29 そして、十年後
『そして、十年後!』
ん? なんか今。十年後とかいうプラカードみたいなものを持った生き物がひょっこり出て消えた気がする。
あー、なんか子どもの頃に見てたアニメって本編には全然係わらないそういうのがいたやつあったっけ。
「お父さーん。起きて起きて-!」
私はぱたぱたとお父さんの部屋に向かう。ねぼすけのお父さんを起こすのは私の役目だ。
って、なんか前にもこれと同じようなことあったような。
デジャヴ? なんか、私の世代には結構ロマンチックな響きだけど今はそういう用途じゃない。
あれってもう十年前だっけ。
そう。謎のプラカードに書いてあったとおり、しっかりと十年の月日は流れているわけです。
私ももう、十五、六歳の少女になっているわけだ。
ん? それって、ちょうど勇者が旅立つような歳か!? これはそんな朝!?
「とりあえず、お父さん起こすか。うん」
で、あいかわらず、
「う~ん、あと五分……。むにゃむにゃ」
定型文を披露してくれるお父さんなわけだが。
「ん? あれ?」
改めて見てみると、なんか変。確かに子どもの頃から十年は経っている筈なんだが。目の前のお父さんの姿は、
「年取ってなさ過ぎじゃない?」
普段そこまでまじまじと見なくてそこまで気にしてなかったけど、改めて見ると見た目年齢変わってなさ過ぎである。
お父さんの部屋のカーテンを開ける。日の光が差し込んでくる。
「うーん。眩しいですよ-」
むにゃむにゃ言いながら、お父さんは掛け布団を頭まですっぽりと被ってしまう。
だけど私はそっちじゃなくて窓を見る。窓ガラスに映る私の姿。
見なくてもその姿になっていることは知っていたわけだが、確認するまでもなく私の姿は幼女から少女へと成長している。
それに比べてお父さん変わってなさ過ぎ! ずっと素敵なのはとてもいいんだけど、なんでだろう。
もしかして、薬師だから秘密の若返り薬でもこっそりと作っているんだろうか?
私も今はぴちぴちギャル(死語)だからいいけど、もうちょっと経ったら教えてもらおうかな……。
「お父さーん。ねえ、お昼になっちゃうよ」
「うーん。もうそんな時間ですか?」
布団にくるまったくぐもった声で、お父さんが眠そうに答える。そう、今はもう朝ではない。あんまし起きてこないからそのまま寝かしといたんだけど。今日は特に予定も無いし。
もしかして。
私はもそもそと布団の中に手を突っ込んで、お父さんのおでこに手を当てる。
「あ、やっぱり。熱ある」
最近、お父さんの調子があまりよくない。
「やっぱり起きなくていいよ。ゆっくり寝てて」
「んー。でも、今日はやることが……」
「もう! 病人は寝てなきゃダメだってば」
何故か、寝てていいと言った途端にお父さんは起きようとする。
「簡単なやつだったら私も出来るから大丈夫だよ」
そう。伊達に十年経っているわけではないのだ。私だってちょっとは薬作れるようになったんだYO!
テネリとお互いがんばろうって約束したしね!
そうだ。テネリ、元気かな。
意外とあっという間だったけど十年も経ってるんだ。もうすでにめちゃくちゃ美人エルフに成長しているに違いない。
エルフも成長速度が同じくらいって言ってたから、今は私と同じくらいの年になってるはず。再会するのが楽しみだ。なんとなくだがもうすぐな気がするんだ!
「それにしても……」
体温計がないのは不便だ。熱がどれくらいあるのかわからない。とりあえず、氷枕なんかお父さんの頭に乗っけてみる。
「何か食べやすいもの作ってくるね。無理に起きちゃダメだよ」
「いつもすみませんね」
「それは言わない約束でしょ。おとっつぁん」
「え、なんですか?」
ハッ!
思わず定番ネタをやってしまった。さすがにこれは異世界では通じないか……!
「とにかく、ちゃんと寝ててね」
あははーと笑って私は台所へと向かった。
「でも、変なんだよねえ」
食事の支度をしながらぶつぶつと呟いてしまう。
そう。変なのだ。
お父さんは人に言うとなんか不味いことが起こるような治癒魔法が使えるはずなのだ。それなのに、何故か最近よく寝込んでいる。
『自分には効かないの?』
それくらいはバレないように使ってもいいのではないかと思って聞いてみたことがある。だけど、なんだかはぐらかされてしまったのだ。
よくはわからないけど、治らないらしい。なんか変だ。
あと、十年経ってもお父さんがなんで治癒魔法使えるかとか知らない。はぐらかすにも限度がある。いや、まあ、はぐらかされ続けた私も私なんだが。だって、お父さんの顔見ているとなんか色々どうでもよくなってくるし。好みの顔の破壊力ってすごいね!
とにかく!
これは怪しい。絶対なんかあると思う。
「んむー」
私は唸る。
これは、なんか起こる。そろそろ何か起こる気がする!
だって、わざわざ今、ファンタジーの主人公が旅立つような年なわけだし。
起こるといいな~。
そういうわけでどんなわけで、いつの間にかすぱぱっと作っていた病人用の食べやすいメニューをお父さんのいる部屋に持っていくことにした。
んだけど、
「え、ちょ、お父さん! 大丈夫!?」
確かに最近、調子は悪かった。だけど、だけど!
「何この熱!?」
額に当てた手を思わず引っ込める。
いや、マジで目玉焼き焼けそうなんだけど!?
まさか、熱が90℃あるとか言わないよね!? どこの超人だそれ。
「え、これ。本当に大丈夫? お父さん! お父さん!?」
お父さんはうなされている。呼び掛けても返事がない。意識が混濁してるって色々まずくない? 体調が悪いときはあったけれど、ここまでひどいのは初めてだ。
何か起こるポイントとかさっき言ったばっかりだけど、これ!?
や、やめろー!
こういうのは起こんなくていい!!
え、ええと。こういうときは……。
AED!? 違う!
お、お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかー!?
って、この村ではお父さんだわ!!
お父さんは今ダウンしててダメだから。えーと、えーと。
私かー!!
この十年で私もそれなりに知識を身につけてはいるけれども。だって、もっとすごいお父さんがどうしようも出来ない症状なんだよ。
わーん!!
村の中には他に医者はいないはず。みんな体調が悪くなるとお父さんのところに来てたし。
きゅ、救急車-! 119ばーん!! は、この世界に無いし……!
「そ、そうだ!」
私は駆けだしていた。




