企画会議
広い縦長リビングの片端に置かれた大型テレビの画面に、四人の若い男が机に置かれた玩具で遊ぶ様子の映像が映し出されている。
その映像に映っている男たちと同じ人物たちが、自分たちが動く様子をじっと眺めている。時折、笑ったり、映像について話したりと、和気あいあいとした様子だ。
映像の最後には背景を切り取られた七人の男たちの笑顔の静止画が背景のアニメーションと共に映像の右側に現れ、一人を囲むように六人が並べられた。その左側では、縦に並べられた二つの小さな枠にそれぞれ別の映像が流れている。これらは、この映像のエンディングだ。
「おし! じゃ、これでいこう!」
映像が終わると、ソファーにもたれながら映像を見ていたTシャツの男が体を起こす。
「それじゃ、投稿設定しちゃうねー」
シャツを着たカジュアルな服装の男がローテーブルの上のノートパソコンを操作し始めた。
彼らの名は、「バンブーホース」。チャンネル登録者数四百万人を超える七人組の大物YouTuberグループだ。
この日の午前中は、動画に出ている四人のメンバーで集まって、編集を終えた動画のチェックを行っていた。
「ミチヤはよくああいう変なモノ見つけてくるよな~」
メンバーの一人がダイニングの隣のキッチンに向かったTシャツの男に言った。
「ああいう変なモノが、視聴者にウケるんだよ。」
一リットルペットボトルの麦茶をラッパ飲みしながら戻ってきたのは、本名の藤道高也を略して“ミチヤ”と呼ばれているバンブーホースのリーダーだ。因みに今、メンバーたちが集まっているのは彼が住むマンションの部屋だ。
「ああいうのでウケるには、ある程度の人気度がないとな。」
サブリーダーの“ニック”が壁際のテレビとノートパソコンとを繋げていた配線をまとめていく。
ニックの本名は今澤亮英だが、パソコンやカメラといった機材の扱いが得意なので、「メカニック」の下三文字からとってそう呼ばれている。
「動物の口から粘土を押し出すって、もうアレじゃん。」
“キンタロー”のあだ名で呼ばれる金崎一光が苦笑気味に言った。
先程の動画で紹介していた玩具は、クマやライオンといった動物の頭部を模しており、頭頂部の蓋を開けて粘土の塊を入れ、後頭部に取り付けられたレバーを引いて大きく開かれた口から粘土を押し出すという海外からネット注文で取り寄せた玩具だ。
動物の口に取り付けられた型を取り換えることで、丸、四角、星型、ハート型などの底面を持った柱型の粘土を作ることが出来る。その中にはあみあみの型もあり、見る人が見れば完全にアレにしか見えないのだ。
「三人はいつ頃くるの?」
「昼頃には来るように連絡してある。」
今日は午後からバンブーホースのメンバー七人全員で集まって企画会議をする予定になっている。
企画会議の内容は、基本的に動画で行う企画の提案・立案とメンバー同士の雑談が主だ。イベントや企業案件、テレビ出演といった仕事が入ればそれに関する話し合いも行う。
「今日は何読んでんの?」
ミチヤがダイニングテーブルの椅子に座って本を読んでいるメンバーに話しかけた。
「あぁ、これ? あの人の新しいやつだよ。」
愛嬌ある顔のメンバーが本に被せていた布カバーを外し、表紙を見せた。表紙には氷の入ったグラスをメインに据えたバーのような場所の写真を背景に《酒場 西塚則史》とタイトルと作者名が書かれている。
「あ~、『狛犬刀』の!」
「狛犬刀」とは、バンブーホースが小学生の頃からテレビに出ていたお笑いコンビだ。現在はあまりコンビで見かけることはなく、別々で活躍している印象だ。
西塚則史は、そのコンビの片方であり、数年前から作家活動で人気を博している。
「面白いよ、この人の作品」
本を布カバーに戻しながら答えるメンバーの名は、桐沢直馬。読書好きで、小説をよく読んでいるので、“ノベラ”というあだ名で呼ばれている。
「三人、もう直ぐ着くって。」
ニックがスマートフォンでバンブーホースのグループチャットを確認しながら言った。
「OK。じゃ、着いたらまず昼飯ね。」
「酒場」を読むノベラの正面に座るミチヤ。ミチヤの持つスマートフォンには他のYouTuberの動画が流れている。それをミチヤは笑顔になったり真顔になったりしながら眺めていた。
インターホンが鳴り、モニター画面にはマンションのエントランスにいる三人のメンバーが映し出された。
ミチヤが《開錠》と書かれたボタンを押すと、彼らは画面の右側に消えていった。
「お待たせ~昼飯しよ~」
先頭に立って入ってきたビニール袋を両手に下げた恰幅の良い青年は、“リキマル”。本名は丸本力太。リビングダイニングのドアを開けるとすぐにキッチンに入り、冷蔵庫にパプリカやキャベツといった色とりどりの野菜とひき肉を詰め込んだ。
「今度は野菜炒め?」麦茶を戻しに来たミチヤ。
「ナスが入るよ。」リキマルが袋からナスを取り出して見せつけた。
バンブーホースのメンバー一の大食いであるリキマルは、食べるだけでなく作るのも得意だ。彼を主体とした料理動画は、食欲そそるバラエティに富んだ料理と彼の穏やかなキャラが相まって人気が高い。
リキマルと一緒にやってきた二人は、ゲームが得意な“シャド”こと京田真秀とテンション高めの盛り上げ役である“セータ”こと高口成多だ。「セータ」は、本名の“成多”からそのままきている。シャドはメンバー内ではあまり目立たず、影が薄いことから“シャドー”からとっている。
「さぁ~早く食べよ~」セータが陽気にメンバーたちに呼びかける。
「今日の動確はどうだった?」レジ袋から昼食の弁当を取り出していくシャド。
“動確”とは本来は機器やソフトウェアなどの機能を確認する「動作確認」の略語らしいのだが、バンブーホースの間では動画の内容の適切さや編集ミスが無いかをチェックする「動画確認」の略で使っている。
「完璧。もうニックが投稿設定してくれた。」
「その動画ってなんか変な粘土のやつでしょ? あとで見せてよ。」
「とりあえず昼飯食おうぜ。」シャドが冷静にセータに言った。
昼食後、企画会議が始まるまでの小休憩に入ったバンブーホースの面々は、それぞれ好みのくつろぎ方で定刻が来るのを待っている。
ノベラはダイニングテーブルの席で、引き続き「酒場」を読んでいる。その目の前では、シャドがキンタローと共に小型画面に向かってコントローラーを操作し、セータとリキマルはリビングのローテーブルで例の動画内で使われていたおかしな玩具で遊んでいる。
リーダーのミチヤとサブリーダーのニックは、別室の作業部屋にいた。
「何かまた新しい奴出て来たな。」
作業の休憩のために置かれているベッドの上で仰向けに寝転がり、スマートフォンの画面を眺めるミチヤ。画面に流れているのは、最近、名を挙げたYouTuberグループの動画だ。
「まあ、YouTuberって始めるのは簡単だし、世間にも定着したからな。」
ゲーミングチェアに座ってデスクトップパソコンに向かい、動画の編集作業をするニック。
「YouTuberが増えるのは良いけど、俺たちはどうなるんだろうな。」
「どうなるって?」
「ファンの興味が新しい方に向いて、古参の俺たちが忘れられないかってこと。」
ミチヤは、新しいYouTuberが次々と名を挙げ始めた今、自分のいる世界が盛り上がっている事にはYouTuberとして嬉しさを感じている。しかしその反面、新しい人気YouTuberが増えていくことで、人々の関心や世間の流行りがそちらに傾倒し、これまで活躍してきた自分たちが徐々に霞んでいくのではないかという心配も抱いている。
「今はそこまで影響はないだろ。登録者数は四百万人いるし、再生数だって安定してるし。」
ニックが検索エンジンを開き、バンブーホースのYouTubeチャンネルに入る。チャンネル登録者数の欄には「457万人」と表示され、過去数か月間の動画の再生回数は百万回から二百万回程度を維持し、多いものでは三百万回を記録している動画もいくつかある。
「百万人登録突破した時は、登録者も一気に増え出して、一千万回越えとかもポンポン出してたけど、結構長いこと安定できてるし、そこまで焦る必要はないんじゃない?」
「まあ俺たちには古参のファンがいっぱい付いてるからな。」
「そうだろ。それに今だって登録者が増え続けてるし。」
「まぁな。でも、確実に世代交代みたいなのが近づいてる気がするんだよな~」
スマートフォンを部屋着のポケットにしまい、ベッドの上であぐらをかくミチヤ。
「そんなに心配なら今日の企画会議、それ主題にしてみたら?」
「よし、じゃぁ今回の企画会議は『新たなYouTuberに対抗するための斬新な新企画』を考える。それでいこう。」ニックの提案に手を打つミチヤ。
ミチヤが立ち上がると同時にニックも編集作業を切り上げ、二人とも作業部屋を後にした。
七人のメンバーたちがリビングのローテーブルを囲む。
「で、新しいYouTuberたちの台頭に俺たちが抑えられないようにするために、何かその、すごい企画をやりたいと思うんだよ。」
中心のソファーに座るミチヤがメンバーたちを見る。
「大物の風格を見せつけるってことか。」セータがウキウキしている。
「確かにこの前、新YouTuberが立て続けに百万登録突破したもんね。」ローテーブルの上に腕を置くノベラ。
「やられる前にやるってこと?」ミチヤを見るシャド。
「まあ、何もせずにいたら、すぐに追い越されるかもしれないし。」ミチヤはローテーブルの上のノートに目を落とす。
企画会議の時、ノートのタイトルには大抵、日付とその右に《動画企画》とのみ書いているが、今回はその下の一行目に《新YouTuberに対抗! スペシャル企画》と付け加えてある。
「《スペシャル企画》って、どんな感じにするの?」キンタローが困惑気味に聞く。
「そうだな…過去にも前例が無いような規模のでかい企画とかが良いな。」
「因みにミチヤはどういうことをしようと思ってるの?」キンタローの隣に座るニックがミチヤを見る。
「YouTubeとかインターネットとかに限らず、世間全体から注目されるような“偉業”を達成したいと思うんだよね。それでテレビとかに取り上げてくれたら俺たちの注目度が更に上がるじゃん。」
「偉業……」腕を組み、首を反らすキンタロー。
「偉業でなくても、世間から注目されるようなことはもういくつかやってきたからね…」ノベラが言った。
バンブーホースはこれまでに、ネット上を唸らせることを度々成し遂げてきた。
三年前、登録者百万人を達成した時、メンバーたちは大いに喜んだ。リーダーのミチヤの家に飾られた百万人登録者を達成したYouTuberに贈られる金の盾は今見ても壮観だ。
登録者数が増えていくにつれてテレビ番組にも呼ばれるようになった。これまでテレビ画面の中の存在だった人気芸能人と共演することが増え、バンブーホースの面々は思わず自分たちもテレビの人気者になった気分になってしまった。
その他にも、芸能人とコラボ動画を撮ったり、CMに起用されたり、大規模なオフ会を行ったりと、YouTuberとしてめざましく活動を行ってきた。
「偉業ならさ、YouTube企画以外でもいけるんじゃない?」セータが人差し指を立てながら言った。
「そうか、YouTube以外の課外活動的なものでもいいな。」ミチヤがノートにペンを走らせる。
「YouTube外のことで知ってもらって、YouTubeとしての活動も見てもらう、ってことか。」シャドが眼鏡の位置を直す。
「でも、何をする?」キンタローが困惑気味に言った。
これまでYouTubeというフィールドの中で活躍してきた自分たちが初めてその外に手を出す……何をすれば良いのか、そもそもそれが成功するのか。
「何か、やりたいことがある人はいる?」意見を求めるミチヤ。
「じゃあ、一つ良い?」
ミチヤの問いに最初に応えたのは、ノベラだった。
「おっ、なになに?」
「俺、小説好きでよく読んでるんだけど、書く方にも興味あってさ。」
メンバーたちがノベラに注目する。
「えっ、作家デビュー?」ノベラの隣に座るセータがきょとんとしている。
「いや、別に作家と呼ばれるほどまでは望んでないけど、今って出版社に原稿を持って行かなくてもインターネットでYouTubeみたいに自分で載せることが出来るでしょ。俺、前からそれやってみたいなと思ってて…」ノベラはやや尻込みしながら言った。
「別に良いんじゃない?」リキマルが口を開く。「最近もさ、そういうので話題になった人いたじゃん。」
「あ~いたね、“マツダリュウシン”って人。」
“マツダリュウシン”とは最近、インターネットの小説投稿サイトに自作小説を投稿し、それが話題になった人物だ。話題になった当初は顔を隠していたが、つい先日、顔出しを解禁して取材を受けていた。
「マツダリュウシンは無名から有名になったけど、俺の場合はもうバンブーホースで知名度がある時点でスタートするから話題になっても実力がどうなのかなと思って。」
ノベラは、自分の小説がミチヤの言うような“偉業”の役に立つ自信が無い。
「一旦、“偉業”は忘れないか?」シャドが言った。「いきなり偉業を考えようってトップYouTuberでもハードル高いと思うよ。」
「今は、単純に人が見て面白い事をたくさん企画していこうよ。」リキマルも同調する。
ミチヤは少し考えた後、口を開いた。
「確かに、そうだよな。」
審議の結果、偉業を達成するということは保留となった。
「俺は歌いたいな。」セータが声を上げた。
企画会議の話題は、「偉業達成」から「メンバーの個人活動」に移っている。
「歌、作れるの?」シャドが訝しむ。
「オリジナル曲じゃなくて、好きな曲を歌いたい。」
「カバー曲を歌うの?」
「そんな感じかな。」
「セータが歌うならいいんじゃない?」ニックが言う。
セータはバンブーホースの中で一番歌唱力が高く、カラオケに行った時も余裕で高得点を出している。
「網みたいなのが付いてるマイクに向かって歌ってる様子をYouTubeに上げて見てもらうんだよ。」
「それなら動画の活動と一石二鳥だな。」
セータの発案にメンバーたちは賛成する。
「他にも何かやりたい人はいる?」ミチヤが聞く。
「個人活動か…それなら俺はもう料理チャンネル持ってたな。」
リキマルは得意の料理を生かして料理系の動画を上げる個人チャンネルを持っている。
「なんなら俺も趣味のチャンネル持ってたな。」
ニックは趣味で映像やイラストを作ったりしている様子を個人チャンネルで投稿している。
会議の結果、個人活動について、ノベラはインターネット小説を投稿していくことを、セータは歌唱動画を投稿していくことをそれぞれ進めていくことになった。
個人活動についての話し合いが終わった後、いつもの動画の企画についての話し合いが始まった。
“偉業”の話題は無くなったが、ミチヤはやはり新YouTuberの台頭を気にしている。
企画のお題は「商品紹介」から始まった。
「何か探そうか。」
ミチヤがノートパソコンを開く。検索エンジンを起動し、パーティーゲームや面白そうな玩具を調べ始めた。
検索窓には《パーティーゲーム おもちゃ 最新》と入力し、エンターキーを押す。画像検索すると、一度は見たことがある複数人で遊ぶ玩具やあまり馴染みのない玩具の画像が画面に並べられた。
「他のYouTuberが紹介してないやつ探そう。」ミチヤが言う。「すぐに見つけてすぐに取り寄せてすぐに撮ろう。」
「それなら新発売を狙おう。なんならまだ発売前のやつとかも。」
キンタローの提案を飲んだミチヤは、いくつかのおもちゃ会社の公式サイトに入った。商品情報のページに飛ぶと、発売前の商品もいくつか紹介されている。
「どれが一番面白いと思う?」
ノートパソコンとテレビを配線で繋ぎ、テレビ画面にノートパソコンの画面と同じものを映し出した。メンバーたちはテレビ画面に映る玩具の画像たちに注目する。
パズルゲーム、ボードゲーム、バランスゲームなど多彩な玩具が紹介されている。
「ビジュアル的にはどれも結構ウケそうだね。」
パーティーゲームは食べ物や動物をモチーフとしている玩具も多く、見た目から遊び心をくすぐられる。
「ちびっ子はこういうのに魅かれるだろうね。」シャドが画面を指差す。
「この動物組み立てるのとかよくない?」
セータが注目したのは動物の骨、内臓、皮膚といった部品を組み立ててその動物を完成させるという立体パズル玩具だ。
「まあビジュアル的にも良いし、種類もいくつかあるし、いかに早く組み立てられるかっていう競争とかもできそうだよね。後は別の種類同士の部品くっつけたりして遊ぶってのもありだな。」
ミチヤは動画で玩具やゲームを紹介する時、自分でオリジナルの遊び方やルールを考えて実践する。視聴者の中にはそれを見て真似をする人もいる。
メンバーたちは動物の立体パズルの他にも、作り物の餃子を不安定な皿の上に倒さないように箸で載せていく玩具やコミカルな写真と平仮名一文字が印刷されたカルタの絵札風のカードの読みを考えるカード玩具、LEDが光った時にコントローラーのスイッチを最後に押した人に電流が流れるロシアンルーレット的な玩具などに目を付けた。
「電流のやつは結構紹介されてるな。」「餃子のやつは結構良くね?」「バランスゲームも割と紹介されてるよね。」「カルタのやつは決定でしょ。」と、メンバーたちで様々な意見が飛び交う。
「一回全部、取り寄せてみれば?」
全員がセータの方を向く。中には驚いた表情をしたメンバーもいる。
「まあ確かに画像で見て選ぶよりは実物を見て決めた方が良いと思うけど…」
玩具紹介の動画を撮る時は、インターネットで玩具を調べ、面白い物を選りすぐってから取り寄せ、撮影している。セータの意見は、実物を取り寄せてから実際に遊び、面白いものを選りすぐって動画にするというもの。
「でもそれって、予算とか大丈夫?」
ノベラがバンブーホースの財政関係を心配する。
「だから、残ったおもちゃも無駄にならないように予備の動画のネタとして取っておくんだよ。」
バンブーホースでは動画を撮影・編集した後は大体、次の日かその次の日にYouTubeに投稿する。しかし、撮影や編集が長引いたり、動画以外の仕事の影響で動画が作れなかったり、完成しなかったりする時がある。そんな時にすぐ投稿できるように、暇な時間を見つけては余分に動画を制作し、用意している。
初期の頃は気ままに集まって気ままに撮影し、完成した動画を投稿していたが、本気でYouTubeをやる気持ちが強くなるにつれて、継続的に動画を投稿しなければ、という使命感が生まれてきた。
当時は学業と両立しているメンバーもおり、勢揃いが難しかったが、集まれる時に集まれるメンバーだけで一度に複数の動画を制作して蓄えておき、投稿の空白が出来る限り開かないようにする、という工夫を編み出した。
これ以降、バンブーホースは“ほぼ”毎日投稿を行うことが出来ている。
「ネタを蓄えられるという点では何個か買っとくのも良いかもね。」とミチヤ。
「今の予算的には…まあ、これくらいなら大丈夫だと思うよ。」ニックが考えるように上を見ながら言った。
「大丈夫かもしれないけど先はちゃんと見据えないとだからね。」キンタローがニックの隣でメンバーたちに念を押す。
「金銭関係は管理が大事だからね。」
リキマルがそう言うとキンタローは「その通り」と応える。他のメンバーたちも頷いた。
バンブーホースは今でこそ莫大な広告収入に恵まれているが、駆け出しのころは子供の頃から貯めたお小遣いやバイトで稼いだなけなしの金を出し合って、機材や紹介する商品を集めていた。
メンバーの中にはその頃の貧乏性のようなものが抜け切れていない者もいる。キンタローとリキマルが特にそれに該当する。
「まあでも、今回はとりあえず、気になった物を取り寄せていこうよ。」
現物を見て本当に面白いものを見極めたい、その上で動画内でのノリを考えたい。メンバーたちの同意を得るとミチヤはインターネットで購入手続きを始めた。
「やっぱりまだ、新YouTuberの事が気になってる?」ミチヤの口ぶりから何かを感じたニックが聞いた。
「頭の奥底に。」ミチヤは苦笑しながら言った。
企画会議では、玩具紹介の企画の他にも、最近、女子高生の間で流行っているおしゃれなお菓子や暇つぶしが楽しくなると話題のスマートフォンアプリの紹介、ドラマで話題になったワンシーンをアレンジして再現する企画、視聴者から恐怖体験を募集して紹介する某ホラー番組的な企画も提案された。
一通り企画を出し切ると、雑談が始まる。その雑談の中で新たに企画が生まれることもある。
今日の雑談では、バンブーホースのメンバーが揃うまでの過去の話になった。
「今考えたら信じらんないよな、遊びからここまで来るって。」ソファーにもたれるミチヤ。
「ミチヤがYouTubeやろうって言った時、最初は何言ってんだ? って思ったよ。正直。」ノベラが組んだ手に顎を乗せながら回顧する。
「目立ちたがり屋だったのかな、俺。」
バンブーホースのメンバーの中で最初にYouTubeを始めようと言い出したのはリーダーであるミチヤだった。
「俺は、ミチヤならやりそうだとは思ってたよ。当時。」ニックが言う。
「絶対アイツは普通の仕事じゃ物足りないだろうって思ったもん。」キンタローも過去を思い出す。
「最初はミチヤとニックとキンタローで始めてたんだよね?」セータが聞く。
「撮影だけね。撮るだけ撮って投稿はしてなかった。」
ミチヤ、ニック、キンタローの三人は小、中、高と同じ学校に通った幼馴染だった。バンブーホースの前史は、この三人の初期メンバーから始まった。
「それから段々と勢力を増してったってわけだね。」ダイニングテーブルで、二リットルペットボトルの麦茶を注ぐリキマル。
「巻き込んでったんだよな。」シャドが麦茶を飲みながら冗談めかして言う。
中学時代、今のバンブーホースメンバーの内、五人が揃った。ミチヤが中学校で出会ったシャドとゲームの話を通してつるむようになり、キンタローは同じクラスで席が近かったノベラと仲が良くなった。
動画撮影にハマり始めたのはその頃からだった。
テレビ番組では、たまに芸能人の過去映像や昔放送していた番組の映像が流され、それを見て出演者が懐かしんだり、変化を見つけたりして楽しんでいる。それを見たミチヤは、「自分の姿もたくさんのこして、過去の自分をいつでも見れるようになったら楽しそうだ。」と思うようになった。静止画では自分の“姿”だけしか残せない。しかも止まっている。動画なら動いている姿だけでなく、声も残せる上、その時何が起きたかが補足説明しなくてもわかる詳しい情報が残せる。
一人だと寂しいので幼馴染のニック、キンタローを誘い、三人で動画での“自分記録”を始めた。しばらくは三人でやっていたが、やがて他の同級生たちも度々参加するようになった。その中にはシャドやノベラもいた。
「中学の時はミチヤとニックとキンタローのトリオが中心だったよな。」コップに口をつけるシャド。
「だったな~」とミチヤ。
「そうだね。元々、三人から始まったからね。」キンタローが懐かしむ。
「それで、高校行って次に五人になったんだよね。」ノベラが確認するように言う。
高校時代になると、初期メンバー三人と“自分記録”に参加していた同級生の内、シャド、ノベラが同じ高校に進学。“自分記録”の参加メンバーはこの五人に固定された。
高校ではリキマルとセータに出会った。
リキマルはキンタローとノベラの輪に入ったことで、ミチヤやニックとも顔なじみに。陽気で目立っていたセータは、ヤンチャ気質だったミチヤと引き寄せられるように仲が深まった。
ある時、料理好きのリキマルがたまたまケーキを作らないかとミチヤらを誘った。女子かよ、と思いつつミチヤは“自分記録”のメンバーと共にリキマルの家にお邪魔した。それがリキマルが“自分記録”に参加した最初の日だった。リキマルはミチヤらが遊ぶときによく撮影をしていることは知っていたらしく、「あまり部屋全体を映さなければいいよ」とケーキ作りの撮影を了承した。どの材料を誰が盛りつけたかも事細かに記録された。完成したケーキを食べながら映像を見返して楽しんだ。
セータはミチヤがグループに引き込んだ。陽気で茶目っ気のある彼を引き入れたことで、“自分記録”の映像は盛り上がった。
「リキマルが来て、俺とあの二人が来て、九人になったんだ。」セータが指を折りながら言う。
「それで受験が終わった頃にその九人でYouTubeやろうってミチヤが言いだして“バンブーホース”が生まれたと。」
ニックがそう言うと、その時の事を思い出したのか、他のメンバーたちが感慨に浸った。
バンブーホースの歴史は、メンバーが揃う過程の前史を経て、ようやく始まった。
“バンブーホース”というグループ名は「幼馴染」とか「親しい仲」とかの意味を持つ「竹馬の友」という言葉から名付けた。「竹」の英単語の“Banboo”と「馬」の英単語の“Horse”を組み合わせた。「竹馬の友」の言葉を提案したのはノベラだ。それをミチヤとニックが英語にした。
「チャンネル作った時の興奮、今でも覚えてるよ。」
「みんな揃って盛り上がったよね。」
「チャンネル作っただけなのにね。」とシャド。
チャンネルを作ったのは受験が終わり、卒業式が近づいてきた頃だ。既にある“自分記録”の動画をいくつか投稿した。
自分たちのチャンネル、自分たちのテレビ局というか、何かすごいものを持った気がした。卒業後、新しい動画や前からあった動画をどんどん投稿していった。このチャンネルの動画一覧に自分たちが撮影・出演している動画が並んでいるのはなんだか壮観だった。
最初の内は本当に仲間内の人が見る登録者十数人の小さなチャンネルだった。しかし、その登録者の内、数人はチャンネルの出演者であるバンブーホースメンバーであり、その他は知り合いなので実質、動画が好きで見てくれているファンはゼロ。
ただ気ままに少年たちが、遊んでいる様子を撮って投稿する、それだけのチャンネルが変わり始めたのは、チャンネルが作られてからしばらく経ち、高校卒業後最初の暑い季節に入ってきた頃。徐々に見知らぬ人も視聴し、コメントがくるようになった。
これを見たミチヤは、「せっかく見てくれるなら楽しませないと」という思いを持つようになった。他のメンバーたちも動画の視聴回数や登録者が仲間内だけでなくなったことに関してどこか沸々と思うことが込み上げてきていた。
それから彼らはただ遊ぶだけではなく、それにおもしろさを追求するようになった。自分たちだけでなく、誰が見てもおもしろいものを。おもしろいゲーム、おもしろいドッキリ、おもしろいトーク、おもしろい玩具、おもしろい遊び…とにかく楽しい動画にしたい。グループのYouTubeへの思いは時が経つにつれ強くなっていった。
投稿開始から二年目の年に登録者十万人を突破した。ミチヤとセータは喜び大盛り上がり。キンタローは嬉し涙。ニック、シャド、ノベラ、リキマルは喜びよりも驚きが勝った。他の二人もチャンネルの巨大化を喜んだ。九人のメンバーで揃って祝った。
「十万人突破してからの勢いが半端じゃなかったもんね。」コップの麦茶を飲み終えたリキマル。
「十万人突破をきっかけに本気度が上がったもん俺は。」
ミチヤだけでなく、ニックやキンタローも同じだった。
「すぐに百万いってやるぜって、息巻いてたもんねミチヤ。」ソファーに座って後頭部で手を組むセータ。
「まあ、もうYouTubeで食っていくぜって決心したし、あとは抜けた二人をがっかりさせたくないってのもあったのかな。」
登録者十万人突破からしばらくして、二人のメンバーが別の道を目指すとして辞めていった。十万人突破した年の大晦日に区切りよく。メンバーたちは彼らの躍進を応援して温かく送り出した。また、二人はバンブーホースと同じく人を楽しませる道に進んでいったので、ライバルとしてお互いに頑張ろうとも誓った。
二人のメンバーが減って七人となった後、バンブーホースはそれまで以上に活発に活動するようになった。ミチヤはYouTubeを生業とすることを決意し、登録者百万人という次なる目標を目指していた。ニック、セータも同様だった。しかし、それ以外のメンバーたちは未だYouTubeだけで生きるべきか、そもそも自分たちの活動がこれ以上成功するか悩ましく感じていた。
「あの二人も出世したね。」
脱退した二人のことを思い出すノベラ。他のメンバーたちも二人の姿を思い浮かべる。あの二人はYouTubeとは別の娯楽を提供する世界で時間はかかったが、見事に成功した。先に出世したバンブーホースに追いついたのだ。
「自慢のメンバーだよ。あいつらは。」ミチヤが言った。
あの二人は今でも友人であり、形では脱退したが心の中では今でもメンバーだ。
「バンブーホースが百万人いった時も祝ってくれたよな。」
「でも、本当はきつかったんじゃないかな。あの時の二人はまだ売れる前だったから。」
キンタローは脱退後の二人をよく気にかけていた。リキマルも登録者十万人のグループから抜け、新たな道でゼロから始める二人を心配した。
「脱退する時も相当悩んだろうな。」シャドがダイニングの椅子に背中を預ける。
「でも無事に売れて良かったな。」
メンバーたちは成功した二人の姿を見た時、喜ぶと共に安心もした。
「本当、一緒に売れて良かったよ。」
ミチヤは活躍する二人を見た時、真っ先に二人に連絡したのだ。
「それで俺、YouTube続けてて良かったって思ったよ。」キンタローが感慨深く言う。
「あ~それなら俺も、就職の時すげー悩んだもん。」ノベラも同じことを思った。
十万人突破後のバンブーホースの勢いは凄まじかった。登録者数の上昇が止まらず、二十万人、三十万人、四十万人…と節目の人数を次々と通り過ぎた。これには普段、驚きより喜びが勝るミチヤやセータでさえも驚きの方が勝った。
こういった状況を目にして、将来の方向性を悩んでいたキンタロー、リキマル、ノベラ、シャドの四人は徐々に決意が一方へと傾いていた。
動画投稿開始から四年目、チャンネル登録者数はついに百万人を突破した。これがメンバー全員がYouTubeで活躍することを決意した瞬間でもあった。
リキマルとシャドの二人は就職が決まっていたため、そちらでの職業と両立しながら活動を続けた。リキマルとシャド、二人とも事務職だ。しかし去年、二人とも退職し、バンブーホースでの活動に専念することになった。
「あの時、百万人いってなかったら七人じゃなかったかもしれないよな。」
「多分、俺はいなかったんじゃね?」とシャド。「正直、あんまり金持ちになりたいとか、有名になりたい、とかはなかったから。」
自分はYouTubeを純粋に遊びとして楽しんでいた。だからYouTubeを職業にしようとは強くは思っていなかった。だが、バンブーホースからは離れ難かったため悩んだという。これはリキマルも同じだったとのこと。
「色々と重なって今が有るんだな。」
仲間を増やしながら楽しみ、やがて数多くのファンを抱え、一段また一段と成長していくグループで、仲間と共にいながら時間を過ごすうちにメンバーの意志が一つになった。
これが必然だったのか偶然だったのかはわからないが、どちらにしろ今の自分たちが成っているのは奇跡だといえるだろう。
「この状況がさ永久に続くかどうかは正直わからないよな。」ミチヤが不安げな表情を浮かべる。
「まだ新YouTuber気にしてるの?」ゲーミングチェアにもたれるニック。
「勢いすごいやつとかいるじゃん。今は大丈夫でも数年先とかわからないからさ。」
「まあまあ、そういう時期なんだよ。新しい人が出てくる。」フローリングの床に敷かれたカーペットの上であぐらをかくキンタロー。
「なるほど…世代交代の時期か。」ベッドで仰向けになるミチヤ。
「考えてみたらさ、俺たちって本当に動画だけでここまでこれたんだな。」ニックが上を向く。
企画会議ではノベラの小説活動やセータの歌唱動画投稿といった動画以外の活動が話題になったが、他のYouTuberは以前から動画以外の活動をしている人が多い。音楽活動をしたり、ゲームの大会で上位まで勝ち進んだり、モデルとして活動している人もいる。
そんな中でバンブーホースは六年近くにわたって動画の投稿のみを行い、テレビやCMに呼ばれるまでに至った。
「YouTuberの活動のメインは動画投稿だから。それだけで成り上がった俺たちはある意味、最強……と言えるのかな?」キンタローは最後の方が言いにくそうだった。
「キンタローは謙虚だよな。」ミチヤが笑う。
「だって、偉そうって思われたくないもん。」
「まあでも、そういうのがさ、グループの雰囲気を丁度良くしてくれてるじゃん。」ニックが椅子の向きを変える。
動画内では基本ツッコミ担当のキンタローは、バンブーホースのファンの間では真面目なキャラクターとして扱われており、実際もそうだ。撮影場所の許可取りの連絡も丁寧で、撮影時の安全にも人一倍、気を配っている。
リーダーのミチヤとサブリーダーのニックと共に一番初期からいるメンバーであることやその二人に次いで動画内で中心的な役割を担うことが多いため、ファンやメンバーからは実質的な“バンブーホース№3”と呼ばれている。
「おちゃらけキャラがいたら真面目キャラがいないと成立しないからな。」
「お笑いのボケとツッコミみたいなやつだね。」
その真面目キャラはキンタロー以外では、リキマルとノベラが当てはまる。因みに一番のおちゃらけキャラはセータだろう。
「やっぱりキャラが違うって良いな。」ミチヤがしみじみと言う。
「キャラ以外にも出来る事が違うのも良いよね。」キンタローが続けて言う。
バンブーホースでは料理が得意なリキマル、歌が上手いセータ、ゲームが得意なシャドなど出来ることがメンバーによって様々だ。
「ニックはその名の通りメカニック…あ、違う、メカニックだからニックなのか。」
ニックはパソコンやカメラといったYouTube活動に使う機材の扱いが得意だ。だから機械の組立・修理をする人を意味する「メカニック」から“ニック”をつけた。動画編集はメンバー内で最も上手く、ビデオカメラの部品の交換や手入れも彼にとってはお手の物だ。その為、動画出演以上に裏方の仕事に長けた人物なのだ。
「俺たち、ニックにはマジで助かってるよね。」
「いやいや、まあまあ、俺はこういうの好きでやってるから。」ニックが謙遜するように言う。
「俺たちがここまでやれたのって、キャラとか出来ることが別々だからってのもあるかもな。」ベッドで横になり右手で頭を支えるミチヤ。
「全員同じだったら、それしか出来ないからね。」キンタローも同意する。
「個性が違う俺たちならこれからも長くやってけるよな?」体を起こすミチヤ。
「大丈夫だよ。というか、みんなで楽しくやれれば良いじゃん。」とキンタロー。
「実力や歴では新YouTuberには負けないはずだ。」ニックが余裕の顔で言う。
明日の撮影のためにメンバーたちは全員、ミチヤの家に泊まり込み、リビングのソファーやリビングの隣の和室といったそれぞれの寝床で既に眠りについている。
作業部屋にいたミチヤ、ニック、キンタローの三人も明日の撮影の為にそれぞれ眠りについた。
翌朝、一番最初に目覚めたのはミチヤだ。寝室のベッドから起き上がり、廊下を通ってリビングダイニングのドアを開けると直ぐ左手のキッチンに入り、冷蔵庫から取り出した自分専用の一リットルペットボトルの麦茶を取り出し、ラッパ飲みした。
ミチヤがキッチンから出ようとすると、髪に寝癖がついたままのキンタローが「おはよう」と言いながら開いたままのドアから入ってきた。
「ああ、ミチヤか。」寝起きの時の独特な低い声で呟く。
「おはよ。ニックは?」片手にペットボトルを持ったままのミチヤ。
「起きてるよ。寝ころんだままだけど。」
作業部屋のベッドで寝ていたニックは、目は覚めているものの、掛け布団を体から払って横になったままだ。
バンブーホースの中ではミチヤとキンタローが特に起きるのが早い。ニックは同じ部屋の床で布団を敷いて寝ていたキンタローが起きたことに気づいて、たまたま一緒に目が覚めたのだ。
ソファーにはセータが横になって寝ている。ローテーブルに向かって床に座ったミチヤがテレビをつけると、朝のニュース番組が映し出された。画面左上に表示された時刻は《6:44》となっている。
「早くに起きすぎでしょ。」テレビの音に気づいて目覚めたセータが横になったまま笑いで体を揺らしながら言う。「二人が来るの昼頃だよ。」
「まあ良いんじゃない? 二人を盛大に迎える準備でもする?」
キンタローが冗談っぽく言うとウトウトしているセータがまた横になったまま笑う。
今日は元メンバーである二人が久々にバンブーホースのもとへやってくるのだ。
「どれくらい会ってなかったんだっけ?」
「去年の頭じゃない? 去年の春くらいから忙しくなってたから。」
バンブーホースの面々はたびたび二人に会っていたが、去年、彼らが名を挙げて多忙になって以降はたまに連絡をする程度になっていた。しかし、このごろは仕事が落ち着いてきたらしく久々に会うことになった。
更にお互いに売れたということで二人の脱退以来、実に四年半ぶりに九人そろっての動画を撮ることになった。
メンバーたちは久々の九人全員集合ということに胸を膨らませ、昨夜は今日の撮影場所であるミチヤ宅に泊まり込んだ。
メンバーがミチヤの家に宿泊することはよくあったが、全員揃って宿泊するのは動画の企画としてやったお泊り会企画の時以来、二回目だ。
「ほんとに早いなお前ら。」作業部屋からニックがやってきた。
時刻は七時を過ぎている。
時間が過ぎていくと和室で寝ていた他のメンバーたちも続々と起床する。
元メンバーの二人がミチヤの家にやって来るのは昼頃だ。これから朝食を食べて動画の編集作業や撮影準備などをして二人がやってくるのを待つ。
その間もメンバーたちは、スターとなった仲間との再会に期待を膨らませていた。
正午前、インターホンの呼び鈴の音が鳴る。
リビングにいたミチヤが真っ先に反応し、音がした方に向かう。
インターホンの液晶画面に映し出された映像を見ると、リュックを背負い、帽子を被った二人の人物が映し出されている。
「いらっしゃーい、久しぶり。」
画面の下の開錠ボタンを押すとマンションの入口にあるガラス張りの自動扉が開き、二人の人物は画面の横へと消えていった。
「おーう、久しぶりー。」
玄関のドアから身を乗り出したセータが通路を通ってこちらに向かって来る二人に声を掛けた。
二人も手を振って反応した。
ノベラとリキマルの二人もリビングから玄関に向かい、やってきた二人を迎え入れた。
「おお、タマリとミヤヤだ!」ノベラが二人を見て目を輝かせる。
「よぉ! リキマル、ノベラ!」二人の内の片方が帽子を取って呼びかける。
「見たよ、この前の『広安グランプリ』。」先日、二人が出ていたネタ番組だ。
「あ、そうだ『広安賞』おめでとう。」
セータがそう言うと奥にいるリキマルとノベラが二人に拍手を向ける。「広安賞」とは「広安グランプリ」のMCであるお笑いタレント・広安祐吉の独断と偏見でその回のお気に入りになった芸人に贈られる賞だ。
「お前ら、早くマブメートのお二人を中に入れるんだ。」廊下の角からひょっこりと顔を出したシャドが冗談ぽく言った。
“タマリ”と“ミヤヤ”。彼らが今はお笑いコンビ・マブメートとして活躍するバンブーホースの元メンバーだ。バンブーホース時代はあだ名で活動していた二人だが、今はタマリは“玉里知太”、ミヤヤは“宮原敦哉”と、二人とも本名で活動している。
タマリ、ミヤヤの二人がリビングへとやってくると、控えていたメンバーたちが盛り上がり始めた。
「おぉ、いらっしゃーい。」キンタローが出迎える。
「うわーマブメートだー」ニックも二人との対面に歓喜する。
「バンブーホースに復帰しました。」
ミヤヤ、現・宮原敦哉がそう言うと、
「何、戻ろうとしてるんだよ。」
とタマリ、現・玉里知太が突っ込んだ。
二人が即興芸を披露すると、バンブーホースからは、どっと笑いが吐き出された。
「まあ今でも、二人はバンブーホースみたいなもんだから。」ミチヤが言うと、
「じゃぁ戻らしてください。」
ミヤヤが真顔の仁王立ちで言う。同時にタマリが相方の頭に強烈なツッコミを入れる。その場でまた笑いが起きた。
昼食は奮発して出前の寿司をとった。九人もいるので桶は二つ分。全員フローリングの床に敷かれたカーペットの上に座ってローテーブルを囲む。
現メンバーと元メンバーたちは昔の話や最近の話などに花を咲かせる。
「この前、ミヤヤが出てたドッキリの番組、すごかったね。」
キンタローが言うのはミヤヤが単独で出演していたドッキリ番組「ノゾキ見!」のことだ。
「あれすごかったよ。広安さんが最後大暴れして。」
ミヤヤは「ノゾキ見!」に仕掛け人として出演した。ドッキリのターゲットにされたのは「広安グランプリ」MCである広安祐吉だ。広安は街ブラロケと称して街中を回る過程で様々なドッキリを仕掛けられていた。
ニセ街ブラロケに同行していたミヤヤはドッキリの裏側を克明に話した。
「最後、広安さん大暴れしてたでしょ? ヤンキーに絡まれるドッキリで。放送ではカットされてたけど、あの後ディレクターと取っ組み合いしてたの。」
まさかのエピソードが飛び出し、その時の状況を知らない視聴者側の現メンバーたちは、思わず箸が止まった。
「それ言っちゃって良いの?」中トロ寿司の入った口を拳で抑えるノベラ。
「大丈夫、大丈夫。俺も知ってるから。」ドッキリには不参加だったタマリが言う。
「いやいや、タマリは良いかもしれないけど、俺たちテレビの人じゃないし。」寿司桶の上でだし巻き卵を箸で掴んだままのリキマル。
「その番組のディレクターがトクタカさんなの。」
その名前を聞くと現メンバーらは「あぁ~」と納得した。
“トクタカ”とは、テレビディレクターの熱尾トクタカの事。本来は裏方であるが、時々表舞台にも姿を現しており、一般にもそれなりに知られた人物だ。広安祐吉を始め芸能人と絡んでいる様子も度々、テレビで見られる。
「それとさ、西塚則史が本当は早めに気づいてほしかったって言ってたけど、あれってマジ?」ノベラが聞く。
「あーあれね。西塚さん、最初の方は楽しんでたけどだんだんと寂しくなってきたって言ってた。」
それを聞いてメンバーたちがまた盛り上がる。
「まあ確かに相方には気づいてもらいたいだろうね。」
「コンビ愛が試されるもんね。」
ノベラが読んでいた小説、「酒場」の作者でお笑いコンビ・「狛犬刀」のツッコミ担当である西塚則史の相方は実は広安祐吉だ。広安へのドッキリの一つとしてスタッフに化けてロケに同行していたが、中々広安に気づかれずに寂しくなっていたと、「ノゾキ見!」のスタジオトークで吐露していた。
「因みに西塚さん、放送ではカットされてたけど、最後大暴れしてた広安さんに投げ飛ばされてたから。」
ミヤヤから再びまさかの裏エピソードが飛び出し、メンバーたちは爆笑した。
「すげーな、俺たちが知らないこと全部知ってるじゃん。」イワシ寿司を頬張っていたキンタローが口を抑えて笑った。
ミチヤは彼らの活躍を穴子寿司を咀嚼しながらしみじみと感じた。
自分たちにとってテレビの中の存在であった芸能人とマブメートとして芸能界で活躍するタマリ、ミヤヤの二人はたくさん交流している。YouTube界で活躍するバンブーホースも度々芸能人と共演することがあったがマブメートほどではない。
バンブーホースメンバーが年上でも呼び捨てにしている広安祐吉や西塚則史、熱尾トクタカといった有名人もマブメートの二人は必ず敬称をつけて呼んでいる。バンブーホースは共演したことのある芸能人は裏でも敬称をつけることがあるが、マブメートは後輩でない限り、芸能人ほぼ全員を敬称をつけて呼んでいるだろう。
タマリ、ミヤヤがバンブーホースを離れ、インターネットという枠を離れてマブメートとして活躍を始めてから約四年、いつの間にか二人はテレビという大きなメディアで活躍し、バンブーホースを超えるほどの勢いを持ちつつあった。
テレビでは近年、新たに台頭したたくさんの若いお笑い芸人たちが新世代として括られ話題になっていたが、マブメートの二人も見事にその括りに入った。新世代のお笑い芸人たちは、バラエティ番組だけでなくドラマやワイドショーといったお笑い以外の畑にも進出しており、これまで上の世代が占めていた席にマブメートを含めて新世代が取って代わっていっている。
このような状況は、今のYouTubeも同じと言える。
新たに新YouTuberが台頭し、これまでYouTubeを盛り上げてきたYouTuberたちが旧YouTuberと呼ばれ、取って代わられている。
YouTube界で旧側のバンブーホースは、お笑い界で新側のマブメートと全く正反対の状況にいるのだ。
「本当にお互い変わったよな、あの時から。」ミチヤは口の中の穴子寿司を飲み込んでから感慨深く言った。
「ああ、お互い出世したよな。」タマリが応える。
「出世したけど、今は新世代に冷や冷やしてるんだよな。」ミチヤを見るニック。
ハッとしたミチヤだったが「あ~まあな。」と苦笑しながら答えた。
「確かに最近よく聞くよな、“新YouTuber”とかって。」自分の分の寿司を一通り食べ終わったミヤヤは、ガリをつまんでいる。
「二人が新世代って言われるようになったら、俺ら旧世代になっちゃったよ」
ミチヤが自虐ネタっぽく言うと、思わず笑ってしまうメンバーもいた。
「バンブーホースなら大丈夫でしょ。」タマリが言う。「登録者も再生数も新YouTuberには負けてないじゃん。」
「いやいやぁ、何が起きるかわからないよ、この先。」マグロ寿司のワサビの辛さを感じたミチヤが顔をしかめる。
「昨日からずっと言ってんじゃんそれ。」ニックが笑いながら言う。
「あ~もう、新YouTuber怖ぇ~」マグロ寿司に続いてイカ寿司のワサビに悶絶するミチヤ。
(ああ、こんなこと元メンバーに言っても何か変わるわけじゃないよな。)
ミヤヤとタマリ、二人はかつて確かに自分たちと同じバンブーホースだった。現メンバーと同じようにバンブーホースとして使ったあだ名も持っている。
“ミヤヤ”は、ミチヤの言い間違いが由来だ。ミチヤととミヤヤが出会って間もない頃、ミチヤがミヤヤを本名の「宮原」で呼ぼうとしたとき、噛んで「みややぁ」となってしまったことから“ミヤヤ”というあだ名が定着した。一方、“タマリ”は、本名の「玉里」の読みを変えただけだ。
二人がバンブーホースに入るきっかけを作ったのはセータだ。ミチヤがセータを“自分記録”に引き込んだ時、セータとよくつるんでいたミヤヤとタマリはセータに誘われてたまに、“自分記録”に参加するようになった。二人は当時からお笑いに傾倒した振る舞いをしていたので、ノベラからは“自分記録の三枚目担当”と呼ばれていた。ミチヤがYouTubeをやろうと言った時、二人は喜んで賛成した。高校卒業後も二人は“バンブーホースの三枚目”として動画内で周囲や視聴者を笑わせようと張り切っていた。やがてYouTubeの枠を超えて“お笑い”を専業とする気持ちが強くなり、バンブーホースから旅立って行った。
ミヤヤとタマリ、期間は短かったが、YouTubeで十万人ものファンを集めるまで共に活躍した仲間。しかし、今は違う。彼らは今、別のフィールドでお笑い芸人というYouTuberと似て非なる存在となった。二人の脱退から既に四年、昔のバンブーホースと今のバンブーホースとではまるで状況が違う。二人がいたあの頃の勢いのあるままに上に向かって上りまくっていたバンブーホースではなくなったのだ。新世代の筆頭格として盤石の地位を保つ二人に対し、旧世代と呼ばれ、新世代に抑えられるかもしれないバンブーホース。“ミヤヤ、タマリ”と“バンブーホース”……自分たちはいつの間にか坂道の上る方と下る方に分かれてしまったような気がする。
「ミチヤがこんなビビってる初めて見たよ。」満腹に近くなっていたミヤヤは窓際に寄せられていたソファーに座っていた。
「そんな周りの数字気にするなよ。」タマリがミチヤを見て言う。「最初の頃さ、俺たち純粋に遊んでたじゃん。」
“最初の頃”、メンバーが九人だったあの頃、遊びの一環として気ままに動画を撮影していた頃だ。
「あの頃ってさ、他のYouTuberとか全然気にしてなかったじゃん。」タマリが回顧的に続ける。「そこら辺で遊んで、その様子撮って、カメラに向かって純粋にふざけてたじゃん。俺、それが滅茶苦茶楽しくてさ。」
「そうそう、俺がバンブーホースにいた頃って今よりも登録者数少なかったけど、そのことについて全然悩んでなかったし。いつの間にか十万人に近づいてたって感じだったな。」ミヤヤは現メンバーと共に登録者数十万人を突破したころを思い出した。
「確かにあの頃はね。俺も登録者なんて気にしてなかったよ。」後ろの床に両手を付くミチヤ。「でも、あの頃と比べるとライバルも増えたし、みんなが新しい方に流されていっちゃうんじゃないかと思うと、どうもね…」首を傾げるミチヤ。
「まあまあ、そんあに思い詰めないで…」キンタローがミチヤの肩をさする。
「一回忘れようぜ、その事。」ニックも苦笑しながら言った。
ミチヤが「そうだな」と言うとタマリが自分の最後の寿司を飲み込んで話し始めた。
「俺たちってネタ作る時に周りが面白いと思うかってあんまり考えてないんだよね。」
もちろんすべての芸人がネタを作る時に周りが面白いと思うことを気にしていないわけではない。あくまで、マブメートの話だ。
「そうそう、目についたものとか知ってるものとかを題材にして、それをあり得ない感じにするっていう。そういうのって想像するだけで楽しいんだよ。」ミヤヤが続ける。「例えば体調が悪い時に行く病院に『体調が良すぎるから診てください』って感じで来る人って普通いないじゃん?そこから問診で健康の事だけじゃなくて、恋人出来たとか、宝クジ当たったとか、自分の幸福自慢が始まって…」
起こりえない状況を大げさにしていく…それらを考える過程が楽しいとマブメートの二人は言う。
「芸人を始めて間もない頃はとにかくお客さん笑わせようと考えて、計算的に考えようとしたけど、それだとなんだかきつかったよな?」タマリがミヤヤを見る。
「そうだな。見に来てくれる人の目を気にしすぎちゃって面白い事、面白い事って考え過ぎてそれがきつかったのかもしれない。」小さく首を縦に振るミヤヤ。
「きつかったんだ…」呟くミチヤ。
バンブーホースの面々は売れる前の二人が劇場で活躍する様子を何度か見に行ったが、終始楽しそうにしていたので、裏でそんな状況になっていたとは知らなかった。
「で、一回やけくそであらゆる物事を適当に詰め込んで作ったコントやったらそれがウケて、それからもう、自分たちが面白いと思ったらそれをどんどんコントで実行していって、気づいたら…こうなってた。」タマリが両手を自分に向ける。
「見る側の顔を伺わなくなったから、楽になったってことか。」キンタローが言った。
「そう、俺たちの場合はね。」
「見る側が面白いと思うことなんてわからないからな。」とシャド。
「一回、観客のことは忘れなよ。企画考える時ぐらい。」ミヤヤが言う。「観客は正直、企画だけじゃなくて企画やってる本人も見に来てると思うし。」
観客…YouTube的に言えば視聴者のこと。自分たちの活動は視聴者の存在あってのものだが、マブメートの二人は企画を練る時は、それをないものにしようというのだ。
その後の“企画ををやっている本人も見に来ている”というミヤヤの言葉に何かを感じ取るミチヤ。
「YouTubeって自分がやりたいことする場所だったよな。」ミチヤがそう呟くと今度は笑顔を浮かべる。「なんだか二人に久しぶりに会ったからなのか、すげぇ懐かしい気分になってきた。」
九岡豊を出たばかりの少年だった頃、カラオケに行って当時の流行りだった歌や誰もが知る名曲をメンバーたちで交替しながら熱唱した。音痴なミチヤやタマリと対照的にメンバーの中で一際歌の上手いセータが撮影された映像の中でプロのアーティストの様に目立っていた。
登録者数が十万人いや一万人にも満たなかった頃、緑が広がる大規模な自然公園の広大な広場でバドミントンをした時、運動神経の良いミチヤとミヤヤが善戦する中、リキマルが近くの浅い川に飛んで行ったシャトルを追いかけて水に突っ込んでいった。メンバーたちが「大丈夫か⁉」と声を掛ける中、リキマルが川に立ちながら大口を開けて笑っている場面が可笑しすぎて、何度も映像で見返した。
バンブーホースの名が世に轟く前、メンバーたちでアクションゲームに興じていた時、バンブーホースで一番ゲームが得意なシャドとシャドに次いで上手いニックがいかつい顔をして対戦した後、目を合わせずに労いの言葉をかけあう様子が無駄にかっこよかったのを今でも覚えている。その動画のコメントの一つに「バンブーホースの龍虎、ニックとシャド」というものがあった。
「よっしゃぁ、そろそろ始めるか?」寿司桶が空になってきたところを見計らってミチヤが立ち上がる。「今日は思い出話からの…思いっきりふざけるぞ!」
「さぁ、童心に戻るぞ。」ニックも立ち上がる。
リーダーとサブリーダーの指示に他のメンバーたちも準備を始める。
タマリ、ミヤヤも動き出す。長いブランクを経て再びYouTubeに関わる時が来た。
部屋の隅に置いておいたカメラを固定した三脚をテレビの前へ移動する。ソファーやローテーブルの位置を動かし九人全員が映れるように調整する。
キンタローが照明と別アングルで動画を撮る事を予想して予備のカメラを作業部屋に取りに行く。元メンバーの二人も手伝うためにキンタローの後ろについて行った。
「なんか、ありがとうね。」キンタローが二人に言った。
「え? いや、別にこれといって何も…」機材が置かれたスチールラックを見ていたタマリ。
「今日、二人が来てくれてほんと良かったよ。ミチヤ結構新YouTuberとか世代交代とかきにしてたから。」作業部屋の外に聞こえない程度の声量で話すキンタロー。「今日の企画会議でも偉業を達成しようとか今までにないすごい企画をやろうとか言っててさ。でも、二人の話聞いて何か気づいたみたい。」
ミチヤと幼馴染のキンタロー。古い付き合いの親友の変化をなんとなく感じ取ったのかもしれない。キンタローもまた、二人と会ったことにより、どこか引っ掛かっていたものがきれいに洗い流されたのを感じていた。
「あんなミチヤ、見たこと無いから、なんかつい…」頭を掻くミヤヤ。
「やっぱり、今でもバンブーホースだな、二人は。」
笑い合うキンタローとミヤヤ、タマリ。
「みんな揃ったね?」ミチヤが周りを見回す。
リビングではミチヤを中心にして九人のメンバーがコの字に並んで座っている。全員が三脚の上に固定されたビデオカメラのレンズに注目する。
「どうも、バンブーホースです!」ミチヤがいつも通りグループ名を名乗る。
「どうも部外者です!」
ミヤヤが言うとメンバーたちが爆笑した。
「まあこの二人のことは恐らく多くの人は知ってると思います。」両サイドに座るマブメートを示すミチヤ。「一応、僕らのダチです。」
戯れるミチヤとマブメートの二人。
「じゃぁ、あの、一応名乗ってもらって。」
他のメンバーたちも盛り上がり、二人に自己紹介を促す。
「どうも申し遅れました。マブメートの玉里と、」「同じく宮原です。」
カメラに向き直った二人が丁寧にあいさつをする。
「YouTuberグループとお笑いコンビがこんなにフレンドリーになってる動画、今までにないんじゃない?」
セータがコメントすると、他のメンバーたちも同意する反応を見せる。
「まあでも、これにはね、ちゃんと理由があるからね。」キンタローが前置きする。
「そうなんです。知ってる人もいるかな? 中には。」ミチヤが本題に入る。「実はですね。マブメートの二人は、僕らバンブーホースの同級生です! そして更に、実は……バンブーホースのかつてのメンバーになります!」
ミチヤがビデオカメラに向かって告白した。マブメートの二人は登録者十万人の時点で脱退している為、視聴者の中には元々九人組だったことを知らない人もいる。
「ということで今回はバンブーホースと元メンバーのマブメートの二人を交えて裏話とかして、遊んでいきたいと思います!」
メンバーたちが更に盛り上がる。四年半ぶりに九人全員勢揃いで撮影することに興奮と感激が溢れ出しているのだ。
「体育館借りて本気のどっぢボールする?」
「小学校の時、ボールが二つに増えたりとかあったよな~」
「ヒーローロボの早組立て対決とか面白そうじゃない?」
「それ懐かしすぎるだろ!」
「ドッヂボール半年前に一回やってるな。」チャンネルの動画一覧で検索をかけたニック。
「『第二回』にすれば良いじゃん。」とキンタロー。
企画会議の席でバンブーホースメンバーらが次々と意見を出していく。
「またマブメート呼ぶ?」冗談めかすシャド。
「コントしてもらっちゃう?」リキマルが笑いながら言う。
「ダメ元で頼んでみる?」携帯電話を取り出してみんなに見せるセータ。
「マブメートに頼るなよ!」ノベラがツッコんだ。
ミチヤの家のリビングに笑いが起きる。
「そんじゃ、今日の撮影いくか!」
ミチヤがそう言うとメンバーたちが一斉に動き出す。
ニックがノートパソコンを閉じようとすると「【再会】バンブーホース×マブメート 四年ぶりに一緒に動画撮ったら懐かしすぎたwww」の動画タイトルと共に九人が笑い合っているサムネイル画像が入ってきた。
微笑みながらノートパソコンをパタリと閉じるニック。
目には映らなかったが、動画タイトルの下には「900万回視聴」と記されていた。