7 村はずれの小さな家
「おとーさん! お父さん! 起きて-!!」
ねぼすけのお父さんを起こすのは私の役目だ。別に普段ならもう少し寝かしておいてもいいのだけれど、今日は別。
「う~ん、あと五分……。むにゃむにゃ」
あまりの定型文に呆れた私は、これまたお約束のように腰に手を当ててため息なんて吐いてみた。異世界でも、このお決まりのセリフを言うんだな~なんて最初は感心したものだ。
が、今は感心している場合じゃない。
「お父さん! 今日はお客さんが来る日だよ。もう来ちゃっても知らないよ」
「お客さん?」
「マーサさんだよう。昨日言ってたでしょ。私聞いたんだから」
「あ~~~~~。……ああっ!」
お父さんが、がばっと起き上がる。相変わらず起きているのか寝ているのか、よくわからない糸目だ。
そう、私が今起こしているのはクレストさん。血は繋がっていないけれど、この世界での私のお父さんだ。
「おや、リュリュー。おはようございます」
「おはよう。お父さん」
お父さんはまだ頭がぼーっとしているようだ。私が今まで起こしていたことすら気付いていないのかもしれない。
それにしても寝起きでもお父さんは素敵だ。好みの顔というのは何年見ても飽きないものだ。
ちなみに、リュリューというのは私の新しい名前。
名前が無いと困ると、お父さんが名付けてくれたときには全く自分の名前に聞こえなくて困った。呼ばれても自分のことだと認識できなかった。
だが、私が単語を漢字に聞こえるように発音できるようになって(この世界に漢字は無いけど)、更に長文を滑らかに話せるようになるくらいになるまでその名前で呼ばれていればさすがに慣れてくる。
「もう朝ご飯出来てるからね。早く来てよ-」
「わかりました」
お父さんがベッドから離れたのを見届けて、私はキッチンへと向かう。ベッドから離れる前に目を離してしまうと、お父さんは二度寝してしまうのだ。そんなことになったら再び一から起こさなければいけなくなる。
しっかりと見届けた甲斐があってお父さんはあくびをしながらだが、ちゃんとキッチンに現れた。
「リュリューはしっかり者に育ちましたね。まだこんなに小さいのに」
「そうかなあ、でも前よりは大きくなってるよ」
「そうですね。可愛いのは変わりませんが」
「もう、お父さんってば」
木のテーブルで向かい合って朝食を取りながら、他愛の無いことを話す。
あの日言ったとおり、クレストさんは本当に私の面倒を見てくれた。お父さんだと思って欲しいと言ってくれた。
最初はクレストさんと呼んでいた。けれど彼があまりに悲しそうな顔をするのでお父さんと呼んでいるうちに、それが自然になった。
すでに、こちらの世界に来てから三年が経っていた。三回季節が巡ったのだ。
最初の年齢がわからないから確かなことは言えないのだが、私はきっと今五歳か六歳くらいなのだろう思う。
けれど、中身はアラフォーだったから本物のそれくらいの年齢の子どもよりはしっかりしていてもしょうがない。
しっかりしているからと言って、そんな子どもに起こされているお父さんもお父さんだと思うけれど。
私は子どもだから成長しているが、お父さんの見た目は全然変わらない。いきなりおじさんになられても困るけど。
『きちんとした屋根と壁があるところだと安心して寝過ぎてしまうんです』
なんて、前にお父さんが言っていたことがある。
お父さんは私と出会う前は一つの所に留まるのではなく、旅をしていたらしい。あまり詳しいことは話してくれないから知らないけれど。
小さな私を連れて旅は難しいと言って、ここに暮らすようになったのだ。村はずれの、空き家になっていた小さな家を買い取ったらしい。自分には何の得も無いのに。
あの頃のことは何故だかぼんやりとしか覚えていないけど、大まかにはわかる。
だから、私はお父さんにすごく感謝している。お父さんはまだあまりに小さかった私がそういう経緯を覚えていることを知らない。きっともう忘れてしまっていると思っている。
だけど、
「大好きだよ。お父さん」
私は覚えている。お父さんが私を助けてくれたのだということ。本当のお父さんでもないのに、旅をやめてまで一緒にいてくれること。
お父さんが、ぶほっとスープを吹き出す。
「な、なんですか、急に」
「お父さん、汚い」
言いながら私は笑う。
「私もリュリューが大好きですよ」
にこにこと、お父さんも笑う。
まだ子どもの私にはこれくらいしか伝え方が無い。もし私が長文ですらすらと、
『昔、私が瀕死だと思われるときに助けてくださってありがとうございました。旅人だったクレストさんが旅をやめてまで私の為に居を構えて一緒に暮らしてくれていることには感謝してもしきれません』
などと言い出したらドン引きされるだろう。
だけど、子どもにも言える簡単な言葉だけでも伝えるのは大事だと思う。
早川直美だった頃の両親には伝えられなかった。そして、この世界の本当の両親は顔すらわからない。
だから、言える人には言える間に、大事なことは伝えておくのだ。
なんて朝から仲良し親子の団欒なんかをやっている私たちにツッコミを入れるかのように、玄関の扉をノックする音が聞こえてきた。
「ごめんください」
あの声はマーサさんだ。