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サラマンダー

一部「アクィラ」とあるべきなのに「キリコ」となっていた箇所があり、修正しました。

ご指摘いただき、感謝します。

 ーーーー時間を戻して同じ日の早朝


 神殿騎士団の副団長であるアクィラは最初は出動命令に乗り気ではなかった。


 どうして俺がこんなつまらん任務で出なければならないのか?


 魔物が出たというが、そんな事くらいなら珍しくもない。調査なら分隊を幾つか派遣して森の中を調べれば済むことだろう。

 部下たちの能力は把握しているので、森の中で出会う魔物位なら後手に回ることはないと確信できる。

 そんなことをしている間には「渡り人」の稽古相手でもしている方が面白い。


 最初は妹の奴がしょっちゅう名前を口にするので癇に障り、軽く懲らしめてやろう程度の気持ちだった。

 実際、両刃の剣には慣れていないようで独特の剣の扱い方をするため、ぎこちないうえ大して強くもなく正直期待外れだと感じていた。

 ところが変わった形の木の柄の先に短刀を取り付けた短槍のようなものを使い始めてから、動きが変わり始める。

 打ち合っていても鋭い動きをするので、思わず本気にならざるを得ないケースが出てきたのだ。


 そして極めつけがあの火で金属の礫を飛ばす杖だろう。ツトムが「らいふる」と言っていたアレだ。


 射場での練習を見ていたが、初めて見た時は驚きで背筋が寒くなった。

 まず撃ってから的に当たるまでの速さが尋常ではない。弓矢など比にもならない。

 試しに100メートルの場所に人の頭ほどの南瓜を置いて、その威力を弓矢と比べてみたことがあったが、矢は当たったら刺さるだけだったのにツトムの「らいふる」は当たった途端に南瓜が粉々に吹き飛んだ。

 見ていた者は皆、唖然として言葉が無かったものだ。


 最近は変わった形の木の柄ではなく「らいふる」の先に短剣を着けて訓練しており、切り結んだあと間合いを取られ「らいふる」の黒く大きな銃口が自分に向けられて、ガチンッと空撃ちされると冷や汗が出た。

 もちろん訓練なので「らいふる」に弾は装填されていないが、いくら何でもあの至近距離で実際に撃たれたら避けるのはまず不可能で、南瓜と同じ運命をたどることになるのは間違いない。


 訓練の中で「今死んだ」と感じさせられるのは、かの剣聖との試合の時以来で非常に興味深い。


 「渡り人」の成長は面白い。あの剣と「らいふる」を合わせた技は厄介だ。今度手合わせするときはどうしてやろうか。

 そんなことを考えながら森の中を進んでいたアクィラは、ふと異変を感じ、右手を上げて小隊に止まるよう合図を送る。


 合図を受けて散開し、じっと森と同化して警戒態勢に入った部下を頼もしく思いながら、アクィラは異変の主の気配を探った。


 暫くして前方の低い崖の上にその気配が現れ、木々の下生えの叢が揺れる。

 揺れた叢の中からヌッと身体の半分近くを占める巨大な頭がまず現れた。

 続いてずんぐりとした身体も顕わになり、短い尻尾も合わせると真っ赤なアオジタトカゲの様に見える。

 その体長は2メートル程で、大きな頭に深紅の眼を持ち、全体的にヌメッとした紅い鱗に覆われていて、その大きさや色だけでなくアオジタトカゲと全く違う点は、口からチロチロと見えるのは青い舌ではなくて白みがかった高温の炎である事だった。


「なんとサラマンダーか! なぜこんなところに・・・・・・!?」

「本当にいたとは!?」

「サラマンダー!! 魔大陸にしかいないはずでは!?」

 

 口々に騎士団員たちが驚きを口にする。アクィラの頭の中でも"何故?"という思いがぐるぐると回っていたが、同時に面白くなってきたとも感じている。


「魔物退治はこうでなくてはな。トカゲごとき一捻りにしてくれる」

 

 自らも奮い立たせるように大声を上げ、騎士たちに攻撃の合図を送ろうとしたアクィラは再び違和感を感じる。

「なんで気配が収まらないんだ・・・・・・? いや、増えているのか?」


 ハッとして周りを見渡すと、木々の間に数十匹のサラマンダーの口から漏れるチロチロとした炎が薄暗い森の中で不気味に揺れていて、自分たちが包囲されている事に気が付いた。

 アクィラの背中を冷たい汗が流れる。

「マズいな、魔物風情が味な真似をしてくれる」


 この数は計算外だ。群れで攻撃されたら郷や森への影響も大きいだろう。

 何とか切り抜けて撤退して報告することを考え始めたアクィラの前に、藪の中から地響きを立てて体長10メートルはあろうかという巨大なサラマンダーが姿を現す。

 ほかのサラマンダーと違って鱗の色は藍色のような深い蒼で、頭の天辺から背中にかけて背びれの様に短い棘がある。印象的な眼は鮮やかな黄色で、口から洩れる吐息の様な炎はまるでバーナーのそれの如く蒼い。


「総員撤退ッ!! 退路を確保しろ! 全力で戻るぞ!」


 ()()には勝てない。

 アクィラは素早く判断すると自身が撤退戦の殿(しんがり)となるべく、追ってくるサラマンダーたちに矢を射かけながら腰の剣を抜いた。


 アクィラたちがサラマンダーと遭遇したのは、神殿騎士団のエルフ達の足で郷から森の中を6時間ほど進んだ場所だった。

 団員たちの中で一番足の速い者2人を郷への伝令に走らせ、残りの者とアクィラは少しでも魔物の数を減らすべく奮戦しつつも、無事に撤退しなければならないという難しいミッションをこなすことになった。

  

 幸い、サラマンダーの鱗にもエルフの強弓は通用し、頭や前足の付け根にある心臓を射抜くと倒せることが分かった。

 それに対してサラマンダーは手足は短いものの、尾をばねの様に地面や樹に叩きつけて空中に飛びあがると口から高熱のファイヤーボールを飛ばしてきた。

 それは樹の幹などに当たると弾けてナパーム弾のようにゼリー状のものが激しく燃えて飛び散り、生木でさえ燃やし尽くしてなかなか消えないという厄介な代物で、直撃を受けた団員は絶叫しながら皮鎧についた炎を消そうと地面や草の上を転がるも、却って火を広げただけで自分自身が松明の様に炎上する結果となってしまった。


 その惨状を見てアクィラはギリっと歯ぎしりをし、大声で指示を飛ばす。

「隊列を乱すな! 遮蔽は太い木の陰に入れ!」

 アクィラは右手から飛び出し、正に火を吐こうと口を開けたサラマンダーに弓で射掛け、口の中から後頭部へ矢で貫いた。


「畜生! 俺たちの森が・・・・・・」

「森が燃える! こいつら許せねえ!!」


 辺りはファイヤーボールの直撃を受けた大樹はもちろん飛び散った破片から火が付いた下草なども燃え盛り、灼熱地獄の様な様相を呈していた。

 森と共に生きるエルフとして森を破壊するものは許すわけにいかないが、騎士団員たちは消火せずに逃げるしかない自分たちを顧みて悔し涙を流しながら、怒りを込めてサラマンダーに矢を射る。


 幸いサラマンダーの足はエルフ達ほど素早くなく、背後の部下たちが撤退する様子を窺っていたアクィラはこのままいけば逃げ切れるかもと思いながら茂みから飛び上がってきたサラマンダーを右手の剣で首を飛ばした時、ゆっくりと地響きを立てながら進んでいた蒼いサラマンダーが突然吠えた。


「GARRRRRRRRUUUUUUUUUU!!!」


 ビリビリと響き渡った大音響に威圧され、アクィラも思わず動きを止めた。

 その声が響くと他のサラマンダーたちがサッと蒼いサラマンダーの前から避けるように居なくなったのに気づく。

「ヤバいヤバいヤバい、総員」

 本能的に危険を察知しアクィラが退避、と言いかけたところで蒼いサラマンダーから深い海の底の様な藍色のブレスが放たれた。


 その炎の温度は恐らく2000度をも超えているかもしれない。蒼いサラマンダーの口元がカッと光ったかと思うとゴォッという轟音を立て、途上にある全ての物を蒸発させるかのように薙ぎ払いつつ、地面をガラス化させながらアクィラの方へと向かってくる。

 

「ロサ・・・・・・」

 アクィラは無駄かもしれないと思いつつも、横っ飛びに木の陰に伏せながら最後に祈るように呟いた。



 ◆



 石動が神殿の外に駆け出してみると、いつもは夜だと人気も無く静かな広場をはじめ町中が騒然となっていた。

 弓を持ち剣を穿いて、背中に矢筒を背負ったエルフ達が松明を持って走り回っている。

 よく見ると、神殿の周りは神殿騎士団の騎士たちが警戒している者と隊列を組んで門の方へ向かう者達がいる。このエルフの郷では男も女も弓が使えるので国民皆兵の様になっていて、戦えない老人や子供を神殿前の広場に避難誘導している女性たちの手にも弓が握られていた。


 結界の外側でまた「ドーンッ!」と爆発音のような音が響く。

 神殿を警備している神殿騎士に訓練場で見知った顔を見つけ、その騎士に駆け寄り「何事ですか?」と尋ねる。

「詳しいことはまだ不明だが、どうやら魔物が押し寄せているらしい」

「押し寄せるって! 魔物の調査にアクィラさんたちが行ったはずですよね?」

「先程、調査に言った小隊の一人が大火傷を負いながら帰ってきたんだ。どうやらサラマンダーの群れと遭遇したようだ」


 騎士の顔にも心配の色が濃かった。当然調査に行っているのは友人や同僚なのだろうから心配するのも当然かもしれない。

 石動もハッとして騎士の肩を掴んだ。


「アクィラさんは? 無事なんですか!」

「今のところは不明なんだ」


 その時、更に大きな爆発音と共に「ガシャーン!!」というガラスが割れるような澄んだ音がした。

 神殿騎士たちが大きく動揺し始める。

「あれは何の音です?」

「結界が壊れた音だよ。信じられないが・・・・・・」

 神殿騎士と石動が顔を見合わせた時に、夜空に大音響での咆哮が響いた。


「GARRRRRRRRUUUUUUUUUU!!!」


 半鐘を鳴らしていた物見櫓の付近が夜空に蒼く輝いたと思ったらゴォッっと巨大な火柱が上がり、バリバリッという破砕音と共に蒸発したように炎の中に消えてしまった。


「城砦が破られた?! ツトム、また後でな!」

 挨拶もそぞろに神殿騎士が隊へ走って戻っていくのを見送った石動は、自身の行動をどうするべきか一瞬迷う。


 指揮系統がはっきりしない状況で闇雲に動くのは効率が悪い。情報不足だが城砦が破られた以上、場合によっては魔物が侵入してくる可能性もある。騎士たちやエルフの民兵の弓を掻い潜るのは至難の業だと思うが、先程の物見櫓の爆発は只事では無かった。

 神殿に居れば情報も集まるだろう。非戦闘員を守りつつ、状況によっては騎士たちに加勢するのが良さそうだ。


 石動がそう判断して神殿の方を振り返ると同時に、神殿に隣接された倉庫から突然天井をぶち抜いて火柱が上がった。

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