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雨の日のお客たち  作者: 紫堂文緒(旧・中村文音)
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あめのひのおきゃくたち

「そうよ、この方の言う通りよ。

 くよくよしたって仕方ないわ」


 白い方が沈んだ気持ちを引き立たせるように言うと、


「そうね。

 せめてわたしたちだけでも明るい気持ちでいましょうよ」


 赤い方もそれに合わせたので、床屋さんはほっとして続けました。


「そうですよ、明るい気持ちや表情は、幸せな未来を連れてくるって言いますよ。

 無理して作るんじゃよくないが、よく考えてすべきことをしたら、あとは楽しいことを考えればいいんです。

 お客さんがそういう気持ちになれるよう、わたしも及ばずながら、こうして仕事をさせていただいているんですしね」


 白いスカーフのおばさんも、その言葉に鏡の中で微笑みました。

 振り返ると、赤いスカーフのおばさんも、にっこり頷いています。

 それで床屋さんは安心しておばさんの髪の毛を切っていきました。

 肌から見るとそう若いひととは思えないのに、おばさんの髪は黒々としてよい油を塗ったようにつやがあり、白髪が一本もないのです。

 ぼさぼさに伸びて長いこと手入れをしていなかったのはすぐわかるのに、それは不思議なことでした。

 

(ずっと切らなかっただけで、手入れはしていたんだろうか。 

 具合が悪かったとか、すごく忙しかったとか。

 でも、ふたり揃ってというのも変だし…)


 白いスカーフのおばさんが済んで赤いスカーフのおばさんに代わっても、それは同じでした。

 パーマのまるでかかっていない素直な髪は、言われたように切り揃えると、昔、おかっぱと言われていた小さな女の子の髪型になりました。


「あなた、若返ったわ」

「あら、あなたもよ」


 ふたりはやはり嬉しそうに言い合いながら支払いを済ませると、少し小降りになった雨の中を傘もささずに肩を並べて帰っていきました。

 その姿を表のガラス戸越しに見送っていると、年頃のすらりとした娘がおばさんたちとすれ違って、店に向かって歩いてきました。


(あの人も、うちのお客さんかしら。

 こんな雨の日に、朝早くからこれだけお客が続くなんて、そんなことがあるんだな)



 床屋さんが思った通り、娘はお店のお客でした。


「床屋さん、髪を切ってください」


 娘がきっぱり言うと、腰を覆うほど伸びた黒髪がさらりと揺れました。


「思い切って、切ってしまいたいの。

 肩につくかつかないくらいに、切り揃えてくださいな」


 椅子に座った娘は鏡の中の自分をまっすぐ見つめて言いました。

 その表情は毅然として、強い決心が現われていました。


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