あめのひのおきゃくたち
翌朝のことです。
一晩ぐっすり眠った床屋さんは、目を覚ますと大きな伸びをしました。
やっぱり少しも疲れてなんていなくて、体中に力がみなぎっているようでした。
(昨日はよく働いたせいか、よく眠れたし、俺もまだまだ若いな。
当分、この調子で頑張れるな…)
そう思うととても嬉しくなって、いそいそと電気釜のスイッチを入れて、みそ汁を作りました。
奥さんがあれから電話で、
「あんまり雨が酷いので、今晩はこっちに泊まりたいんだけれど…」
と遠慮がちに言われたのです。
「おかあさんの熱はそれほどでもないんだけれど、なんだか病気して気が弱くなっているみたいなの。
一緒にいてあげたいのよ。
それに、この雨でしょう。
こんな中を無理に帰ったら、今度はわたしが風邪をひいてしまうわ」
奥さんは困ったように言いました。
「ああ、いいよ、いいよ。
僕のほうはどうとでもなるから。
こんなときなんだ、たまには親孝行しておいで」
床屋さんも気楽に答えたのでした。
朝ご飯を済ませて、「さて、今日は休みだ。まず、昨日の分のごみを出さなきゃ」とごみ袋を見て、床屋さんは驚きました。
いくつもの大きなビニールのごみ袋に詰まっていたもの、それは髪の毛なんかではなく木の葉だったからです。
ちくちくした松葉があります。
幅の広い棕櫚の葉があります。
しゃらしゃらした長い柳の葉がもつれています。
梅、桜に混じって、さるすべりも、それからカナメモチがどっさり。
「これは一体、どうしたことだ…」
床屋さんははっとして、昨晩閉めた金庫の鍵を開けました。
お金はちゃんとありました。
木の葉に化けてはいません。
数え直しても、昨日と同じだけありました。
「ますます、わからん…」
床屋さんは首をかしげながら、とにかくごみを出しました。
それから、店のソファに座って煙草をくわえ、つらつらと考えました。
(そういえば、昨日のお客さんたちは、どこか妙だった。
皆が同じことを言っていた。
明日、つまり、もう今日のことだが、大事な用があるって。
だから急がなきゃならないんだって。
ひどい雨の中を来て、傘もさしていたのに、どの人も髪が洗い立てのようにしっとり濡れていた。
誰かにこの店のことを訊いてきたのだと言っていた。
何より、全員が長いこと、手入れのされていない髪だった…)
考えても考えても、それが何を意味しているのか、床屋さんにはわかりませんでした。
考えあぐねて、ため息を吐いたとき、あ、煙草に火を着けていなかった…と気がつきました。