18 ガールズトーク?
手を広げたままくるくる回って、ぴたっと止まる。
10.00!
「見たことのない街に行って、見たことのない山を登って、見たことのない谷を越えるの! 見たことのない景色を見るんだ! この世界にも海はあるのかな。古代の遺跡とか? ダンジョンって、存在するんだろうか……。とにかくね、面白いものとか、不思議なものとか、いっぱいいっぱい見たい! あ、あと、美味しいものも食べたいな。きっと幻の食材とかあるに違いない……、じゅる。っとと」
よだれを拭って、気を取り直して。
「だから、私、冒険者になりたいんだ!」
前の世界では、テレビの中の、ゲームの中の、漫画の中の、小説の中の。それはお話の中の世界だった。手を伸ばしても届かないものだった。娯楽として楽しんではいたけれど、所詮それは作り物の世界。実際に自分が体験できるものではなかった。
けれど、今はそれが目の前にある。
だったら、手を伸ばさずにはいられないじゃないか。
というか、魔王を倒しに行けなくて残念だと思っていたけど、それってもしかして考えようによってはいいことなんじゃない? 魔王がいないってことは、この世界はそれなりに平和なわけで。旅がしやすくていいかもしれない。モンスターは出るらしいけど。
座ったままのテネリが、ぽかんとした顔で私のことを見上げている。
暴走しすぎた? 私。
だって、テネリ意外にこんなことを話せる人はいない。お父さんにはもちろん言えないし、村の人にこんなことを話したらお父さんに伝わるに決まってる。人の口に戸は立てられないのだ。壁に耳あり、障子にメアリー(親父ギャグ)なのだ。
ようやく話せる人が隣にいてくれたおかげで、思わず饒舌になってしまった。
テネリなら誰か共通の知り合いに話すことも無い。むしろ、誰にも話さない。私たちが会っていることは誰も知らないからだ。お互いに会っていることは誰にも言わない約束。
私とテネリは、秘密の友達。
なんかいいね、その響き。
「見たことのない、景色……」
小さな声でテネリが呟く。それから言った。
「リュリューはすごいね」
「へ、なにが?」
「自分のやりたいこと、ちゃんと考えてて。すごいな」
「そんなそんな」
私なんてただファンタジー世界に来ちゃったから冒険に行きたいと思っているだけですよ。
「テネリは、ないの? なにかやりたいこと」
「え、ぼ、僕?」
テネリがエプロンドレスの裾をきゅっと握って考え込んでしまう。
あ、なんか。真面目な顔になってしまった。テネリって結構、なんでも真剣に考えてしまうタイプだと思う。
「ごめん。変なこと聞いて」
そうだよね、まだこんな子どもだしやりたいことなんて決まってない方が多いに違いない。中学校の進路相談の時とか、やりたいことを聞かれてもすごく困った。高校の時だってそうだったけど。
あれと同じことをしてしまった。なんだか追い詰められている気分になるような、あの雰囲気。
ん? そういえば、この世界だと夢を語るなんてこと珍しいのかな。農民の子は農民に。商人の子は商人に。みたいな世襲制な世界? 親と同じ職業以外にはなるのが難しいとか、考え方自体がそうなっているとか。
じゃあ、エルフは?
「う、ううん。大丈夫」
テネリがふるふると首を横に振る。
「僕、今までそんなこと考えたことなかったから。びっくりしただけ」
ふわりと可憐にテネリが微笑む。同性の私でも思わずズキュンとくる。
「テネリだったら年頃になればイケメンエルフに求婚されまくりじゃないの? 可愛いお嫁さんっていうのもアリか……」
私は妄想する。
玄関のドアを開ける。家の中で自分を待っていてくれたエプロンドレスのエルフ美少女が微笑む。
『お帰りなさい』
……良い。
テネリなら絶対最高の美少女になっているだろうし。
「お、お嫁さん!? ならないよ、絶対ならないよ!」
私の妄想をぶち破るテネリの声。
あばあばと手をぶんぶん振りながらテネリは真っ赤になっている。てっきり幸せな結婚を夢みているタイプかと思っていたけれど、照れているのだろうか。そんなところも可愛いね。
「全くもう、なに言ってるの」
「そんなに変なこと言ったかなぁ」
「言ったよ。それにね、僕」
言いにくそうにテネリが言葉を切る。意を決したように、顔を上げる。
「僕も、僕も見たことのない景色を見てみたいって思った。リュリューの言う冒険、僕もしてみたい」
「本当に!?」
思いがけない言葉に私はがしっとテネリの手を掴む。
「うん。……だけど」
テネリの手から力が抜ける。私から目を逸らす。
「僕、エルフだし。それに、身体もあんまり強くなくて……。お父さんもお母さんも、長老様だってなんて言うか。やっぱり、無理だよね」
「無理なんてことない!」
「ぴゃあ!」
無駄に大声になってテネリを怯えさせてしまった。
だけどさ、
「やりたいと思えば出来ないことなんて無いよ! 諦めちゃダメなんだよ」
やりたいことがあるのに諦めるのは、やっぱりよくない。
なにしろ、私なんか死んだと思ったら転生してたくらいだ。
諦めなければ転生だって出来る!




