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プロローグ 「耳ナシ」

初めまして。

初投稿です。

誰か、読んでくれるといいなぁ~。

-202X年12月某日、北海道S郡S町−


石動 勤(イスルギ ツトム)は、昨日の夜から今朝にかけて降った雪が新雪となって積もった、白樺林の中を走る山道を苦労して抜けた。ようやく山の稜線へ出たところで、ほーっと長く息を吐いて整えながら登ってきた道を振り返り、景色を見下ろす。だいぶ息が上がっている。


スノーシューを履いた足を止めて、手には折り畳み式のストックを突いている。


「おおっ〜!! あれはオホーツク海か! だいぶ登ってきたな」


眼下には一面の雪景色と、足下に広がる青松と白樺の森が見渡せ、その先にはオホーツク海が灰色に鈍く光って見えた。


車を麓の駐車場に停め、既に4キロほど登って来た。

気温はマイナス10度近いが、ゴアテックスの防寒着のおかげで寒いどころか、モンベルの下着は薄ら汗ばんでいる。

 ようやく少し呼吸が整ってきた。

 気温が低いので大きく息を吸うと、鼻が冷たい空気でツンとする。


「よし、もう少し頑張るか」


石動は右肩に掛けたライフル銃の入ったシースとリュックの位置を揺すって直し、また歩き出した。

これから稜線から山肌を沢へと下り、前方に臨む山の中腹辺りにある森を目指す。

地元の猟師をしている先輩に、其処でデカイ雄鹿を見たとの情報があったと聞いたからだ。


自衛官である石動が休暇をとって蝦夷鹿猟をするべく、退官して北海道に移住したハンター仲間の石田先輩を訪ねたのは2日前のことだった。

昨日は二人で出猟したものの雄鹿には逢えず、代わりに大きめの雌鹿を一頭射って仕留めていた。

そして昨晩、石田先輩の友人達も呼び、鹿肉の焼肉パーティーを催した時、その友人が立派な雄鹿を見たと場所を教えてくれたのだ。



「そんなにデカい雄鹿だったんなら、なんで撃たなかったんです?」


石動は鹿ロースの焼肉を頬張りながら、石田先輩の友人である目撃者の清水さん(30歳)に尋ねた。ついでに缶ビールを大きく呷る。


 美味い。


 ジュゥゥっとバーベキューコンロの上で、鹿ロースが旨そうな音と匂いをふりまいていた。


「う~ん、そん時は俺、雄鹿一頭仕留めて帰ってるところだったもんなぁ。雄鹿は一頭以上撃つと狩猟法違反なのは知ってるべ? アイツはオレが仕留めた奴よりデカくて角も立派だったからさ、ちょっと心が揺れたけどな」


清水さんはそう言って、ガハハと笑い出す。ビールもだいぶ進んでいるようだ。


「距離はどのくらいだったんですか?」

「ん〜、だいたい300〜400メートルくらいじゃねーかな? なかなか用心深い奴で、200メートルくらいに近づいたら群と一緒に逃げてったよ。双眼鏡で見たけど、角は3ポイント以上、ひょっとして4ポイント有ったかもしれんな」

「おおっ、そりゃ良いっすね!」


 逃した魚は何時も大きいモノなので、話半分に聞く必要があるだろう。

 しかし、石動としても既に雌鹿は仕留めて鹿肉はある程度確保出来たので、当初の目的である雄鹿を狙いたいのが本音だ。


「そう言えば石動くんの道具(ライフル)って、何使ってんの?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 石動の眼が輝いて頬が緩み、身を前に乗り出した。

 石田先輩は「あ〜あ、長いぞこれ。」と言い、缶ビール片手にニヤニヤしながら、清水さんを憐むようにながめた。


「私の愛銃はレミントンM700のカスタムで口径は.308口径26インチのクリューガー製カスタムバレルに換装してます。ストックもマクミランのシンセティックストックにしてトリガーも2段階のセットトリガーにしましたから引き味も最高なんですよ! スコープは国産最高級のMarch製3-24×42FFPスコープを載せてまして以前使ってたツァイス製のスコープも良かったんですがそれより明るいし解像度も最高で言う事無いですね。ホントは口径も.308winじゃなくて.300ウィンチェスターマグナムか6.5mmクリードモアにしようかと思ってたりしたんですが弾代も馬鹿になりませんしーー」

「おいおい石動、それくらいにしておけ。清水がビックリして固まってるぞ」


 石田先輩が笑いながら、息次ぐ暇もなく捲し立て身を乗り出して清水さんに顔を近づけていた石動を諫める。

 石動は、ハッと気が付いたように乗り出していた身体を元に戻し、清水さんに頭を下げた。


「すみません、調子乗っちゃって。自分、銃オタクなもんで、銃の話始めると止まんなくなっちゃうんですよ」

「お、おう。ちょっと驚いたけど大丈夫だ。石動くん自衛官だっけ? そりゃ天職だな」


 清水さんが苦笑いしながら、ビールを飲んだ。

 石田先輩が鹿ロースを口一杯に頬張りながら得意げに箸を振る。


「今じゃ第一空挺団でレンジャーしてるんだよな。しかもスナイパーときた。大したもんだよ」

「でも、銃の腕は先輩のほうが上だったじゃないですか」

「ふざけんな、自衛隊体育学校の特体(特別体育課程)にスカウトされて世界大会でメダル採ってたような奴に言われたくねえよ。そのまま続けてればオリンピックで金メダルの可能性もあったのに、何故かコイツ第一空挺団を希望してきたんだよな」

「いや~、あれは若気の至りでしたねぇ」


 石動がニヤニヤしながら頭を掻くふりをする。


「空挺団で3年くらい一緒だったか。同じ分隊で飛んで、オマエがレンジャー資格とスナイパー課程取った後、急に2年くらい他所に行ってたよな? あんときは特戦にでも行ったのかと噂になってたんだぞ」

「国家機密です。黙秘権を行使します」

「やれやれ、同じ『石』が付く苗字同士で組んだ『ストーンズ』も解散かぁ?」


 石動と石田先輩が顔を見合わせてアハハッと明るく笑い合う。


 清水さんが怪訝な顔して先輩を見る。

「トクセンって何?」

「ああ、自衛隊の特殊作戦群っていうトコがあってね。まあ、所謂、特殊部隊ってヤツさ」


 先輩は石動を見てニヤリと笑う。


「ところで今、仕事で使ってるのはM24狙撃銃だろ? オマエがレミントンM700を使うのはM24が元々M700をベースにしたヤツだからだよな? あっちの方がお前のより全然高性能なんじゃねーの?」

「いや、私のだって負けてないですよ! 良いですか、私のM700はさっきも言った通りバレルからして違いますし」

「ああっ!!もうわかったから、これ以上の説明は要らん!」


 男達の酒盛りは続き、炭火で焼かれる鹿肉をサカナに缶ビールの空き缶が積み上がっていくのだった。






 酒盛りの翌日も冬の北海道にしては雪も降らず、良い天気だった。

 ただし、気温は氷点下だ。


 今日は、先輩は他の仕事でどうしても外せない用事があるとのことで石動の単独での出猟となった。


 石動にとっては、毎年訪れていて勝手知った土地であり、自衛隊の中でも最も訓練が厳しい第一空挺団の現役レンジャー隊員にとって一人での山歩きなど全く苦にならないものだ。


 雪の斜面を下りながら、石動はそろそろ雄鹿の縄張りが近い可能性が高いので時折、ツァイスの双眼鏡で周囲を見廻しながら進む。


 沢まで降りたところで、水場から白樺の森へ続く山肌に積もった雪の上に、鹿の群れの足跡があるのを見つけた。


 足跡の重なり具合から見て、5から6頭ほどの群れの様だ。

 この群れに狙う雄鹿がいるのかは分からないが、未だ新しいその足跡を追う事にした。

 狩猟法で雄鹿は一頭しか獲れないので、慎重に見極める必要がある。



 1キロ程足跡を追って登った先の白樺林で、石動は鹿の群れを発見した。

 木の陰になっていて分かりにくいが、6頭いる様だ。

 木立の陰にしゃがみツァイスの双眼鏡の倍率を上げて、呼吸と共にブレる画像を見詰めて雄鹿を探す。


 居た!!


 更に双眼鏡の倍率を上げてみると、その雄鹿は周りの雌鹿より一回り大きいのが分かる。

 角も3ポイント以上有るのは間違いない様だ。

 音をたてない様に、ゆっくりとリュックのポーチからブッシュネルのレーザー距離計を出し、雄鹿迄の距離を測ってみた。


「400メートルちょっとか」


 呟いた石動は続いてKestrelの風速計を取り出し、風を確認する。

 この時間は山頂から吹き下ろす風なので、石動の位置は風下にあたる。

 愛銃であるレミントンM700を銃シースから出した石動は、出来るだけ近づくことにして静かに動き出した。



 近づいてくる石動の気配を感じたのか、雄鹿が顔を上げて、固まった様にじっとし「木化け」している。

 周りを警戒している証拠だ。

 群れの雌鹿達も同様で、必死に匂いを嗅ぎながら耳だけを動かしている。

 野生動物達の嗅覚は素晴らしく、1キロ先の銃の鉄の臭いを嗅ぎ当てる。


 群の横に回り込もうにも切り立った崖の下は沢になっていて、そちらからは接近できなかったため、風下から慎重に接近したので未だ逃げられていないが、これが限界の様だ。

 

 距離計によると220メートルとあり、風は左から手前に3メートル吹いている。やや撃ち上げか。

 防水ポーチに入った携帯を取り出した石動は、バリスティックアプリを起動させるとデータをアプリに入力した。

 アプリに射撃に必要な各種データを打ち込むと、アプリが計算しM700に載せたMarch製スコープの修正クリック数が表示される。


 石動のライフル銃は無風状態の射撃場で、100メートルの距離でスコープのスコープの照準を合(ゼロ・イン)わせてしてあるため、そのまま撃つと着弾点がずれてしまうので修正が必要なのだ。


 石動も以前は、自衛隊での訓練では自分で自分で弾丸の特性や距離に応じた一覧表を手帳に書いていたり、ストックに貼ったりしていた。


 しかし米軍の海兵隊スナイパー研修に参加した際に、海兵隊員達が携帯にインストールしたバリスティックアプリを使っているのを見て、自分も使ってみるとその信頼性が意外と高い事が判り、今や離せなくなってしまったのだ。


 もちろん今でもデータは取っていて自分で計算して修正はしており、アプリの数値が自分の計算と合致するかを確認して実行するようにしている。

 

 また余裕のない時はいちいちクリックでの修正せず、スコープ内のレティクルを使って狙点を変えることで対応することもある。

 あくまで狩猟もスナイパー訓練の一環と考える石動にとって、今の様に時間の余裕がある時はアプリも併用してスコープの修正をすることで自分の計算と合致するか確認し、確実を期す方が訓練になると考えていた。


 スコープの上と右に付いたダイヤルをアプリに表示されたクリック数回して、スコープを覗き、倍率を上げて調整する。


 倍率を上げたためブルブルと震える画像を少しでも安定させるため、ゆっくりと石動は腹這いになり、リュックの上にライフルを委託する形で、伏せ撃ち(プローン)射撃姿勢をとっていた。


 スコープの中で雄鹿が大きくなり、石動の心臓の鼓動や呼吸に合わせて細かく揺れている。


 石動は音を立てないよう、慎重にレミントンのボルトを引き.308口径156グレインの弾丸を薬室に装填した。

 静かに息を吐きながら、意識して心拍数を抑えるイメージで集中し、バイタルゾーンである首の付け根を狙ってゆっくりとトリガーを絞る。


 ドゥーーンッ

 

 轟音と共に反動で跳ね上がる銃口とスコープの視界の中で、一瞬、雄鹿の首の付け根にパッと着弾した埃が立つのを見た石動は、素早くボルトを操作して次弾を装填し照準を再度雄鹿に戻す。着弾してから数歩走って倒れた雄鹿に合わせ、いつでも次弾を撃ち込めるようにスコープ越しに見つめる。

 他の雌鹿達はライフルの発砲音に驚いて駆け出し、逃げ去っていく。


 雄鹿が動かなくなったのを確認した石動は、ゆっくりと立ち上がり、リュックを背負い直すと、レミントンは手に持ったまま、雄鹿に向かって歩き出した。


 石動が雄鹿のところに着いた時には、鹿は完全に死亡していた。

 弾はバイタルゾーンを正確に貫いていて、どうやら苦しまずに即死させることが出来たようだ。


 自衛官でありスナイパーという、敵を狙撃し殺害する訓練を職業として受けている石動だが、実戦経験はないため当然、実際に人を撃ったことはない。鹿や猪などの野生動物は今まで猟の中で何度も撃ってきた経験はあるが、生き物を殺すことに対する忌避感も今のところ感じたことはない。


 "人間は銃を持つことで初めて動物と対等になれる”という台詞を誰かの小説で読んだ事がある。


 石動は実感としてただの人間が素手で猪と対等に戦うことは無理ゲーだと思うし、鹿だって倒せるか怪しいと思っている。釣りで海の魚を取るのに素手ではなく銛や釣り竿を使って釣るではないか。

 道具が無いと野生動物は捕まえられないし、海では釣り竿、陸ではそれが銃であるだけだと考えている。

 だいたい、魚なら平気なのに鹿や猪を捌くのを野蛮だと非難する人がいたり、嫌悪されるのはどうしてなのか?

 魚だって腹を切れば内臓が出るし、赤い血も流すのに。


 個人的な考えとして、相手が害意を持って襲ってくるならどんな相手だろうと反撃しても正当防衛だと思うし、ましてやそれが敵なら積極的に倒すのが軍人だ。でも、猟の獲物は逆襲してくる猪や熊もいるが全てがそうではないので、その命を奪うことの忌避感は無いものの、獲物に対する敬意と命をもらうことへの感謝は当然必要だろうと考えている。

 そんな考えから、今回も何時ものように石動は雄鹿の横に跪いて両手を合わせて頭を下げ、獲物の冥福と山の神への感謝を捧げた。


 それから頭を上げた石動は、腰に挿した松田菊雄作カスタムナイフの「ベツカムイ」を抜く。


 KIKU・KNIVESの「ベツカムイ」はブレイドの長さが12.5センチで、ベテランハンターの意見を取り入れた実用的なフォルムを持っている。OUー31鋼材使用のハマグリ刃のブレイドは切れ味が素晴らしい上に頑丈で、獲物の解体から薪割りまで使える、万能ともいえる性能を持つ。


 余りにこのナイフが素晴らしかったので、レンジャーでのタクティカル用に、同じKIKU・KNIVESの少し大きめな「BLAST」モデルも手に入れて、空挺団(しごとば)でも個人装備として使っている程、このナイフに惚れ込んでいた。


 以前はガーバーの旧いモデルである「マグナム・ハンター」を使っていて、ハイス鋼の鋭い切れ味が気に入っていた。ただ、ハイス鋼は切れ味は抜群だけど刃が錆易く、ロックウェル硬度62~63と非常に硬いため研ぎ難いのが難点なので、今ではバックアップとしてリュックに入れて持ち歩いている。


 昨日、雌鹿を仕留めて肉は確保してあるので腹は開かず、牡鹿からはそのトロフィーである角と頭、そして背中から開いて背ロースとヒレ、内腿の美味しい所のみを解体して持ち帰る事にした。

 血抜きの処理を済ませた石動は、雄鹿の背中からナイフを入れた。


 それにしても、大きい雄鹿だ。胸から尻尾迄の胴体だけでも170センチを超えているだろう。

 石動は大物を仕留めた嬉しさと、解体作業に集中していたため周囲への警戒を忘れていた。

 そして、ふと背後に何やら気配を感じて振り返ると、30メートル程先の白樺林のはずれにいつの間にかヒグマが姿を現していて、黒いビーズの様な目で石動を睨みつけていたのだ。


「大きいな・・・・・・」


 ヒグマは小山の様に肩を怒らせていて、殺気を隠すことなく睨んでくる。

 立ち上がったら体長2メートル以上はあるだろうと思われる巨体だ。

 左耳が欠けていて、丁度、額の辺りから左耳にかけてミミズ腫れのような傷があるのが目立つ。


「ヤバいな、耳ナシかよ・・・・・・」


 昨日の酒盛りで雄鹿と共に話題となったのが、手負いのクマである「耳ナシ」の事であった。


 本来であれば、冬季は熊も冬眠しているのが常である。

 ところが最近はエゾ鹿が増えすぎたため、エサが豊富にあることから冬眠しないヒグマが増えているのだ。


 そんな折、エゾ鹿猟に来た都会の不慣れなハンターが、同じくエゾ鹿狙いのヒグマと偶然かち合い、相手の熊に襲われて大怪我をした。

 その際、ハンターが慌てて撃った弾が、熊の頭蓋骨に当たって弾が逸れ、熊の左耳を吹き飛ばした。

 ヒグマの頭蓋骨は非常に固く、ヘタなヘルメット以上に頑丈で頭を撃ち抜くのは容易ではないため、前足の付け根などのバイタルゾーンを撃つのが常識なのだが、都会ハンターは知らなかったのだろう。


 手負いとなり怒り狂ったヒグマは暴れまくって、撃ったハンターの腕や足を食い破り重傷を負わせた。同行の仲間が追い払わなければ食い殺していたに違いない。

 その後も手負いの熊を駆除すべく追跡した猟友会の猟師たちをも狡猾に翻弄し、更に銃を持ったハンターを恨んで襲ってくるため、死人は出ていないが既に5人がやられて重症を負っている。


 そのため「耳ナシ」と呼ばれてハンター達に恐れられているのだ。


 先輩や清水さんからも、充分注意するように言われていたのに、すっかり頭から飛んでいたようだ。

 解体に夢中だったので気が付かなかったが、鹿の血の匂いに惹かれてやって来たのか、それとも銃声を聞いてハンターへの復讐のため来たのか・・・・・・。


「向こうさんはやる気マンマンだなぁ」


 石動は背中に冷たい汗が流れるのを感じる。

 雄鹿の解体に邪魔だったので、銃は近くの白樺の木に立て掛けてあった。距離3メートルくらいか。

 鹿のヒレ肉を取るのは諦めて、素早く鹿の毛皮でナイフのブレードの血や脂を拭うとカイデツクスシースに戻し、取れたロース肉をジップロックに入れ、それをリュックに入れると静かに背負う。


 石動は努めてゆっくりと熊を刺激しないように動き、雪の上を摺り足で銃の方に近づく。

 そして手を伸ばし、銃に指先が触れた時、「耳ナシ」が後脚で仁王立ちに立ち上がり、牙を剥き出しにして咆哮を上げた。


「グオオオオオーーーーッ」


 石動は素早く銃を取り、柔軟に動けるように立ち撃ちの姿勢を取る。


「耳ナシ」は、既に四つ足で雪煙を上げながら突進して来ていた。

 ヒグマは時速50キロで走る事が出来、人類最速のウサイン・ボルトですら敵わない。 


「くそ〜、ヒグマに.308ウィンチェスターは非力だよなぁ! やっぱマグナムにしときゃ良かった!」


 鹿を撃って一発使用したので、ライフルには薬室に1発、弾倉に2発の弾が残っているはずだ。

 石動はボヤきながらも、すっと気持ちを集中して、薬室と弾倉にある3発の弾丸を叩き込んでやる!と心に決める。


 スコープでは近すぎる距離になっているので、ほぼポイントブランクで1発目を「耳ナシ」の鼻に、2発目を右目に、3発目を喉元に、ボルトアクションとは思えない程の速さで連射して打ち込んだ。

 ドドゥーーンンッと、ほとんど1発の発砲音が長くなった様な音だ。


 「耳ナシ」はガクッガクッと撃ち込まれるたびに体勢を崩したが、まだ突っ込んで来る。


 そしてまた雄叫びを上げ、仁王立ちしたと思うと、石動に右前足を振り下ろしてきた。

 強烈な獣臭と共に巨大な鉤爪が唸りを上げて石動の眼前に迫った。


 思わず反射的に弾倉が空になったライフルを掲げて、熊の攻撃を避けようとしたが、その凄まじいパワーにライフルごと吹き飛ばされた石動は、気を失いながら雪煙を上げてバウンドし、崖下の沢へと滑落していく。


 「耳ナシ」も前足を振り下ろした体勢のまま雪の上に倒れ伏し、其の後、2度と起き上がる事は無かった。


お読みいただきありがとうございました。

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