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雨の日のお客たち  作者: 紫堂文緒(旧・中村文音)
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あめのひのおきゃくたち

 朝方から降り出した雨は、奥さんが「ひどくならないうちに」と言って出かけてから、本格的になりました。表の玄関の鍵を開け、赤白青の回転灯をつけながら、床屋さんはなんだかしょんぼりしてしまいました。


「梅雨には少し早いですが、今日の雨はこれからますます激しくなります」


 とラジオの声が言っていて、そんな日はお客さんの入りが悪いことも長年の経験で分かります。その上、今日は奥さんまでいなくて、店の中にぽつんとひとり閉じ込められてしまったような気がしたからです。

 店の中に流れるゆるいジャズを聴くともなしに聴きながら、床屋さんは昨夜のことをぼんやりと思い出していました。


 昨日、もう休もうかという頃になって、隣町に住む奥さんのおかあさんから電話があったのでした。


「なんだか具合が悪くて…。どうやら風邪をひいたみたいなんだよ。

 ここんとこ急に冷えたからね。

 …今ごろの風邪は質が悪いだろう。熱やら寒気やらお腹やら…。

 ひとりじゃ心細くってね。

 申し訳ないけれど、おまえ、明日一日、ちょっと来ておくれでないかい」

 

 いつも気丈なおかあさんが情けなさそうに言ったので、奥さんは途端に心配になって、床屋さんに打ち明けたのです。


「あなた…、ごめんなさいね。

 実家の母が風邪をひいて、気弱になっているみたいなの。

 ひとり暮らしだし、近所に親戚もないでしょう?

 あした、あたし、様子を見てきてもいいかしら?

 食事は早起きしてちゃんと用意していくし、夕食までには帰ってきますから…」


 床屋さんは気楽に言いました。


「ああ、もちろん、そうしてあげなさい。

 ほかのことじゃないんだから。

 僕のことはどうとでもなるし、何も心配はいらないから」


 それでも奥さんは今朝、いつもより早起きして、床屋さんの朝と昼のご飯を用意すると、自分は何も食べずに、思いつくものを鞄に詰めて、早々と家を後にしたのでした。


 店の窓から見る外の空は、まだ早い時間なのに夕暮れのように薄暗くて、風がうなり声を立て、雨粒がざあざあと降り続けています。

 窓にも表の扉にも、大きな雨粒がばらばらと叩きつけるように当たっていました。

 と、


「ああ、よかった。もう開いている」

 

 大きな声がして、突然、ひとりの老人が扉を開けて飛び込んできたではありませんか。


「いらっしゃいまし。お早いですね」

 

 床屋さんは驚いて声をかけました。


「髪結いさん、大急ぎで、ひとつお頼みしますよ」

 

 老人は雨に濡れたコートを放り投げるようにばらりと脱ぎました。


(髪結いさんだって…?

 随分、古風な言い方をするなあ…)


 床屋さんはコートを受け取ると、雨粒を払って店のコート掛けに丁寧に掛けました。

コートは和装用の黒い物で、古い型でしたが手入れがよく行き届いていました。


「どうぞ、こちらへ」

 

 散髪用の椅子に案内すると、老人は年を感じさせないしっかりした身のこなしでゆるぎなく座りました。



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