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3 知らない天井

 誰かに抱き上げられて、その温かさに包まれて私は眠ってしまったようだった。

 そりゃそうだ。幼児なんだから仕方ない。眠いときは寝る。

 次に目を開けたときには、ゆらゆらと揺れていた。人の腕の中にいるような、安心感と心地の良さ。

 この世界でのお母さん、だろうか。

 その割には、あんまり柔らかくない気がする。むしろ、硬い。

 お父さん?

 ゆらゆら揺れていると、また眠くなる。しかも、人肌のぬくもりってやつは思ったより破壊力が強い。そんなぬくもり、前世の子どもの頃以来だ。なにしろ、アラフォーにもかかわらず彼氏なんていたこと無いからな。

 男のぬくもりなど知らぬ。

 辛い。

 それにしても、心地いい。

 あ、駄目だ……。

 すう。






「口を開けてください。そうそう、いい子ですね」


 何かを口の中に流し込まれている。まずい。まずいです。やめてください。


「はい、ちゃんと飲んで」


 誰だい。私の口に勝手に苦いものを流し込むのは。

 うう、飲みたくない。そして、眠い……。目が、開かない。






 そして私は、もう一度目を開けた。

 世界はもう揺れていなかった。口の中は苦かった。

 木。木材で組まれた天井が見える。

 知らない天井だ。

 どうやらベッドの上にいるらしい。ちょっと硬い。少なくともマンションの自分のベッドよりも寝心地は悪い。

 で、どこなんだ。ここは。

 身体はどんよりと重い。なんとか首を動かす。

 目に映ったのは自分が寝ているベッド、簡素な机。どうやら狭い部屋の中のようだ。


 そうだ。異世界転生のお約束。頭の中に話し掛けてみる。

 こういうときは神様とか、それっぽい存在が返事をしてくれたりするんだよね。

 って、まだ異世界って確定したわけでは無いんだけどさ。夢の中っていう可能性もあるし。

 さすがに私もアラフォーだ。十代でラッキーにも転生を果たすような若者とは違うのだよ。若者とは。

 つまり異世界っぽいところに来たって、そう簡単にハイハイと信じられないってことだ。

 

 とにかく、頭の中に呼び掛けてみる。


(もしも~し。誰かいたら返事してください)


 返事は無い。もっと丁寧に?


(わたくし、早川直美と申します。誰か対応して頂ける方がいらっしゃいましたら、返答お願い致します)


 って、今はもうその名前では無い可能性が高いわけだが。


 で、何度かそうやって通話? を試みたが徒労に終わった。

 転生だけさせといて放置ですか。そうですか。


「どうちよう……」


 ため息交じりに呟く。これでは、埒が明かないではないか。

 それにしても、響いてくる声は自分のものとは思えないくらい可愛らしい。というか、めちゃくちゃアニメっぽい声だ。幼女だからか舌っ足らずではあるのだが、鼻に掛かる甘ったるい声、というか。90年代アニメで、よく聞いた声というか。

 しかも、たどたどしくて何を言っても全部ひらがなに思える。


「あー、あー」

 

 OK、可愛い。

 床ローリングでもしたいくらい可愛い。実際にはしないけど。いつもやってたのは妄想だけど。

 そういえば、顔。顔はどうなってるんだ? 鏡は無いのか?

 ぐぬぬ。

 なんとか立ち上がろうと踏ん張っていると、がちゃりと扉が開く音がした。


 部屋に入ってきた男は、私の顔を見て驚いた顔をした。男が駆け寄ってくる。

 そして、ベッドに寝たままになっている私の顔をのぞき込んだ。


「ああ、よかった。気が付きましたね」


 くしゃりと崩れる男の顔。


「ああ、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思っていました」


 耳に心地いい、優しそうな声(キャラソンとか出したら絶対売れそう)。しかも、無駄に丁寧語。こんな子どもに対してもそうなのだから、普段からその喋り方なのだろう。好き。

 それに。

 目の前にある男の顔は……、目が、線!!

 優男風に見えるのに何かを隠しているキャラか、それともただのいい人なのか。こういうタイプはなかなか食わせ物なのだ。

 だが、好き。

 しかも、年齢もわかりにくい。皺が無いわけでもなく、すごく若者に見えるわけでもない。おじさんとお兄さんの中間なような。

 むしろ、好き。

 めちゃくちゃ好みなんですが!?


「大丈夫ですか?」


 男の手が私の額に触れる。ひんやりとして気持ちがいい。


「まだ熱がありますね。もう大丈夫ですから、ゆっくり寝てください」


 もう大丈夫?

 その言葉が私の中で引っ掛かる。


「もうだいじょうぶって、なにが?」


 この世界がどんなところなのか、ここはどこなのか。聞きたいことは山ほどあったが、まずは一つずつだ。

 ここが現代日本である確率は、目の前の男を見た時点でほぼ無いと悟った。

 だって、あまりにもファンタジーな格好をしているし!

 ファンタジー系のアニメではありがちなゆったりとした布の服とでも言えばいいのか、とにかくそういうやつ。

 現代日本で一般の男性が来ているTシャツとか、襟付きのシャツとかジーパンとかスーツとか白衣とか、とにかくとにかく、そいういう服で無いことは確かだ。

 フードの付け根のあたり胸元のところに昔のアニメでよくついてた謎の丸い玉も付いてる……。

 な、懐かしい。

 なんなんだ、その玉。

 あと、私が元いた世界に緑色の髪の人間なんかいない。染めているなら別だけど、そういうのではなさそうだ。

 それに、この人、顔の造作が……。

 なんて、考え込んでいると、


「何も、覚えていないんですか?」


 男が驚いたように目を見開く。

 何かまずいことを言っただろうか。

 だとしても、どう弁解していいかわからないし、とにかく状況がわからないからどうしようもない。

 私はこくりと頷く。


「かわいそうに。余程怖い目に遭ったのですね」


 次の瞬間、私は男の暖かな腕に包まれてた。


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