10 彼女だけが頼りです
「あ、あう……」
急に大声を出して怯えさせてしまったようだ。エルフの女の子が涙目になっている。これはいけない。
女の子は自分の耳を両手で覆うようにして隠している。
「ごめんね。びっくりさせて。ええと、私は怪しい人間じゃないよ!」
言ってから思った。こんなこと言うやつは絶対怪しい。
というか、それよりも、
「私、迷子なの! 道ってわかる、かな?」
もしかして、この子は森の中に住んでいたりとかするのだろうか。なにしろエルフだし、エルフといえば森の奥に隠れ住んでいるものだし(注・イメージです)。
だったら、道だって知ってるのではなかろうか。私にはどこを見ても同じようにしか見えない森の中も彼女にとっては違って見えるかもしれない。
「まい、ご? なの?」
「うん!」
力一杯うなずいたら、後ずさりされた。
「あのね、道がわからなくなっちゃって、家に帰れないの。もしわかるなら案内してもらいたいんだ」
今度は怯えられないように出来るだけ穏やかに話すように気を付ける。
「僕で、いいの?」
「?」
僕っ娘?
好きですが。
「だって、あなたしか頼れる人いないから」
「え……」
なぜか、女の子は俯いて赤くなっている。無駄に可愛いな。さすがエルフか。あ、耳まで赤い。人間より耳が大きいからわかりやすい。
「僕、エルフだよ。人間はエルフのこと変な目で見るって……」
「そうなの?」
そんなことを言われても、お父さんにもエルフのことは聞いたことがないからこの世界でどういう扱いなのかよく知らない。あるのは前世の知識だ。
変な目で見ていると言えばそうなのかもしれないが、それは純粋に好きだからである。変な下心とかは無いのである。エロ同人誌に出てくるモブおじさんでもあるまいし。
「大丈夫! どっちかと言えばお友達になりたいくらい!」
あんまり美少女(美幼女)なので本音が出た。
「ふえっ」
反応がいちいち可愛い。ずっと見ていたい。
けど、そんなにのんびりしている時間は無いんだった。
あんまり遅くなるとお父さんが心配する。この辺でそろそろ自力ででもいいから帰らないと、心配性のお父さんのことだ。次から外に出してくれない可能性すらある。
それは、困る。
「私そろそろ家に帰らなきゃいけないんだった。大丈夫、わからなければ自力でなんとかするから」
「あ、あの、えと、村の方でいいの? 案内、出来るよ、僕」
「本当!?」
「ひゃあっ!」
「あ、ごめん」
思わず握ってしまった女の子の手を慌てて離す。もう無駄に驚かせるようなことはやめようと思っていたのに、嬉しさのあまり行動の方が先に出てしまった。
「じゃあ、お願いできるかな。帰りが遅くなると、お父さんが心配するから」
「うん、じゃあ、ついてきて」
そう言って、女の子は私の先を歩き出した。その足取りには迷いが無い。本当に道がわかっているようだ。さすがエルフ。森のことならおまかせだ。
前を歩く女の子の髪がふわふわと揺れる。柔らかそうで儚くて、すぐに見失ってしまいそうで、私は一生懸命その背中についていく。
女の子は風のように歩いていく。歩いているだけで絵になるとか、もう反則だ。
それにしても薬草を採るのに夢中で、かなり移動してしまっていたらしい。彼女に会えなかったらと思うと、ゾッとする。
「あなたに会えてよかったぁ。もう帰れないかと思ってたよ」
先を行く背中に話し掛ける。
「だいじょうぶ。ほら、そこ。村はずれの家だよ」
私は背伸びをして周りを見回す。まだ森の中、どっちがどっちかわからない。
と思ったら、
「あ、私の家」
あの家を見て、こんなにほっとするなんて。
「あれが君の家なの?」
「うん! おお父さんと一緒に住んでるんだよ。あ、そうだ。あなたの名前は? まだ聞いてなかったね。と、ごめん。名乗るときは自分が先だよね。私は、リュリュー!」
返事が無い。またちょっと引かれてるみたいだ。ぐいぐい行き過ぎだったか。
「……テネリ」
女の子が下を向いたまま、小さく言う。
「テネリちゃん! いい名前だね!」
「あ、う……」
耳が赤くなっている。耳が大きいからわかりやすい。どうやら、すごく照れ屋さんみたいだ。だけど名前を教えてもらえたのは、ちょっぴり心を開いてくれているみたいで嬉しい。
「ちゃんは、ちょっと……。テネリでいいよ」
「わかった! じゃあ、私もリュリューでいいよ。よろしくね、テネリ!」
「あ、う、うん」
テネリの方からそんなことを言ってもらえるなんて嬉しくてたまらない。
え、もう距離が縮まってる!?
「テネリは、この森に住んでるの?」
こくん、とテネリが頷く。
「じゃあ、また遊べるね! 今日はありがとう! 本当に助かったよ」
せっかく会えたのだ、これを機会に本当に友達になりたい。エルフと友達になれるとか、この世界ならではだ。逃す手は無い。
「あ、う、……あのね」
「どうしたの?」
テネリが言いたそうにもじもじと俯く。
「も、もしかして友達になりたくないとか……」
「そんなことないよ!」
「よかったぁ」
もしそんなことを言われたら、ショックで寝込むところだった。
「あのね、僕に会ったことは他の人に言わないで……、もらえる、かな」
「もちろん!」
答えた途端にパッとテネリの顔が明るくなる。
「約束、だよ」
「うん!」
「僕はここまでしか行けないけど、もう大丈夫?」
「すぐそこだから。またね!」
「またね」
テネリも小さく手を振ってくれた。




