリピリしている感じがするのだけど」
「フム、さすがはザミエル殿、そう言えば気配察知のスキルがあるのだったな。実は絶妙なタイミングで戻られたので心強いと言ったのだ」
石動が皇城に入った途端にスキルに反応があったことを告げると、マクシミリアンは真顔になり、少し悲しげに俯いて石動に告げた。
「じつはまだ公表はしていないが、昨夜遅く父であるフルベルト・フォン・エルドラガス皇帝が身罷られた。国葬は3日後の予定になる」
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