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5 名前はまだ無い

「あなたは、だれ?」


 我ながら唐突すぎたかもしれない。

 が、


「私ですか。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はクレストといいます。あなたのお名前は?」


 すぐに名前を教えてくれた上に聞き返されて、こっちが固まる。

 そうか、名前か。何をしている人なのか、どうして私と一緒にいるかが聞きたかったのだが、普通は名前を答える質問だった。とはいえ、今は長い言い回しが出来ないから仕方ない。


 クレスト。クレストさん。

 明らかに西洋人っぽいファンタジー世界にいそうな人の名前だ。


「あたち、は……」


 自己紹介しなければと思って、止まる。

 早川直美。

 明らかにこの世界にそぐわない名前だ。あと、顔立ちにも。

 どう答えたらいいものか。よくある異世界ものだと、誰かが名前を付けてくれたり、元の身体の名前が最初から付いてたりするのに。

 この子にもあったはずなのだ。元の名前が。

 わざわざ訪ねたということは、クレストさんは私のことを知らないということだ。


「もしかして、名前も覚えていないのですか?」


 クレストさんの言葉は私にとって最高の助け船だった。


「あい」

「そう、ですか」


 かわいそうに、と顔に書いてある。なんだかすごく悪いことをしてしまった気がする。

 ナオ、とか適当に自分の名前をもじっておけばよかったかな、なんて答えてしまってから思う。けど、せっかく転生したのなら(まだ夢かもしれないと少々疑っているが)新しい名前でフレッシュなスタートを切りたいとも思ってしまう。


「そのうち思い出すかもしれませんよ。よしよし」


 クレストさんを悲しませてしまったと思って顔を曇らせていたことを誤解されたらしい。優しく頭を撫でられる。

 ちょっと罪悪感。


「まだ寝ていた方が良さそうですね。私に気にせず、ゆっくり休んでください」

「あ、ここは?」

「ここ? ああ、宿屋ですよ。私が付いていますから安心です」


 そうか、宿屋か。

 クレストさんは私にシーツを掛けてぽんぽんと小さな身体を叩いてくれる。

 そういえば、子どもの頃はお母さんにこうやって寝かしつけられてたっけ。

 懐か、しい……。


「それにしても、本当に無事で良かった」


 クレストさんの呟きが子守歌みたいに聞こえる。

 もう、だめ……。






 って、よく寝るな、私!

 がばっ! という効果音が付くほど勢いよくは起きられなかったけど。

 起き上がれた!!

 あまりに身体が動かしづらかったから、このままずっとベッドの上だったらどうしようかと思っていた。

 よかった。身体が動く。

 にぎにぎ。手も動く。子どもの手だけど。


「おわあ」


 横を見て、思わず声を上げる。

 クレストさんがベッドの横で木の椅子に座ったまま寝ていた。こっくりこっくりと船を漕いでいる。もしかして、本当にずっとついていてくれたのだろうか。

 起きた私の代わりにベッドに移動させたいと思うのだが、このちっちゃな身体ではどう考えても無理だ。


 しかし、こんなに何度も寝ているのに早川直美の身体として目が覚めないということは、ここが夢の中である可能性が薄くなってくる。

 むぎゅっとほっぺたをつねってみる。

 うん、痛いね。あとむにむにで気持ちいい。さすが幼児のほっぺた。しかも、すべすべ。

 アラフォーの肌とは全然違う!! なんの手入れもしないで、お高い美容液も使わないでこれとは……。なんて羨ましい。って、今はこれが私か。

 って、そんなことはどうでもいい。

 痛いってことは、どうやらこれは夢ではないらしい。そろそろ、本当に異世界転生だと認めてもいい頃かもしれない。


 ぷう、と漫画のような鼻ちょうちんがクレストさんの鼻から発生してパチンと割れた。

 なんて古典的表現!

 クレストさんが目を開ける。と言っても、下向きに谷のようになっていた目の線が、山のように上向きになっただけなのだが。それでも、起きたとわかるからすごい。


「起き上がれたんですか!?」


 起き抜けなのに嬉しそうに、クレストさんは私をがばっと抱きしめてくる。


「やはりあんなことが遭った後ですからね。ショックで身体にも負担があったんでしょう。よかった。よかったです」


 温かい。やっぱり、このぬくもりは夢の中でも妄想でもない。


 一体、私の身に一体何があったんだ?

 そして、この部屋の外はどうなっているんだろう。

 この身体として意識を持ってから、まだこの世界がどういうところなのか見ていない。

 宿屋ということは、どこかの町中なのだろうということは予想が付くが。


 くぅ。


 なんかかわいい音が鳴った。

 ええと……。


「ああ、お腹が空いたんですね」


 いつも笑っているように見えるクレストさんだけど、さらに目を細めてにっこりと私に笑いかける。

 そうです。私のお腹の音です。


「では、下の食堂に行きましょうか。立てますか?」


 ちょっとふらつくが、立ち上がることは出来そうだ。

 クレストさん身体を持ち上げてベッドの下に下ろしてくれる。


「何か、小さな子でも食べられるようなものを作ってもらいましょう」


 それにしても、宿屋の下の食堂か。

 なんか! すごく! ファンタジーっぽい!!


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