試射
ようやくシャープスライフルが一先ず完成しました。
今回は大切な照準合わせ(サイトイン)です。
早速、ペレット状雷管をあきらめた石動は、師匠の家にある火の魔石を一つ譲ってもらうことになったが、親指の先くらいの大きさでなんと金貨1枚もする。魔石専門店で購入するともっと高いという。
師匠によると魔石を加工するには、ただ削って填め込めば良いというものではなく、叩いて爆炎が出るように錬成しないと駄目とのことだった。
つまり魔石とは魔法を発生させるための触媒であり、魔物は体内にある魔石に魔力を通すことで火を吐いたり、ファイヤーボールを飛ばしたりする訳だ。
それを魔力の無い人間が使用するためには錬金術で加工して魔石に方向性を与えることで、暖房や魔導コンロの燃料となったり、冒険者が使う着火用魔道具のような点火器具になったりするらしい。
今回の魔石のことで、石動は自分が如何に前世界での知識にこだわり過ぎ、この世界のことを理解しようとしていなかったかを痛感し反省した。
既にライフリング切削の時に思い知っていたはずなのに、銃すら無いようなこの世界は遅れていて、前世界の科学知識の方が遥かに進んでいるのだからそれを再現しなければ始まらないと考え、自分の方が知識チートだと思いあがっていたことに気付いたのだ。
なぜこの世界のことをもっと謙虚に学んで、この世界の材料を理解し使用しようとしなかったのか。
しょせん「錬金術」だのなんだの言っても非科学的なものだと何処かでバカにしていなかったか?
でも結局は師匠や親方らの知識や力が無いと何も出来ていないのではないのか?
この世界は厳しい。
争いが絶えず、治安も良いとは言えない。生活水準は中世ヨーロッパ並みだし、魔物まで居る。
その上まだエルフ種だけしか会っていないが、この世界の人間の戦闘能力や体力は石動の考える人間のレベルを超えている。
これはやはり個人のスキルレベルによるもののようだが、今のままじゃ到底まともに戦って勝てるとは思えない。
だからこの世界のあらゆるものと対等になる為、自分がそれらと戦っても生き残っていけるように銃を造ろうと思ったのではなかったか。
そのためにはもっと貪欲にこの世界のことを学ばなければならない。
石動は自戒を込めて、そう固く心に誓った。
本来、シャープスライフルの雷管キャップを嵌め込むところに魔石をセットするには、魔石自体を直径5ミリ程の円柱状に切り出す必要があり、師匠によるとそれも魔法陣で作業可能だという。
いきなり魔石でやって失敗すると高くつくので、石動は他の石で切り出しと方向性付与の練習を師匠に教わりながら始めることとなった。
3日かけて千を超える石を切り出し、やっと師匠の合格を貰った石動は緊張しながら火の魔石に挑んだ。慎重に錬金することで何とか切り出しと方向性付与の錬成を成功させることが出来たので、シャープスライフルの雷管部に嵌め込んで点火実験を行うこととなる。
テスト用のシャープスライフルの機関部を実験室の台の上に固定し、用心鉄のレバーを下げて薬室を解放すると、弾頭を付けず空砲とした紙巻薬莢を装填するとレバーを戻してフォーリングブロックを閉鎖する。
紙巻薬莢とは金属薬莢が一般化するまでの間に実際に使用された簡易的な薬莢で、文字通り弾頭を紙で巻いており、弾頭の後ろの巻いた紙の空洞に火薬を注ぎ詰めてから、巻いた紙の末尾を折り畳んで油脂や蝋で固めたものであり、発火すれば紙の薬莢は火薬ごと燃え尽きて排夾する必要がない。
今回の空砲では弾頭の代わりに蝋で造ったワックスを詰めた。
薬室右側についた巨大なハンマーを起こしたら、引き金につけた紐を持って安全な盾の後ろまで下がる。
そして紐を引いて引き金を落とすとハンマーが倒れ、雷管部に埋め込んだ魔石を叩いた。
バンッ!
発砲音と共に黒色火薬特有の白い煙が、勢いよく機関部の先からもうもうと噴き出した。
無事薬室内の空砲に点火出来たようだ。
狭い防音室の中に火薬の臭いと煙が充満する。石動はこの夏の日に花火をした時を思い出させる火薬の臭いは嫌いではない。
ライフルに近づきレバーを下げてフォーリングブロックを解放し、薬室内に問題が無いことを確かめると、空砲をまたセットして実験を続ける。
結果として直径五ミリ長さ1センチの火の魔石を使用すると42回発砲することが出来、不発はゼロという満足する結果を得ることが出来た。
「(魔石一つで大体40発だと思えばいいな。次の目標は金属薬莢カートリッジの開発だけど、それまではこのシャープスライフルをちゃんと使えるようにしなければ)」
石動はまだまだ旧式ながらライフルらしきものが出来たことが嬉しかったが、自嘲を込めて思う。
「(まだ自分の銃製造レベルは前世界の19世紀並みということだな。そうだ、神殿に帰ったらラタトスクに錬金術レベルが上がったか、見てもらおう)」
神殿でラタトスクのスキルで錬金術レベルを見てもらうといつの間にか「レベル7」に上がっていた。
師匠の「まだまだ修行だな。ホホホッ。」という声が聞こえたような気がして、うれしさ半分な気持ちになった石動だった。
◆
モーニングルーティンを終え、朝食を済ませた石動は神殿騎士団の弓射場に向かった。
昨日のうちに機関部に銃身を捻じ込み、銃床などを組み上げたシャープスライフルに照準器を合わせるのに試射を行なって、照準器の調整をするためだ。
射場の管理人に許可を貰って一番端を借り、100メートルと300メートルの的に標的を張り付ける。
弾丸はシャープスライフルで最も大口径の50‐90弾や50-110弾を真似して紙巻薬莢で作成してみたものを使用する。
ライフリング切削が上手くいき、銃身も高圧に耐えられるよう硬度の高い炭素鋼で造れたので、強装弾である火薬を増量したオリジナルの50‐130弾も試してみるつもりだ。
弾頭も400から700グレインまで幅を持たせてデータを取ってみる。
ちなみに50-90弾とは50口径(13mm)で90グレイン(5.7グラム)の火薬を詰めた弾という意味で、一般的な440グレインの弾頭を発射すると初速は1749ft/s(533m/s)、エネルギーは2989ft.lbf(4053ジュール)に達する。
一般的に鹿一頭を倒すには1000ft.lbfのエネルギーが必要と言われているので、充分すぎる性能と言えるだろう。
これは石動がレミントンM700で使用していた.308ウインチェスター弾と比べると、.308ウインチェスター弾では150グレイン(10g)の弾頭を発射した時、初速は2820ft/s (860m/s)となり、そのエネルギーは2648ft⋅lbf(3590ジュール)となる。
50-90弾は初速こそ劣るものの弾頭が重いため、標的に与えるエネルギーでは.308ウインチェスター弾を上回るので、黒色火薬を使用する装弾にしては優秀なものといえる。
口径が大きくて弾頭が重いというのは、特に生き物に対しての打撃力に大きなアドバンテージがある。
銃で撃たれた経験者の証言で、9ミリ口径で撃たれてもアドレナリンが出ている戦場では撃ち返すことが出来たが、45口径で撃たれるとその打撃力で全身の力が抜け、クタッと倒れてしまい反撃出来なかったというのが多かった。
元々アメリカ軍が45口径を採用したのも、その昔フィリピンでモロ族という部族を鎮圧する際、当時軍用拳銃は38口径のリボルバーを使用したが、モロ族の戦士はそれで何発撃たれてもアメリカ軍兵士に襲いかかって来たので、45口径のピースメーカーという西部劇に出る旧式を引っ張り出して使用すると、1発当たっただけで勇猛なモロ族戦士が倒れて、2度と起き上がる事は無かったという経験からだ。
FBIアメリカ連邦捜査局でも同様のデータと実戦での経験から、捜査員へ支給する銃に45口径を採用したことがある程だ。
その後弾頭や火薬の進歩により9ミリ口径でも充分な威力が得られるようになると、装弾数で劣る45口径は退役していくことになった。
それでもアメリカ軍の海兵隊や特殊部隊員を中心に、45口径信者は今でも非常に多い。
石動はサーベルベアのような巨大な魔物が居るこの世界で、威力の劣る黒色火薬で対抗するなら初期のライフル銃に習い、大口径の打撃力で初速の遅さをカバーするしかないと考えていた。
その上で石動は初速の遅さも火薬を増量して、少しでも改善出来ないか、試そうとしているのだ。
まず100メートルの的に向けて試射して照準合わせする。
映画や漫画の世界だと、ライフルの弾丸はどこまでも狙ったところへ真っ直ぐ飛んでいるように描かれがちだが、実際には山なりの軌道を描いている。
分かりやすい例だと、アーチェリーの試合などを見ると初速が遅いので矢が山なりの軌道を経て的に当たる様がはっきり見て取れる。ライフルはこれを小さな弾丸でもっと高速に飛ばしているわけだ。
ライフルの銃口の先にある照星と銃尾にある照門の関係は、僅かに照門のほうが高いため照星をそれに合わせると銃口も少し上を向くようにできている。
そのため、銃口から発射された弾丸は僅かに山なりの軌道を経て狙ったところに着弾するように設定されているのだ。
それを裏付けるものして、 スコープを300メートルで標的の真ん中に当たるようにした場合の30-06スプリングフィールド弾の弾道性能は、100メートルだと14センチ弱真ん中より上に着弾し、500メートルだと110センチ強真ん中より下に着弾するというデータがある。
如何に実際の弾道が山なりのものなのかが分かるだろう。
早速、石動はテーブルとイスをマジックバックから取り出し、その上にライフルを砂袋の上に置いて固定した。
弾丸は種類ごとに分けて並べ、ノートに結果を書き込めるように筆記用具も広げる。
ライフルのレバーを下げてフォーリングブロックを降ろし、薬室から直接銃身を覗きこんで100メートルの的の中心に向けて銃身の中心をセットしたら、照星と照門をそれに合わせて調整し、まずは50‐90弾から試射を始めた。
バァンッッ
1発づつ確認しながら続けて3発撃つと、3発の着弾が的の中心から右上30センチの所に固まっていたので、照星を少し下げ照門を左に着弾するように調整する。
その後、10発ほど撃ちながら何度か調整を続けると、ようやく的の中心Xに集まるようになってきた。
続けて5発撃ったが安定して100メートルの的の中心に着弾がまとまったので、今度はそのまま300メートルの的を狙う。
同じ弾で3発撃つと、中心より70センチも下に着弾していた。
そこで、銃身に取り付けた可倒式のラダーサイトを起こす。
オリジナルのシャープスライフルには、銃床の握り部分に折り畳み式のヴァーニア・タンサイトと呼ばれる精密射撃用のピープサイトが付いている。
石動はシャープスライフルに銃剣も着けて使用するつもりなので、オリジナルと一緒のタンサイトだと握りにくくて邪魔だったため、本当は陽炎が出やすいので銃身上は避けたかったが止むを得ず、起こせばピープサイトを備えたラダーサイトを設置してみたのだ。
ピープサイトはノブを回すことで上下と左右に動かして照準出来るようにしてあり、1目盛ノブを回すと300メートル先では約5センチ上がることが分かった。そこで14目盛上にピープサイトを上げて射撃するとほぼ真ん中よりに着弾がまとまった。
精密なスコープでのサイトインとは全く勝手が違うので大雑把なものだが、ほぼ狙ったところに着弾してくれるなら上出来だ。
石動はノートにデータを記録しながらピープサイトの目盛に目安となる数字を刻み、射撃を続ける。
40発撃ったら魔石を交換し、用心鉄レバーを操作してフォーリングブロックを下げて空気を通して銃身を冷却するとともに、銃身内に油を染み込ませた布を取り付けた棒を何度か通す。数回通しただけで、布が真っ黒になった。
銃身内を覗いて鉛などの汚れがライフリングにこびりついていない事を確認し、標的を貼りなおした石動は他にも用意した弾を試していく。
午後までかかって試射を一通り終えた石動が思ったことは、結果的に50-90弾に重めの550グレインの弾頭を付けたものが一番安定して精度が良かったということだった。
弾頭が重い分、大型獣に対する殺傷効果も期待できる。
1874年にアメリカ人のビリー・ディクソンという人が、第二次アドービウォールズの戦いの時に50-90シャープス弾(金属薬莢弾を使用)を用いて伝説的な1538ヤード(約1406m)の射撃を行ったという記録があると何かで読んだ事があった。
石動は現代の狙撃銃でも338ラプアマグナムを使わないと無理じゃね? と眉唾物に思っていたが、実際に使用してみると黒色火薬を使う旧式の紙巻薬莢のシャープスライフルでも捨てたものではなく、300メートルくらいなら必中弾を撃ち込める自信がついたのだった。
ちなみに50-130弾は試してみたら500グレイン以上の重い弾頭だと、反動と発射煙が凄すぎて非常に使い難いことが分かった。
ただ、軽めの330グレインの弾頭を付けた弾はなんとか撃てない事も無く、100メートルでゼロインして300メートルの標的を撃っても30センチしか下に着弾がずれていなかったので、長距離狙撃用にキープすることに決める。
火薬増量で初速アップの効果は狙い通り出ているようだ。
50-110弾はその中間の性能で何やら中途半端な気がして、今回は採用を見送ることとした。
試射の間中、神殿騎士団のエルフ達が自分の弓の訓練を放り出して見物しに来たため、石動の射場の後ろは見物人で黒山の人だかりになってしまい、いちいち撃つたびに背後で当たったとかまた外れただのワイワイと評論されたり、何かと質問をしてくる者がいたりで集中力が切れたりしたのも訓練の一環だと思うことにしておく。
石動は黒色火薬は金属に対する腐食力が強いので、素早くシャープスライフルを分解・掃除すると、設置したテーブルや椅子などと一緒にマジックバックに仕舞った。
ふと気になって袖や肩など上着の臭いをクンクン嗅いでみる。
「うわっ、体中に火薬の臭いが染みついてる! 帰ったらまず風呂に入らないとな」
今日は得るものも多かったが、何やら精神的に疲れたので早めに神殿へと帰るべく射場を後にした。
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