シャープスライフル
ようやくライフルの形が見えてきます。
翌日、朝のルーティーンと朝食を済ませた石動は、昨日思いついた事を一刻も早く試してみたくて、親方に相談すべく鍛冶場へと急いでいた。
鍛冶場に着くなり親方にサーベルベアの素材をライフリングマシンの切削刃に組み込む相談を始めると、勢い込んで話す石動に驚いていた親方も真剣な表情に変わり、細かい打ち合わせの後にとりあえず試作してみることになった。
異世界らしい金属ではない魔物の素材をスキル「鍛冶」で加工するにはそれなりのスキルレベルが必要で、石動も親方の指導を受けながらの試行錯誤となる。
以前から悩みの種だったライフリングを切削するための「フック」の素材を魔物の素材で試すのは良いが、魔物素材を大きな刀剣と違って小さなパーツに加工するのが意外なほど難しく、石動には荷が重くて親方の手を借りないと困難だった。
素材もサーベルベアだけではなく、親方がグレートウルフの牙やコカトリスの爪などを在庫から引っ張り出して試し始めた。
最終的には、鍛造炭素鋼で造ったバレルにはサーベルベアの爪から作ったフックが最も切削加工しやすいと分かって製作に没頭すること7日。
石動や鍛冶場の全員が見守る中、親方がライフリングマシンのハンドルを勢いよく回す。
なぜ親方なのかというと、鍛冶場の中で一番身体が大きく力が強いからだ。
冷却用のオイルが飛び散る中、フックが銃身の中を行き来するのを、石動はマシンが正常に動作しているかどうか確認しながら見つめている。
親方がへとへとになり次のエルフに交代しようかという時、何度も銃身内を往復していたライフリングマシンがライフリングを切り終えた。
銃身を固定していた万力から外して、窓の明るい方へ向けて銃身を覗き込むとキレイな螺旋を描いた50口径のライフリングが完成していた。
「うぉー!! やったぁ!! ちゃんと出来てる! 親方、みんな、ありがとう!」
石動はやっとライフリング加工が出来たことへの安堵と達成感を感じた。
そして親方をはじめ仲間たちの協力でここまで来たことに感動し、込みあけてくるものを抑えきれないでいた。
そのため、親方や鍛冶仲間たちから笑顔でバンバン叩かれる背中や肩の痛みによって余計に涙ぐみながら
「ありがとうございました! 」
とお礼を繰り返していたのだった。
何とか銃身は出来た。
次は機関部だ。
石動はこの段階で金属薬莢と雷管を使用したカートリッジ式の銃器の製造を保留にして、単発でも長距離射撃が可能な、あるライフルの製造に取り掛かることに決める。
それはアメリカ南北戦争にも使用され、西部開拓期に「バッファローガン」として有名だった「シャープスライフル」だ。
シャープスライフルは、1848年にアメリカ合衆国のクリスティアン・シャープスが設計した大口径単発形式の小銃で、1881年に生産終了となったが長射程および正確性により高い評価を得た銘銃だ。
シャープス銃はフォーリングブロックという特徴的な銃尾閉鎖機構を持っている。
レバーアクション式のウインチェスター銃のようにレバーを下げると、ブリーチを閉鎖している部品が垂直に下降する。
薬室に弾薬を装填できるようフォーリングブロックの上部は凹状になっていて、弾薬を装填後はレバーを戻してブリーチを閉鎖し、銃尾右側にある大きなハンマーをコックして撃発するという単発銃であった。
現代の銃でこの方式を使用している物は無いが、大砲などの閉鎖機構はフォーリングロックであり、信頼性は抜群だ。
また「バッファローガン」と呼ばれたのは、当時広くアメリカ大陸に生息していたアメリカンバッファローを狩るのに使用されたためで、巨大なバッファローを一発で倒す大口径・高威力の弾丸を使用して長距離射撃用にカスタムされ、1800年代に黒色火薬使用なのに1000ヤード(910メートル)での標的射撃に活躍した銃でもある。
もちろんそのような長距離射撃は高圧に耐える金属薬莢を使用した場合のモノではあるが、石動がシャープスライフルに注目したのは初期の発火方法に面白いものがあるからなのだ。
金属薬莢以前のパーカッション銃は、銃弾と火薬を薬室に詰めハンマーが打つところに雷管をセットし、薬室にある装薬を発火させるのだが、シャープスライフルはその雷管を巻紙状にしてセットするようにしていた。
ペレット状雷管というもので、昔駄菓子屋で売っていた巻き玉火薬のおもちゃの鉄砲と基本的には同じである。ハンマーを起こすと巻紙が動いて次の雷管がハンマーの下にセットされ発火される仕組みだ。現実にはこの巻紙式は湿気に弱く不評で短い期間しか採用されなかったようだが。
「う~ん、これでうまくいくと思ったんだけどなぁ・・・・」
石動は頬杖を突き首を傾げ、机に固定したシャープスライフルの機関部のみのユニットを眺めながら眉間にしわを寄せ悩む。
パーツを組み上げたユニットに巻紙式雷管モドキをセットして、ハンマーとトリガーの動作の調整と同時に発火実験を繰り返していたが、上手くいかなかったからだ。
「火力が弱いんじゃないのか? ツトムの言う"かんしゃく玉"だっけ? リンの量が少ないのではないか」
石動の前にハーブで入れたお茶のコップを置いて、顎髭が印象的なエルフが自分のティーカップを優雅に口に運ぶ。
外見は50代くらいのナイスミドルに見えるエルフで、白い顎髭を某魔法学園の〇ンブルドアの様に生やしているのは石動の錬金術の師匠であるノークトゥアだ。
本名は非常に長い名前らしいので、石動は単に「師匠」と呼んでいる。
石動が「錬金術師」と聞いてイメージしていたのは、魔女のように薄暗い地下室で大鍋の中にヤモリのしっぽとか入れた紫色の煙が発生する禍々して液体を薄笑いしながら長い木のへらでかき混ぜている危ない人か、片腕が金属製の義手で背が低くフルプレートメイルを着た大男を連れた金髪の人、というものだったが、ラタトスクに教えられて訪れた先は普通の倉庫を改造した一軒家であり、中から出てきたのも白衣を着て顎髭を生やしたエルフだった。エルフなので、スタイルの良いイケメンであり白衣が似合っていた。
中に通されて研究室に入ると、まさにどこかの大学か企業の科学実験室の様で、壁には各種の薬品や化学物質の粉の入った瓶がラベルごとに分類されて数多く並び、鍵がかかるようになっている棚に保管されている。
いくつもあるテーブルには様々な形のフラスコやビーカーなどのガラス製の器具が設えられ、アルコールランプで蒸留中だったり、ピタゴラスイッチの様にどうつながるのか一目では分からない装置などが並ぶ。
「錬金術」というものに対して、アニメやラノベでの知識しかない石動は、その科学的な雰囲気を意外に思い新鮮な思いを感じていた。
そしてさっそく興味がわいた石動は、師匠に弟子入りして一から教えてもらうこととなったのだった。
学んでみると錬金術は「錬成!」と叫んで両手を合わせれば魔法陣が浮かび上がり、石の柱が生えてくる感じで考えていた石動のイメージとは違い、実験をメインとした基礎科学に似たものだった。
色々な物質を「抽出」して「調合」し、他の物質を加えて「錬成」「組成」する。
そうやって生まれた新しい化合物を「加工」し、薬や合金などの素材、加工物へと変化させるものだった。
前世界と違うのは、そういった作業の中の「抽出」とか「錬成」といった工程を錬金術師たちが生み出してきた「魔法陣」の上で行うことで、錬金術師のスキルレベルに応じて魔法陣上での作業の難度が上下することだった。
魔法陣自体は既にある既存の物を使用すれば良いが、より高度な精度を求める錬金術師はその魔法陣に改良を加えることで錬金術師としてのレベルの高さを示すらしい。
例えばある魔法陣を使って作業すると、鉄鉱石から鉄のみを簡単に「抽出」でき、まるで魔法の様に鉄のインゴットに「錬成」出来る。
ただ希少な物質などは既成の魔法陣の精度では上手く抽出できなかったするので、如何に高度な技術が組み込まれた魔法陣を作り出せるかどうかが錬金術師の腕の見せ所となるわけだ。
実際、師匠の作ったオリジナルの魔法陣があっても石動のレベルが低いせいで全く使用できなかった。
半年学んで、やっと師匠から好きに素材や初歩的な魔法陣を使って良いという許可を得た石動は、ようやく念願の雷管づくりへと取り掛かる。
師匠の研究室の一番奥には、防音・防火用の頑丈な二重ドアがある危険物を扱う時のためのコンテナのような設備があり、その日からそこが石動の定位置となった。
石動が作ろうとしているのは、前世界でいう「かんしゃく玉」を巻き玉火薬状にしたものを雷管代わりにしようとするものだ。
雷管を造るのは難しい。
なら、それに近い性質のものはないかと考えた時、思いついたのが昔に運動会で使用されていた平玉火薬を使ったスターターピストルとかんしゃく玉だ。
小学生のころ、科学の月刊誌にマッチを使ったかんしゃく玉作りの記事が載っていて、作ってみたくなった石動は家じゅうのマッチとアルミホイルでかんしゃく玉を造っては破裂させ、母親に怒られた事があったのだ。
それを思い出した石動は、非常用防水ケースに入れていたアウトドア用のマッチをマジックバックの中に入れていたリュックから取り出し、それを師匠の所へ持ち込んで「マッチを使ったかんしゃく玉」を造って見せ、これと同じものを造りたいと相談したのだ。
マッチは少ししかないので、この世界にある材料で再現できないと意味がない。
マッチの材料である塩素酸カリウムは、師匠が山にある鍾乳洞から採ってきた石灰乳から抽出し塩素を反応させ調合した塩素酸カルシウムを素材として持っていたので、それを師匠の魔法陣で錬成してもらうことで製造出来た。
硫黄も錬金術の素材として師匠が持っていたし、リンも尿から精製したものを錬金術素材として師匠が抽出するノウハウを持っていたので教えてもらい製造出来た。
これらを配合するのだが、塩素酸カリウムと硫黄やリンは接触するだけで爆発することがあり、本来は非常に危険だ。こういう時に魔法陣のチートな性能に感謝しながら作業を進め、衝撃を与えた時に擦れて発火するように少量の砂を混ぜて加工する。
それから衝撃から守るため本来のかんしゃく玉なら石膏で表面を固めているが、巻き玉火薬に加工するためにいろいろな素材を試している所だった。
可燃紙でカバーしたら発火した後、全ての火薬に類焼して爆発し、機関部が吹っ飛んだこともあった。
師匠の提案で沼に住むカエルの魔物の粘液を染み込ませて乾燥させた布が一番良いことを発見し、何とか異世界版ペレット状雷管モドキは完成した。
テストしてみたら、引き金を引いてハンマーが落ちると派手な音と共に爆発してくれるものの、薬室にある黒色火薬に着火できる時と出来ない時があって、不発率が7割を超えることが石動を悩ませていた。
「う~ん、指向性が必要なのか・・・・」
金属製雷管は金属のキャップの中に爆轟素材を封じ込め一方向だけにその火力を解放しているので、金属薬莢の底に空いた穴に向けた火力は確実に薬莢内部の推進薬を発火させる。
今、石動の作った巻き玉火薬は火皿の上で全方位に向けて爆発しているので、危険な上、火力の方向が定まっていないため無駄が多く、結果として薬室内の推進薬である黒色火薬に着火できないのだ。
「かといって、このかんしゃく玉をキャップ状にする技術は今の自分には無いしなあ・・・・。もっと鍛冶と錬金術スキルのレベルを上げないと難しいか」
すっかり冷めてしまったハーブティーをすすりながら零していた石動に、困った子供を見るような顔をしてそれを眺めていた師匠が、ハーブティーを呑みながら笑い声をあげる。
「ワシなら銅の中にそれを詰めるくらいは簡単だがな。地道に錬金していけばいずれスキルのレベルは上がる。私ももう300年ほど錬金術を極めんとしているが、未だに修行中の身だよ。ホホホッ」
イラッとする石動だが、出来るようになるという見込みが立つのは有難い。
「師匠、ちなみにどれくらい修行すれば、雷管サイズの銅のキャップにかんしゃく玉を詰めることが出来るような錬金が可能になりますか?」
「そうよな、大きいものから段々と小さくしていって、一万個も造ればそのサイズまで出来るようになるんじゃないかな」
「げぇ! そんなに材料もないよ。仕方ない、地道にやっていくしかないか・・・・」
見た目は苦み走ったいい男でジェームズ・ボンドを演じた俳優の誰かに似ているほどなのに、笑い方や性格がいろいろ残念なのが師匠だ。さらに言えばナイスミドルな顔に〇ンブルドア風の顎髭は付け髭みたいで似合わないと石動は思っている。
本人曰く、髭がある方が威厳があるだろ? とのことなのだが・・・・・・。
もっとも外見は50代に見えても、エルフらしく実年齢は500歳近いらしい。ラタトスクによると錬金術スキルのレベルがもうすぐ50に達するらしく、この世界では有名人なのだという。
「ところでツトム。確認だが、お前が目指すのはその薬室にある火薬に火を着けたいんだよな」
石動が製造するまで、この世界には黒色火薬すら存在しなかった。硫黄はあったが薬として錬金されるものであり、当然の様に硝石も無かった。
そのため、黒色火薬のために硝石を求めて集落のトイレの周りの土を掘り起こす石動を、最初エルフ達は変態でも見るような奇異の眼で見ていたのだ。
硝石を知ってからは師匠も石動に協力的になり、トイレだけではなく家畜の死体などを集めて埋め錬金術スキルを発揮して促成栽培することに成功するようになった。
その結果、今では大きな木樽に10個ほどの黒色火薬を備蓄出来ている。
「ツトムのやり方を見ていたけど、なんか無駄が多いような気がしてね。どうしても火薬に点火するのに雷管だったか、それを爆発させないと駄目なのかな?」
「えっ、どういう意味でしょう?」
師匠は椅子にもたれて右手を頬にあてたポーズをとり、悪戯っぽく目を輝かせて石動を見る。
「うん、最初から見てて不思議に思っていたのだが、普通に火を発生させるだけで良いのなら火の魔石を使う方が簡単なんじゃないかな?」
「ええっ、火の魔石、ですか・・・・?」
「そう、火の魔石を錬金してその火口に埋め込めば、魔石の大きさにもよるがハンマーで叩く度に数十回程度は火を薬室に向けて発生させられると思うがな」
「・・・・・・」
全くそんな発想が無かった石動は唖然として師匠の顔を見つめていたが、我に返るとその火の魔石を錬金するやり方を教えてくれるように師匠に迫っていた。
「師匠!! もっと早く教えてくださいよお! 悩んでた自分がバカみたいじゃないですかぁ!」
「だってツトムが"これと同じものを造りたい!"って言ったんじゃないか。だから素材も揃えてやったし、どうしても同じ物じゃないと駄目なのかなと思うだろ?」
「そりゃそうですけど・・・。自分、魔石なんて知らないですよぉ!」
「モノを知らんおぬしが悪い。もっと精進しないとな。ホホホッ」
お読みいただきありがとうございました。
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