6 孤児院は嫌だ!
空きっ腹なのを考慮してか、幼児なのを考えてか、それともこの食堂のスタンダードメニューなのか、私の前には木をくりぬいて作った器の中に入った食べやすそうな野菜スープみたいなものが置かれていた。
これまた木を削って作られた素朴なスプーンを握り込んで、私は夢中でスープを口に運んでいる。
異世界の食べ物だからどんなものが出てくるんだろうと思ったが、普通に美味しい。野菜の味が濃い。これが有機農法の野菜ってやつか。
ちゃんと口に運ぼうとしているのだけれど、何故だかうまくいかなくてびしゃびしゃとこぼれる。
友達の子どもが上手くご飯を食べられないのをたまに見て不器用だと思っていたが、こういうことか。怒っても仕方ないね。
「ほらほら、ゆっくり食べないといけませんよ。喉に詰まってしまいますからね」
クレストさんの声は真上から聞こえてくる。
そう、私はクレストさんの膝の上にいるのだった。これには訳がある。ファンタジー世界の宿屋の食堂に子ども用の椅子が用意されているはずもなく、机の高さに届かない私はクレストさんの膝の上に抱っこされるしかなかったのである。
机の上にはクレストさんの分のパンとスープも置かれているのだが、それは後回しにして私を支えてくれている。
「おなか、いっぱい」
「それはよかった。では少し待っていてくれますか? 私も自分の分を食べることにします」
「あい」
「よしよし。いい子ですね」
頭を撫でられてから、膝から下ろされる。
クレストさんの隣にちょこんと座ってから周りを見回す。
他のテーブルで食事をしているのは、いかにも冒険者といった男たちばかりだ。夢中で食べているときには気付かなかったが、みんなこちらを見ている。
なんだろう?
私を見ている? それともクレストさん?
クレストさんはここに座っていても特におかしくないような風貌をしている。だとしたら、完全に私が場違いだ。
子どもがこんな所にいるのは多分、いや、絶対おかしい。
「それにしてもどうしましょうね」
「?」
クレストさんが悩んでいるような顔をしている。
「あなたのことですよ。私は旅をしていますし、このままあなたを連れてはいけません。どこか受け入れてくれる孤児院があればよいのですが」
「!!?」
ずっとこの人が一緒にいてくれるものだと勝手に思っていた。
だから、
「いやー!」
私は叫んでしまった。
「え、ど、どうしたんですか?」
突然のことにクレストさんが慌てる。
「……いっしょがいい」
「え?」
「クレストしゃんといっしょが、いい」
私はクレストさんを見上げて言う。
「そんなこと言われても……。困りましたね」
だって、だって……!
孤児院って、アレでしょう?
閉じ込められて自由に外に出られなくて、意地悪な大人にこき使われて、ご飯もろくに与えられなくて、子どもたちの中ではいじめがはびこり、逃げ出したらすごいお仕置きが待っているという。二次元だとよくある。そういうの。
考えただけで怖い。なんて怖いところなんだ。
そんなところに入るくらいなら、クレストさんといたい。というか、クレストさんといたい。
まだ、ほんの少ししか一緒にいないけど彼は優しい。目が線だから、油断は出来ないけど。
あと、すごくすごく大事なことがある。
クレストさんは!
モブ顔じゃない!!
食堂に来てわかった。他の人と顔の作りが違う。なんというか、しっかりしてる。キャラが立っている。
とにかく、食堂のおっちゃんとか今食堂にいる冒険者の、その他大勢のみなさんとは違う。つまり、重要キャラだということだ。
だとしたら、彼とは一緒にいるべきなのだ!
「うーん」
唸っているクレストさんの服の裾をきゅっと小さな手で握る。そして、チワワのような潤んだ瞳で見つめる。
どうする~、クレさん~。
ていうか、どうにかしてくれないと困る。
クレストさんが深々とため息を吐く。腕を組んで、元に戻して、私を見る。目が線だけど、多分見てる。
クレストさんは、私の方に優しく手を置いた。そうして、細い目をさらに細めて、彼は言った。
「仕方が無いですね。助けた私の責任でもありますし……。わかりました。あなたが大きくなるまでは、私が育てます」
「ほんとう!? やったー!」
しばらく一緒にいてくれるくらいかな、なんて思っていたが考えていたよりも責任を感じてくれたようだ。
そういえば、ずっと私のことをかわいそうとか言ってたっけ。
孤児院に入れるとか、酷い目に遭ったとか、かわいそうとか、クレストさんの言葉から考えられるのは……。
うん。多分、親とでも死に別れてるな、私。
あれか、私の子どもの頃とか青春時代にやってたアニメによくありがちな、実は主人公には悲しい過去がありましたパターンか。
「それに、もしかして……」
最後にぽつりとクレストさんが呟いたのを、私は聞いていなかった。