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不穏

 石動が居るエルフの郷は深い森の中に歪な円を描く城塞と結界に囲まれた閉鎖的な街である。


 10メートルを超える高さの城砦は直径1メートル程の太い丸太を隙間なく並べたもので、結界を越えないと見ることすら出来ない。城砦に外部世界に開かれた門は正門ただ一つしかなく、そこを潜ると神殿へとつづく幅20メートルもあるメインストリートがあって人や馬車の往来も盛んだ。


 メイントリート沿いにはズラリと商店やギルドなどの事務所が並び、神殿に向かって右側が宿泊施設や商業施設とその関係者が、左側には鍛冶等の職人や専門職の施設とその関係者が住む家が並んでいる。


 世界樹のある神殿とその前の神殿前広場を中心に放射線状に道が広がっていて、神殿で働く関係者が住む地区とか軍関係者が住む地区などの居住区を分けていた。


 神殿前広場は此処に住む住民の憩いの場所であり、広場の中心はサッカー場がとれるくらい広い芝生のスペースがあって、その中心には噴水があって花壇が設えられ、広場を囲むように植えられた木陰にはいくつものベンチが置かれ住民たちが自由に休憩できるようになっている。

 ベンチの近くには屋台も多く、新鮮なジュースや軽食、果物を使った甘味などを売っていた。

 

 そんな神殿前広場の木陰にある目立たないベンチに、一人の男が座って屋台で買った葡萄のような果物を食べて寛いでいた。

 耳の形状から人族であり、首からはこの里に入ることを許された事を示す特殊な文様の入った札を下げていた。これがあれば結界を通って里に入ることが出来、通ることを許可された者の通行証と身分証を兼ねている。

 身分証に書かれた名前はハーブギルとあり、王国の都に店を構える商人であった。

 王国の中でも三本の指に入るほどの大商会の会頭で、エルフの郷とは先代の会頭からの付き合いで信頼も篤い。

 本人もでっぷり太って人の良い印象を与える顔つきで、身なりも金がかかっており裕福な商人という外見から、ここでは珍しくもない情景としてその男に注意を払う住民は誰もいなかった。


 そこへ、男の座るベンチと背中合わせに設置されたベンチにドカッと座るもう一人の男。

 屋台で買った果物を絞ったジュースの入った木のコップを手に持っている。

 深く帽子を被ったその顔は広場とは逆方向に向いているので判別しにくいが、筋骨たくましいけど粗末な服装をしていることから見て商人の従者か馬車の御者の様に見える。

 

 ジュースを口に運びながら、後から来た男が口もとを隠すようにして呟くように背中合わせの商人を見ることなく話しかける。


「首尾はどうだ?」


 ハープギルも葡萄を口に入れてモグモグさせながら、他には聞こえないような小声で答える。


「上々ですよナハトさん。ご依頼通り神殿の倉庫に他の荷物と共に運び入れました」


 ナハトと呼ばれた男はニヤリとした口元をコップで隠すように呟く。


「荷物はまだ生きているんだろうな?」


 ハープギルも葡萄の皮を吐き出しながら囁いた。


「仮死状態になっているので心配はいりません。少しづつそれも解けて2日後には目が覚めるはずです」

「それにしてもよく手に入ったものだな」

「そこは蛇の道は蛇でして。大地溝帯を抜ける力を持つ者からと思っていただければ」


 ナハトは笑みを深めてベンチの背凭れに身体を預ける。


「それよ。さすがに魔大陸に行って帰って来られる者がいるとはな」

「その猛者も土産を持って帰っては来たものの、あの魔物の親が執念深いのでいささか後悔しかけておりましたから、そちら様からのお申し出は渡りに船だったようです。

 ただ結果的に今後このエルフの里との交易が出来なくなるのは私には痛手ですがね」


 ハープギルの言葉にムッとしたようにナハトはジュースの入った木のコップを握りしめる。


「ふんっ、上手くいけばそれ以上の儲けがあるからお前も乗ったのだろう。今更報酬を吊り上げようとでも言うなら無駄だぞ」

「そんなつもりは毛頭ございませんとも。今後とも銀狼将軍様には御贔屓にして頂ければ何も言うことはありません」

「ふん・・・。では、予定通りにな」


 ナハトはグッとコップを呷りジュースを飲み干すと立ち上がって、屋台に木製コップを返却すると屋台の主人に笑顔を見せて、ゆっくりと歩き去った。


 ハープギルは最後の葡萄の粒を口に入れながら男の後姿を見送り、唇の端を吊り上げて皮肉っぽく呟く。

「ご武運をお祈り申し上げますよ」



 ◆



 石動がいつものモーニングルーティンである自衛隊体操をしようかと携帯を操作していると、ロサが寄ってきたが元気がない。


「おはよう、ツトム。」

「おはようロサ、どした? なんか元気ないんじゃない?」


 ロサは僅かに微笑みを見せたが、すぐに笑顔を消して俯き加減に言葉を続ける。


「うん、お兄ちゃんが明け方に出動していったんだけど、ちょっと心配で・・・・」

「アクィラさんが? 神殿騎士団が出動って穏やかじゃないね。何かあったの?」

「それがよくわからないらしくて・・・・。何でも森の動物たちや魔物の動きがおかしいとかで、調べに行ったみたいなんだけど」

「まあ、アクィラさんならサーベルベアの一匹や二匹、平気で倒しちゃいそうだから大丈夫だよ。直ぐに元気で戻ってくるさ」


 石動は故意に冗談めかして明るい声を出したが、ロサの顔は晴れなかった。


「うん、ゴメンねなんか気を遣わせちゃって。なんか悪い予感がして仕方ないもんだからツトムと話したかったのかも」

「自分で良ければいくらでも聞くよ。こちらこそ無責任なこと言って悪かった」

「いいえ、ありがとう。今日は悪いけどこれで帰るわ。またね、ツトム」


 珍しく暗い顔が晴れないままで手を振って去っていくロサの後姿を見つめながら、石動も何やら心に黒雲が広がるような気分を感じつつ、黙って手を振り返した。


 

 その後、訓練場の傍を通るときにロサに言われたことが気になって注意して眺めると、いつもは大勢の騎士たちが弓の練習や剣を打ちあっている姿が見られるのに、今日はほとんど姿が無い。

 宿舎の近くで一個小隊が整列して待機していたが、フル装備で出動する直前の緊張した雰囲気が伝わってきた。

 

 なんとなく全体かピリピリしているこんな雰囲気を、石動も知っている。

 大規模演習などで装備を付けて出動命令を待っている時の雰囲気とそっくりだ。

 違うのは演習などではなく実戦である事だろう。

 石動は気になったが、中に入って騎士団に聞きに行けるような雰囲気ではなかったので、後ろ髪を引かれながら鍛冶場へと向かった。




 鍛冶場は矢尻をはじめ剣や盾、槍などの武具の注文や修理の依頼が相次ぎ、増産に次ぐ増産で既に戦場のような忙しさだった。

 石動も剣を造る手伝いに駆り出され、皆と一緒になって一心不乱に槌をふるう。


 やっと昼食の時間となり、一息ついて親方らと食事と水分を取ることが出来た。

 食事といっても忙しいから短時間で食べられるものということで、チキンを塩胡椒で焼いたものをレタスのような野菜と一緒にパンにはさんだサンドイッチ的なものだ。

 でも大量に皿に盛られたサンドイッチは一個のボリュームも凄く、鍛冶で汗をかくため適度にチキンに塩味を効かせてあり、今の石動達にとって正に身体が求めている物だった。

 親方や他の鍛冶職エルフ達と食堂で大ぶりのサンドイッチを3つ食べた石動はようやく落ち着いて、隣で同様に大量のサンドイッチを食べ終えてパイプに火を着けた親方に顔を向けた。


「いや、大忙しですね。神殿騎士団が魔物退治に出たとは聞いたのですが、その関係ですか?」

「ほとんどはそうだな。ただ、ウチの郷は何かあったら住民総動員だからな。あちこちから矢が足りないって催促されてるのさ」


 親方は口からパイプの煙を吐きながらニヤリと笑う。石動は親方の言葉を聞いて少し驚いた。


「えっ、総動員って只事では無いですよね。魔物って何が出たんですか?」

「聞いた話じゃどうやらサラマンダーらしい。それも一匹ではなかったそうだ」


 石動にとってサラマンダーとはラノベや漫画の中ではポピュラーだが、当然実際に見たことが無いので実感が湧かない。

「サラマンダーって、この森に元々居る魔物なんですか?」

「いや、聞かねえな。この森に居るのは熊やイノシシとか蛇の魔物位のもんだ。サラマンダーなんて火山とか魔大陸にしかいないはずなんだよ。だいたい考えてもみろ、森の中で火なんぞ吐く魔物がいたらどうなるか。火事になって森が全部燃え尽きちまうよ」


 しかめ面しながら盛大にパイプの煙を噴き上げる親方。石動は腕組みして、考え込む。

「では、どこから来たんでしょうね。この郷に影響が出なきゃいいけど・・・・・・」

「まあ、神殿騎士団が調べに行ったんなら大丈夫だろう。もしかしたらツトムの欲しがる火の魔石が手に入るかもしれんぞ?」


 ガハハハッと威勢よく笑い飛ばした親方だったが、眼が笑っておらず表情は今一つさえなくて、親方が感じている異変への不安を石動は感じたのだった。

 昼食後はまた全員で槌をふるい、少し残業しながらもなんとか注文を捌いた親方は上機嫌にパイプをふかし、疲れて帰る石動を見送る。

「ツトム、今日は助かった。一つ借りにするから何時でも言ってくれ」

「いやいや、親方にはいつも世話になっているのに恩返しが出来てなかったから、ちょうど良かったですよ。貸しだなんて思ってませんから」

「うーむ、そう言ってくれるのは嬉しいが・・・・・・。まあ、遠慮はするな」

「ではそうします。じゃあ、お疲れ様でした」

 

 右手を差し出してきた親方の掌を、お互いの顔の前でバシッと合わせて笑顔で別れる。親方の笑顔に昼の不安げな眼の光はもう無かった。



 その夜、神殿内の自室で石動はマジックバックから出した材料や器具を使って、紙巻薬莢の実包を造っていた。

「(火の魔石を錬成した雷管もどきはあと10本しかないから、400発は撃てる計算か・・・・・・。手持ちの実包が200発くらいだから、もう100発は作っておきたいな。作った分はマジックバックに仕舞えばいいんだし)」


 石動は一度はベットに入ったもののなんとなく落ち着かず、寝付けないので起き上がり単純作業である実包づくりをすれば眠気が来るかもと思って始めたのだ。

 意に反して眼は冴えてしまい、眠気が来る気配はない。


 予定の100発を作り終えて、手元の携帯を見ると時刻は深夜を過ぎていた。まだ眠くならないので、もう少し余計に作ろうかそれとももう横になろうか迷っていると、窓の外から聞きなれない半鐘を鳴らすような音が聞こえてきた。


 石動が何だろう、と不審に思って窓を開けて外を窺うと、夜の闇の底にオレンジ色に光る何かが見えた。

「・・・・・・火事かな?」

 あまり気にしていなかったので気が付かなかったが、城塞の何箇所かに物見櫓のようなものがあり、そこにある半鐘が鳴らされているようだ。

 暫く様子を窺っていると、だんだん騒ぎが大きくなるにつれてオレンジ色の光が見える範囲が広がっているように見える。

 と、大きく炎が夜空に吹き上がると、悲鳴とともに狂ったように叩かれる半鐘の音が響いてきた。


「(これは只事では無いな)」


素早く着替えてサーベルベアの皮鎧を纏い、腰に小剣、背中に着剣したシャープスライフルをスリングで背負ってマジックバックの中の弾薬や万一のためのボウガンなどがあることを確認すると、石動は部屋を出て駆けだした。


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